[{"id":"1-1","globalId":"scripture:1-1","sortOrder":"000000","kind":"scripture","title":"1-1","content":"仏教を説かれた釈尊について問う。\n(1)何国の人か\n(2)父母の名\n(3)成仏前の名\n(4)出生の城の名\n(5)生まれられた月日\n(6)誕生せられた地名\n(1)印度の人\n(2)父─浄飯王\n　母─マーヤー夫人\n(3)悉達多太子\n(4)カピラ城\n(5)四月八日\n(6)ルンビニー園","href":"/qa/1-1","号":1,"問番号":1,"問":"仏教を説かれた釈尊について問う。\n(1)何国の人か\n(2)父母の名\n(3)成仏前の名\n(4)出生の城の名\n(5)生まれられた月日\n(6)誕生せられた地名","答":"(1)印度の人\n(2)父─浄飯王\n　母─マーヤー夫人\n(3)悉達多太子\n(4)カピラ城\n(5)四月八日\n(6)ルンビニー園","解説書":"【**解説**】\n\n**●釈尊**\n\n「お釈迦さま」「釈迦」「釈迦牟尼世尊」ともいわれる。「牟尼」は無二（二人とおられない）の意。他に「釈迦如来」「釈迦仏」「世尊」ともいわれる。\n\n(**1) 何国の人か……印度の人**\n\n　ネパール（インドの北方）にご生誕なされ、インドで布教伝道された。\n　\n(**2) 父母の名……父─浄飯王、母─マーヤー夫人**\n\n　マーヤー夫人は、悉達多太子（後の釈尊）を出産され、一週間後に亡くなった。夫人の妹・マカマヤ夫人が養母となる。（マカマヤ夫人は、後に釈尊のお弟子となる）\n\n(**3) 成仏前の名……悉達多太子**\n\n　瞿曇（ゴータマ）ともいわれる。\n\n(**4) 出生の城の名……カピラ城**\n\n「迦耶城」とも親鸞聖人は言われている。\n\n(**5) 生まれられた月日……四月八日**\n\n　ルンビニー園という花園でご生誕なされたので、仏教徒の間では、この日を「花祭り」として祝っている。\n\n(**6) 誕生せられた地名……ルンビニー園**\n\n　マーヤー夫人が実家・クリ城へ向かわれる途中の花園。出生時、四方に七歩ずつ歩かれ、右手で天を、左手で地を指して、\n\n「**天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此**」\n\nと言われたと伝えられている。この言葉は、釈迦が「自分一人偉い」と仰ったものと世間では誤解されているが、正しくは、\n\n「大宇宙広しといえども、われわれ人間だけが果たすことのできる、尊い使命がある」\n\nという宣言である。\n\n**＊参照**\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻（125ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-10","globalId":"scripture:1-10","sortOrder":"000009","kind":"scripture","title":"1-10","content":"親鸞聖人の教えを正確に、多くの人達に伝えられた、覚如上人のお聖教三つと、蓮如上人のお聖教二つをあげよ。\n◯執持鈔　　　┓\n◯改邪鈔　　　╋━　覚如上人\n◯口伝鈔　　　┛\n◯御文章　　　┓\n◯正信偈大意　┻━　蓮如上人","href":"/qa/1-10","号":1,"問番号":10,"問":"親鸞聖人の教えを正確に、多くの人達に伝えられた、覚如上人のお聖教三つと、蓮如上人のお聖教二つをあげよ。","答":"◯執持鈔　　　┓\n◯改邪鈔　　　╋━　覚如上人\n◯口伝鈔　　　┛\n◯御文章　　　┓\n◯正信偈大意　┻━　蓮如上人","解説書":"【**解説**】\n\n◯**覚如上人**\n\n　親鸞聖人の曽孫、本願寺三代目の善知識。\n\n**○執持鈔**\n\n　弥陀の救い（執持名号）を明かされた書。\n\n**○改邪鈔**\n\n　邪説を破り、真実の教えを明かされた書。\n\n**○口伝鈔**\n\n　如信上人（二代目）を通して、直に教授された聖人のお言葉が記されている。\n　\n・他に『**御伝鈔』（本願寺聖人親鸞伝絵**）などがある。聖人の御一代を、文章と絵で伝えられたもの。\n\n◯**蓮如上人**\n\n　親鸞聖人の子孫、八代目の善知識。聖人の教えを全国に伝えられ、浄土真宗を再興された。「**中興**」上人ともいわれる。\n\n**○御文章**\n\n　ご門徒や僧侶へのお手紙を、5帖80通に編纂されたもの。『**御文**』ともいわれる。\n　一帖～四帖は書かれた年代順におさめられ、五帖には日付が記されていないものがまとめられている。\n　\n**○正信偈大意** \n\n　親鸞聖人の『正信偈』を、大まかに解説された書。","講師試験id":[],"独言id":["64"],"大喝id":[]},{"id":"1-11","globalId":"scripture:1-11","sortOrder":"000010","kind":"scripture","title":"1-11","content":"親鸞聖人が最も尊敬された七人の高僧の名と、それぞれの国名と主著を示せ。\n(1)龍樹菩薩 ── 十住毘婆沙論　　┓\n(2)天親菩薩 ── 浄土論　　　　　┻━印度\n(3)曇鸞大師 ── 浄土論註　　　　┓\n(4)道綽禅師 ── 安楽集　　　　　╋━中国\n(5)善導大師 ── 観無量寿経疏　　┛\n(6)源信僧都 ── 往生要集　　　　┓\n(7)法然上人 ── 選択本願念仏集　┻━日本","href":"/qa/1-11","号":1,"問番号":11,"問":"親鸞聖人が最も尊敬された七人の高僧の名と、それぞれの国名と主著を示せ。","答":"(1)龍樹菩薩 ── 十住毘婆沙論　　┓\n(2)天親菩薩 ── 浄土論　　　　　┻━印度\n(3)曇鸞大師 ── 浄土論註　　　　┓\n(4)道綽禅師 ── 安楽集　　　　　╋━中国\n(5)善導大師 ── 観無量寿経疏　　┛\n(6)源信僧都 ── 往生要集　　　　┓\n(7)法然上人 ── 選択本願念仏集　┻━日本","解説書":"【**解説**】\n\n◯**七高僧**\n\n　弥陀の本願を正しく伝えてくだされた、インド・中国・日本の七人の高僧のこと。親鸞聖人は「**七高僧**」と仰がれている方々。\n\n(**1) 龍樹菩薩**\n\n　約1900年前、インドの人。釈尊がお経に、「私の死後700年のち、南インドに龍樹という者が現れ、大乗無上の法を伝えるであろう」と予言されている、その通り大活躍された方。\n\n　今日「**小釈迦**」と呼ばれるほど、仏教の諸宗派から尊敬され、『御文章』にも「**八宗の祖師龍樹菩薩**」（一帖目十四通）と言われている。\n\n『**十住毘婆沙論**』に、仏教を「**難行道**」と「**易行道**」に分けられ、易行の「弥陀の本願」を勧められている。\n\n「**仏道を求むることは、三千大千世界（大宇宙）を持ちあぐるよりも重い**」と教えられた。\n\n(**2) 天親菩薩**\n\n　約1700年前、インドの人。「**世親菩薩**」ともいわれる。\n\n『**浄土論**』は、『大無量寿経』の註釈書。仏教で「論」といえば『浄土論』のことを指すほど有名。『**往生論**』ともいわれる。\n\n「**千部の論主**」といわれるほど、多くの著書がある。\n\n(**3) 曇鸞大師**\n\n　約1500年前、中国の人。\n\n　聖人は名前の「鸞」の字を、曇鸞大師から頂かれた。また、『高僧和讃』の数が一番多く（34首）ある。『正信偈』には「本師」と仰っている（他には直接のお師匠・法然上人のみ）ことからも、いかに曇鸞大師を尊敬されていたかが知られる。\n\n『**浄土論註**』は、天親菩薩の『浄土論』を解釈されたもの。「註」とは解釈のこと。仏教で「論註」と言えば『浄土論註』を指す。『**往生論註**』ともいわれる。\n　　　 \n(**4) 道綽禅師**\n\n　約1400年前、中国の人。\n\n　主著『**安楽集**』に、仏教を「**聖道仏教**」と「**浄土仏教**」の二つに分けられ、「聖道仏教では助からぬ。浄土仏教・弥陀の本願のみを信じよ」と、断言して教えられた。これは道綽禅師のような方でなければできないことであったと、偉大な功績を、\n\n「**道綽決聖道難証 唯明浄土可通入**」（正信偈）\n\nと讃嘆されている。\n\n(**5) 善導大師**\n\n　約1300年前、中国の人。中国で最も仏教の栄えた唐の時代。\n\n　親鸞聖人は『正信偈』に、\n\n「**善導独明仏正意**」\n\n（多くの僧侶がいたが、「仏の正意」に明らかであったのは、善導大師お一人であった）と絶賛されている。\n\n「**大心海化現の善導**」（仏さまが、極楽から姿を変えて現れられた方）とも言われている。\n　\n『**観無量寿経疏**』は、釈迦の『観無量寿経』を解釈されたもの。夢に現れた仏の教導を仰いで著されたので、\n\n「**写す者は経の如くせよ。一字一句、加減すべからず**」\n\nと、自ら仰っているお聖教。\n　\n(**6) 源信僧都**\n\n　約1000年前、日本の人。「**恵心僧都**」ともいわれる。\n\n『**往生要集**』には、地獄・極楽の様子がつぶさに描写され、早く浄土往生の身になることを勧められている。臨終の母君に説法され、弥陀の本願を喜ぶ身となられたことをご縁として、著されたといわれる。\n\n(**7) 法然上人**\n\n　約900年前、日本の人。「**源空**」ともいわれる。\n\n　親鸞聖人の直接のお師匠。智慧優れ、仏教の大学者であられたことから、「**智慧第一の法然房」「勢至菩薩の化身**」と仰がれた。勢至菩薩は、阿弥陀如来の智慧を表す菩薩、「**化身**」とは、その生まれ変わりのこと。\n\n『**選択本願念仏集**』は、「弥陀の本願以外の総ての仏教を、捨てよ、閉じよ、閣けよ、抛てよ」と徹底された書で、「**捨閉閣抛**」といわれる。当時の仏教界に、水爆のような衝撃を与えた。『**選択集**』とも略される。『教行信証』は、この『選択本願念仏集』を解説された著書である。","講師試験id":[],"独言id":["79","92"],"大喝id":["17"]},{"id":"1-12","globalId":"scripture:1-12","sortOrder":"000011","kind":"scripture","title":"1-12","content":"親鸞聖人の仰せは釈尊の直説である根拠をお聖教の御文で示せ。\n◯更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/1-12","号":1,"問番号":12,"問":"親鸞聖人の仰せは釈尊の直説である根拠をお聖教の御文で示せ。","答":"◯更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n\n**・珍らしき法**\n\n　今まで誰も教えなかった新しい教え。\n\n**・如来の教法**\n\n　釈迦如来の教え。仏教。\n\n**・ばかりなり**\n\n　それ以外にない、それだけである。\n\n◯「親鸞聖人の教え」「浄土真宗」と聞くと、「今まで誰も説かなかった、親鸞聖人独自の教えだろう」と思う人もあろうが、聖人は常に「親鸞の伝えていることは、仏教以外に何もない」と宣言されている。\n\n「**親鸞、さらに私なし**」とも仰っている。","講師試験id":[],"独言id":["52","102"],"大喝id":["1"]},{"id":"1-13","globalId":"scripture:1-13","sortOrder":"000012","kind":"scripture","title":"1-13","content":"仏教の目的を漢字四字で示せ。\n◯抜苦与楽","href":"/qa/1-13","号":1,"問番号":13,"問":"仏教の目的を漢字四字で示せ。","答":"◯抜苦与楽","解説書":"【**解説**】\n\n・**抜苦**\n\n　苦しみを抜くこと。\n\n・**与楽**\n\n　幸せを与えること。\n\n　\n◯仏教は「**慈悲**」の教えである。「慈」は「苦しみを抜く」働き、「悲」は「幸せを与える」働きをいう。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["10"]},{"id":"1-14","globalId":"scripture:1-14","sortOrder":"000013","kind":"scripture","title":"1-14","content":"人生の苦しみを、四つに大別したものを四苦と言い、それに四つ加えたものを八苦と言う。その四苦八苦を示せ。\n(1)生苦　　　┓\n(2)老苦　　　┫\n(3)病苦　　　╋━　四苦\n(4)死苦　　　┛\n(5)愛別離苦　┓\n(6)怨憎会苦　╋━　四苦と合わせて\n(7)求不得苦　┫　　八苦と言う。\n(8)五陰盛苦　┛","href":"/qa/1-14","号":1,"問番号":14,"問":"人生の苦しみを、四つに大別したものを四苦と言い、それに四つ加えたものを八苦と言う。その四苦八苦を示せ。","答":"(1)生苦　　　┓\n(2)老苦　　　┫\n(3)病苦　　　╋━　四苦\n(4)死苦　　　┛\n(5)愛別離苦　┓\n(6)怨憎会苦　╋━　四苦と合わせて\n(7)求不得苦　┫　　八苦と言う。\n(8)五陰盛苦　┛","解説書":"【**解説**】\n\n◯いつでもどこでも人間の受けねばならぬ苦しみを、8つにまとめて教えられたもの。\n\n・**生苦**\n\n　生きる苦しみ。\n\n・**老苦**\n\n　老いの苦しみ。\n\n・**病苦**\n\n　病の苦しみ。\n\n・**死苦**\n\n　死の苦しみ。\n\n・**愛別離苦**\n\n　愛する人や物と別れる苦しみ。\n\n・**怨憎会苦**\n\n　会いたくない人や物と会わねばならぬ苦しみ。\n\n・**求不得苦**\n\n　求めるものが得られぬ苦しみ。\n\n・**五陰盛苦**\n\n「五陰」は肉体のこと。肉体あるがゆえの苦しみ。前七つを総括されたもの。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-15","globalId":"scripture:1-15","sortOrder":"000014","kind":"scripture","title":"1-15","content":"万物はどのようにしてできていると、仏教で教えられているか。その経文と根拠を示せ。\n◯一切法（万物）は因縁生なり。\n　　　　　　　　　　　（大乗入楞伽経）","href":"/qa/1-15","号":1,"問番号":15,"問":"万物はどのようにしてできていると、仏教で教えられているか。その経文と根拠を示せ。","答":"◯一切法（万物）は因縁生なり。\n　　　　　　　　　　　（大乗入楞伽経）","解説書":"【**解説**】\n\n・**一切法**\n\n　すべてのもの（法）のこと。\n\n・**因縁生**\n\n　因と縁が結合して生じたもの。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-16","globalId":"scripture:1-16","sortOrder":"000015","kind":"scripture","title":"1-16","content":"仏教が説き明かした苦しみの原因と結果、幸福になる原因と結果の四つの真理を四聖諦と言う。その四聖諦を記せ。\n◯苦諦 ─ 果　┓\n◯集諦 ─ 因　┻━　迷界\n◯滅諦 ─ 果　┓\n◯道諦 ─ 因　┻━　悟界","href":"/qa/1-16","号":1,"問番号":16,"問":"仏教が説き明かした苦しみの原因と結果、幸福になる原因と結果の四つの真理を四聖諦と言う。その四聖諦を記せ。","答":"◯苦諦 ─ 果　┓\n◯集諦 ─ 因　┻━　迷界\n◯滅諦 ─ 果　┓\n◯道諦 ─ 因　┻━　悟界","解説書":"【**解説**】\n\n◯**四聖諦**\n\n　四つの真理。「**四諦**」ともいう。「諦」は真理のこと。\n\n・**苦諦**\n\n「人生は苦なり」という真理。\n\n・**集諦**\n\n　苦しみの原因を明かした真理。\n\n・**滅諦**\n\n　真の幸福を明かした真理。\n\n・**道諦**\n\n　真の幸福になる道を明かした真理。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-17","globalId":"scripture:1-17","sortOrder":"000016","kind":"scripture","title":"1-17","content":"仏教の根幹である因果の道理を書け。\n◯善因善果\n◯悪因悪果\n◯自因自果","href":"/qa/1-17","号":1,"問番号":17,"問":"仏教の根幹である因果の道理を書け。","答":"◯善因善果\n◯悪因悪果\n◯自因自果","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**因**」とは「原因」、「**果**」とは「結果」のこと。「**道理**」とは、三世十方を貫く真理。すべてのことは、「原因」があって「結果」がある。これは、億分の一、兆分の一の例外もない大宇宙の真理である。\n\n特に、私たちの最も知りたい「幸福」と「不幸」についての、原因と結果の関係を、「**善因善果・悪因悪果・自因自果**」と釈尊は教えられている。「因」とは我々の「行為」のことであり、「果」とは分かりやすく言えば「運命」のこと。\n\n**○善因善果**\n\n　善い行為が、善い運命（幸福）を生み出す。\n\n**○悪因悪果**\n\n　悪い行為が、悪い運命（不幸）を生み出す。\n\n**○自因自果**\n\n　自分のやった行為が、自分の運命を生み出す。「**自業自得**」ともいわれる。","講師試験id":[],"独言id":["1"],"大喝id":["11","12"]},{"id":"1-18","globalId":"scripture:1-18","sortOrder":"000017","kind":"scripture","title":"1-18","content":"三業とは何か。\n◯身業\n◯口業\n◯意業","href":"/qa/1-18","号":1,"問番号":18,"問":"三業とは何か。","答":"◯身業\n◯口業\n◯意業","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**業**」は、インドの言葉でカルマといい、「行為」のこと。「**三業**」とは、身業・口業・意業の三つをいい、我々の行為の総てである。\n\n**○身業**\n\n　体でやる行為のこと。\n\n**○口業**\n\n　口でしゃべること。\n\n**○意業**\n\n　心で思うこと。\n　\n◯これら身口意の行為が、目に見えない不滅の力となって残る。これを「**不滅の業力**」という。この「**業力**」が「因」となり、「縁」と結びついて、自身の運命（結果）を生み出す。「**縁**」とは、「因」が結果を引き起こすのを助けるもの。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-19","globalId":"scripture:1-19","sortOrder":"000018","kind":"scripture","title":"1-19","content":"我々の心を八つに分けて教えたものを、八識と言う。その八識を記せ。\n(1)眼識　│(5)　身識\n(2)耳識　│(6)　意識\n(3)鼻識　│(7)　末那識\n(4)舌識　│(8)　阿頼耶識","href":"/qa/1-19","号":1,"問番号":19,"問":"我々の心を八つに分けて教えたものを、八識と言う。その八識を記せ。","答":"(1)眼識　│(5)　身識\n(2)耳識　│(6)　意識\n(3)鼻識　│(7)　末那識\n(4)舌識　│(8)　阿頼耶識","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**識**」とは、「心」のこと。\n\n(**1) 眼識**\n\n　色や形を見分ける心。\n\n(**2) 耳識**\n\n　音を聞き分ける心。\n\n(**3) 鼻識**\n\n　匂いをかぎ分ける心。\n\n(**4) 舌識**\n\n　甘、辛、酸など味を分ける心。\n\n(**5) 身識**\n\n　寒・暖、痛・快などを感ずる心。\n\n◯これらを「**前五識**」といわれる。\n\n(**6) 意識**\n\n　前五識を統制し、記憶・判断・思考・命令する心。\n\n(**7) 末那識**\n\n　執着する心。\n\n(**8) 阿頼耶識**\n\n　三世を貫く永遠の生命。全ての業力をおさめている処だから、**蔵識**ともいわれる。「アラヤ」は「蔵」の意。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-2","globalId":"scripture:1-2","sortOrder":"000001","kind":"scripture","title":"1-2","content":"仏教を説かれた釈尊について問う。\n(1)出城の年\n(2)結婚の年\n(3)妻の名\n(4)文武の師の名\n(5)成仏の年月日\n(6)亡くなられた年\n(7)いつごろの人か\n(1)二十九才二月八日\n(2)十九才\n(3)ヤショダラ姫\n(4)文　バッダラニー\n　武　センダイダイバー\n(5)三十五才十二月八日\n(6)八十才二月十五日\n(7)約二千六百年前","href":"/qa/1-2","号":1,"問番号":2,"問":"仏教を説かれた釈尊について問う。\n(1)出城の年\n(2)結婚の年\n(3)妻の名\n(4)文武の師の名\n(5)成仏の年月日\n(6)亡くなられた年\n(7)いつごろの人か","答":"(1)二十九才二月八日\n(2)十九才\n(3)ヤショダラ姫\n(4)文　バッダラニー\n　武　センダイダイバー\n(5)三十五才十二月八日\n(6)八十才二月十五日\n(7)約二千六百年前","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 出城の年……二十九才二月八日**\n\n　悉達多太子は、真実の幸福を求めてカピラ城を出られた。出城入山、入山学道ともいう。\n\n(**2) 結婚の年……十九才**\n\n(**3) 妻の名……ヤショダラ姫**\n\n　浄飯王が、暗い表情の太子を心配し、明るくしようと、インド一の美女と言われるヤショダラ姫と結婚させられた。やがて子供が生まれ、ラーゴーラ（束縛者）と名づけられた。妻子ともに、後に釈尊のお弟子となる。\n\n(**4) 文武の師の名…… 文 バッダラニー、武 センダイダイバー**\n\n　家庭教師として両師を迎えたが、太子のあまりの利発さに舌を巻き、罷免を申し出た。浄飯王は満足して赦したという。その後、独学される。\n\n(**5) 成仏の年月日……三十五才十二月八日**\n\n　二十九才で出城入山されてより、勤苦六年の末、ついに仏覚を成就された。\n\n(**6) 亡くなられた年……八十才二月十五日**\n\n「入滅」「涅槃の雲にお隠れになった」ともいわれる。釈尊の入滅には、すべての生き物（猫以外）が嘆き集まったと伝えられる。釈尊に二十五年間お仕えした阿難尊者は、悲しみのあまり人事不省（失神）に陥った。\n\n(**7) いつごろの人か……約二千六百年前**\n\n◯約二千六百年前、釈迦が三十五才で仏覚を開かれてより、八十才で亡くなるまでの四十五年間、仏として説いていかれた教えを今日、仏教といわれるのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-20","globalId":"scripture:1-20","sortOrder":"000019","kind":"scripture","title":"1-20","content":"仏教は後生を否定する「断見外道」でも、後生変わらぬ魂が存在するという「常見外道」でもないことを説かれた経文と、その根拠を示せ。\n◯因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（阿含経）","href":"/qa/1-20","号":1,"問番号":20,"問":"仏教は後生を否定する「断見外道」でも、後生変わらぬ魂が存在するという「常見外道」でもないことを説かれた経文と、その根拠を示せ。","答":"◯因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（阿含経）","解説書":"【**解説**】\n\n◯「断見」「常見」の「**見**」は、見解・考え方・思想の意。「**外道**」とは、仏教以外の総ての宗教をいう。\n\n・**断見外道**\n\n「死後は無になる」という教え。「**無の見**」ともいわれる。\n\n・**常見外道**\n\n「死後、肉体は滅びても、常一主宰（固定不変）の霊魂が存続する」という教え。「**有の見**」ともいわれる。\n\n◯当時インドに九十五種類の外道があったが、「断見外道」と「常見外道」に大別される。仏教はいずれでもないことを、釈迦が明言されているお言葉である。\n\n・**因果応報**\n\n　蒔いたタネは必ず生えること。\n\n・**来世**\n\n　死後。未来世。\n\n・**無我**\n\n　固定不変のものは存在しない、ということ。\n\n　経文の意味は、こうなる。\n\n「蒔いたタネは必ず結果を生ずるから、『死後は無になる』ということはない。固定不変の我というものは存在しないから、『死後、霊魂なるものが存続する』ということはない」\n\n・龍樹菩薩は、この釈迦の教え通り、「常見（有の見）」「断見（無の見）」いずれの外道をも徹底的に打ち破られ、真実の仏法を鮮明にされたので、親鸞聖人は、\n\n「**悉能摧破有無見**（悉く能く有無の見を摧破し）\n　**宣説大乗無上法**（大乗無上の法を宣説す）」\n\nと『正信偈』で龍樹菩薩を褒められている。\n\n・仏教は、三世を貫いている永遠の生命を説く。それは「**暴流（滝）の如し**」といわれるように、身口意の行為が業力となって、変化しながら続いていくから、固定不変のものではない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-21","globalId":"scripture:1-21","sortOrder":"000020","kind":"scripture","title":"1-21","content":"過去も未来も現在に収まっているという「三世因果」を説かれた釈尊のお言葉と根拠を示せ。\n◯汝ら、過去の因を知らんと欲すれば現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（因果経）","href":"/qa/1-21","号":1,"問番号":21,"問":"過去も未来も現在に収まっているという「三世因果」を説かれた釈尊のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯汝ら、過去の因を知らんと欲すれば現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（因果経）","解説書":"【**解説**】\n\n・**過去**\n\n　人間に生まれる以前の総て。とりつめれば去年であり、昨日であり、前の一時間であり、吐いた息が過去である。\n\n・**現在**\n\n　生まれてから死ぬまでの80年乃至100年の人生。とりつめれば今年であり、今日であり、今の一時間であり、今の呼吸が現在である。\n\n・**未来**\n\n　死んだ後の永遠。叩けば来年であり、明日であり、一時間先であり、吸わんとする息が未来である。\n\n◯**三世**とは、吸う息・吐く息の中にある。即ち、念々のうちに三世がおさまっていることになる。ゆえに現在の自己を徹見すれば、過去の自己も未来の自己もすべて分かる。現在は過去と未来を解く鍵である。\n\n＊**参照**\n\n『親鸞聖人の花びら』桜の巻（44ページ）\n「親鸞聖人と三世因果」","講師試験id":[],"独言id":["1"],"大喝id":[]},{"id":"1-22","globalId":"scripture:1-22","sortOrder":"000021","kind":"scripture","title":"1-22","content":"人間は、百八の煩悩のかたまりであるから、煩悩具足の凡夫と言われるが、\n中でも三つの恐ろしいものを三毒の煩悩と言われる。ついで恐ろしい三つを加えて六大煩悩と言う。\nその三毒の煩悩と、六大煩悩を示せ。\n(1)貪欲　┓\n(2)瞋恚　╋━　三毒\n(3)愚痴　┛\n(4)疑　　┓\n(5)慢　　╋━　三毒と合わせて\n(6)悪見　┛　　六大煩悩と言う。","href":"/qa/1-22","号":1,"問番号":22,"問":"人間は、百八の煩悩のかたまりであるから、煩悩具足の凡夫と言われるが、\n中でも三つの恐ろしいものを三毒の煩悩と言われる。ついで恐ろしい三つを加えて六大煩悩と言う。\nその三毒の煩悩と、六大煩悩を示せ。","答":"(1)貪欲　┓\n(2)瞋恚　╋━　三毒\n(3)愚痴　┛\n(4)疑　　┓\n(5)慢　　╋━　三毒と合わせて\n(6)悪見　┛　　六大煩悩と言う。","解説書":"【**解説**】\n\n◯**煩悩**\n\n　我々を煩わせ悩ませるもの。苦しませるもの。全部で百八つある。\n\n・**貪欲**\n\n　無ければ欲しい、有ればもっと欲しいと、際限なく求める欲の心。（問23参照）\n\n・**瞋恚**\n\n　欲が妨げられると、カッと腹が立つ怒りの心。\n\n・**愚痴**\n\n　愚も痴も「バカ」という字。因果の道理が分からぬところから起きるウラミ・ネタミ・ソネミの心。\n\n・**疑**\n\n　人や物を疑う心。我々を苦しめる疑心暗鬼の心。\n\n・**慢**\n\n　仏道修行者を最後まで苦しめる自惚れ心。（問24参照）\n\n・**悪見**\n\n　悪くしか見れない心。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-23","globalId":"scripture:1-23","sortOrder":"000022","kind":"scripture","title":"1-23","content":"我々にはいろいろの貪欲があるが、その代表的な欲を五欲と言われる。その五欲を記せ。\n◯食欲\n◯財欲\n◯色欲\n◯名誉欲\n◯睡眠欲","href":"/qa/1-23","号":1,"問番号":23,"問":"我々にはいろいろの貪欲があるが、その代表的な欲を五欲と言われる。その五欲を記せ。","答":"◯食欲\n◯財欲\n◯色欲\n◯名誉欲\n◯睡眠欲","解説書":"【**解説**】\n\n**○食欲**\n\n　食べたい、飲みたい欲。\n\n**○財欲**\n\n　金や物が欲しい欲。\n\n**○色欲**\n\n　異性を求める欲。\n\n**○名誉欲**\n\n　褒められたい、悪口言われたくない欲。\n\n**○睡眠欲**\n\n　眠たい、楽がしたい欲。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-24","globalId":"scripture:1-24","sortOrder":"000023","kind":"scripture","title":"1-24","content":"自惚れ心を慢と言う。いろいろの自惚れ心を七つに分けて七慢と言われる。その七慢を記せ。\n◯慢　　　│　○増上慢\n◯過慢　　│　○卑下慢\n◯慢過慢　│　○邪慢\n◯我慢　　│\n\n\n","href":"/qa/1-24","号":1,"問番号":24,"問":"自惚れ心を慢と言う。いろいろの自惚れ心を七つに分けて七慢と言われる。その七慢を記せ。","答":"◯慢　　　│　○増上慢\n◯過慢　　│　○卑下慢\n◯慢過慢　│　○邪慢\n◯我慢　　│\n\n\n","解説書":"【**解説**】\n\n**○慢**\n\n　自分よりも劣った相手を見下す心。\n\n**○過慢**\n\n　同じ程度の相手なのに、自分の方が優れていると誇る心。\n\n**○慢過慢**\n\n　自分よりも優れた相手なのに、そうとは認められず、自分の方が上だと思う心。\n\n**○我慢**\n\n　自分の間違いに気づきながら、どこまでも自分の意見を押し通そうとする心。（一般に使われる「忍耐」の意味ではない）\n\n**○増上慢**\n\n　覚りを開いてもいないのに、覚ったと自惚れる心。\n\n**○卑下慢**\n\n　己のお粗末さを謙遜しながら、その謙遜さをニンマリ鼻にかける心。\n\n**○邪慢**\n\n　自惚れる値のない、とんでもないことを自慢する心。\n\n◯これらの自惚れ心から、我々は離れることができない。","講師試験id":[],"独言id":["3"],"大喝id":[]},{"id":"1-25","globalId":"scripture:1-25","sortOrder":"000024","kind":"scripture","title":"1-25","content":"凡夫（人間）というものを定義された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「凡夫」というは無明・煩悩われらが身にみちみちて、欲もおおく、瞋り腹だち、そねみねたむ心多く間なくして、臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず。\n　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","href":"/qa/1-25","号":1,"問番号":25,"問":"凡夫（人間）というものを定義された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「凡夫」というは無明・煩悩われらが身にみちみちて、欲もおおく、瞋り腹だち、そねみねたむ心多く間なくして、臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず。\n　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","解説書":"【**解説**】\n\n「人間というものは、欲や怒り、腹立つ心、ねたみそねみなどの、かたまりである。これらは死ぬまで、静まりもしなければ減りもしない。もちろん、断ち切れるものでは絶対にない」\n\n・**無明**\n\n　ここで「無明」といわれているものは、弥陀の救いに遇ったときになくなる「無明の闇」のことではなく、欲や怒りの煩悩のことである。\n\n・**臨終**\n\n　肉体の臨終のこと。死ぬ瞬間を「臨終の一念」と言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["13"]},{"id":"1-26","globalId":"scripture:1-26","sortOrder":"000025","kind":"scripture","title":"1-26","content":"人間の身口意の三業の実相を説かれた\n『大無量寿経』の仏語を書け。\n◯心常念悪　│　心常に悪を念じ\n　口常言悪　│　口常に悪を言い\n　身常行悪　│　身常に悪を行じ\n　曽無一善　│　曽て一善無し","href":"/qa/1-26","号":1,"問番号":26,"問":"人間の身口意の三業の実相を説かれた\n『大無量寿経』の仏語を書け。","答":"◯心常念悪　│　心常に悪を念じ\n　口常言悪　│　口常に悪を言い\n　身常行悪　│　身常に悪を行じ\n　曽無一善　│　曽て一善無し","解説書":"【**解説**】\n\n◯仏さまは、「見ておるぞ」「聞いておるぞ」「知っておるぞ」の**見聞知**のお方。ゆえに我々の身口意の三業を見ておられる。\n\n中でも「**心常念悪**」と、「**心（意**）」について言われているのは、元は心だからである。「心」は\"火の元\"、「口」や「体」は\"火の粉\"のようなもの。元である「心」で悪いことばかり思い続けているから、「口」も「体」もみな悪に染まる。「常に」とは、途切れる間なく、ということ。されば、「**人間の身口意の三業は総て悪ばかり、いまだ曽てまことの善は一つもない**」と説かれた釈迦のお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":["2"],"大喝id":[]},{"id":"1-27","globalId":"scripture:1-27","sortOrder":"000026","kind":"scripture","title":"1-27","content":"「心常念悪」であることを教えられた善導大師のお言葉を書け。\n◯一人一日のうちに八億四千の憶いあり、念々になすところこれみな三塗の業なり。","href":"/qa/1-27","号":1,"問番号":27,"問":"「心常念悪」であることを教えられた善導大師のお言葉を書け。","答":"◯一人一日のうちに八億四千の憶いあり、念々になすところこれみな三塗の業なり。","解説書":"【**解説**】\n\n「一人が一日に、八億四千遍、心が変わる。その総ては悪いことばかりである」\n\n・**八億四千**\n　極めて数が多いこと。\n\n・**三塗の業**\n　悪い行為。\n\n◯善導大師は、大変まじめな方で、30年間、一度も布団を敷いて休まれることなく仏教の勉学に励まれ、また、修行の妨げにならぬようにと、道で女性とすれ違う時は笠で顔を隠された、といわれる。\nその善導大師のような方でさえ、心は変わり通しで悪ばかり、と告白されている。\n知らされたご自身を通して、万人の心の真実を教えられたお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-28","globalId":"scripture:1-28","sortOrder":"000027","kind":"scripture","title":"1-28","content":"仏教で教える一番重い罪から順序よく三つあげよ。\n(1)謗法罪\n(2)五逆罪\n(3)十悪","href":"/qa/1-28","号":1,"問番号":28,"問":"仏教で教える一番重い罪から順序よく三つあげよ。","答":"(1)謗法罪\n(2)五逆罪\n(3)十悪","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 謗法罪**\n　仏法を謗る罪。　　（問35参照）\n\n(**2) 五逆罪**\n　五つの恐ろしい罪。（問33参照）\n\n(**3) 十悪**\n　十の悪い行い。　　（問29参照）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-29","globalId":"scripture:1-29","sortOrder":"000028","kind":"scripture","title":"1-29","content":"十悪を列記せよ。\n(1)貪欲(2)瞋恚(3)愚痴　　　　 ── 意業\n(4)綺語(5)両舌(6)悪口(7)妄語　── 口業\n(8)殺生(9)偸盗(10)邪淫　　　　 ── 身業","href":"/qa/1-29","号":1,"問番号":29,"問":"十悪を列記せよ。","答":"(1)貪欲(2)瞋恚(3)愚痴　　　　 ── 意業\n(4)綺語(5)両舌(6)悪口(7)妄語　── 口業\n(8)殺生(9)偸盗(10)邪淫　　　　 ── 身業","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 貪欲**\n\n　底の知れない欲で造る罪。金が欲しい、誉められたい、もっともっとと限りなく欲しいものを求める心で、親子・兄弟・恩師にでも、恐ろしいことを思う。\n\n(**2) 瞋恚**\n\n　怒りの心で造る罪。欲が妨げられると、あいつのせいで儲け損なった、こいつのせいで恥かかされたと心の中で相手を切り刻む。\n\n(**3) 愚痴**\n\n　ウラミ・ネタミ・ソネミの心で、相手の才能や美貌、金や財産、名誉や地位を妬み、他人の不幸をよろこぶ心。\n\n(**4) 綺語**\n\n　心にも無いおべっか（お世辞）を言って相手を騙す言葉。\n\n(**5) 両舌**\n\n　二枚舌。仲良い人の間を裂いて、仲悪くさせることを言うこと。離間語ともいう。\n\n(**6) 悪口**\n\n　中傷、わる口のこと。他人を傷つける言葉。\n\n**＊参照**\n\n『光に向かって１００の花束』（146ページ）\n「二十四度殺された老婆」\n\n(**7) 妄語**\n\n　事実無根のウソをついて相手を苦しめる。\n\n(**8) 殺生**\n\n　生き物を殺すこと。（問31参照）\n\n(**9) 偸盗**\n\n　他人のものを盗むこと。分不相応なものを所有したり、他人の時間を奪うことも。\n\n(**10) 邪淫**\n\n　よこしまな男女関係。\n\n**＊参照**『なぜ生きる』（223ページ）「刀葉林地獄」\n\n◯このように、心や口や体で十悪を造り続けている私たちだが、中でも口や体をそうさせる心のすがたをよくよく見つめよ、と教えられるのが仏教である。\n　\n・「**十悪**」の反対を「**十善**」という。すなわち「不貪欲」「不瞋恚」「不愚痴」……と、十悪に「不」をつけたものが、「十の善い行い」である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-3","globalId":"scripture:1-3","sortOrder":"000002","kind":"scripture","title":"1-3","content":"さとりといっても仏教では五十二あるが、それを示せ。\n(1)十信\n(2)十住\n(3)十行\n(4)十回向\n(5)十地\n(6)等覚\n(7)妙覚","href":"/qa/1-3","号":1,"問番号":3,"問":"さとりといっても仏教では五十二あるが、それを示せ。","答":"(1)十信\n(2)十住\n(3)十行\n(4)十回向\n(5)十地\n(6)等覚\n(7)妙覚","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**さとり**」は、漢字では「覚り」「悟り」などと書く。低いさとりから高いさとりまで、五十二の位がある。（『華厳経』などに説かれている）\n\n(**1) 十信………10段目**\n(**2) 十住………20段目**\n(**3) 十行………30段目**\n(**4) 十回向……40段目**\n(**5) 十地………50段目**\n\n(1)～(5)は50段目までの名前。　\n\n・例えば、8段目は「八信」、\n　　　　　26段目は「六行」、\n　　　　　41段目は「初地」。\n\n(**6) 等覚……51段目**\n\n「仏のさとり」とほとんど等しいさとり故に、「**等覚**」といわれている。菩薩の最高位。有名な弥勒菩薩や地蔵菩薩、観音菩薩は、等覚の菩薩である。\n\n(**7) 妙覚……52段目**\n\n　最高の、妙なる覚り。仏覚をいう。これ以上のさとりはないので「**無上覚**」ともいわれる。『阿弥陀経』によく言われている「**阿耨多羅三藐三菩提**」も「仏覚」のこと。親鸞聖人は略して「**阿耨菩提**」とも言われている。\n\n◯「**さとる**」とは、「すべての人が真の幸福になれる、大宇宙の真理をさとる」こと。\n\n　山登りに例えると、一合目よりも二合目、三合目と、登れば登るほど見える景色が広がっていき、最後、頂上に達した時、辺り一面が見渡せるようになるようなもの。仏覚に到達して初めて、大宇宙の真理をすべて覚ることができる。その「仏覚」を開いた方のみを「仏」という。\n\n・「**仏**」は「佛」の略字。「人非」（人に非ず）から変化した。「迷いの人間ではない」の意。\n\n・地球上でこの仏覚を開かれた方は、お釈迦さま以外にない。これを「**釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし**」といわれる。\n\n（**参考**）\n\n・**達磨**……面壁九年の修行をしたが、30段そこそこであったといわれる。\n・**天台（智者**）……五品弟子位どまりであったと、臨終に弟子に告白している。\n\n◯**不退転位**\n\n　さとりの52位中、40段までが「退転位」、41段以上が「不退転位」である。「退転」とは、油断すると覚りが崩れること。「不退転位」は、どんなことがあっても崩れない位。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-30","globalId":"scripture:1-30","sortOrder":"000029","kind":"scripture","title":"1-30","content":"人間の心と言葉の不実さを道破された釈尊のお言葉を『大無量寿経』の御文で示せ。\n◯心口各異　言念無実","href":"/qa/1-30","号":1,"問番号":30,"問":"人間の心と言葉の不実さを道破された釈尊のお言葉を『大無量寿経』の御文で示せ。","答":"◯心口各異　言念無実","解説書":"【**解説**】\n\n「**心と口は、おのおの異なり、言っていることと、念っていることに、まことが無い**」\nと読む。\n\n「すべての人は、心で思っていることと、口で言っていることが異なる。だから言っていることにも、思っていることにもまことがない。ウソ偽りばかりだ」\nといわれている。\n\n**＊参照**\n\n『なぜ生きる』（232ページ）\n「ウソくらべ　死にたがる婆　とめる嫁」\n\n・「心の通りに口は言う」ということと、「心にもないことを言う」心口各異とでは、一見合わないように思われる。だが、「今こんな本心をしゃべったら嫌われるだろう。だから本心と違うことを言おう」と、やはり「心」で思った通りに「口」は言うのである。その心と口、いずれもウソ偽りばかり、と道破された釈迦のお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-31","globalId":"scripture:1-31","sortOrder":"000030","kind":"scripture","title":"1-31","content":"仏教で殺生に三通りある、と教えられているが、それを記せ。簡単な説明もせよ。\n◯自殺　────　自分で生き物を殺す。\n◯他殺　────　他人に命じて殺す。\n◯随喜同業　──　他人が殺生しているのを見て\n　　　　　　　　　楽しむ心があれば同罪。","href":"/qa/1-31","号":1,"問番号":31,"問":"仏教で殺生に三通りある、と教えられているが、それを記せ。簡単な説明もせよ。","答":"◯自殺　────　自分で生き物を殺す。\n◯他殺　────　他人に命じて殺す。\n◯随喜同業　──　他人が殺生しているのを見て\n　　　　　　　　　楽しむ心があれば同罪。","解説書":"【**解説**】\n\n◯我々は動物を食べるのを当たり前だと思っている。だが食べられる動物たちは決して、人間に食べられるのが当然とは思っていないだろう。どんな生き物でも、死にたくないのは、私たちと変わらない。\nお釈迦さまは、「**すべての生命は平等であり上下はない**」と教えられている。人間の命だけを尊いと考えるのは、人間の勝手な言い分であり、殺生は恐ろしい罪に変わりはない。\nその殺生に三通りあると教えられている。\n\n**○自殺**\n\n　食べるために魚や鳥を殺したり、蜂や蚊に刺されて怒りのあまり殺したり、遊びのために釣りや猟など自分で動物を殺すこと。\n\n**○他殺**\n\n　他人に依頼して生き物を殺させること。自分で直接殺さなくても、自分が殺したのと同罪になると教えられている。\n\n**○随喜同業**\n\n　生き物が殺されているのを楽しんだり、殺された魚や牛の肉に舌つづみを打って喜んでいること。\n\n◯我々は、おびただしい殺生をせずしては生きられない、深い業を持っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-32","globalId":"scripture:1-32","sortOrder":"000031","kind":"scripture","title":"1-32","content":"仏の説かれた親の大恩十種を記せ。\n(1)懐胎守護の恩　｜　(6)　洗潅不浄の恩\n(2)臨生受苦の恩　｜　(7)　嚥苦吐甘の恩\n(3)生子忘憂の恩　｜　(8)　為造悪業の恩\n(4)乳哺養育の恩　｜　(9)　遠行憶念の恩\n(5)廻乾就湿の恩　｜　(10)　究竟憐愍の恩","href":"/qa/1-32","号":1,"問番号":32,"問":"仏の説かれた親の大恩十種を記せ。","答":"(1)懐胎守護の恩　｜　(6)　洗潅不浄の恩\n(2)臨生受苦の恩　｜　(7)　嚥苦吐甘の恩\n(3)生子忘憂の恩　｜　(8)　為造悪業の恩\n(4)乳哺養育の恩　｜　(9)　遠行憶念の恩\n(5)廻乾就湿の恩　｜　(10)　究竟憐愍の恩","解説書":"【**解説**】\n\n◯『**仏説父母恩重経**』に説かれている。「**父母の恩の重きこと、天の極まりなきが如し**」。その親の恩を十にまとめて教えられたもの。\n\n(**1) 懐胎守護の恩**\n\n　子を宿し、十月十日、無事な出産を念じ続けて下された恩。\n\n(**2) 臨生受苦の恩**\n\n　月満ちて、出産の時、陣痛の苦しみに耐えて下された恩。\n\n(**3) 生子忘憂の恩**\n\n　子が生まれると、それまでの一切の苦しみを忘れ、喜んで下された恩。\n\n(**4) 乳哺養育の恩**\n\n　昼夜を問わず乳を与え、成長するまで育てて下された恩。母乳は血液から造られる。\n\n(**5) 廻乾就湿の恩**\n\n　おねしょで濡れた処へ自分が移り、暖かい所へ子供をやり、愛育して下された恩。\n\n(**6) 洗潅不浄の恩**\n\n　汚い物も厭わず洗って下された恩。\n\n(**7) 嚥苦吐甘の恩**\n\n　自分はまずい所や残り物を食べ、子供には美味しい物を食べさせて下された恩。\n\n(**8) 為造悪業の恩**\n\n　子供のために悪い報いを覚悟して、あえて悪業さえして下された恩。\n\n(**9) 遠行憶念の恩**\n\n　遠くに子供が行く程、余計に心配し続けて下された恩。\n\n(**10) 究竟憐愍の恩**\n\n　子供がどんな高齢になっても親は、思い続けて下される恩。\n\n◯親の大恩を知らなければ、五逆罪の恐ろしさも分からない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-33","globalId":"scripture:1-33","sortOrder":"000032","kind":"scripture","title":"1-33","content":"五逆罪を列記せよ。\n(1)父殺し\n(2)母殺し\n(3)羅漢殺し\n(4)和合僧を破る\n(5)仏身より血を出す","href":"/qa/1-33","号":1,"問番号":33,"問":"五逆罪を列記せよ。","答":"(1)父殺し\n(2)母殺し\n(3)羅漢殺し\n(4)和合僧を破る\n(5)仏身より血を出す","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 父殺し**\n\n(**2) 母殺し**\n\n　大恩ある親を殺す罪。手にかけて殺さずとも、心で「邪魔だなぁ」と思うだけでも、五逆罪になる。（問34参照）\n\n(**3) 羅漢殺し**\n\n　羅漢は、阿羅漢ともいわれ、仏道修行をして相当高いさとりを開いた人。その羅漢を殺す罪。\n\n(**4) 和合僧を破る**\n\n　僧とは、仏教を正しく伝える人。和合僧とは、真実の仏教を伝える人たちの団結や組織のこと。その和合を乱す行為をいう。\n　それは、人類の救われる唯一の教えである仏教を伝える活動を妨げる恐ろしい罪である。\n\n(**5) 仏身より血を出す**\n\n　仏さまのお身体に傷をつけ、血を流させる罪。提婆達多は、釈尊の御足を傷つけ流血させた。彼は狂死したとも、生きながらにして、大地が割れて無間地獄に堕在した、とも伝えられている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-34","globalId":"scripture:1-34","sortOrder":"000033","kind":"scripture","title":"1-34","content":"親をそしる者を五逆罪の者と言われた、親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。\n◯親をそしる者をば五逆の者と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/1-34","号":1,"問番号":34,"問":"親をそしる者を五逆罪の者と言われた、親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯親をそしる者をば五逆の者と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"【**解説**】\n\n◯親を包丁で刺し殺したり、金属バットで殴り殺すなど、手にかけて殺すばかりが五逆罪ではない。「早く死んでしまえ」と言うのは無論だが、「うるさい」「あっちへ行け」などとののしるのも五逆罪である、と親鸞聖人は教えられている。\n\nまた仏教では、「殺るよりも、劣らぬものは、思う罪」といわれ、もっとも恐ろしいのは「心で殺す」罪である。「心で親を殺す」とは、一つ屋根の下に暮らしておりながらロクに口も利かず、呼ばれても聞こえないふりして親を邪魔者扱いすることである。\n\nまた、「こんなに苦しいのなら死んだ方がましだ」と、\"生みさえしなかったら苦しまなくてもよかったのに\"と親を恨み、呪っている心であり、心で親を殺しているのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-35","globalId":"scripture:1-35","sortOrder":"000034","kind":"scripture","title":"1-35","content":"善知識をおろそかに思うことが謗法罪になる、と仰有った親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。\n◯善知識をおろかに思い、師をそしる者をば、謗法の者と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/1-35","号":1,"問番号":35,"問":"善知識をおろそかに思うことが謗法罪になる、と仰有った親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯善知識をおろかに思い、師をそしる者をば、謗法の者と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**謗法罪**」とは、真実の仏法を謗ったり非難する罪をいう。\n\n大恩ある親を殺す**五逆罪**も大変恐ろしい罪だが、最も恐ろしいのが仏法を謗る罪であり、**無間業**と教えられている。それは、全人類が救われるたった一本の道が仏法であり、それをぶち壊し、幾億兆の人を地獄へ堕とすことになるからである。\n\nだが、「仏法も鉄砲もあるか」「仏教なんて迷信だ」「邪教だ」とののしる者だけが、謗法しているのではない。「善知識をおろそかに思う」ことも謗法罪であると親鸞聖人は教えられているお言葉である。\n\n「善知識」とは、仏教を教える先生のことであり、「おろかに思う」とは、おろそかにする、軽んずること。\n\n・居眠り半分で聞く。\n・他のことを考えながら聞く。\n・「どれだけ聞いても分からん」と不平を言う。\n・「今日の話は長かった」「短かった」と批評する。\n\nこれらは、善知識を疎かにする謗法罪である。\n\n◯仏法聞かぬ人は「仏法聞くなら他の事をする」と身体で謗法罪を造り、聞いている人は聞きながら、謗法罪を造っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["49"]},{"id":"1-36","globalId":"scripture:1-36","sortOrder":"000035","kind":"scripture","title":"1-36","content":"「死んでゆくときはみんな丸裸である」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/1-36","号":1,"問番号":36,"問":"「死んでゆくときはみんな丸裸である」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「かねてから頼りにし、力にしていた妻子や財宝は、死んでゆくときには、何ひとつ頼りになるものはない。みんな剥ぎ取られて、一人でこの世を去らねばならない」\n\nと、後生の一大事を警鐘乱打されているお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":["68"],"大喝id":["14","15","16","21","43"]},{"id":"1-37","globalId":"scripture:1-37","sortOrder":"000036","kind":"scripture","title":"1-37","content":"臨終のおそるべき心相を説かれた『大無量寿経』の御文を書け。\n◯大命将に終らんとして悔懼交至る。","href":"/qa/1-37","号":1,"問番号":37,"問":"臨終のおそるべき心相を説かれた『大無量寿経』の御文を書け。","答":"◯大命将に終らんとして悔懼交至る。","解説書":"【**解説**】\n\n「臨終に、後悔と恐れが、代わる代わるやってくる」\n\n・**大命**\n　肉体の命。\n\n・**悔**\n　過去の行為に対する後悔。\n\n・**懼**\n　後生の恐れ。\n\n**＊参照**『なぜ生きる』（145ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["15","21","65"]},{"id":"1-38","globalId":"scripture:1-38","sortOrder":"000037","kind":"scripture","title":"1-38","content":"この世の自業苦から死後の地獄へ堕ちてゆく、と教えられた『大無量寿経』のお言葉を示せ。\n◯従苦入苦　従冥入冥","href":"/qa/1-38","号":1,"問番号":38,"問":"この世の自業苦から死後の地獄へ堕ちてゆく、と教えられた『大無量寿経』のお言葉を示せ。","答":"◯従苦入苦　従冥入冥","解説書":"【**解説**】\n\n◯「苦より苦に入り、冥より冥に入る」と読む。「今の苦より、死後の苦に入ってゆく」と仰ったお言葉である。「ジゴク」は中国の昔の言葉で、「苦しみの世界」のこと。\n\n何のために生まれてきたのか分からず、「私ほど業なものはない」と他人を恨み世間を呪い、「こんな辛いのなら死んだほうがましだ」と苦しむ暗い生活が、この世のジゴクである。\n\nこのような、現在が闇の生活を送っている人は、死後も必ず闇のジゴクへ堕ちて苦しまねばならないことを、\n「**従苦入苦、従冥入冥**」\nと説かれている。\n\n現在の延長が未来であるから、現在の自業苦が救われなければ、未来の地獄は助からない。だから現在の救いを急げ、と親鸞聖人は強調されているのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["44","63"]},{"id":"1-39","globalId":"scripture:1-39","sortOrder":"000038","kind":"scripture","title":"1-39","content":"「地獄へ堕ちてから、善知識の教えに従わなかったことを後悔する」と仰せられた善導大師のお言葉を書け。\n◯一たび地獄に入りて長苦を受くる時、始めて人中の善知識を憶う。","href":"/qa/1-39","号":1,"問番号":39,"問":"「地獄へ堕ちてから、善知識の教えに従わなかったことを後悔する」と仰せられた善導大師のお言葉を書け。","答":"◯一たび地獄に入りて長苦を受くる時、始めて人中の善知識を憶う。","解説書":"【**解説**】\n\n「死後、地獄に堕ち長苦を受けて始めて、『なぜ人間界にいた時、真剣に仏法を聞かなかったのか』と、善知識を思い出し、後悔する」\n\n・**長苦**\n　想像を絶する苦しみ。「長い」とは、苦しみの激しさ、深刻さを表されている。\n\n・**人中**\n　人間の世界。\n\n・「**夢の浮世を　日長に思い　暮れて泣きやる　寒苦鳥**」\n\n　雪山（ヒマラヤ）に、四季を通して雪の中にすむ「寒苦鳥」という鳥がいた。昼になると夜の寒さを忘れて、餌を求めて飛び歩き、日暮れになると寒気が身に沁みて、夜通し泣き悲しむので寒苦鳥といわれたそうである。\n\n　我々も地獄を出る時は、「こんな世界へは二度と来まい」と固く心に誓うのだが、人間界に出るとすぐ忘れて仏法聞かず、また地獄へ堕ちて泣くのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["31","65"]},{"id":"1-4","globalId":"scripture:1-4","sortOrder":"000003","kind":"scripture","title":"1-4","content":"仏覚をえた人を如来とも言うが、どんな意味か。\n◯真如より来現した人という意味。","href":"/qa/1-4","号":1,"問番号":4,"問":"仏覚をえた人を如来とも言うが、どんな意味か。","答":"◯真如より来現した人という意味。","解説書":"【**解説**】\n\n・**真如**\n\n　何時でも何処でも変わらない大宇宙の真理。「真理」といっても、科学的真理、数学的真理ではなく、「すべての人が幸福になれる真理」を、仏教では「**真如**」といわれる。\n\n・**来現**\n\n　現れ来ること。「**来生**」ともいう。\n\n◯「仏覚をえた人（仏）」とは、真如を体得し、我々を真実の幸福に導くために現れ来られた方だから、「**如来**」ともいわれるのである。\n\n（参考）　\n\n・**離言真如**……「真如」は本来、説けない（言葉を離れている）こと。「真如」そのもの。\n・**依言真如**……「真如」を言葉で表現したもの。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-40","globalId":"scripture:1-40","sortOrder":"000039","kind":"scripture","title":"1-40","content":"三位の臨終を示し、簡単な意味も記せ。\n(1)心明了位の臨終 ─── 前五識の臨終。\n(2)身体愛法位の臨終 ── 意識の臨終。\n(3)心不明了位の臨終 ── 阿頼耶識が転生する。","href":"/qa/1-40","号":1,"問番号":40,"問":"三位の臨終を示し、簡単な意味も記せ。","答":"(1)心明了位の臨終 ─── 前五識の臨終。\n(2)身体愛法位の臨終 ── 意識の臨終。\n(3)心不明了位の臨終 ── 阿頼耶識が転生する。","解説書":"【**解説**】\n\n◯臨終に三つの段階がある、と教えられたもの。\n\n(**1) 心明了位の臨終**\n\n　まだ意識（心）のある（明了）段階で、まず目は見えず音も聞こえなくなり、前五識が臨終を迎え、意思を伝える術もなくなる。\n\n(**2) 身体愛法位の臨終**\n\n　最も愛着のある身体を含め、総てのものと生木引き裂くように別れねばならぬ、最も苦しい、意識が死んでゆく時。\n\n(**3) 心不明了位の臨終**\n\n　意識（心）は已に死んでいる（不明了）段階で、最後、阿頼耶識が次の世界を生み出す（転生）。\n\n・「身体愛法位の臨終」を迎えていても、すでに前五識が亡くなっているため他人には分からない。\n\n・「安らかに死んだ」「眠るが如く亡くなった」と喜ぶ人があるが、臨終の相で後生が決まるのでも、分かるものでもない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["15"]},{"id":"1-41","globalId":"scripture:1-41","sortOrder":"000040","kind":"scripture","title":"1-41","content":"八大地獄を列記せよ。\n(1)等活地獄　｜　(5)大叫喚地獄\n(2)黒縄地獄　｜　(6)焦熱地獄\n(3)衆合地獄　｜　(7)大焦熱地獄\n(4)叫喚地獄　｜　(8)阿鼻地獄\n　　　　　　　　（無間地獄とも言う）","href":"/qa/1-41","号":1,"問番号":41,"問":"八大地獄を列記せよ。","答":"(1)等活地獄　｜　(5)大叫喚地獄\n(2)黒縄地獄　｜　(6)焦熱地獄\n(3)衆合地獄　｜　(7)大焦熱地獄\n(4)叫喚地獄　｜　(8)阿鼻地獄\n　　　　　　　　（無間地獄とも言う）","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**地獄**」とは、苦しみの世界（苦界）のこと。インドの言葉で「**ナラカ**」。（「奈落」は、ここから来ている）\n\n地獄を八つに分けられているのが、「**八大地獄**」である。「**八熱地獄**」ともいわれる。\n\n源信僧都は『往生要集』に、『正法念経』『観仏三昧経』などの経典や、『智度論』『倶舎論』『瑜伽論』などに説かれている地獄の様子を細説されている。\n\n(**1) 等活地獄**\n\n　八大地獄の中では最も軽い地獄。人間界の九百万年を一日一夜とし、五百歳の寿命を持つ。ここに堕ちた者は、悉く手に鉄の爪を生じ、互いの肉を破り合うと説かれている。\n\n(**2) 黒縄地獄**\n\n　等活地獄の下にある。獄卒（鬼）が罪人を熱鉄の地に臥せて、熱鉄の縄を縦横に押しつけ、その縄に随って熱鉄の斧や鋸をもって罪人を引きさくと説かれている。\n\n(**3) 衆合地獄**\n\n　黒縄地獄の下にある。二つの石山の間に獄卒が罪人を追い込んで押し潰し、或いは砥石にかけ、鉄臼で餅の様につく。刀葉林地獄もここにあると説かれている。\n\n(**4) 叫喚地獄**\n\n　衆合地獄の下にある。大鍋に投げ込まれ煮られ、更に大火坑で焼かれる。\n\n(**5) 大叫喚地獄**\n\n　叫喚地獄の下にある。苦相は同じだが、苦しみの程度は叫喚地獄の十倍。\n\n(**6) 焦熱地獄**\n\n　大叫喚地獄の下にある。熱鉄地に煎餅の様に叩き潰され、大火炎の中に投げ込まれ、全身の孔から火を噴き始める。この地獄の火に比べると、前五つの地獄の火などは雪か霜の如しと説かれている。\n\n(**7) 大焦熱地獄**\n\n　焦熱地獄の下にある。苦相は同じだが、苦しみの程度は焦熱地獄の十倍。\n\n(**8) 阿鼻地獄**\n\n　最も苦しみの激しい地獄。前七つの地獄のさらに下にある、と説かれている。寿命は八万劫。一劫は4億3千2百万年。苦しみがヒマなくやってくるので「**無間地獄**」といわれる。\n\n◯五逆と謗法の者は、無間地獄へ堕ちると説かれている。\n\n**＊参照**『白道燃ゆ』（87ページ）「地獄は何処にある」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["17"]},{"id":"1-42","globalId":"scripture:1-42","sortOrder":"000041","kind":"scripture","title":"1-42","content":"「本当の地獄の苦しみは、どんな喩えでも説けない」と言われた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯諸々の比丘よ、如何なる喩と雖も、如何に地獄の苦なりやを説くこと能わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（賢愚経）","href":"/qa/1-42","号":1,"問番号":42,"問":"「本当の地獄の苦しみは、どんな喩えでも説けない」と言われた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯諸々の比丘よ、如何なる喩と雖も、如何に地獄の苦なりやを説くこと能わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（賢愚経）","解説書":"【**解説**】\n\n・**比丘**\n　仏弟子。\n\n◯「地獄の苦しみはどんな喩えでも説けない」と仰る釈尊が、300本の槍の喩えや鋼鉄の車に泣く牛の喩え、人間の実相の喩え話などで説かれているのは、なんとか後生の一大事を分からせようとされてのことである。\n\n獄卒（鬼）や湯玉たぎる釜なども、苦しみをあらわす表現である。\n\n・「**火の車 造る大工は なけれども 己が造りて 己が乗りゆく**」\n\n「地獄」は、「地下にある牢獄」ではなく、自らの悪業が生み出す、苦しみの世界なのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["17"]},{"id":"1-43","globalId":"scripture:1-43","sortOrder":"000042","kind":"scripture","title":"1-43","content":"「善知識の教えに従わないから、永遠に苦しみ続けなければならぬのだ」と教えられた、釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯教語開示すれども信用する者は少し。生死休まず、悪道絶えず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/1-43","号":1,"問番号":43,"問":"「善知識の教えに従わないから、永遠に苦しみ続けなければならぬのだ」と教えられた、釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯教語開示すれども信用する者は少し。生死休まず、悪道絶えず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n\n・**教語**\n　真実の仏教。\n\n・**生死**\n　苦しみ悩み。迷いの世界を、生まれ変わり死に変わりすること。\n\n・**悪道**\n　苦しみの世界。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["31","65"]},{"id":"1-44","globalId":"scripture:1-44","sortOrder":"000043","kind":"scripture","title":"1-44","content":"吸う息吐く息と触れ合っているのが「後生の一大事」だ、と教えられている『教行信証』のお言葉を記せ。\n◯呼吸の頃すなわちこれ来生なり。一たび人身を失いぬれば万劫にも復らず。この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。願わくは深く無常を念じて、徒に後悔を貽すことなかれ。","href":"/qa/1-44","号":1,"問番号":44,"問":"吸う息吐く息と触れ合っているのが「後生の一大事」だ、と教えられている『教行信証』のお言葉を記せ。","答":"◯呼吸の頃すなわちこれ来生なり。一たび人身を失いぬれば万劫にも復らず。この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。願わくは深く無常を念じて、徒に後悔を貽すことなかれ。","解説書":"【**解説**】\n\n「一息絶えたら次の生である。永久にもどらぬ人生となる。ただ今、人生の目的を達成しなければ、いつできるというのだろうか。永遠のチャンスは今しかない。刻々と迫る無常を凝視して、決して後悔をのこさぬように」\n\n**＊参照**『なぜ生きる』（196ページ）\n\n・「**出息入息　不待命終**」\n\n\"出る息は入る息を待たず、命終わる\"と釈尊は説かれている。吐いた息が吸えないときから後生がはじまる。吸う息吐く息が、死とふれあっている。たとえば12月31日、午後11時59分59秒では、１秒後に31日が１日に、12月が１月に、今年が来年に変わるように、今生が後生に変わるのも一瞬である。されば「後生」といっても、吸う息吐く息の「現在」におさまるのである。\n\n**＊参照**『なぜ生きる』（265ページ）","講師試験id":[],"独言id":["7","8"],"大喝id":["15","18","19","21","42","61","68"]},{"id":"1-45","globalId":"scripture:1-45","sortOrder":"000044","kind":"scripture","title":"1-45","content":"親鸞聖人が比叡山でご修行中、湖水や月を見て後生暗い心の解決できぬことに泣かれ、下山を覚悟せられたことを記した御文と、その根拠をかけ。\n◯定水を凝すと雖も識浪頻に動き、心月を観ずと雖も妄雲猶覆う、而るに一息追がざれば千載に長く往く、何ぞ浮生の交衆を貪って徒に仮名の修学に疲れん、須らく勢利を抛って直に出離を悕うべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎徳文）","href":"/qa/1-45","号":1,"問番号":45,"問":"親鸞聖人が比叡山でご修行中、湖水や月を見て後生暗い心の解決できぬことに泣かれ、下山を覚悟せられたことを記した御文と、その根拠をかけ。","答":"◯定水を凝すと雖も識浪頻に動き、心月を観ずと雖も妄雲猶覆う、而るに一息追がざれば千載に長く往く、何ぞ浮生の交衆を貪って徒に仮名の修学に疲れん、須らく勢利を抛って直に出離を悕うべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎徳文）","解説書":"【**解説**】\n\n「あの湖水のように、なぜ心が静まらぬのか。思ってはならぬことが思えてくる。考えてはならぬことが浮かんでくる。恐ろしい心が噴き上がる。どうしてこんなに欲や怒りが逆巻くのか。あの月を見るように、なぜさとりの月が見れぬのか。みだらな雲がわき上がり、心の天をおおい隠す。こんな暗い心のままで、死んでいかねばならぬのか。かかる一大事を持ちながら、どうして無駄な時を流せよう。はやく俗念を投げ捨てて、この大事を解決せねば」\n\n**＊参照**『なぜ生きる』（128ページ）\n\n・**定水を凝す**\n　静かな水面のような心になろうとする。\n\n・**識浪**\n　心の波。欲や怒りの心が絶えず逆巻くことを、「識浪頻に動き」と言われている。\n\n・**心月**\n　さとりのこと。\n\n・**妄雲**\n　さとりを得るのを妨げる悪い心。\n\n・**千載**\n　永遠。\n\n・**浮生の交衆**\n　世間のつきあい。\n\n・**仮名の修学**\n　はかない修行や学問。\n\n・**勢利**\n　権勢や利益。世間事。\n\n・**出離**\n　苦しみの世界から離れること。\n\n・『**歎徳文**』\n　存覚上人（覚如上人の長子）著。親鸞聖人のご遺徳を讃嘆されている御文。","講師試験id":[],"独言id":["9"],"大喝id":[]},{"id":"1-46","globalId":"scripture:1-46","sortOrder":"000045","kind":"scripture","title":"1-46","content":"釈尊の「四馬の譬喩」を書き、何を表したものかを示せ。\n(1)鞭影を見て驚く馬。\n(2)鞭、毛に触れて驚く馬。\n(3)鞭、肉に当たって驚く馬。\n(4)鞭、骨にこたえて驚く馬。\n　\n◯無常に対する感度を四通りの馬に譬えて表されたもの。","href":"/qa/1-46","号":1,"問番号":46,"問":"釈尊の「四馬の譬喩」を書き、何を表したものかを示せ。","答":"(1)鞭影を見て驚く馬。\n(2)鞭、毛に触れて驚く馬。\n(3)鞭、肉に当たって驚く馬。\n(4)鞭、骨にこたえて驚く馬。\n　\n◯無常に対する感度を四通りの馬に譬えて表されたもの。","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 鞭影を見て驚く馬。**\n\n　落花や火葬場より立ち昇る煙を眺めて、やがて我が身にも襲いかかる死に驚く人。\n「鳥辺山　昨日の煙　今日も立つ\n　　　　眺めて通る　人も何時まで」\n　最も無常に敏感な人。\n\n(**2) 鞭、毛に触れて驚く馬。**\n\n　葬式の行列や霊柩車を見て我が身の無常に驚く人。\n\n(**3) 鞭、肉に当たって驚く馬。**\n\n　親戚や隣家の人の葬式で、我が身の無常に驚く人。\n\n(**4) 鞭、骨にこたえて驚く馬。**\n\n　肉親の死にあって、自分の無常に驚く人。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["15"]},{"id":"1-47","globalId":"scripture:1-47","sortOrder":"000046","kind":"scripture","title":"1-47","content":"人生の目的は、万人共通唯一のものであることを道破なされた釈尊のお言葉を記せ。\n◯天上天下　唯我独尊\n　三界皆苦　吾当安此","href":"/qa/1-47","号":1,"問番号":47,"問":"人生の目的は、万人共通唯一のものであることを道破なされた釈尊のお言葉を記せ。","答":"◯天上天下　唯我独尊\n　三界皆苦　吾当安此","解説書":"【**解説**】\n\n◯**天上にも地上にも、ただ人間（我）にしかできない唯一の尊いことがある**\n　他の動物には、因果の道理を弁えることも、弥陀の本願を聞くこともできない。人間のみ、仏法を聞くことができるから、人の命は尊いのである。\n\n◯**人生（三界）はみな苦なり**\n　地震、雷、火事、洪水、噴火、境界争い、裁判沙汰、交通事故、嫌な人間関係など人生には色々な苦が充満しているから三界の獄とも、人生は四苦八苦ともいわれる。\n\n◯**吾（釈尊）当に此に安んずべし**\n　私はその苦しみの世界にありながら安らかで楽しい。一切の人々は、この無碍の世界に出る為に生まれてきたのだ。\n\n◯万人共通唯一の、出世の本懐を教示なされた釈尊のご金言である。\n\n**＊参照**『親鸞聖人の花びら』藤の巻（125ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["52"]},{"id":"1-48","globalId":"scripture:1-48","sortOrder":"000047","kind":"scripture","title":"1-48","content":"苦しみの絶えない迷いの世界六つを六道とか六界とも言うが、その六道を示せ。\n(1)地獄界\n(2)餓鬼界\n(3)畜生界\n(4)修羅界\n(5)人間界\n(6)天上界","href":"/qa/1-48","号":1,"問番号":48,"問":"苦しみの絶えない迷いの世界六つを六道とか六界とも言うが、その六道を示せ。","答":"(1)地獄界\n(2)餓鬼界\n(3)畜生界\n(4)修羅界\n(5)人間界\n(6)天上界","解説書":"【**解説**】\n\n◯**六道**\n　迷いの世界（苦しみの世界）を六つに分けられたもの。より細かく教えられたのを二十五有生という。\n\n(**1) 地獄界**\n\n　最も苦しみの激しい世界。（問41参照）\n\n(**2) 餓鬼界**\n\n　餓鬼道ともいう。食べ物も飲み物も皆、炎となって食べられず飲まれもせず、飢えと渇きで苦しむ世界。\n\n(**3) 畜生界**\n\n　犬や猫、動物の世界。弱肉強食の境界で、つねに不安におびえている世界。\n\n(**4) 修羅界**\n\n　絶えない争いの為に苦しむ闘争の世界。\n\n(**5) 人間界**\n\n　苦楽相半ばしている、我々の生きている世界。\n\n(**6) 天上界**\n\n　六道の中では楽しみの多い世界だが、迷界に違いなく、悲しみもあり寿命もある。\n\n・**三悪道**\n　六道の中でも苦しみの酷い、地獄・餓鬼・畜生の三つの世界。三悪道に対して、修羅・人間・天上の三つの世界を「三善道」といわれる。「善」と言っても「三悪道と比較すればマシ」という意味。\n\n・**五悪趣**\n　六道のこと。五趣ともいわれる。修羅を人間界に含めていわれる。「趣」は、境涯・世界のこと。\n\n◯これら迷いの世界を我々は、生まれ変わり死に変わり経巡っていることを、「六道輪廻」とも、「生死輪転」「流転輪廻」とも言われる。「輪廻」も「輪転」も、車輪が廻る（転がる）ように、安心満足というゴールのない円周を、限りなく廻って苦しんでいるさま。\n\n親鸞聖人は『正信偈』に、\n「**還来生死輪転家（生死輪転の家に還来する**）」\nと言われている。「家」を離れて生きられないように、離れ切れない苦しみを「家」に譬えられている。「還来」とは「行ったり来たり」際限もないこと。\n\nこれら迷いの世界を出離して、未来永劫の幸福に生かされることこそが、仏教を聞く目的なのである。親鸞聖人は『正信偈』に、\n「**即横超截五悪趣（即ち横に五悪趣を超截す**）」\nとも言われている。「横に」とは、「阿弥陀仏のお力によって」ということ。「超截」とは出離すること。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["63"]},{"id":"1-49","globalId":"scripture:1-49","sortOrder":"000048","kind":"scripture","title":"1-49","content":"迷いの世界を三つに分けて三界と言われる。\nその三界をあげて意味を示せ。\n(1)欲　界 ── 五欲のみで生きている世界。\n(2)色　界 ── 芸術の世界。\n(3)無色界 ── 哲学や思想の世界。","href":"/qa/1-49","号":1,"問番号":49,"問":"迷いの世界を三つに分けて三界と言われる。\nその三界をあげて意味を示せ。","答":"(1)欲　界 ── 五欲のみで生きている世界。\n(2)色　界 ── 芸術の世界。\n(3)無色界 ── 哲学や思想の世界。","解説書":"【**解説**】\n\n(**1) 欲界**\n\n　食いたい飲みたい楽がしたい、どうすれば儲かるか、評価されるかと、欲望のままに生きている世界。三界の中で最も程度が低い。\n\n(**2) 色界**\n\n「色」とは物質のこと。絵画や彫刻、音楽、文学などの芸術の世界。「欲界」より程度は高いが、やはり苦悩の世界。かのトルストイも「芸術は人生の装飾にすぎない」と言っている。\n\n(**3) 無色界**\n\n　物質を超越した哲学や思想の精神の世界。三界の中では最も高尚だが、「人生の目的」「真の幸福」は明示されていない。\n\n◯三界いずれも苦悩の絶えない世界であることを、\n\n「**三界皆苦**」（問47参照）、\n\n「**三界は火宅の如し、安きことなし」（法華経**）\n\nと説かれている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-5","globalId":"scripture:1-5","sortOrder":"000004","kind":"scripture","title":"1-5","content":"弥勒菩薩とか地蔵菩薩とか、多く菩薩と言われているものがあるが、菩薩とはどんなことか。\n◯菩提薩埵ということで、真実の仏教を求める人を言う。","href":"/qa/1-5","号":1,"問番号":5,"問":"弥勒菩薩とか地蔵菩薩とか、多く菩薩と言われているものがあるが、菩薩とはどんなことか。","答":"◯菩提薩埵ということで、真実の仏教を求める人を言う。","解説書":"【解説】\n◯「菩薩」は「**菩提薩埵**」の略。「菩提」とは真実の幸せ、仏のさとりのこと。「薩埵」は求める人のこと。ゆえに「菩薩」とは「真実の幸せを求める人」「仏のさとりを得ようと努力している人」をいう。「真実の仏教を求める人」のことである。\n\n・「菩薩」と聞くと、腹も立てねばウソも言わぬ、石の地蔵のようなものと思っている人が多い。現在が生死の苦海であることに驚き、なんとか助かりたいと仏道修行に励む者は、煩悩具足であっても、みな菩薩というのである。","講師試験id":[],"独言id":["34"],"大喝id":["56"]},{"id":"1-50","globalId":"scripture:1-50","sortOrder":"000049","kind":"scripture","title":"1-50","content":"「人間に生まれてきたのは、仏法を聞き絶対の幸福になるためだ」と教えられた、釈尊のお言葉を示せ。\n◯人身受け難し、今已に受く。\n　仏法聞き難し、今已に聞く。\n　この身今生に向って度せずんば、さらに\n　いずれの生に向ってか、この身を度せん。","href":"/qa/1-50","号":1,"問番号":50,"問":"「人間に生まれてきたのは、仏法を聞き絶対の幸福になるためだ」と教えられた、釈尊のお言葉を示せ。","答":"◯人身受け難し、今已に受く。\n　仏法聞き難し、今已に聞く。\n　この身今生に向って度せずんば、さらに\n　いずれの生に向ってか、この身を度せん。","解説書":"【**解説**】\n\n・**人身**\n　人間。\n\n・**今生**\n　生きている時。現在。\n\n・**度する**\n　人生の目的を成就する。\n\n◯「**人身受け難し、今已に受く**」とは、「生まれ難い人間に生まれることができてよかった」という喜びの言葉であり、「よくぞ人間に生まれたものぞ」という生命の大歓喜である。\n\n　人間に生まれることはいかに有り難く、喜ばねばならぬことか、有名な「**盲亀浮木の譬**」で教えられている。釈尊は、弟子の阿難尊者にこう尋ねられた。\n\n\"たとえば大海の底に、百年に一度海面に浮かび上がる盲亀がいたとする。海面には真ん中に穴のある丸太ん棒が一本浮遊している。百年に一度のチャンスに、盲亀が浮木の穴に頭をひょこっと出すことがあろうか\"\n\n\"さようなことは考えられません\"と阿難が答えると、\n\n\"誰でも、全くあり得ないことだと思うだろう。しかし、限りなき歳月のうちには全く無いとは言い切れぬ。人間に生まれることはそれよりも有ることの難いことなのだよ\"\n\nと教えられている。ところが、人間に生まれたことを怨んだり、後悔したりしている人が多い\n\n「こんな辛いのなら死んだほうがましだ」と自殺する人も絶えない。それは、「人界受生の本懐（人生の目的）」を知らないからである。\n\n　その「人生の目的」を教えられているのは仏法のみであるから、仏法を聞くためにすべての人は生まれてきたのである。\n\n「**仏法聞き難し、今已に聞く**」とは、それなのに仏法聞く人が甚だ稀である。その「聞き難い仏法を、聞かせて頂けてよかった」という喜びである。いかに仏法を聞くことが難しいか、釈尊は\n「ヒマラヤの山頂より糸を垂らして、麓にある針の穴に通すことよりも難しい」\nと説かれ、「**八難**」（２号問３参照）とも教えられている。\n\n◯仏法を聞き、人生の目的を達成した時に、\n「人身受け難し、今已に受く、仏法聞き難し、今已に聞く」\nの大歓喜が起きるのである。\n「生まれ難い人間に生まれた今、仏法を聞き、人生の目的を果たさねば、いつ果たすというのか。永遠のチャンスは今しかない」\nと、人界受生の本懐成就を勧められたお言葉である。\n\n**＊参照**『親鸞聖人の花びら』桜の巻（29ページ）","講師試験id":[],"独言id":["10","11","98"],"大喝id":["20","47","50","52"]},{"id":"1-6","globalId":"scripture:1-6","sortOrder":"000005","kind":"scripture","title":"1-6","content":"釈尊が三十五歳で仏覚を悟られてから、八十歳で入滅されるまでの、四十五年間、説かれたことの一切を記したものを、今日、一切経と言われるが、また、何と言われているかを書け。\n◯八万の法蔵\n◯一代教","href":"/qa/1-6","号":1,"問番号":6,"問":"釈尊が三十五歳で仏覚を悟られてから、八十歳で入滅されるまでの、四十五年間、説かれたことの一切を記したものを、今日、一切経と言われるが、また、何と言われているかを書け。","答":"◯八万の法蔵\n◯一代教","解説書":"【**解説**】\n\n◯**一切経**\n\n　釈尊45年間の教えをすべて書き残されたもの。七千余巻という膨大な数のお経がある。\n\n＊**参照**\n\n『親鸞聖人の花びら』桜の巻（154ページ）\n\n　　　　　　　\n**○八万の法蔵**\n\n・八万……数が多いこと。\n\n・法蔵……真実（法）のおさまっている蔵。\n\n**○一代教**\n\n　釈迦一代の教え。\n\n（源信広開一代教『正信偈』）\n\n・「**修多羅」「大蔵経」「十二部経**」などともいわれる。　\n\n・お経の名前に必ず「仏説○○経」と「仏説」がつけられているのは、「釈迦牟尼仏が説かれた」ということ。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"1-7","globalId":"scripture:1-7","sortOrder":"000006","kind":"scripture","title":"1-7","content":"大乗仏教と小乗仏教とはどういうことか。\nどこが違うか。\n◯小乗仏教─ききあやまって伝えられた仏教。\n　　　　　　　　　　　──　我利我利の教え\n\n◯大乗仏教─正しく伝えられた仏教。\n　　　　　　　　　　　──　自利利他の教え","href":"/qa/1-7","号":1,"問番号":7,"問":"大乗仏教と小乗仏教とはどういうことか。\nどこが違うか。","答":"◯小乗仏教─ききあやまって伝えられた仏教。\n　　　　　　　　　　　──　我利我利の教え\n\n◯大乗仏教─正しく伝えられた仏教。\n　　　　　　　　　　　──　自利利他の教え","解説書":"【**解説**】\n\n◯「大乗」「小乗」の「乗」は、「乗り物」ということ。\n\n**○小乗仏教**\n\n「自分さえ助かればよい」という我利我利の教えをいう。それでは全ての人が救われないから、小さな乗り物に例えて「小乗」仏教といわれる。仏教の聞き誤りである。\n\n**○大乗仏教**\n\n　全ての人が救われる教えが真の仏教であるから、大きな乗り物に例えて「大乗」仏教といわれる。仏法を他人に伝えて幸福に導くままが、自分の幸せになる、自利利他の教えをいう。\n「阿弥陀仏の救い」は「大乗の中の大乗」であると、親鸞聖人は言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["10"]},{"id":"1-8","globalId":"scripture:1-8","sortOrder":"000007","kind":"scripture","title":"1-8","content":"浄土真宗の祖師、親鸞聖人について問う。\n(1)　出家せられた年\n(2)　信心決定せられた年\n(3)　結婚せられた年\n(4)　三大諍論せられた年\n(5)　流刑にあわれた年\n(6)　善鸞を義絶された年\n(7)　亡くなられた年\n(1)　九才\n(2)　二十九才\n(3)　三十一才\n(4)　三十四才\n(5)　三十五才\n(6)　八十四才\n(7)　九十才","href":"/qa/1-8","号":1,"問番号":8,"問":"浄土真宗の祖師、親鸞聖人について問う。\n(1)　出家せられた年\n(2)　信心決定せられた年\n(3)　結婚せられた年\n(4)　三大諍論せられた年\n(5)　流刑にあわれた年\n(6)　善鸞を義絶された年\n(7)　亡くなられた年","答":"(1)　九才\n(2)　二十九才\n(3)　三十一才\n(4)　三十四才\n(5)　三十五才\n(6)　八十四才\n(7)　九十才","解説書":"【**解説**】\n\n◯アニメーション『世界の光・親鸞聖人』に詳しい。\n\n　親鸞聖人は約800年前（1173年）、京都にお生まれになる。ご幼名は**松若丸**。（後に範宴、綽空、善信、親鸞、と名前を変えておられるが、分かりやすく「親鸞」のお名前で統一されている）\n　お父様は**藤原有範**、お母様は**吉光御前**といわれた。\n　　　　　\n(**1) 出家せられた年……九才**\n\n　4才で父君が、8才の時には母君が亡くなり、\"次に死ぬのはオレの番だ。死ねばどうなるのか\"真剣に考え込まれた聖人は、真っ暗な後生に驚かれる。\n\n　何とかこの後生一つ明るくなりたいと、9才で出家されて20年間、比叡の山で法華経の修行に打ち込まれた。大曼の難行までやり遂げられたが、後生暗い魂の解決ができず、泣き泣き下山されたのは、29才の春であった。\n\n(**2) 信心決定せられた年……二十九才**\n\n　どこかに、この暗い後生の解決の道を教えて下されるお方はないかと、京都の町をさまよっておられた時、四条の大橋で、かつての比叡山の法友・聖覚法印様と出会われた。誘われて、吉水の法然上人から親鸞聖人は、真実の仏教、**阿弥陀仏の本願**を聞かれるようになった。\n\n　そして29才の御時、阿弥陀仏の本願によって、後生明るい心に救い摂られたのである。このように、「弥陀に救い摂られたこと」を「**信心決定**」という。\n\n　信心決定なされた親鸞聖人は、「こんな極悪の親鸞を助けて下された阿弥陀如来の大恩は、身を粉にしても骨を砕いても足りない」と、90才でお亡くなりになるまで、弥陀の本願ただ一つ、叫び続けてゆかれた。\n\n　その御一生は、波瀾万丈の激しいものであった。\n\n(**3) 結婚せられた年……三十一才**\n\n　31才の時、僧侶には固く禁じられていた結婚をなされて、戒律を破った坊主じゃ、仏教を破壊する悪魔だ、と八方総攻撃を受けられた。しかし、すべての人がありのままの姿で救われるのが真実の仏教であることを明らかにするために、厳然として断行されたのである。\n\n(**4) 三大諍論なされた年……三十四才**\n\n　34才の時、法友の弥陀の本願の聞き誤りを正さんが為に、3回も大きな争いをなされている。今日、親鸞聖人の「**三大諍論**」といわれている。弥陀の本願一つを正しく伝えるためには、法友といえども、親鸞聖人は打ち破られたのである。\n\n(**5) 流刑にあわれた年……三十五才**\n\n　35才の時、仏教の結論である「**一向専念無量寿仏**」を、あまりにも強く叫ばれたために、神信心の権力者の怒りに触れ、新潟県へ流刑になられた。最初は死刑だったが、関白九条兼実公のはからいで越後流刑になったのである。\n\n　新潟県上越で5年間、ご苦労なされた親鸞聖人は、そのあと関東へ赴かれ、茨城県の稲田という所を中心に、60才過ぎまでの20年間、ただひたすらに布教活動に専念された。\n\n　その間、雪をしとねに石を枕に、仏法嫌いな日野左衛門に仏法を伝えられたり、剣をかざして殺しに来た山伏弁円にも、「御同朋、御同行」と親しく弥陀の本願を説かれたことは、今に有名な語りぐさとなっている。\n\n　還暦過ぎて、ようやく生まれ故郷の京都へお帰りになり、ご布教の傍ら著作の業に励まれた。\n\n(**6) 善鸞を義絶された年……八十四才**\n\n　ところが84才の時、ご長男の善鸞を勘当せねばならぬという悲しい事件が起きた。関東に残してきた長男の善鸞が、こともあろうに仏法をねじ曲げていることを知らされたからである。親鸞聖人は何回も諫めの手紙を出されたが、善鸞は少しも改めようとはしなかった。我が子のために多くの人を地獄へ堕とすことはできぬと、ついに親子の縁を切ってまで弥陀の本願を正しく伝えて下されたのである。\n\n(**7) 亡くなられた年……九十才**\n\n　京都の中ほど、万里小路東で浄土に還帰された。90才であった。臨終には、弟子の顕智と専信、肉親は第五子の益方と第七子の覚信尼のみが臨んだといわれる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["21"]},{"id":"1-9","globalId":"scripture:1-9","sortOrder":"000008","kind":"scripture","title":"1-9","content":"親鸞聖人の主なお聖教（ご著書）を五つ以上を記せ。\n◯教行信証\n◯愚禿鈔\n◯三帖和讃\n◯末灯鈔\n◯一念多念証文","href":"/qa/1-9","号":1,"問番号":9,"問":"親鸞聖人の主なお聖教（ご著書）を五つ以上を記せ。","答":"◯教行信証\n◯愚禿鈔\n◯三帖和讃\n◯末灯鈔\n◯一念多念証文","解説書":"【**解説**】\n\n**○教行信証**\n\n　親鸞聖人の教えの全てが書かれている主著。**教・行・信・証・真仏土・化身土巻の六巻**から成る。浄土真宗の根本聖典。「**御本典**」ともいわれる。\n\n　52才の時、稲田の草庵にて完成されたが、終生、手元に置かれ修正加筆された。\n\n**○愚禿鈔**\n\n　浄土真宗の教義と信心を、上下二巻に体系化されたもの。『二巻鈔』ともいわれる。\n\n**○三帖和讃**\n\n　和讃とは、「**和語讃歌**」の略。平仮名まじり（和語）の詩で、弥陀の本願とその教えを褒め讃えられたもの。\n\n　次の三つをまとめて、『三帖和讃』といわれる。\n\n『**浄土和讃**』………阿弥陀仏とその浄土を讃嘆されたもの。\n『**高僧和讃**』………七人の高僧を讃嘆されたもの。\n『**正像末和讃**』……弥陀の本願のみが救われる道であると教えられたもの。\n\n**○末灯鈔**\n\n　お手紙やお言葉を集めたもの。\n\n**○一念多念証文**\n\n　一念（一回の念仏）で救われるのか、多念（多くの念仏）で救われるのか、正しい教えが明らかにされている書。\n\n・他にも、『**浄土文類聚鈔』『尊号真像銘文』『唯信鈔文意**』など多くの著作を残されている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-1","globalId":"scripture:2-1","sortOrder":"000050","kind":"scripture","title":"2-1","content":"地獄へ堕つる者は多く、人間に生まれる者は極めて少ないことを教えられた経文と根拠を示せ。\n◯地獄に堕ちる者は十方世界の土の如く、\n　人間に生れる者は爪の上の土の如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","href":"/qa/2-1","号":2,"問番号":1,"問":"地獄へ堕つる者は多く、人間に生まれる者は極めて少ないことを教えられた経文と根拠を示せ。","答":"◯地獄に堕ちる者は十方世界の土の如く、\n　人間に生れる者は爪の上の土の如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","解説書":"【**解説**】\n\n・十方世界\n\n　十方世界とは東西南北上下四維の世界をいい、大宇宙のこと。大宇宙には、地球のようなものが無数に存在する。丁度、大空間に沢山の塵芥が浮いているようなもので、「十方微塵世界」ともいわれる。\n\n　その大宇宙総ての世界にある土の数は、やはり無限といってよい。\n\n＊参照『親鸞聖人の花びら 桜の巻』（29ページ）\n\n「親鸞聖人はなぜ、人間に生まれたことを喜べと言われたのか」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-10","globalId":"scripture:2-10","sortOrder":"000059","kind":"scripture","title":"2-10","content":"すべての仏は阿弥陀如来のお力によって成仏したと述べられている経文と、その根拠を示せ。\n◯三世諸仏\n　念弥陀三昧\n　成等正覚\n　　　　（般舟経）","href":"/qa/2-10","号":2,"問番号":10,"問":"すべての仏は阿弥陀如来のお力によって成仏したと述べられている経文と、その根拠を示せ。","答":"◯三世諸仏\n　念弥陀三昧\n　成等正覚\n　　　　（般舟経）","解説書":"【**解説**】\n・三世諸仏\n　十方世界の諸仏のこと。\n\n・念弥陀三昧\n「弥陀三昧を念じて」と読み、「阿弥陀仏のお力によって」ということ。\n\n・成等正覚\n　仏覚（等正覚）を開くこと。成仏。\n\n◯阿弥陀仏が本師本仏であることを仰っている、釈迦のお言葉。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-11","globalId":"scripture:2-11","sortOrder":"000060","kind":"scripture","title":"2-11","content":"阿弥陀如来と十方諸仏との関係を明らかに教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯阿弥陀如来は三世諸仏の為には本師・師匠なれば、その師匠の仏をたのまんにはいかでか弟子の諸仏のこれを喜びたまわざるべきや。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/2-11","号":2,"問番号":11,"問":"阿弥陀如来と十方諸仏との関係を明らかに教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯阿弥陀如来は三世諸仏の為には本師・師匠なれば、その師匠の仏をたのまんにはいかでか弟子の諸仏のこれを喜びたまわざるべきや。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「阿弥陀如来は大宇宙の諸仏の先生であるから、阿弥陀如来に我々が救い摂られることが、最も諸仏方の喜ばれることなのである」\n\n◯阿弥陀如来は十方諸仏の本師本仏であることを明らかにされたお言葉である。\n\n・一切の諸仏方は阿弥陀如来の弟子であるから、一切の諸仏・菩薩・諸神は、阿弥陀如来のことばかり褒め讃え、\n「一向専念無量寿仏」（問15参照）\n\"阿弥陀如来一仏に向け、阿弥陀如来だけを信じよ\"\nと説かれているのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-12","globalId":"scripture:2-12","sortOrder":"000061","kind":"scripture","title":"2-12","content":"阿弥陀如来の別名を五つ以上あげよ。\n◯無量寿如来\n◯不可思議光如来\n◯安養仏\n◯本師法皇\n◯畢竟依","href":"/qa/2-12","号":2,"問番号":12,"問":"阿弥陀如来の別名を五つ以上あげよ。","答":"◯無量寿如来\n◯不可思議光如来\n◯安養仏\n◯本師法皇\n◯畢竟依","解説書":"【**解説**】\n◯本師本仏の阿弥陀如来は、多くのお徳（お力）を持たれているので、そのお徳に応じて多くのお名前がある。\n\n◯無量寿如来\n　量り知れない寿命を持たれている仏。\n\n◯不可思議光如来\n　人智を超えたお力を持たれている仏。\n\n◯安養仏\n　安養界にまします仏。安養界とは、「安楽無上の世界」で、極楽浄土のこと。（問13参照）\n\n◯本師法皇\n「本師」は先生、「法皇」は仏の王ということ。「諸仏の王」ともいわれている。（問９参照）\n\n◯畢竟依\n「畢竟」とは「究極」の意。総ての人が最後に帰依する仏ということ。\n\n・その他「無量光仏」「無辺光仏」「無礙光仏」「無対光仏」「光炎王光仏」「清浄光仏」「歓喜光仏」「智慧光仏」「不断光仏」「難思光仏」「無称光仏」「超日月光仏」など、いずれも阿弥陀如来のお名前である。\n\n・親鸞聖人は晩年、「無上仏」とよく言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-13","globalId":"scripture:2-13","sortOrder":"000062","kind":"scripture","title":"2-13","content":"阿弥陀如来の浄土のことを他の言葉で四つ以上あげよ。\n◯報土\n◯極楽\n◯大涅槃\n◯安養界","href":"/qa/2-13","号":2,"問番号":13,"問":"阿弥陀如来の浄土のことを他の言葉で四つ以上あげよ。","答":"◯報土\n◯極楽\n◯大涅槃\n◯安養界","解説書":"【**解説**】\n◯報土\n　阿弥陀仏の誓願に報いて（誓願通りに）建立された世界、ということ。「土」は「世界」「国」。\n\n◯極楽\n　極めて楽しい世界。「その国の衆生は、衆の苦有ること無く、ただ諸の楽のみを受く。故に極楽と名く」（阿弥陀経）\n\n◯大涅槃\n「大般涅槃」ともいわれ、弥陀同体の仏のさとりのこと。「阿弥陀如来の浄土」でのみ開くことができる証なので、弥陀の浄土のことをもいわれる。\n\n◯安養界\n　安養は阿弥陀仏のこと。その阿弥陀仏のまします世界。\n\n・他にも、「無量光明土」「蓮華蔵世界」「寂静無為楽」「楽邦」「浄邦」「実報土」など言われるが、最も親鸞聖人の使われているのは「浄土」である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-14","globalId":"scripture:2-14","sortOrder":"000063","kind":"scripture","title":"2-14","content":"我々を済度するために仏は、いろいろのお相を現される。大別すれば四種である。その四種の仏身を示せ。\n(1)法身\n(2)報身（方便法身とも言う）\n(3)応身\n(4)化身","href":"/qa/2-14","号":2,"問番号":14,"問":"我々を済度するために仏は、いろいろのお相を現される。大別すれば四種である。その四種の仏身を示せ。","答":"(1)法身\n(2)報身（方便法身とも言う）\n(3)応身\n(4)化身","解説書":"【**解説**】\n(1) 法身\n　人智では認識できない、色も形も臭いもない仏。「法性法身」とも、「真如法性の身」ともいわれる。\n\n(2) 報身\n　我々の認識にのる姿形の仏。我々に分からねば一切、縁を結ぶことも救うこともできないので、我々に分かる姿を示された仏身だから、「方便法身」とも言われる。\n\n・「仏について二種の法身まします。一には法性法身と申す、二には方便法身と申す。『法性法身』と申すは、色もなし形もましまさず、然れば心もおよばず語もたえたり。この一如より形をあらわして『方便法身』と申す、その御相に法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の四十八願を発しあらわし給うなり」（唯信鈔文意）\n\n(3) 応身\n　釈尊のように人間の姿の仏。「応」とは、「済度する相手に応じて」ということ。\n\n(4) 化身\n　人間以外のものに姿を変えた仏。「化」とは「姿を変えて」ということ。「変化身」ともいわれる。経典にはハトやワシ、羅刹等が説かれている。","講師試験id":[],"独言id":["15"],"大喝id":[]},{"id":"2-15","globalId":"scripture:2-15","sortOrder":"000064","kind":"scripture","title":"2-15","content":"親鸞聖人が「阿弥陀如来一仏しか我々を救い切る力のある仏はない」と断言なされた経典の根拠を示せ。\n◯一向専念無量寿仏\n　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/2-15","号":2,"問番号":15,"問":"親鸞聖人が「阿弥陀如来一仏しか我々を救い切る力のある仏はない」と断言なされた経典の根拠を示せ。","答":"◯一向専念無量寿仏\n　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n◯これは仏教の結論である。釈迦一代の教え、七千余巻の一切経は、この八字におさまる。\n「無量寿仏に一向専念せよ」\nということで、無量寿仏は阿弥陀仏のことだから、\n「阿弥陀仏一仏に向け、阿弥陀仏だけを信じよ」\nという釈迦の至上命令である。\n「弥陀一仏に向け」\nとは、\n「他の一切の諸仏・菩薩・諸神に向くな礼拝するな、捨てよ」\nということである。大宇宙広しといえども、我々の「後生の一大事」を救う力のある仏は阿弥陀仏だけだからである。\n親鸞聖人は、この釈迦の教えに順い生涯、「一向専念無量寿仏」を叫び続けていかれた。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら　桜の巻』（221ページ）\n「一向専念無量寿仏とは、どんなことか」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["40","42"]},{"id":"2-16","globalId":"scripture:2-16","sortOrder":"000065","kind":"scripture","title":"2-16","content":"『阿弥陀如来の本願（誓願）』を記せ。\nまた、この願を何と言うか。\n設我得仏　十方衆生｜設い我仏を得んに、十方の衆生、\n至心信楽　欲生我国｜至心に信楽して我が国に生れん\n乃至十念　　　　　｜と欲うて乃至十念せん。\n若不生者　不取正覚｜若し生れずは、正覚を取らじ。\n唯除五逆　誹謗正法｜唯五逆と正法を誹謗せんことを\n　　　　　　　　　｜除かん。\n\n◯また、至心信楽の願とも言う。","href":"/qa/2-16","号":2,"問番号":16,"問":"『阿弥陀如来の本願（誓願）』を記せ。\nまた、この願を何と言うか。","答":"設我得仏　十方衆生｜設い我仏を得んに、十方の衆生、\n至心信楽　欲生我国｜至心に信楽して我が国に生れん\n乃至十念　　　　　｜と欲うて乃至十念せん。\n若不生者　不取正覚｜若し生れずは、正覚を取らじ。\n唯除五逆　誹謗正法｜唯五逆と正法を誹謗せんことを\n　　　　　　　　　｜除かん。\n\n◯また、至心信楽の願とも言う。","解説書":"【**解説**】\n◯「本願」とは「誓願」ともいわれ、「約束」のこと。「阿弥陀如来の本願」とは、「本師本仏の阿弥陀如来がなされているお約束」のことである。\n\n・選択本願（王本願）\n　阿弥陀如来は四十八の約束をなされている。これを「弥陀の四十八願」といわれる。その中、弥陀が本心を誓われているのが十八番目のお約束（十八願）であり、「選択本願」といわれる。「阿弥陀仏が四十八の中から選び択られた願」ということである。また「王本願」ともいわれ、他の四十七願は十八願に収まる。\nゆえに、「阿弥陀如来の本願」といえば、この「十八願」のことである。\n\n◯弥陀が漢字三十六文字で誓われている本願を、分かりやすく言い換えると、\n「どんな人をも\n　我を信じよ\n　必ず助ける\n　絶対の幸福に」\nと誓われているお約束である。\n\n◯「十八願」をまた、「至心信楽の願」とも言われるのは、「必ず信楽（絶対の幸福）に救う」と誓われているからである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-17","globalId":"scripture:2-17","sortOrder":"000066","kind":"scripture","title":"2-17","content":"唯一、真実の宗教の資格は何か。\n仏教は、なぜ真実の教えと言えるのか。\nその理由を述べよ。\n(1)三世十方を貫くものでなければならぬ。\n(2)すべてのものが救われるものでなければならぬ。\n\n(1)三世十方 ──── 阿弥陀経に六方（三世十方）諸仏が\n　　　　　　　　　   保証されているから。\n(2)すべてのもの ── 十方衆生を相手に本願が建てら\n　　　　　　　　　   れているから。","href":"/qa/2-17","号":2,"問番号":17,"問":"唯一、真実の宗教の資格は何か。\n仏教は、なぜ真実の教えと言えるのか。\nその理由を述べよ。","答":"(1)三世十方を貫くものでなければならぬ。\n(2)すべてのものが救われるものでなければならぬ。\n\n(1)三世十方 ──── 阿弥陀経に六方（三世十方）諸仏が\n　　　　　　　　　   保証されているから。\n(2)すべてのもの ── 十方衆生を相手に本願が建てら\n　　　　　　　　　   れているから。","解説書":"【解説】\n◯「宗教」とは、「宗となる教え」のことだが、世の中には沢山の「宗教」があり、説いていることは種々様々である。しかも全く正反対のものが鎬を削り、それぞれが「真実の宗教なり」と主張している。\nだが、「真実」とは唯一絶対のものであり、「あれも真実、これも真実」というものでは断じてない。\nでは「真実の宗教」の資格（基準）は何か。なぜ仏教のみが「真実の宗教」といえるのか。\n\n(1) 三世十方を貫くものでなければならぬ。\n\n・三世十方を貫く\n　何時でも何処でも不変である。\n\n・六方諸仏\n　六方とは東西南北上下のこと。大宇宙すべての仏、十方諸仏のこと。\n\n・『阿弥陀経』には、「東西南北上下の六方世界にそれぞれ、ガンジス河の砂の数ほどの諸仏ましまして、各々その国に於て広長の舌相を出して、遍く三千大千世界を覆うて阿弥陀仏を称讃し給う」と説かれている。これを「六方証誠」とか「証誠護念」ともいわれる。「弥陀の本願」真実を、三世十方の諸仏が保証されている、ということである。\n\n(2) すべてのものが救われるものでなければならぬ。\n\n・阿弥陀仏は、「十方衆生」と約束なされている。「十方衆生」とは、大宇宙すべてのもののこと。老若、男女、貧富、美醜、善人・悪人、才能の有無、健常者・障害者など、この中に入らぬものはない。\n\n\n◯このように「阿弥陀仏の本願」は、三世十方を貫き、すべてのものを救う唯一の真実であるから、「弥陀の本願」を説かれた仏教のみが「真実の宗教」である。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら　藤の巻』（22ページ）\n「親鸞聖人は、どの宗教でも同じと言われたか」","講師試験id":[],"独言id":["19"],"大喝id":[]},{"id":"2-18","globalId":"scripture:2-18","sortOrder":"000067","kind":"scripture","title":"2-18","content":"阿弥陀如来の呼び声は、大宇宙に轟いていると説かれた『大無量寿経』のお言葉を示せ。\n◯正覚の大音は、響十方に流る。","href":"/qa/2-18","号":2,"問番号":18,"問":"阿弥陀如来の呼び声は、大宇宙に轟いていると説かれた『大無量寿経』のお言葉を示せ。","答":"◯正覚の大音は、響十方に流る。","解説書":"【**解説**】\n・正覚の大音\n　阿弥陀如来の呼び声。「我を信じよ、必ず救う」と、十方衆生と誓われている弥陀の本願のこと。\n\n・響十方に流る\n　大宇宙に響き渡っている。「十方に響流したもう」とも読む。「響流」とは「響き渡る」こと。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-19","globalId":"scripture:2-19","sortOrder":"000068","kind":"scripture","title":"2-19","content":"仏教で人間の心をなぜ「機」と言うか、そのわけを示せ。\n◯すべての機械は外からはたらきかけられて動き出す。ちょうどそのように我々の心も外からの作用によってどうにでも動き出すから機と言う。","href":"/qa/2-19","号":2,"問番号":19,"問":"仏教で人間の心をなぜ「機」と言うか、そのわけを示せ。","答":"◯すべての機械は外からはたらきかけられて動き出す。ちょうどそのように我々の心も外からの作用によってどうにでも動き出すから機と言う。","解説書":"【**解説**】\n・私たちの「心」を「機」といわれる。仏教は「心」を最も重視する。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-2","globalId":"scripture:2-2","sortOrder":"000051","kind":"scripture","title":"2-2","content":"人間に生まれたことの喜ぶべきことを教えられた源信僧都のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯まず三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり。身は賤しくとも畜生に劣らんや、家は貧しくとも餓鬼に勝るべし、心に思うことかなわずとも地獄の苦に比ぶべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（横川法語）","href":"/qa/2-2","号":2,"問番号":2,"問":"人間に生まれたことの喜ぶべきことを教えられた源信僧都のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯まず三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり。身は賤しくとも畜生に劣らんや、家は貧しくとも餓鬼に勝るべし、心に思うことかなわずとも地獄の苦に比ぶべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（横川法語）","解説書":"【**解説**】\n・三悪道\n　地獄・餓鬼・畜生の三つの世界。（１号問48参照）\n\n◯生まれ難い人間に生まれた喜びを、三悪道の苦しみと比較され分かりやすく教えられたお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["20","56"]},{"id":"2-20","globalId":"scripture:2-20","sortOrder":"000069","kind":"scripture","title":"2-20","content":"我々の真実の相（実機）を、阿弥陀如来と釈尊のお言葉で示せ。\n◯阿弥陀如来 ─ 五逆と謗法（本願）\n\n◯釈尊──── 五逆・謗法・闡提（涅槃経）\n　　　　　　（これを難化の三機、難治の三病という）","href":"/qa/2-20","号":2,"問番号":20,"問":"我々の真実の相（実機）を、阿弥陀如来と釈尊のお言葉で示せ。","答":"◯阿弥陀如来 ─ 五逆と謗法（本願）\n\n◯釈尊──── 五逆・謗法・闡提（涅槃経）\n　　　　　　（これを難化の三機、難治の三病という）","解説書":"【**解説**】\n◯実機\n　真実の機。本当の人間の姿。真実の自己。\n\n◯五逆\n　親殺しなどの五つの大罪。（１号問33、34参照）\n\n◯謗法\n　仏法を謗る大罪。（１号問35参照）\n\n◯闡提\n　問21参照。\n\n・これら三つは、「教化・化導する（教え導き、助ける）ことが極めて難しい三つの心」だから「難化の三機」といわれる。病に例えて「難治の三病」ともいわれる。「治療できない三つの病」ということ。","講師試験id":[],"独言id":["32"],"大喝id":["64"]},{"id":"2-21","globalId":"scripture:2-21","sortOrder":"000070","kind":"scripture","title":"2-21","content":"闡提とはどんな機か、感ずるものを書け。\n◯因果を撥無する心。\n◯キョトン、ボー、として\n　地獄と聞いても驚かず、極楽と聞いても喜ばぬ心。","href":"/qa/2-21","号":2,"問番号":21,"問":"闡提とはどんな機か、感ずるものを書け。","答":"◯因果を撥無する心。\n◯キョトン、ボー、として\n　地獄と聞いても驚かず、極楽と聞いても喜ばぬ心。","解説書":"【**解説**】\n◯因果\n　因果の道理。\n\n◯撥無\n　撥ねつける、反発すること。\n\n・「闡提」とは梵語（インドの言葉）で、「断善根の衆生」のことで「無信」と訳されている。「微塵ほどの善根もないもの」をいう。\n「信順を因と為し疑謗を縁と為し」（教行信証）と親鸞聖人も仰せのように、謗法のものはまだ多少とも助かる縁手がかりがあるが、闡提は助かる見込みが全くないから『涅槃経』には「死骸の如し」と説かれ、親鸞聖人は「逆謗の屍」と仰っている。\n　　地獄と聞いても千円落としたほどにも驚かず、極楽と聞いても百円貰ったほども喜ばない、仏法に明日という日はないのだと切り込まれても急ぎもしなければ慌てもしない、仏法に向かったら金輪際動かぬ心を闡提の機という。\n　　上辺の心は罪悪の恐ろしさに縮み上がって、今死んだら大変だと後生の一大事にジリジリしていても、下の心は悪を悪とも、業を業とも感ぜずキョロン、トロン、ボーとしている心。\n　あの人が死んだのかと驚いて同情の涙は流していても、その心の底には自分はまだ死なない、まだ死なないと後生とも菩提とも思わず、平気でせせら笑っている心。\n　　因果の道理を整然と聞かせて頂けば、教えには何一つ欠点はないから、分かりすぎるほど合点承知しているのだが、どうしても承知しない奴が、腹底にドタ牛が寝ているようにビリッとも動かない。打っても叩いても浴びるほど聞かせて頂いても、うんともすんとも言わない心。\n　　素直に聴聞しようとすればする程ひねくれてくる心、箸にも棒にもかからぬ心、三世の諸仏が呆れて逃げたのはこの心であったのかと泣かずにおれない心が闡提である。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら　桜の巻』（278ページ）\n「闡提の機とは、どんなことか」","講師試験id":[],"独言id":["93"],"大喝id":["64"]},{"id":"2-22","globalId":"scripture:2-22","sortOrder":"000071","kind":"scripture","title":"2-22","content":"「二種深信」の重要さを示せ。どなたのお言葉か。\n◯真実の信心か否かの判定基準。\n\n◯善導大師","href":"/qa/2-22","号":2,"問番号":22,"問":"「二種深信」の重要さを示せ。どなたのお言葉か。","答":"◯真実の信心か否かの判定基準。\n\n◯善導大師","解説書":"【**解説**】\n◯「二種深信」とは、「『機』と『法』の二つに、微塵の疑心もなくなったこと」であり、「機法二種深信」ともいわれる。\n「機」とは「自己」のこと。「真実の自己がハッキリ知らされる」ことを「機の深信」という。\n「法」とは「弥陀の本願」。「弥陀の本願がハッキリ知らされる」ことを「法の深信」という。\n弥陀に救い摂られて、「自己の真実」と「弥陀の本願」の二つが同時に（一具）ハッキリ知らされたことを、「機法二種一具の深信」、略して「二種深信」といわれるのである。\n\n・「深信」とは、「深く信じて疑わない」ということではない。信じるのは疑いがあるからである。疑う余地がないことは「知っている」という。\n「深信」とは、「露チリほどの疑いもなく、知らされたこと」をいう。\n親鸞聖人は「真知（真に知んぬ）」、\n蓮如上人は「明知（今こそ明かに知られたり）」\nと言われている。疑いの心を抑えつけて信じ込もうとするのとは、まったく異なる。\n\n＊参照『なぜ生きる』（二部11章）\n\n◯「真実の信心」というのは「二種深信」のことである。「真実の信心か、否か」の判定は、「二種深信か、否か」でなされる。","講師試験id":[],"独言id":["29"],"大喝id":["60"]},{"id":"2-23","globalId":"scripture:2-23","sortOrder":"000072","kind":"scripture","title":"2-23","content":"二種深信を記せ。\n◯一には決定して、\n「自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫、昿劫より已来常に没し常に流転して、出離の縁有る事無し」と、深信す。\n　　　　　　　　　　　　　　　（機の深信）\n\n◯二には決定して、\n「彼の阿弥陀仏四十八願をもって衆生を摂受したまうこと、疑無く慮無く彼の願力に乗ずれば、定んで往生を得」と、深信す。\n　　　　　　　　　　　　　　（法の深信）","href":"/qa/2-23","号":2,"問番号":23,"問":"二種深信を記せ。","答":"◯一には決定して、\n「自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫、昿劫より已来常に没し常に流転して、出離の縁有る事無し」と、深信す。\n　　　　　　　　　　　　　　　（機の深信）\n\n◯二には決定して、\n「彼の阿弥陀仏四十八願をもって衆生を摂受したまうこと、疑無く慮無く彼の願力に乗ずれば、定んで往生を得」と、深信す。\n　　　　　　　　　　　　　　（法の深信）","解説書":"【**解説**】\n・決定して\n　信心決定して。弥陀に救い摂られて。\n\n◯「機の深信」のお言葉\n「現在、私は極悪最下の者、果てしない過去から苦しみつづけ、未来永遠、救われることのないことがハッキリした」\n\n・自身\n　私。\n\n・現に\n　現在。\n\n・罪悪生死の凡夫\n　罪や悪のかたまりの人間。\n\n・昿劫より已来\n　果てしない過去から今まで。\n\n・常に没し常に流転して\n　絶えず迷い苦しみ続けている。\n\n・出離の縁\n　助かる縁手がかり。\n\n・有ること無し\n　金輪際有ることが無い。永久に無い。\n\n◯「法の深信」のお言葉\n「この世も未来も、絶対の幸福に救い摂るという、弥陀の誓いまことだった、とハッキリした」\n\n・四十八願をもって\n　四十八願によって。\n\n・摂受\n　助ける。\n\n・疑無く慮無く\n　本願に疑い晴れて。\n\n・彼の願力に乗ずる\n　弥陀の本願力に救い摂られる。\n\n・定んで往生を得\n　必ず浄土へ往生できる。\n\n・誓願不思議に救い摂られ、無明の闇が晴れると、二つのことがハッキリする。\n「金輪際、地獄ゆきの自己とハッキリする」（機の深信）\n「極楽へ、必ず往けるとハッキリする」（法の深信）\n　この二つが、同時にハッキリするから、「機法二種一具の深信」（二種深信）といわれる。\n\n・聖人の著述は、「二種深信」の讃嘆で埋めつくされている。「二種深信」を知らねば、『教行信証』はじめ、聖人の著作の一切は読めない。","講師試験id":[],"独言id":["5","29","48"],"大喝id":[]},{"id":"2-24","globalId":"scripture:2-24","sortOrder":"000073","kind":"scripture","title":"2-24","content":"我々の実機を七高僧は何と言われているか示せ。\n龍樹菩薩　──　儜弱怯劣\n天親菩薩　──　普共諸衆生\n曇鸞大師　──　造罪の人\n道綽禅師　──　若し悪を造ることを論ずれば\n　　　　　　　　何ぞ暴風駛雨に異ならん\n善導大師　──　機の深信\n源信僧都　──　予が如き頑魯の者\n法然上人　──　愚痴の法然房・十悪の法然","href":"/qa/2-24","号":2,"問番号":24,"問":"我々の実機を七高僧は何と言われているか示せ。","答":"龍樹菩薩　──　儜弱怯劣\n天親菩薩　──　普共諸衆生\n曇鸞大師　──　造罪の人\n道綽禅師　──　若し悪を造ることを論ずれば\n　　　　　　　　何ぞ暴風駛雨に異ならん\n善導大師　──　機の深信\n源信僧都　──　予が如き頑魯の者\n法然上人　──　愚痴の法然房・十悪の法然","解説書":"【**解説**】\n・ねい弱怯劣\n　悪い、弱い、卑怯な、愚劣なもの。\n\n・普共諸衆生\n　すべて同じ悪人と共に。\n\n・造罪の人\n　罪を造り通しのもの。\n\n・暴風駛雨\n　激しい風と豪雨のこと。\n\n・頑魯の者\n　頑固で愚かなもの。\n\n◯七高僧いずれの方も、実機を明らかに説かれている。機を抜きに法を説かれた方は一人もない。\n\n＊参照『顕正』（43ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-25","globalId":"scripture:2-25","sortOrder":"000074","kind":"scripture","title":"2-25","content":"人間は、真実の善のできないもの、と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一切凡小一切時の中に、貪愛の心常に能く善心を汚し、瞋憎の心常に能く法財を焼く。急作・急修して頭燃を灸うが如くすれども、衆て「雑毒・雑修の善」と名け、また「虚仮・諂偽の行」と名く。「真実の業」と名けざるなり。この虚仮・雑毒の善を以て、無量光明土に生ぜんと欲す、これ必ず不可なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/2-25","号":2,"問番号":25,"問":"人間は、真実の善のできないもの、と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一切凡小一切時の中に、貪愛の心常に能く善心を汚し、瞋憎の心常に能く法財を焼く。急作・急修して頭燃を灸うが如くすれども、衆て「雑毒・雑修の善」と名け、また「虚仮・諂偽の行」と名く。「真実の業」と名けざるなり。この虚仮・雑毒の善を以て、無量光明土に生ぜんと欲す、これ必ず不可なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"【**解説**】\n「すべての人は、いつも己の損得ばかりを考えて、食べたい、飲みたい、楽がしたい、眠たい以外に心が動かない。色を求め、金銭を追いかけ、名誉にあこがれ、限りなく欲望はひろがってゆく。\"こんなバカな私\"と言いながら\"バカだ\"と言われると腹が立つ。バカだとは少しも思っていないからだ。考えることも言うことも自分の都合中心で、己を買いかぶり、ほめられたい心よりほかにない。人間の善は、すべてこんな汚い欲や激しい怒りと、醜いねたみに、つねに汚染されているから、頭についた火をもみ消すように必死になっても、まことの善とはいわれないのだ。みな偽善であり、うそっぱちである。こんなウソ偽りの善によって弥陀の浄土へ往生しようとしても、絶対に不可能である」\n\n・一切凡小\n　すべての人。\n\n・一切時\n　常に。\n\n・貪愛の心\n　貪欲・愛欲の心。\n\n・常に能く\n　絶えず。\n\n・善心を汚し\n　善心が汚染されている。\n\n・瞋憎の心\n　怒りや憎しみの心。\n\n・法財を焼く\n　聞法心を焼失させる。\n\n・急作急修\n　一生懸命。必死に。\n\n・頭燃を灸う\n　頭についた火をもみ消すような真剣さで。\n\n・雑毒雑修の善\n　見返りを期待する心・「してやった」の恩着せ心・「これだけやっている」の自惚れ心などの毒に汚染されている善である。\n\n・虚仮諂偽の行\n　ウソ偽りの善。\n\n・真実の業\n　まことの善。\n\n・無量光明土\n　弥陀の浄土。","講師試験id":[],"独言id":["67","67-2"],"大喝id":["2","22"]},{"id":"2-26","globalId":"scripture:2-26","sortOrder":"000075","kind":"scripture","title":"2-26","content":"「死ぬまで悪の止まない親鸞だ」と悲歎なされた聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。\n◯悪性さらにやめがたし\n　こころは蛇蝎のごとくなり\n　修善も雑毒なるゆえに\n　虚仮の行とぞなづけたる\n　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","href":"/qa/2-26","号":2,"問番号":26,"問":"「死ぬまで悪の止まない親鸞だ」と悲歎なされた聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。","答":"◯悪性さらにやめがたし\n　こころは蛇蝎のごとくなり\n　修善も雑毒なるゆえに\n　虚仮の行とぞなづけたる\n　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀に救われても悪は少しもやまらない。ヘビや、サソリのような恐ろしいイヤらしい心で一杯だ。こんな心でなされている善行だから、雑毒の善といわれているのである」\n\n・悪性\n　欲や怒り、ネタミソネミなど、たちの悪い本性。\n\n・雑毒\n　毒が雑じっていること。（問25参照）\n\n・虚仮の行\n　ウソ偽りの善。\n\n・我々の善を「虚仮雑毒の善」といわれるのは、あくまでも仏さまからの仰ることである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-27","globalId":"scripture:2-27","sortOrder":"000076","kind":"scripture","title":"2-27","content":"三業の善を勧められた善導大師のお言葉を書け。親鸞聖人は、それをどのように読み変えられたかも示せ。\n不得外現　賢善精進之相　内懐虚仮\n\n◯外に賢善精進の相を現じて、\n　内に虚仮を懐くことを得ざれ。\n　　　　　　　　　　　　　（善導大師）\n◯外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、\n　内に虚仮を懐けばなり。\n　　　　　　　　　　　　　（親鸞聖人）","href":"/qa/2-27","号":2,"問番号":27,"問":"三業の善を勧められた善導大師のお言葉を書け。親鸞聖人は、それをどのように読み変えられたかも示せ。","答":"不得外現　賢善精進之相　内懐虚仮\n\n◯外に賢善精進の相を現じて、\n　内に虚仮を懐くことを得ざれ。\n　　　　　　　　　　　　　（善導大師）\n◯外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、\n　内に虚仮を懐けばなり。\n　　　　　　　　　　　　　（親鸞聖人）","解説書":"【**解説**】\n「外から見える言葉遣いや行為だけでなく、内（心）も光に向かって（賢善精進の相）醜悪であってはならない」\n\n・内と外の不一致を戒められ、身口意の三業が善に向かうよう勧められている。\n\n◯この善導大師の文章を聖人は、こう読み替えられている。\n\n◯外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、\n内に虚仮を懐けばなり。\n　これは、善導大師の教えの通り進まれ、弥陀に救い摂られた聖人が、\n「賢そうな善人らしい精進も他人だましの見せ掛け、心はウソ偽りばかりで、偉そうにする値など全くない身であった」\nと、懺悔なされていられるお言葉である。決して善の勧めを否定されたものではない。\n　言葉だけ聖人の真似をして、「我々に善が努まるかい」「どうせやっても雑毒の善ではないか」「悪人正機が弥陀の本願だ」と、懺悔も歓喜もなく開き直っているのとは、全く異なる。\n「いずれの善もできない身」と知らされるまで進め、ということである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["23"]},{"id":"2-28","globalId":"scripture:2-28","sortOrder":"000077","kind":"scripture","title":"2-28","content":"「十方衆生に善人は一人もない」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一切の群生海、無始より已来、乃至今日・今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心無く、虚仮諂偽にして真実の心無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/2-28","号":2,"問番号":28,"問":"「十方衆生に善人は一人もない」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一切の群生海、無始より已来、乃至今日・今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心無く、虚仮諂偽にして真実の心無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"【**解説**】\n「すべての人間は、はじめなき昔から今日まで、邪悪に汚染されて清浄の心はなく、そらごと、たわごとのみで、真実の心は、まったくない」\n\n・一切の群生海\n　すべての人。その数の多いことから、「生きている群れ」と言われている。この中に入らない人は一人もない。\n\n・穢悪汚染\n　悪に穢れ、染まり切っている。","講師試験id":[],"独言id":["2","4"],"大喝id":[]},{"id":"2-29","globalId":"scripture:2-29","sortOrder":"000078","kind":"scripture","title":"2-29","content":"親鸞聖人の悲痛な懺悔のお言葉を『教行信証信巻』と『正像末和讃』で一つずつあげよ。\n◯悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近くことを快まず。恥ずべし傷むべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯無明煩悩しげくして\n　塵数のごとく遍満す\n　愛憎違順することは\n　高峯岳山にことならず\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/2-29","号":2,"問番号":29,"問":"親鸞聖人の悲痛な懺悔のお言葉を『教行信証信巻』と『正像末和讃』で一つずつあげよ。","答":"◯悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近くことを快まず。恥ずべし傷むべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯無明煩悩しげくして\n　塵数のごとく遍満す\n　愛憎違順することは\n　高峯岳山にことならず\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"【**解説**】\n◯『教行信証信巻』のお言葉\n「ああ、情けない親鸞だなぁ。愛欲の広海におぼれ、名誉欲と利益欲にふりまわされて、浄土へ往ける身になったことをよろこばず、仏のさとりに近づいていることも、たのしまないとは。どこどこまでも痺れ切った奴だなぁ！　恥ずかしきことよ、悲しきことか」\n\n・愛欲の広海\n　好きだ、嫌いだ、可愛い、憎い、などの心ばかりのことを、広い海に譬えられたもの。\n\n・沈没\n　沈み切っている。浮かんだことがない。\n\n・名利の大山\n　名誉欲と利益欲の大きいことを、山に譬えられたもの。\n\n・迷惑\n　煩わされ、苦しんでいること。\n\n・定聚の数\n　正定聚。死ねば弥陀の浄土へ往ける身。\n\n・真証の証\n　弥陀同体の仏のさとり。\n\n・「定聚の数」は現在の救い（現益）であるから「入る」と言われ、「真証の証」は死後の救い（当益）であるから「近づく」と言われている。これによって弥陀の救いは現当二益であることを教えられている。\n\n◯『正像末和讃』のお言葉\n「体一杯、欲や怒りの毒炎を吹いている親鸞。自分にしたがう者は愛して近づけるが、反する者は憎んで遠ざける。そんな心は高く大きく、高峯岳山と変わらない」\n\n・無明煩悩\n　ここで「無明」といわれているのは、弥陀の救いに遇ったときに無くなる「無明の闇」ではなく、弥陀の救いに遇っても無くならない欲や怒りの煩悩のことである。\n\n・しげく\n　はげしく。\n\n・塵数\n　無数のチリ。\n\n・遍満\n　充満していること。\n\n・愛憎違順\n　自分に順う者は愛し、順わないものは憎む。\n\n・高峯岳山\n　高い峰々、大きな山々。","講師試験id":[],"独言id":["63"],"大喝id":[]},{"id":"2-3","globalId":"scripture:2-3","sortOrder":"000052","kind":"scripture","title":"2-3","content":"唯一救われる教えが仏教だが、その仏教を聞けない八つの障りを八難と言う。その八難を示せ。\n(1)在地獄の難\n(2)在餓鬼の難\n(3)在畜生の難\n(4)在長寿天の難\n(5)在辺地の難\n(6)聾盲瘖瘂の難\n(7)世智弁聡の難\n(8)仏前仏後の難\n\n(1)(2)(3)(6)　──　苦にせめられて聞けぬ\n(4)(5)　──　楽におぼれて聞けぬ","href":"/qa/2-3","号":2,"問番号":3,"問":"唯一救われる教えが仏教だが、その仏教を聞けない八つの障りを八難と言う。その八難を示せ。","答":"(1)在地獄の難\n(2)在餓鬼の難\n(3)在畜生の難\n(4)在長寿天の難\n(5)在辺地の難\n(6)聾盲瘖瘂の難\n(7)世智弁聡の難\n(8)仏前仏後の難\n\n(1)(2)(3)(6)　──　苦にせめられて聞けぬ\n(4)(5)　──　楽におぼれて聞けぬ","解説書":"【**解説**】\n(1) 在地獄・(2) 在餓鬼・(3) 在畜生の難\n　地獄・餓鬼・畜生の三悪道では、苦しみが激しいために仏法が聞けない。\n\n(4) 在長寿天・(5) 在辺地の難\n　長寿天や辺地などの天上界では、楽におぼれて仏法が聞けない。\n\n(6) 聾盲おんあの難\n　耳が聞こえぬ（聾）・目が見えぬ（盲）・口がきけぬ（おんあ）などの障害のために聞けない。\n\n(7) 世智弁聡の難\n　世間の智恵に長け、自信過剰で屁理屈ばかり多いために、仏法が聞けない。「権力者は仏法聞くこと難し」といわれるのもこのためである。\n\n(8) 仏前仏後の難\n　仏の在世に遇わねば聞けない。\n\n◯親鸞聖人は、弥陀の救いはこれらの難を超える救いであることを『教行信証』に、\n「金剛の真心を獲得する者は、横に五趣・八難の道を超え」\nと仰っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-30","globalId":"scripture:2-30","sortOrder":"000079","kind":"scripture","title":"2-30","content":"「名利に人師をこのむ親鸞だ」と悲歎なされた親鸞聖人のお言葉を書け。\n◯是非しらず邪正もわかぬこの身なり\n　小慈小悲もなけれども\n　名利に人師をこのむなり","href":"/qa/2-30","号":2,"問番号":30,"問":"「名利に人師をこのむ親鸞だ」と悲歎なされた親鸞聖人のお言葉を書け。","答":"◯是非しらず邪正もわかぬこの身なり\n　小慈小悲もなけれども\n　名利に人師をこのむなり","解説書":"【**解説**】\n「是非も正邪も弁えぬ、上に立つ値などなき身でありながら、師とかしずかれたい名誉欲と利益欲しかない親鸞、どこまで狂いきっているのだろう。情けない限りである」\n\n・是非\n　善と悪。\n\n・邪正\n　正と邪。\n\n・小慈小悲\n　小さな慈悲、情け。\n\n・人師\n　人の上に立つこと。\"先生\"と呼ばれること。","講師試験id":[],"独言id":["60"],"大喝id":[]},{"id":"2-31","globalId":"scripture:2-31","sortOrder":"000080","kind":"scripture","title":"2-31","content":"無慚無愧とはどんなことか。\n◯「慚」とは自分にはずる心であるから、\n　自分にはずる心もなく、\n◯「愧」は他人にはずる心であるから、\n　他人にはずる心もないということ。","href":"/qa/2-31","号":2,"問番号":31,"問":"無慚無愧とはどんなことか。","答":"◯「慚」とは自分にはずる心であるから、\n　自分にはずる心もなく、\n◯「愧」は他人にはずる心であるから、\n　他人にはずる心もないということ。","解説書":"【**解説**】\n・自分に恥ずる\n　自分の良心に照らして、犯した悪を恥ずかしく思うこと。\n\n・他人に恥ずる\n　他人に対して、「悪うございました」と心から恥じ、謝ること。\n\n◯「親鸞は無慚無愧の極悪人」と、聖人は仰っている。ただの極悪人でなく、その極悪人だということを自分にも他人にも恥じる心すらない、ドン底の自分が照らし出されての懺悔である。\n百パーセント悪の自己を知らされた「無慚無愧」の自覚ほど、徹底した慚愧はない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-32","globalId":"scripture:2-32","sortOrder":"000081","kind":"scripture","title":"2-32","content":"廃悪修善のでき難い我々であることを教えられたお聖教の御文と、その根拠を示せ。\n◯悪業をば恐れながらすなわち起し、善根をばあらませども得ること能わざる凡夫なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","href":"/qa/2-32","号":2,"問番号":32,"問":"廃悪修善のでき難い我々であることを教えられたお聖教の御文と、その根拠を示せ。","答":"◯悪業をば恐れながらすなわち起し、善根をばあらませども得ること能わざる凡夫なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","解説書":"【**解説**】\n「悪い行いは、恐れていながら犯し、善行をしようと努めていながら、できないのが人間である」\n\n・悪業\n　悪い行い。\n\n・善根\n　善い行い。善い結果（幸福）を生む元だから「根」といわれる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-33","globalId":"scripture:2-33","sortOrder":"000082","kind":"scripture","title":"2-33","content":"「罪に大小なし」と教えられたお言葉と、その根拠を示せ。\n◯もとより罪体の凡夫、大小を論ぜず、三業みな罪にあらずということなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","href":"/qa/2-33","号":2,"問番号":33,"問":"「罪に大小なし」と教えられたお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯もとより罪体の凡夫、大小を論ぜず、三業みな罪にあらずということなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","解説書":"【**解説**】\n「すべての人間は生来、罪悪のかたまりである。だから、犯す罪に大小の差はない。身口意の三業すべて、罪でないものはない」\n\n・罪体の凡夫\n　罪のかたまりの人間。\n\n・大小を論ぜず\n「この罪は重い」「あれは軽い」という違いは、一切ない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-34","globalId":"scripture:2-34","sortOrder":"000083","kind":"scripture","title":"2-34","content":"「縁さえあれば、どんなことでもやる親鸞である」と言われた聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯さるべき業縁の催せば、如何なる振舞もすべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/2-34","号":2,"問番号":34,"問":"「縁さえあれば、どんなことでもやる親鸞である」と言われた聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯さるべき業縁の催せば、如何なる振舞もすべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n・さるべき業縁\n　どうにもならない縁。避けられない縁。結果を生む因を「業因」、縁を「業縁」ともいわれる。\n\n・振舞\n　身口意の行為。「如何なる振舞」の中に入らぬ行為はない。\n\n◯「縁さえあれば、どんなことでもする」\nとは、\n「どんな因でも持っている」「無い因はない」\nということ。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["24"]},{"id":"2-35","globalId":"scripture:2-35","sortOrder":"000084","kind":"scripture","title":"2-35","content":"「微塵の善もできない親鸞なれば地獄に堕ちて当然だ」と言われた聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/2-35","号":2,"問番号":35,"問":"「微塵の善もできない親鸞なれば地獄に堕ちて当然だ」と言われた聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n・いずれの行も\n　どんな善も。\n\n・及び難き\n　できない。善に励んだ人だけが、「及び難い」と知らされる。\n\n・地獄は一定\n　地獄の他に行き場がない。ハッキリしたことを「一定」という。","講師試験id":[],"独言id":["100"],"大喝id":[]},{"id":"2-36","globalId":"scripture:2-36","sortOrder":"000085","kind":"scripture","title":"2-36","content":"「親鸞一人のための弥陀のご本願であった」と喜ばれた聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり、されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/2-36","号":2,"問番号":36,"問":"「親鸞一人のための弥陀のご本願であった」と喜ばれた聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり、されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀が五劫という永い間、熟慮に熟慮を重ねてお誓いなされた本願を、よくよく思い知らされれば、まったく親鸞一人を助けんがためだったのだ。こんな量りしれぬ悪業を持った親鸞を、助けんと奮い立って下された本願の、なんと有り難くかたじけないことなのか」\n\n・五劫\n　気の遠くなる期間。\n\n・若干の業\n　量り知れない悪業。\n\n・「祭には　皆とはいえど　気は娘」\n\n◯これは親鸞聖人だけのことでなく、一人一人が、弥陀に救い摂られれば、「私一人のための弥陀のご本願であった」と知らされるのである。","講師試験id":[],"独言id":["100"],"大喝id":[]},{"id":"2-37","globalId":"scripture:2-37","sortOrder":"000086","kind":"scripture","title":"2-37","content":"阿弥陀如来に救い摂られても、煩悩はなくならないと言われている根拠を、『正信偈』と、善導大師のお言葉で示せ。\n◯能発一念喜愛心　不断煩悩得涅槃\n　　　　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯衆生貪瞋煩悩中　能生清浄願往生心\n　　　　　　　　　　　　（善導大師）","href":"/qa/2-37","号":2,"問番号":37,"問":"阿弥陀如来に救い摂られても、煩悩はなくならないと言われている根拠を、『正信偈』と、善導大師のお言葉で示せ。","答":"◯能発一念喜愛心　不断煩悩得涅槃\n　　　　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯衆生貪瞋煩悩中　能生清浄願往生心\n　　　　　　　　　　　　（善導大師）","解説書":"【**解説**】\n◯『正信偈』のお言葉\n「能く一念喜愛心を発せば、煩悩を断ぜずして涅槃を得」\n\n・能く\n　阿弥陀如来のお力によって。\n\n・一念喜愛心\n　他力の信心。\n\n・涅槃を得\n「弥陀の浄土へ往って、仏になれる身」になれる。\n\n「阿弥陀如来に救い摂られたならば、欲や怒りの煩悩あるままで、往生一定の絶対の幸福になる」\n\n◯善導大師のお言葉\n「衆生の貪瞋煩悩の中に、能く清浄願往生心を生ず」\n\n・衆生\n　すべての人。\n\n・貪瞋煩悩\n　欲や怒りなどの煩悩。\n\n・能く\n　他力。弥陀のお力によって。\n\n・清浄願往生心\n　真実の信心。往生一定の決定心。\n\n「欲や怒りの煩悩あるがままで、阿弥陀仏のお力によって、往生一定の大満足に救い摂られるのである」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-38","globalId":"scripture:2-38","sortOrder":"000087","kind":"scripture","title":"2-38","content":"阿弥陀如来に救い摂られても、煩悩はなくならないことを明示なされている、存覚上人のお言葉を書け。\n◯三毒の煩悩はしばしば起れどもまことの信心は彼にもさえられず、顛倒の妄念はつねに絶えざれども更に未来の悪報をばまねかず。","href":"/qa/2-38","号":2,"問番号":38,"問":"阿弥陀如来に救い摂られても、煩悩はなくならないことを明示なされている、存覚上人のお言葉を書け。","答":"◯三毒の煩悩はしばしば起れどもまことの信心は彼にもさえられず、顛倒の妄念はつねに絶えざれども更に未来の悪報をばまねかず。","解説書":"【**解説**】\n「阿弥陀如来に救い摂られても、欲や怒り・ウラミネタミの煩悩は少しも無くならないが、弥陀より賜った真実の信心は、それら煩悩に妨げられることは一切ない。逆しまな妄念は全く変わらないけれども、二度と苦界に沈むことはなくなる」\n\n・三毒の煩悩\n　貪欲・瞋恚・愚痴。\n\n・顛倒の妄念\n　仏眼から見ると逆立ちしている、間違った考え。（問39参照）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-39","globalId":"scripture:2-39","sortOrder":"000088","kind":"scripture","title":"2-39","content":"我々の思っていることは逆立ちしている。中でも四つの大きな誤り心を、四顛倒の妄念と言われる。その四顛倒の妄念を書き、それに対する仏教の正しい教えを示せ。\n　 　妄　　　　正\n(1)　常　──　無常\n(2)　楽　──　苦\n(3)　我　──　無我\n(4)　浄　──　不浄","href":"/qa/2-39","号":2,"問番号":39,"問":"我々の思っていることは逆立ちしている。中でも四つの大きな誤り心を、四顛倒の妄念と言われる。その四顛倒の妄念を書き、それに対する仏教の正しい教えを示せ。","答":"　 　妄　　　　正\n(1)　常　──　無常\n(2)　楽　──　苦\n(3)　我　──　無我\n(4)　浄　──　不浄","解説書":"【**解説**】\n◯人間の常・楽・我・浄の思いは、逆さまであることを教えられて、それを「妄念」といわれている。\n\n(1) 常\n　一切は無常なのに、己の信じているものは永遠と思っている。\n\n(2) 楽\n「人生は苦なり」が実態なのに、楽しいと思っている。\n\n(3) 我\n　固定不変な「我」というものはない（無我）のに、変わらぬ我があると思っている。\n\n(4) 浄\n　仏眼からご覧になれば、人間界の一切のものは汚い（不浄）のに、きれいなものと思っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-4","globalId":"scripture:2-4","sortOrder":"000053","kind":"scripture","title":"2-4","content":"釈尊の教えられたことは、阿弥陀如来の本願以外にはなかったことを断言された『正信偈』のお言葉を書け。\n◯如来所以興出世\n　唯説弥陀本願海","href":"/qa/2-4","号":2,"問番号":4,"問":"釈尊の教えられたことは、阿弥陀如来の本願以外にはなかったことを断言された『正信偈』のお言葉を書け。","答":"◯如来所以興出世\n　唯説弥陀本願海","解説書":"【**解説**】\n「如来、世に興出したまう所以は、\n唯、弥陀の本願海を説かんとなり」\n\n・如来\n　釈迦如来。（広くは十方諸仏）\n\n・世に\n　この世に。地球上に。\n\n・興出\n　お生まれになられた。\n\n・所以\n　目的。\n\n・唯説\n　ただ一つのことを説くためであった。\n\n・弥陀の本願海\n　深くて広い海のような阿弥陀如来の本願。\n\n◯七千余巻の一切経を、幾度も読み破られた親鸞聖人が、\n「釈迦が仏教を説かれたのは、『阿弥陀如来の本願』唯一つを説くためであった」\nと、断言されているお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":["12","13"],"大喝id":["39"]},{"id":"2-40","globalId":"scripture:2-40","sortOrder":"000089","kind":"scripture","title":"2-40","content":"「阿弥陀如来に救い摂られても、少しも清浄な心にならない」と仰有った親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を書け。\n◯浄土真宗に帰すれども\n　真実の心はありがたし\n　虚仮不実のわが身にて\n　清浄の心もさらになし\n　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","href":"/qa/2-40","号":2,"問番号":40,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られても、少しも清浄な心にならない」と仰有った親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を書け。","答":"◯浄土真宗に帰すれども\n　真実の心はありがたし\n　虚仮不実のわが身にて\n　清浄の心もさらになし\n　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","解説書":"【**解説**】\n・浄土真宗に帰する\n　阿弥陀仏の本願に救い摂られる。信心決定する。\n\n・真実の心\n　まことの心。（「真実の信心」のことではない）\n\n・虚仮不実\n　ウソ偽り。\n\n・清浄の心\n　純粋で清らかな心。\n\n◯「心を清らかにするための仏教」「清浄の心にならないようなら、仏教を聞く意味がない」という人ばかり。だが親鸞聖人は、\n「弥陀に救われたが、ウソ偽りばかりで、まことの心も清浄な心もまったく無い」\nと道破されている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-41","globalId":"scripture:2-41","sortOrder":"000090","kind":"scripture","title":"2-41","content":"「阿弥陀如来は、どんな極悪人をも救い切ることができる」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。\n◯願力無窮にましませば\n　罪業深重もおもからず\n　仏智無辺にましませば\n　散乱放逸もすてられず\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/2-41","号":2,"問番号":41,"問":"「阿弥陀如来は、どんな極悪人をも救い切ることができる」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。","答":"◯願力無窮にましませば\n　罪業深重もおもからず\n　仏智無辺にましませば\n　散乱放逸もすてられず\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"【**解説**】\n「阿弥陀如来のお力には限りがないから、どんな極悪人をも救い切って下されるのだ」\nと、繰り返し仰っているお言葉である。\n\n・願力無窮\n　阿弥陀如来のお力は無限であること。\n\n・罪業深重\n　罪悪が、深くて重いこと。\n\n・仏智無辺\n　阿弥陀如来のお力は無限であること。\n\n・散乱放逸\n　思いにまかせて悪を、やりたい放題、やり散らすこと。\n\n◯量り知れない悪業のかたまりの我々は、無限の阿弥陀如来のお力によらなければ、絶対に救われない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-42","globalId":"scripture:2-42","sortOrder":"000091","kind":"scripture","title":"2-42","content":"阿弥陀如来の本願は悪人正機と言われるが、\n悪人正機とはどんなことか。\n◯苦悩の人が正客ということ。","href":"/qa/2-42","号":2,"問番号":42,"問":"阿弥陀如来の本願は悪人正機と言われるが、\n悪人正機とはどんなことか。","答":"◯苦悩の人が正客ということ。","解説書":"【**解説**】\n◯「正機」とは、「正しい機ざま」「本当の人間の相」「実機」ということ。\n阿弥陀如来は、「全人類は極悪人である」と見抜かれた上で、「必ず絶対の幸福に救い摂る」と誓われている、その弥陀の本願を「悪人正機」といわれるのである。\n「悪人」とは悪因悪果で「苦しむ人」であるから、「苦悩の人が正客（お目当て）」ということ。\nこの弥陀の本願を、徹底開顕された親鸞聖人の教えをも、「悪人正機」といわれる。\n\n・浄土真宗の多くが、この「悪人正機」を誤解して、「阿弥陀さまは悪人大好き仏だから、悪いことをするほど助かるのだ」と悪に誇っている。そのため世間から「浄土真宗は悪人製造の教えか」とまで非難されるようになった。「悪をするほど助かる」など、聖人の教えからは出ようがない。「悪人正機」の意味を正しく知らねばならない。","講師試験id":[],"独言id":["70"],"大喝id":[]},{"id":"2-43","globalId":"scripture:2-43","sortOrder":"000092","kind":"scripture","title":"2-43","content":"苦しみの人生を、明るく楽しく渡すものが阿弥陀如来の本願であることを明言されている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯難思の弘誓は難度の海を度する大船、\n　無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","href":"/qa/2-43","号":2,"問番号":43,"問":"苦しみの人生を、明るく楽しく渡すものが阿弥陀如来の本願であることを明言されている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯難思の弘誓は難度の海を度する大船、\n　無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","解説書":"【解説】\n「弥陀の誓願は、私たちの苦悩の根元である無明の闇を破り、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたす大船である。この船に乗ることこそが人生の目的だ」\n\n・難思の弘誓\n　想像を超えた、不可思議な弥陀の誓願のこと。\n\n・難度海\n　人生を、苦悩の波の絶えない「渡り難い苦海」と譬えられている。\n\n・度する\n　明るく楽しく渡すこと。\n\n・無碍の光明\n　何ものも遮ることができない弥陀のお力。\n\n・無明の闇\n　苦悩の根元である「後生暗い心」。\n\n・慧日\n　智慧の太陽。「天に二日なし」といわれるように、「無明の闇」を破る唯一の智慧の太陽。","講師試験id":[],"独言id":["37"],"大喝id":["37","43"]},{"id":"2-44","globalId":"scripture:2-44","sortOrder":"000093","kind":"scripture","title":"2-44","content":"「阿弥陀如来の本願に救い摂られた時、苦しみの人生が、明るい人生になった」と断言なされた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静に、衆禍の波転ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","href":"/qa/2-44","号":2,"問番号":44,"問":"「阿弥陀如来の本願に救い摂られた時、苦しみの人生が、明るい人生になった」と断言なされた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静に、衆禍の波転ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","解説書":"【**解説**】\n「大悲の願船に乗って見る人生の苦海は、千波万波きらめく明るい広海ではないか。順風に帆をあげる航海のように、なんと生きるとは素晴らしいことなのか」\n\n・大悲の願船\n　大慈悲の阿弥陀如来の本願を、船に譬えられたもの。その本願に救い摂られたことを、「大悲の願船に乗じて」と言われている。\n\n・光明の広海\n　明るく楽しい人生。暗く苦しい人生が、光明輝く人生に転じたことを、「光明の広海に浮びぬれば」と言われている。\n「沈んで」いた人にのみ、「浮かんだ」という歓喜がある。\n\n・至徳の風静に\n　無上の功徳（南無阿弥陀仏）と一体となった幸せ。\n\n・衆禍の波転ず\n　不幸や災難が、喜びに転じ変わる。","講師試験id":[],"独言id":["37","41"],"大喝id":[]},{"id":"2-45","globalId":"scripture:2-45","sortOrder":"000094","kind":"scripture","title":"2-45","content":"聖徳太子が「世間虚仮・唯仏是真」と言われていることを『歎異鈔』にはどのように言われているか。そのお言葉を書け。\n◯煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します。","href":"/qa/2-45","号":2,"問番号":45,"問":"聖徳太子が「世間虚仮・唯仏是真」と言われていることを『歎異鈔』にはどのように言われているか。そのお言葉を書け。","答":"◯煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します。","解説書":"【**解説**】\n◯聖徳太子\n　日本に仏教を伝えられた聖徳太子を、親鸞聖人は「和国の教主」（日本のお釈迦様）とまで尊敬されている。\n「火宅のような不安な世界に住む、煩悩にまみれた人間のすべては、そらごと、たわごとばかりで、真実は一つもない。ただ弥陀より賜った念仏のみが、まことである」\n\n・煩悩具足の凡夫\n　人間は百八の煩悩のかたまりである。「具足」とは、「それによって出来ている」ということ。\n\n・火宅\n　火のついた家のこと。不安なことを譬えられている。\n\n・万のこと\n　総てのこと。この中に入らぬものは無い。\n\n・皆もって\n　例外なく。\n\n・念仏のみぞまこと\n「弥陀の本願のみぞまこと」を言い換えられたお言葉。","講師試験id":[],"独言id":["40","94"],"大喝id":["43"]},{"id":"2-46","globalId":"scripture:2-46","sortOrder":"000095","kind":"scripture","title":"2-46","content":"「阿弥陀如来に救い摂られると、この世から明るく楽しく生かされる」と言われた親鸞聖人の『ご和讃』を書け。\n◯超世の悲願ききしより\n　われらは生死の凡夫かは\n　有漏の穢身はかわらねど\n　こころは浄土にあそぶなり","href":"/qa/2-46","号":2,"問番号":46,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られると、この世から明るく楽しく生かされる」と言われた親鸞聖人の『ご和讃』を書け。","答":"◯超世の悲願ききしより\n　われらは生死の凡夫かは\n　有漏の穢身はかわらねど\n　こころは浄土にあそぶなり","解説書":"【**解説**】\n「『弥陀の本願まことだった』と、絶対の幸福に救い摂られた時からもう我々は、迷いの人間ではなくなるのだ。欲や怒りの煩悩は少しも変わらないままで、弥陀の浄土へ往って遊んでいるように、明るく楽しく生かされるのである」\n\n・超世の悲願\n　世の常識を超えた、大宇宙に二つと無い、大慈悲の弥陀の本願のこと。その本願に疑心晴れたことを「超世の悲願ききしより」と言われている。\n\n・生死の凡夫かは\n　迷いの人間ではなくなる。「生死」とは、生まれ変わり死に変わり迷いの世界を経巡ること。\n\n・有漏の穢身\n　欲や怒りの煩悩に汚れた肉体。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-47","globalId":"scripture:2-47","sortOrder":"000096","kind":"scripture","title":"2-47","content":"「阿弥陀如来の本願に救い摂られた人は絶対の幸福になれる」と明言されている『歎異鈔』のお言葉を示せ。\n◯念仏者は無碍の一道なり。そのいわれ如何とならば、信心の行者には天神地衹も敬伏し、魔界外道も障碍することなし、罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善も及ぶことなき故に無碍の一道なり、と云々。","href":"/qa/2-47","号":2,"問番号":47,"問":"「阿弥陀如来の本願に救い摂られた人は絶対の幸福になれる」と明言されている『歎異鈔』のお言葉を示せ。","答":"◯念仏者は無碍の一道なり。そのいわれ如何とならば、信心の行者には天神地衹も敬伏し、魔界外道も障碍することなし、罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善も及ぶことなき故に無碍の一道なり、と云々。","解説書":"【**解説**】\n「弥陀に救われ念仏する者は、一切が障りにならぬ幸福者である。なぜならば、弥陀より信心を賜った者には、天地の神も敬って頭を下げ、悪魔や外道の輩も妨げることができなくなる。犯したどんな大罪も苦とはならず、いかに優れた善行の結果も及ばないから、絶対の幸福者である」と親鸞聖人は仰せになりました。\n\n・念仏者\n「ただ口で南無阿弥陀仏と称えている人」のことではなく、「信心獲得した人」のこと。直後に「信心の行者」と言い換えられていることからも明白である。","講師試験id":[],"独言id":["61","62"],"大喝id":[]},{"id":"2-48","globalId":"scripture:2-48","sortOrder":"000097","kind":"scripture","title":"2-48","content":"他力の信心を獲得すると、無碍の一道に生かされる理由を教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。\n◯利他の信楽うるひとは\n　願に相応するゆえに\n　教と仏語にしたがえば\n　外の雑縁さらになし\n　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/2-48","号":2,"問番号":48,"問":"他力の信心を獲得すると、無碍の一道に生かされる理由を教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。","答":"◯利他の信楽うるひとは\n　願に相応するゆえに\n　教と仏語にしたがえば\n　外の雑縁さらになし\n　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n「他力の信心を獲得した人は、一切が碍りとならぬ無碍の一道に生かされる。それは、『どんな極悪人も絶対の幸福に救い摂る』という弥陀の誓願の通りになるからであり、釈迦の教えと、十方諸仏の言葉にしたがうからである」\n\n・利他の信楽\n　他力の信心。\n\n・願\n　阿弥陀仏の本願。「願に相応する」とは、弥陀の本願に誓われている通りの極悪人が、お約束通りに絶対の幸福に救い摂られたこと。\n\n・教\n　釈迦の教え。極悪人とはツユ思っていない我々を、弥陀の本願に相応させるために、釈迦が一代、説かれた仏教。その根幹は因果の道理であり、廃悪修善が徹底されている。\n\n・仏語\n　諸仏のお言葉。「弥陀の本願のみが真実だから、一向専念無量寿仏」と、弥陀の本願を絶讃されている十方諸仏のお言葉。\n\n・外の雑縁さらになし\n　一切が碍りにならなくなる。\n\n◯わずか四行に、弥陀・釈迦・諸仏の三仏を総動員されて、早く「利他の信楽を獲る人」になれよと勧められている聖人のご和讃。","講師試験id":[],"独言id":["54","81"],"大喝id":[]},{"id":"2-49","globalId":"scripture:2-49","sortOrder":"000098","kind":"scripture","title":"2-49","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、煩悩がそのまま菩提になる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を記せ。\n◯罪障功徳の体となる\n　こおりとみずのごとくにて\n　こおりおおきにみずおおし\n　さわりおおきに徳おおし\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/2-49","号":2,"問番号":49,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、煩悩がそのまま菩提になる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を記せ。","答":"◯罪障功徳の体となる\n　こおりとみずのごとくにて\n　こおりおおきにみずおおし\n　さわりおおきに徳おおし\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀に救い摂られると、助けようのない煩悩（罪障）の氷が、幸せよろこぶ菩提（功徳）の水となる。大きい氷ほど解けた水が多いように、極悪最下の親鸞こそが、極善無上の幸せ者である」\n\n・罪障\n　罪や悪、苦しみ。\n\n・功徳\n　幸せ、喜び、満足。\n\n・弥陀に救い摂られると、煩悩（苦しみ）がそのまま菩提（喜び）と転じ変わることを、「煩悩即菩提」とか「転悪成善」（悪が転じて善と成る）ともいわれる。その不思議を、氷と水の関係で譬えられている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["11"]},{"id":"2-5","globalId":"scripture:2-5","sortOrder":"000054","kind":"scripture","title":"2-5","content":"親鸞聖人が『大無量寿経』のみが真実の経だ、と言われたお言葉と、その根拠を示せ。\n◯それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/2-5","号":2,"問番号":5,"問":"親鸞聖人が『大無量寿経』のみが真実の経だ、と言われたお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"【**解説**】\n・真実の経\n　釈迦の出世本懐の経。親鸞聖人は「真実の教」と仰っている。「お経」には「教え」が説かれているので、同じこと。\n\n・『大無量寿経』\n　本師本仏の「阿弥陀仏の本願」が説かれているお経。『大経』とも、『無量寿経』ともいわれる。\n\n◯「真実の経は『大無量寿経』である」\nということは、\n「他の一切の経は、『大無量寿経』を説くための方便の教えである」\nといわれているお言葉である。\n\n・親鸞聖人がご著書にしばしば引用されている、『無量寿如来会』『平等覚経』『大阿弥陀経』『無量寿荘厳経』などは、『大経』の異訳（異なる翻訳者のお経）である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-50","globalId":"scripture:2-50","sortOrder":"000099","kind":"scripture","title":"2-50","content":"金剛の信心とはどんな信心か。\nお聖教の御文と、その根拠も示せ。\n◯如何なる人来りて云い妨ぐとも、すこしも変らざる心を金剛心という。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（後世物語聞書）","href":"/qa/2-50","号":2,"問番号":50,"問":"金剛の信心とはどんな信心か。\nお聖教の御文と、その根拠も示せ。","答":"◯如何なる人来りて云い妨ぐとも、すこしも変らざる心を金剛心という。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（後世物語聞書）","解説書":"【**解説**】\n「如何なる人がどんな非難攻撃をしても、微動だにもせぬ心を、他力金剛の信心という」\n\n・金剛心\n　金剛石のような心。金剛石（ダイヤモンド）は、最も硬い石である。「硬い」とは「変わらない」こと。どんなことがあっても不壊不変、微動だにもしない他力の信心を、金剛心と言われている。\n\n・『後世物語聞書』\n　隆寛律師（親鸞聖人の法友）作。聖人は時折書写され、門弟にも披見を勧められた。\n\n◯我々の心は、盆の上の卵のようにコロコロ変わるからココロといわれるが、阿弥陀仏の本願に救い摂られれば、そんな我々の心が、どんな非難攻撃を受けても変わらない、鮮明不動の金剛心になると、教えられている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"2-6","globalId":"scripture:2-6","sortOrder":"000055","kind":"scripture","title":"2-6","content":"仏教で方便とはどんなことか。\n◯我々を真実に近づけ、真実を体得させるに絶対必要なものを言う。","href":"/qa/2-6","号":2,"問番号":6,"問":"仏教で方便とはどんなことか。","答":"◯我々を真実に近づけ、真実を体得させるに絶対必要なものを言う。","解説書":"【**解説**】\n◯仏教で「方便」とは、原語で「ウパーヤ」といい、目的に「近づく」という意味。そこから、「目的に近づける為の手段」を方便といわれる。\n\n・世間では「ウソも方便」と言って「方便」を「ウソ」と思っている人がいるが、誤解である。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら　藤の巻』（266ページ）\n「仏教の方便とは、どんなことか」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["67"]},{"id":"2-7","globalId":"scripture:2-7","sortOrder":"000056","kind":"scripture","title":"2-7","content":"『大無量寿経』が釈尊の出世本懐の経である根拠を『大無量寿経』の御文で二カ所示せ。\n◯如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（上巻）\n\n◯当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（下巻）","href":"/qa/2-7","号":2,"問番号":7,"問":"『大無量寿経』が釈尊の出世本懐の経である根拠を『大無量寿経』の御文で二カ所示せ。","答":"◯如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（上巻）\n\n◯当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（下巻）","解説書":"【**解説**】\n◯出世本懐の経\n　釈尊が本当に説かれたかった、真実のお経。\n\n◯上巻の御文\n「私がこの世に生まれ出た目的は、まず聖道方便の仏教を説き開き、一切の人々を阿弥陀仏の真実の救いに導く為であったのだ」\n\n・如来\n　釈迦如来。\n\n・道教\n　聖道仏教。『法華経』等の方便の仏教。\n\n・光闡\n　明らかに説き開く。\n\n・群萌\n　苦しみ悩むすべての人。\n\n・拯い恵む\n　真実の幸福に導く。\n\n・真実の利\n　阿弥陀仏の本願。\n\n◯下巻の御文\n「やがて『法華経』など一切の経典が無くなる時が来ても、この『大無量寿経』だけは永遠に残り、総ての人を絶対の幸福に導くであろう」\n\n・当来\n　未来。\n\n・経道\n　聖道仏教。「道教」と同じ。\n\n・滅尽\n　総て無くなる。\n\n・哀愍\n　すべての人を哀れみ慈しむ。\n\n・特に此の経を留めて\n「此の経」とは、『大無量寿経』。「特に『大無量寿経』だけは残り」ということ。ここから『大無量寿経』を「特留此経」ともいわれ、本懐経の根拠とされる。\n\n・百歳\n　永遠。「百」は満数で、無限を表す。文字通り「百年」でないことは、仏教の常識。「百年」のことは「一百歳」といわれる。\n\n◯『大無量寿経』を説き終わられた時、釈尊は、\n「如来所応作者、皆已作之」\n\"如来としてなすべきことは、皆これを為せり\"\nと慶喜なされた。\n\n◯五徳現瑞\n　釈尊は『大無量寿経』を説かれる直前、今までにないお姿（五徳現瑞）を種々に現されて、『阿弥陀仏の本願』こそ出世の本懐であることを、身をもって示された。余りの変わられように、最も長くお仕えした弟子の阿難も驚いて、「世尊、一体どうなされたのですか」とお尋ねせずにおれなかった程である。\n「弥陀三昧」「大寂定三昧」ともいわれ、親鸞聖人は『大無量寿経』が出世本懐経である根拠とされている。","講師試験id":[],"独言id":["14","88"],"大喝id":[]},{"id":"2-8","globalId":"scripture:2-8","sortOrder":"000057","kind":"scripture","title":"2-8","content":"阿弥陀如来の御徳は無限にあるが、中でも特記される二つをあげよ。\n◯光明無量\n◯寿命無量","href":"/qa/2-8","号":2,"問番号":8,"問":"阿弥陀如来の御徳は無限にあるが、中でも特記される二つをあげよ。","答":"◯光明無量\n◯寿命無量","解説書":"【**解説**】\n◯光明無量\n　阿弥陀如来のお力は無限であること。「光明」は「智慧」ともいい、仏の念力、仏力をいう。我々の苦悩の根元である無明の闇をぶち破る弥陀のお力をいう。\n\n◯寿命無量\n　阿弥陀如来の寿命は無限であること。「寿命」は「慈悲」ともいい、我々を未来永遠の幸せに生かす働きをいう。\n\n・この二徳を合わせて弥陀のお徳を「光寿二無量」といわれる。","講師試験id":[],"独言id":["15","93","101"],"大喝id":[]},{"id":"2-9","globalId":"scripture:2-9","sortOrder":"000058","kind":"scripture","title":"2-9","content":"阿弥陀如来が諸仏の中の王である根拠を経典で二つあげよ。\n◯無量寿仏の威神光明は最尊第一にして諸仏の光明の及ぶこと能わざる所なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n\n◯諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、光明の中の最明無極なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大阿弥陀経）","href":"/qa/2-9","号":2,"問番号":9,"問":"阿弥陀如来が諸仏の中の王である根拠を経典で二つあげよ。","答":"◯無量寿仏の威神光明は最尊第一にして諸仏の光明の及ぶこと能わざる所なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n\n◯諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、光明の中の最明無極なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大阿弥陀経）","解説書":"【**解説**】\n◯『大無量寿経』の御文\n「阿弥陀仏のお力は、大宇宙最高無上であり、十方の諸仏が総がかりになっても及ばない、最も勝れたお力である」\n\n・無量寿仏\n　阿弥陀仏。\n\n・威神\n　凄い。素晴らしい。\n\n・最尊第一\n　最も尊いこと、第一である。\n\n・及ぶこと能わざる所\n　遠く足元にも及ばない。\n\n◯『大阿弥陀経』の御文\n「阿弥陀仏は十方諸仏の王である。そのお力は、十方諸仏の中で最も強く尊く、無限である」\n・『大阿弥陀経』\n『大無量寿経』の異訳。（問５参照）\n\n・極尊\n　最高に尊い。\n\n・最明無極\n　最も強く極まりがない。\n\n◯仏さまは総て、光明と寿命、智慧と慈悲の覚体であるが、中でも阿弥陀仏が「本師本仏」と崇められ「諸仏の王」と讃嘆されるのは、阿弥陀仏の光明（智慧）が、諸仏より抜群であり、我々を救済する力がズバ抜けているからである。\nその阿弥陀仏の偉大な光明を、釈迦が十二に分けて教えられているのが「十二光」であり、親鸞聖人は『正信偈』に讃嘆されている。\n\n(1) 無量光\n　どんな極悪人をも救い切る、無限のお力。\n\n(2) 無辺光\n　十方世界いずこにも行き渡っているお力。\n\n(3) 無礙光\n　何ものも遮ることのできないお力。\n\n(4) 無対光\n　比較できるもののない偉大なお力。\n\n(5) 光炎王光\n　仏法を聞かせるために、人間界に生まれさせて下されたお力。\n\n(6) 清浄光\n　底の知れない欲の汚さを知らせ、懺悔させ清めて下されるお力。\n\n(7) 歓喜光\n　怒りの恐ろしさを知らせ、懺悔させ喜びに変えて下されるお力。\n\n(8) 智慧光\n　ねたみそねみの愚痴の醜さを知らせ、バカだなあと懺悔させて下されるお力。\n\n(9) 不断光\n　途切れず絶えることのないお力。\n\n(10) 難思光\n　人間の智恵を超えたお力。\n\n(11) 無称光\n　とても言葉で表現できないお力。\n\n(12) 超日月光\n　太陽も月も超越した、偉大なお力。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら　桜の巻』（162・166ページ）\n「なぜ阿弥陀仏が最尊なのか（一）（二）」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["11"]},{"id":"3-1","globalId":"scripture:3-1","sortOrder":"000100","kind":"scripture","title":"3-1","content":"他力金剛の信心は、如何なる者から非難攻撃されても微動だにもせぬことを教えるために、四重の破人を仮に設定されているが、四重の破人とは何か。誰が言われたことか。\n(1)智者や学者が総攻撃しても\n(2)初地以下の聖者が総攻撃しても\n(3)初地以上十地以下の菩薩が総攻撃しても\n(4)仏が攻撃しても\n\n｝微動だにもせぬものが金剛心であることを教えるため。\n\n◎善導大師の教えられたお言葉である。","href":"/qa/3-1","号":3,"問番号":1,"問":"他力金剛の信心は、如何なる者から非難攻撃されても微動だにもせぬことを教えるために、四重の破人を仮に設定されているが、四重の破人とは何か。誰が言われたことか。","答":"(1)智者や学者が総攻撃しても\n(2)初地以下の聖者が総攻撃しても\n(3)初地以上十地以下の菩薩が総攻撃しても\n(4)仏が攻撃しても\n\n｝微動だにもせぬものが金剛心であることを教えるため。\n\n◎善導大師の教えられたお言葉である。","解説書":"【**解説**】\n\n(1)**智者や学者**\n　ノーベル受賞者や評論家、仏教学者など、世間で評価されている知識人。\n\n(2)**初地以下**\n　さとりの五十二位中の四十一段目以下。\n\n(3)**初地以上十地以下**\n　四十一段から五十段まで。\n\n(4)**仏**\n　五十二段の仏覚を開かれた方。\n\n**●仏さまが真実信心の人を攻撃することはあり得ないが、たとえあったとしても、まったく動揺しない信心、ということ。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-10","globalId":"scripture:3-10","sortOrder":"000109","kind":"scripture","title":"3-10","content":"阿弥陀如来に救い摂られたら喜ばずにおれぬ、と言われたお言葉と、その根拠を五つ以上あげよ。\n◯獲信見敬大慶喜（正信偈）\n◯広大難思の慶心を彰す。（教行信証）\n◯うれしさを　昔はそでに　つつみけり\n　　こよいは身にも　余りぬるかな　　（御文章）\n◯往生定まるしるしには慶喜の心おこるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（存覚上人）\n◯浄土の法門を説くを聞きて歓喜踊躍し、身の毛いよだつ。\n　　　　　　　　　　　　　　　（安心決定鈔）","href":"/qa/3-10","号":3,"問番号":10,"問":"阿弥陀如来に救い摂られたら喜ばずにおれぬ、と言われたお言葉と、その根拠を五つ以上あげよ。","答":"◯獲信見敬大慶喜（正信偈）\n◯広大難思の慶心を彰す。（教行信証）\n◯うれしさを　昔はそでに　つつみけり\n　　こよいは身にも　余りぬるかな　　（御文章）\n◯往生定まるしるしには慶喜の心おこるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（存覚上人）\n◯浄土の法門を説くを聞きて歓喜踊躍し、身の毛いよだつ。\n　　　　　　　　　　　　　　　（安心決定鈔）","解説書":"【**解説**】\n◯無量永劫の流転の絆を断ち切られて、ただ今が光明の広海と転じ変わり、『南無阿弥陀仏』の大宇宙の宝を丸貰いさせられて、不可称・不可説・不可思議の功徳が身に満ち満ちて下されるのだから、大歓喜があるのである。その喜びを、種々に言われている。\n\n・**獲信見敬大慶喜**\n　弥陀に救い摂られ（獲信見敬）、大慶喜する。\n\n・**広大難思の慶心**\n　広かったぞ、大きかったぞ、想像も出来ない喜び。\n\n・**昔は**\n　弥陀に救い摂られる前。\n\n・**今宵は**\n　弥陀に救い摂られた今。\n\n・**往生定まるしるしには**\n「往生一定」と救い摂られた上は。（「しるし」といっても、「喜びが起きたのが救われた証拠だ」という意味ではない）\n\n・**存覚上人**\n　覚如上人の長子。\n\n・**浄土の法門**\n　阿弥陀仏の本願。\n\n・**聞きて**\n「疑心有ること無し」と救い摂られて。\n\n・**歓喜踊躍**\n　天に踊り地に躍る喜び。\n\n・**身の毛いよだつ**\n「全身の毛が逆立つほどの喜び」ということ。肉体上の変化を言われたものではない。\n\n・『**安心決定鈔**』\n　著者は不明だが、蓮如上人は「黄金を掘り出すような書物」と仰っている。\n\n◯「凡夫にそんな喜びなどおこるはずがない」「喜べなくて当然だ」という人を破邪する根拠になろう。","講師試験id":[],"独言id":["100"],"大喝id":[]},{"id":"3-11","globalId":"scripture:3-11","sortOrder":"000110","kind":"scripture","title":"3-11","content":"親鸞聖人が『教行信証』を書かれずにおれなかった慶びを述べられているお言葉と、その根拠を示せ。\n◯ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしきかなや、西蕃・月氏の聖典、東夏・日域の師釈に、遇い難くして今遇うことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり。真宗の教・行・証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知んぬ。ここを以て聞く所を慶び、獲る所を嘆ずるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","href":"/qa/3-11","号":3,"問番号":11,"問":"親鸞聖人が『教行信証』を書かれずにおれなかった慶びを述べられているお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしきかなや、西蕃・月氏の聖典、東夏・日域の師釈に、遇い難くして今遇うことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり。真宗の教・行・証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知んぬ。ここを以て聞く所を慶び、獲る所を嘆ずるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","解説書":"【**解説**】\n\n「ああ、幸せなるかな親鸞。なんの間違いか、毛頭遇えぬことに、今遇えたのだ。絶対聞けぬことが、今聞けたのだ。釈迦が、どんなすごい弥陀の誓願を説かれていても、伝える人がなかったら、無明の闇の晴れることはなかったにちがいない。ひろく仏法は伝えられているが、弥陀の誓願不思議を説く人は稀である。その稀有な、弥陀の誓願を説く印度・中国・日本の高僧方の教導に、今遇うことができたのだ。聞くことができたのだ。この幸せ、何にたとえられようか。どんなによろこんでも過ぎることはない。それにしても知らされるのは、阿弥陀如来の深い慈恩である。なんとか伝えることはできないものか」\n\n・**西蕃**\n　インド。\n\n・**月氏**\n　インドで栄えたある国の名。\n\n・**聖典**\n　お聖教。教え。\n\n・**東夏**\n　中国。\n\n・**日域**\n　日本。\n\n・**師釈**\n　高僧方の教え。\n\n・**真宗の教・行・証**\n　弥陀の本願・他力の念仏・弥陀同体の仏のさとり。\n\n・**敬信**\n　敬って信ずる＝賜る。\n\n◯『教行信証』を起草せずにおれなかった心情をこう述べられ、『教行信証』六巻は書き始められている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-12","globalId":"scripture:3-12","sortOrder":"000111","kind":"scripture","title":"3-12","content":"親鸞聖人が『教行信証』を書かれた目的を述べられたお言葉と、その根拠を示せ。\n◯慶しきかな。\n　心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。\n　深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。\n　慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。\n　これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭う。\n　唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。\n　若しこの書を見聞せん者は、信順を因と為し、\n　疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し、妙果を安養\n　に顕さん。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）","href":"/qa/3-12","号":3,"問番号":12,"問":"親鸞聖人が『教行信証』を書かれた目的を述べられたお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯慶しきかな。\n　心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。\n　深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。\n　慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。\n　これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭う。\n　唯仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。\n　若しこの書を見聞せん者は、信順を因と為し、\n　疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し、妙果を安養\n　に顕さん。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）","解説書":"【**解説**】\n\n「金や財を力にしている者は、金や財を失った時に顛倒する。名誉や地位を力にしている者は、それらをなくした時に失墜する。親や子供を力にしている者は、親や子を亡くした時に倒壊する。信念を力にしている者も、信念ゆらいだ時にまた崩壊する。\n　崩れるものに樹てる人生は、薄氷を踏むように不安だが、たとえ釈尊、善導、法然さまがゆらごうとも、心を不倒の仏地に樹て、不思議の世界に生かされた親鸞は、なんと幸せ者なのか。ますます阿弥陀如来の慈愛の深きを知らされ、師教の高恩を仰がずにおれない。限りなきよろこびは、返し切れない報恩に親鸞を泣かす。この弥陀の大恩を念うとき、世間の恥辱など、ものの数ではありえない。この書を読む人には、信ずる人もあろう。そしる者もいるだろう。いずれも、それを因とし縁として、弥陀の救いに遇い、未来永遠の幸福を獲得してもらいたい。そう念ずるばかりである」\n\n・**心を弘誓の仏地に樹て**\n　弥陀の本願に相応した鮮明不動の信心を獲て。\n\n・**念を難思の法海に流す**\n　苦悩渦巻く煩悩一杯が、大満足の不思議な世界に生かされる。\n\n・**如来の矜哀**\n　阿弥陀如来の大慈悲。\n\n・**師教の恩厚**\n　弥陀の大悲を正しく伝えて下された釈迦・七高僧方の厚きご恩徳。「至孝」も同じ。\n\n・**真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭う**\n　弥陀の救いを明かされた釈迦・七高僧の教えの真髄を要説する。\n\n・**人倫の嘲**\n　世の人々の嘲笑、罵倒、非難攻撃。\n\n・**この書**\n　教行信証。\n\n・**信楽を願力に彰し**\n　弥陀の願力によって、信楽（絶対の幸福）に救われ。\n\n・**妙果を安養に顕さん**\n　弥陀の浄土へ往って、仏のさとりを開いてもらいたい。","講師試験id":[],"独言id":["51"],"大喝id":["45"]},{"id":"3-13","globalId":"scripture:3-13","sortOrder":"000112","kind":"scripture","title":"3-13","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、この世の幸せきわもないことを教えられた『ご和讃』一首とその根拠を記せ。\n◯南無阿弥陀仏をとなうれば\n　この世の利益きわもなし\n　流転輪廻のつみきえて\n　定業中夭のぞこりぬ\n　　　　　　（現世利益和讃）","href":"/qa/3-13","号":3,"問番号":13,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、この世の幸せきわもないことを教えられた『ご和讃』一首とその根拠を記せ。","答":"◯南無阿弥陀仏をとなうれば\n　この世の利益きわもなし\n　流転輪廻のつみきえて\n　定業中夭のぞこりぬ\n　　　　　　（現世利益和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「念仏を称えれば、長らく苦しめてきた罪が消えて、当然受くべき大難や若死からも免れ、この世も幸せ一杯に暮らせるようになるのだ」\n\n・**南無阿弥陀仏をとなうれば**\n　弥陀に救われ、他力の念仏を称える身になれば。\n\n・**この世の利益きわもなし**\n　生きている今、限りない幸せに生かされる。\n\n・**流転輪廻のつみ**\n　果てしなき過去から苦しめてきた罪。疑情・無明の闇のこと。","講師試験id":[],"独言id":["45"],"大喝id":[]},{"id":"3-14","globalId":"scripture:3-14","sortOrder":"000113","kind":"scripture","title":"3-14","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、現生で十種の利益が頂けると親鸞聖人は仰有っているが、それを記せ。\n(1)　冥衆護持の益　｜　(6)　心光常護の益\n(2)　至徳具足の益　｜　(7)　心多歓喜の益\n(3)　転悪成善の益　｜　(8)　知恩報徳の益\n(4)　諸仏護念の益　｜　(9)　常行大悲の益\n(5)　諸仏称讃の益　｜　(10)　入正定聚の益","href":"/qa/3-14","号":3,"問番号":14,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、現生で十種の利益が頂けると親鸞聖人は仰有っているが、それを記せ。","答":"(1)　冥衆護持の益　｜　(6)　心光常護の益\n(2)　至徳具足の益　｜　(7)　心多歓喜の益\n(3)　転悪成善の益　｜　(8)　知恩報徳の益\n(4)　諸仏護念の益　｜　(9)　常行大悲の益\n(5)　諸仏称讃の益　｜　(10)　入正定聚の益","解説書":"【**解説**】\n\n◯親鸞聖人は『教行信証信巻』に、\n「金剛の真心を獲得する者は、横に五趣八難の道を超え、必ず現生に十種の益を獲。何者をか十と為る」\nと仰って、弥陀に救い摂られると頂ける、無尽のこの世の利益を、十にまとめて教えられている。\n\n(**1)冥衆護持の益**\n　冥衆（菩薩や諸神）が護って下される（護持）幸せ。「冥」は「かたあかり」のことで、向こう側からは見えるが、こちらからは見えない状態。\n　こちらからは見えないが、菩薩や諸神からは見えるので、弥陀に救われた人を夜昼、常に護って下される幸せをいう。\n\n(**2)至徳具足の益**\n　無上の功徳である南無阿弥陀仏（至徳）と一体（具足）となった大満足。一体とは、炭に火がついたような状態。\n　弥陀に救い摂られたならば、大宇宙最高の功徳の「南無阿弥陀仏」と一つになり、焼けることも、流されも、盗まれもしない幸せに生かされる。（問49参照）\n\n(**3)転悪成善の益**\n　苦しみ（悪）が喜び（善）に転ずる幸せ。譬えて言えば、借金が貯金になる不思議。\n「私ほど不幸者はない」と泣いていた人が、「私ほど幸福者はいない」と喜べる身になること。（２号問49参照）\n\n(**4)諸仏護念の益**\n　大宇宙（十方）の諸仏方が、百重千重とりまいて、夜昼護って下される（護念）幸せ。（問15参照）\n\n(**5) 諸仏称讃の益**\n　大宇宙（十方）の仏方に褒められる（称讃）幸せ。釈迦は「わが善き親友なり」と言われ、『正信偈』には、\n「仏言広大勝解者\n　是人名分陀利華」\n〝弥陀に救い摂られた人を、大宇宙の仏方は、仏教の大学者（広大勝解者）だ、希にしか咲かぬ白蓮華だ（分陀利華）と褒め讃えられる〟と仰っている。\n　他にも「上上人」「無上人」「妙好人」「希有人」「最勝人」と仏さまから称讃される身になるから、迷った人間らからの中傷罵倒など物の数ではなくなるのである。\n\n(**6)心光常護の益**\n　本師本仏の阿弥陀如来のお力（心光）が、常に護って下される幸せ。『正信偈』には、\n「摂取心光常照護」\nと言われている。\n\n(**7)心多歓喜の益**\n　心に歓喜が多くなること。不平不満ばかりの人生が、喜びの人生になる。\n\n(**8)知恩報徳の益**\n　恩知らずが、阿弥陀如来に救い摂られれば、弥陀のご恩・有情非情の恩を知らされ、報恩に全力尽くさずにおれなくなること。\n\n(**9)常行大悲の益**\n　常に大悲（阿弥陀如来の大慈悲心）を行ぜずにおれなくなること。「大悲を行ずる」とは、弥陀の大慈悲心のままに活動することで、説法・布教すること。\n\n(**10)入正定聚の益**\n　一念で五十一段高飛びさせられ、正定聚不退転になること。あの弥勒菩薩と肩を並べる身になること。\n　この大利益から、前九つの利益がみな現れるので、「総益」と言われる。","講師試験id":[],"独言id":["45","74"],"大喝id":[]},{"id":"3-15","globalId":"scripture:3-15","sortOrder":"000114","kind":"scripture","title":"3-15","content":"信心獲得の人は、十方の諸仏に喜び守られると教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯南無阿弥陀仏をとなうれば\n　十方無量の諸仏は\n　百重千重囲繞して\n　よろこびまもりたまうなり\n　　　　　　　　　　　（現世利益和讃）","href":"/qa/3-15","号":3,"問番号":15,"問":"信心獲得の人は、十方の諸仏に喜び守られると教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯南無阿弥陀仏をとなうれば\n　十方無量の諸仏は\n　百重千重囲繞して\n　よろこびまもりたまうなり\n　　　　　　　　　　　（現世利益和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「弥陀に救い摂られ念仏称える人を、大宇宙にまします無数の仏方は、百重千重に取り巻いて、喜び護って下されるのである」\n\n・**南無阿弥陀仏をとなうれば**\n　信心獲得して、念仏称えれば。\n\n・**囲繞して**\n　取りまいて。\n\n・**よろこびまもりたまう**\n　義理や商売のためでも、イヤイヤでもない、喜んで護って下される。","講師試験id":[],"独言id":["74"],"大喝id":[]},{"id":"3-16","globalId":"scripture:3-16","sortOrder":"000115","kind":"scripture","title":"3-16","content":"「常について離れたまわぬ阿弥陀如来である」と仰有った釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯汝今知るや不や阿弥陀仏ここを去ること遠からず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経）","href":"/qa/3-16","号":3,"問番号":16,"問":"「常について離れたまわぬ阿弥陀如来である」と仰有った釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯汝今知るや不や阿弥陀仏ここを去ること遠からず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n\n「イダイケよ、そなたがお慕いしている阿弥陀仏は、ここを去ること遠からぬ処におわします」\n\n＊参照『なぜ生きる』（二部７章168ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-17","globalId":"scripture:3-17","sortOrder":"000116","kind":"scripture","title":"3-17","content":"「無慈悲な我々でも人々を救う活動のできるのは阿弥陀如来のお力である」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯小慈小悲もなき身にて\n　有情利益はおもうまじ\n　如来の願船いまさずは\n　苦海をいかでかわたるべき\n　　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","href":"/qa/3-17","号":3,"問番号":17,"問":"「無慈悲な我々でも人々を救う活動のできるのは阿弥陀如来のお力である」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯小慈小悲もなき身にて\n　有情利益はおもうまじ\n　如来の願船いまさずは\n　苦海をいかでかわたるべき\n　　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「微塵の慈悲も情けもない身だから、他人を救おうなど、ありえないことである。すべての人が救われるのは、弥陀の大悲の願船あればこそである」\n\n・**小慈小悲**\n　小さな慈悲の心。\n\n・**有情利益**\n　人々を助けること。幸福にすること。\n\n・**如来の願船**\n　阿弥陀如来の本願を、船に例えられてのこと。","講師試験id":[],"独言id":["60"],"大喝id":[]},{"id":"3-18","globalId":"scripture:3-18","sortOrder":"000117","kind":"scripture","title":"3-18","content":"「疑いの心」と言っても二つある。それぞれの名称と簡単な意味を示せ。\n◯疑煩悩 ── 人やものを疑う心、死ぬまでなくならぬ。\n\n◯疑情 ─── 本願を疑う心で、無明の闇とも言われ、\n　　　　　　  一念でなくなる。","href":"/qa/3-18","号":3,"問番号":18,"問":"「疑いの心」と言っても二つある。それぞれの名称と簡単な意味を示せ。","答":"◯疑煩悩 ── 人やものを疑う心、死ぬまでなくならぬ。\n\n◯疑情 ─── 本願を疑う心で、無明の闇とも言われ、\n　　　　　　  一念でなくなる。","解説書":"【**解説**】\n\n◯**疑煩悩**\n「あの人は約束通り貸した金、返してくれるだろうか」「これはニセのダイヤではなかろうか」など、人や物を疑う心。\n\n◯**疑情**\n「阿弥陀仏の本願」を疑う心のみをいう。\n　弥陀は、「すべての人は、どうにもならぬ極悪人である」と見抜かれた上で、「必ず絶対の幸福に救い摂る」と誓われている。その本願を疑い、\n「何とかすれば、なんとかなれる」\n「これだけ善いことしてるから、悪い処へは行かんだろ」\n「ひょっとしたら地獄へ堕ちるのでないか」\n「絶対の幸福などあるはずがない」\nなどと疑っている心。人生の目的に暗い心、後生暗い心であり、「無明の闇」とも言われる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-19","globalId":"scripture:3-19","sortOrder":"000118","kind":"scripture","title":"3-19","content":"人間の苦悩の根元は疑情（無明の闇）一つだ、と断言されている親鸞聖人のお言葉を『正信偈』と『ご和讃』で示せ。\n◯生死輪転の家に還来することは、\n　決するに疑情を以て所止と為す。\n　　　　　　　　　　　（正信偈）\n◯真の知識にあうことは\n　かたきが中になおかたし\n　流転輪廻のきわなきは\n　疑情のさわりにしくぞなき\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/3-19","号":3,"問番号":19,"問":"人間の苦悩の根元は疑情（無明の闇）一つだ、と断言されている親鸞聖人のお言葉を『正信偈』と『ご和讃』で示せ。","答":"◯生死輪転の家に還来することは、\n　決するに疑情を以て所止と為す。\n　　　　　　　　　　　（正信偈）\n◯真の知識にあうことは\n　かたきが中になおかたし\n　流転輪廻のきわなきは\n　疑情のさわりにしくぞなき\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n◯『正信偈』のお言葉\n　「**苦悩の絶えない原因は、疑情（無明の闇）ひとつである**」\nと、全人類の最も知りたい苦悩の元凶をズバリ断言されている。\n\n・**生死輪転**\n　迷いの世界を生まれ変わり死に変わりして、苦悩が絶えないこと。\n\n・**家**\n　苦しみの世界（六道）を「家」と言われている。家から離れて生きられないように、苦から離れられないことを譬えられたもの。\n\n・**還来**\n　行ったり来たり離れられないこと。\n\n・**決するに**\n　これ以外にない。\n\n・**所止と為す**\n　原因である。\n\n◯『高僧和讃』のお言葉\n「**苦しみの原因は疑情（無明の闇）一つである、と説く本当の仏教を教える人には、めったに会うことはできないものである**」\nと、法然上人にめぐり会えた喜びと、苦悩の原因を知らされた感動を表されたもの。\n\n・**真の知識**\n　善知識。仏教を正しく教える人。「真の知識にあう」とは、その「教えに順った」こと。\n\n・**かたきが中になおかたし**\n　難しい中の難しいことである。「真の知識」が少ないからである。\n\n・**流転輪廻のきわなきは**\n　苦しみ悩みが絶えないのは。\n\n・**しくぞなき**\n　これ以外にない。\n\n＊参照『なぜ生きる』（二部３・４章）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["48","51"]},{"id":"3-2","globalId":"scripture:3-2","sortOrder":"000101","kind":"scripture","title":"3-2","content":"自分の信心を謗る者のあることを、かえって喜ばれた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「この法をば信ずる衆生もあり、謗る衆生もあるべし」と仏説きおかせ給いたることなれば、我はすでに信じたてまつる、また人ありて謗るにて「仏説まことなりけり」と知られ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/3-2","号":3,"問番号":2,"問":"自分の信心を謗る者のあることを、かえって喜ばれた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「この法をば信ずる衆生もあり、謗る衆生もあるべし」と仏説きおかせ給いたることなれば、我はすでに信じたてまつる、また人ありて謗るにて「仏説まことなりけり」と知られ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n\n「『弥陀の本願を、信ずる人もある、また謗る人もあるだろう』と、お釈迦さまは教えておられる。親鸞は本願を信じ救い摂られたが、その親鸞を謗る者があってこそ、いよいよ『仏説まこと』と知らされるのである」\n\n・**仏説まこと**\n　仏さまの説かれることにウソはなかった、ということ。\n\n・「真実ならば、すべての人が信じるはずだ」という人を破邪するお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-20","globalId":"scripture:3-20","sortOrder":"000119","kind":"scripture","title":"3-20","content":"苦悩の根元は無明の闇であるが、その無明の闇と煩悩の違いを明らかにせられた『正信偈』のお言葉五行を書け。\n◯已能雖破無明闇\n　貪愛瞋憎之雲霧\n　常覆真実信心天\n　譬如日光覆雲霧\n　雲霧之下明無闇","href":"/qa/3-20","号":3,"問番号":20,"問":"苦悩の根元は無明の闇であるが、その無明の闇と煩悩の違いを明らかにせられた『正信偈』のお言葉五行を書け。","答":"◯已能雖破無明闇\n　貪愛瞋憎之雲霧\n　常覆真実信心天\n　譬如日光覆雲霧\n　雲霧之下明無闇","解説書":"【**解説**】\n\n「已に能く無明の闇を破すと雖も、\n　貪愛瞋憎の雲霧、\n　常に真実信心の天を覆えり。\n　譬えば日光の雲霧に覆わるれども\n　雲霧の下明らかにして、闇無きが如し」\n\n「無明の闇が破れると、欲や怒り、ねたみそねみの煩悩以外、何もない自己の裸形が知らされる。だが、雲や霧がどんなに天をおおっていても、日光で雲霧の下は明るいように、欲や怒り、ねたみの煩悩一杯あるがままで、心は浄土に遊んでいるように明るく愉快である」\n\n・**已に**\n　もう。\n\n・**能く**\n　阿弥陀仏のお力によって。\n\n・**貪愛**\n　貪欲・愛欲。欲の心。\n\n・**瞋**\n　瞋恚。怒りの心。\n\n・**憎**\n　憎しみ・うらみの心。愚痴。\n\n・**雲霧**\n　百八の煩悩を雲や霧に譬えられている。\n\n・**常に覆えり**\n　一杯である。減りもしなければ無くもならない、まったく変わらない。\n\n・**真実信心の天**\n　弥陀に救い摂られて、無明の闇が晴れた後生明るい心を、天に譬えられている。\n\n・**日光**\n　大宇宙唯一の弥陀のお力を、太陽に譬えられている。\n\n◯弥陀に救われる前と後で、どこがどう変わるかを明らかにされ、我々の出世の本懐のポイントは、欲や怒りの煩悩にあるのではなく、「無明の闇が晴れたか、どうか」にあることを、巧みな譬えで説かれているお言葉である。\n\n＊参照『なぜ生きる』（二部23章301ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["13"]},{"id":"3-21","globalId":"scripture:3-21","sortOrder":"000120","kind":"scripture","title":"3-21","content":"十方諸仏が阿弥陀如来を本師本仏とほめる理由を明らかに教えられた『ご和讃』一首と根拠を書け。\n◯無明の闇を破するゆえ\n　智慧光仏となづけたり\n　一切諸仏三乗衆\n　ともに嘆誉したまえり\n　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/3-21","号":3,"問番号":21,"問":"十方諸仏が阿弥陀如来を本師本仏とほめる理由を明らかに教えられた『ご和讃』一首と根拠を書け。","答":"◯無明の闇を破するゆえ\n　智慧光仏となづけたり\n　一切諸仏三乗衆\n　ともに嘆誉したまえり\n　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「阿弥陀仏には、全人類の苦悩の元凶である無明の闇（後生暗い心）を破り、往生一定に救い摂る働きがあるから、大宇宙の総ての仏や菩薩方が、〝智慧光仏〟と弥陀を絶讃されているのである」\n\n・**智慧光**\n「後生暗い心」を破り、「往生一定」とハッキリさせるお力。\n\n・**三乗衆**\n　声聞・縁覚・菩薩のこと。\n「声聞」は「仏の教えを聞いてさとる人」、「縁覚」は独覚とも言われ「独りで覚る人」、「菩薩」は「自利利他の大道を進む人」。\n　いずれも仏覚をめざして精進している人。\n\n・**嘆誉**\n　褒め讃えること。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-22","globalId":"scripture:3-22","sortOrder":"000121","kind":"scripture","title":"3-22","content":"無明の闇の別名をお聖教の言葉で五つ以上示せ。\n◯本願疑惑\n◯疑情\n◯疑網\n◯自力の迷情\n◯不定の心\n◯二心","href":"/qa/3-22","号":3,"問番号":22,"問":"無明の闇の別名をお聖教の言葉で五つ以上示せ。","答":"◯本願疑惑\n◯疑情\n◯疑網\n◯自力の迷情\n◯不定の心\n◯二心","解説書":"【**解説**】\n\n◯**本願疑惑**\n　阿弥陀仏の本願を疑う心。「仏智疑惑」「不了仏智」とも言われる。「仏智」は弥陀の本願、「不了」は仏智を受けつけないこと。\n\n◯**疑情・疑網**\n　弥陀の本願を疑う心。\n\n◯**自力の迷情**\n　自力の心。果てしない流転の元凶。迷いの命。\n\n◯**不定の心**\n　浄土往生がハッキリしない心。\n\n◯**二心**\n　助かるように思ったり、助からないように思ったりする心。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-23","globalId":"scripture:3-23","sortOrder":"000122","kind":"scripture","title":"3-23","content":"信心獲得すると、弥陀の本願にツユチリ程の疑いもなくなると教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯これ更に疑う心露ほどもあるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/3-23","号":3,"問番号":23,"問":"信心獲得すると、弥陀の本願にツユチリ程の疑いもなくなると教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯これ更に疑う心露ほどもあるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n\n・疑う心\n　弥陀の本願を疑う心、「疑情」のこと。\n\n◯弥陀の本願にツユチリ程の疑心があっても絶対に助からない。\n「真実の信心か、否か」の判定は、「本願に疑心が晴れたか、否か」によってのみ決する。これを「信疑決判」と言われる。その重要性は、親鸞聖人が『教行信証信巻』に、\n「疑蓋（疑心）まじわることなし」\nと、九ヶ所も同じ御文を出されて「真実の信心」を明らかにされていることからも知られる。\n　かかるお言葉は、覚如上人、蓮如上人のご著書にも枚挙に遑がない。この『御文章』も、その一つである。\n「ホントに助かったのだろうかと本願を疑う心は、救われても無くならない」と嘯く自称獲信者がいる。断じてそれは、親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人を一貫する浄土真宗でも、真実の信心でもない。異安心であることは、これら善知識方のお言葉によって明白である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-24","globalId":"scripture:3-24","sortOrder":"000123","kind":"scripture","title":"3-24","content":"阿弥陀如来の本願を疑うことが大変恐ろしい罪である、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。\n◯仏智うたがう罪ふかし\n　この心おもいしるならば\n　くゆる心をむねとして\n　仏智の不思議をたのむべし\n　　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/3-24","号":3,"問番号":24,"問":"阿弥陀如来の本願を疑うことが大変恐ろしい罪である、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。","答":"◯仏智うたがう罪ふかし\n　この心おもいしるならば\n　くゆる心をむねとして\n　仏智の不思議をたのむべし\n　　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「弥陀の本願を疑うことほど恐ろしい罪はない。その大罪を知られれば、深く懺悔し弥陀の本願不思議を信ずる身になるのである」\n\n**・仏智**\n　阿弥陀仏の本願。\n\n**・くゆる**\n　懺悔する。\n\n**・むねとして**\n　大事にして。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["49"]},{"id":"3-25","globalId":"scripture:3-25","sortOrder":"000124","kind":"scripture","title":"3-25","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、三品の懺悔と等しい懺悔がおきる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』とその根拠を示せ。\n◯真心徹到するひとは\n　金剛心なりければ\n　三品の懺悔するひとと\n　ひとしと宗師はのたまえり\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/3-25","号":3,"問番号":25,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、三品の懺悔と等しい懺悔がおきる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』とその根拠を示せ。","答":"◯真心徹到するひとは\n　金剛心なりければ\n　三品の懺悔するひとと\n　ひとしと宗師はのたまえり\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「真実の信心には、完成（徹到）ということがある。真心徹到した人は、金剛不壊の信心だから、三品の懺悔と等しい懺悔をすると、善導大師は教えられている」\n\n**・徹到**\n「徹」は「徹夜」の徹であるから、完成、卒業のこと。\n\n**・三品の懺悔**\n　三通りの懺悔。（問26参照）\n\n**・宗師**\n　善導大師のこと。聖人は「宗師」と仰っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-26","globalId":"scripture:3-26","sortOrder":"000125","kind":"scripture","title":"3-26","content":"仏教の「三品の懺悔」を記し、簡単な説明をせよ。\n(1)下品の懺悔 ── 目と全身から熱涙熱汗を流す。\n(2)中品の懺悔 ── 目から血涙、全身から熱汗を流す。\n(3)上品の懺悔 ── 目と全身から血涙血汗を流す。","href":"/qa/3-26","号":3,"問番号":26,"問":"仏教の「三品の懺悔」を記し、簡単な説明をせよ。","答":"(1)下品の懺悔 ── 目と全身から熱涙熱汗を流す。\n(2)中品の懺悔 ── 目から血涙、全身から熱汗を流す。\n(3)上品の懺悔 ── 目と全身から血涙血汗を流す。","解説書":"【**解説**】\n\n◯「三品の懺悔」とは、三通りの懺悔のこと。懺悔とは、「済みません。二度と同じ過ちは致しません」と謝り果てること。その程度に、上・中・下の三通りあると教えられる。\n\n(**1) 下品の懺悔**\n　三つの中では、最もお粗末な懺悔。\n\n(**2) 中品の懺悔**\n　中程度の懺悔。\n\n(**3) 上品の懺悔**\n　最も深い懺悔。\n\n◯仏教では、この「**三品の懺悔**」以外は、「懺悔」とは言われない。「あいつのせいでばれた」「次はもっと上手くやろう」などと思うのは「後悔」であって、仏教で「懺悔」とは言われない。\n　弥陀に救い摂られた人（真心徹到する人）は、本願を疑っていたこと（疑情）に「三品の懺悔」と等しい懺悔が起きると善導大師は教えられている（問25参照）。一たび弥陀に救い摂られたならば、本願を疑う心は「疑心有ること無し」と、金輪際起きないのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-27","globalId":"scripture:3-27","sortOrder":"000126","kind":"scripture","title":"3-27","content":"阿弥陀如来に救い摂られた人の心を三信と言い、救われない前の心を三不信と言うが、その三信と三不信を記せ。\n　三　信　｜　三不信\n◯淳　心　｜　不　淳（あつからず）\n◯一　心　｜　不　一（一ならず）\n◯相続心　｜　不相続（そうぞくせず）","href":"/qa/3-27","号":3,"問番号":27,"問":"阿弥陀如来に救い摂られた人の心を三信と言い、救われない前の心を三不信と言うが、その三信と三不信を記せ。","答":"　三　信　｜　三不信\n◯淳　心　｜　不　淳（あつからず）\n◯一　心　｜　不　一（一ならず）\n◯相続心　｜　不相続（そうぞくせず）","解説書":"【**解説**】\n\n◯弥陀に救われたらハッキリする。では、救われる前と後とで、何がどのように変わるのか。\n「弥陀に救われていない時は、次のような三つの心（三不信）がある。それが弥陀に救われたら、次のような三つの心（三信）になる」\nと、親鸞聖人は懇ろに教えておられる。信前・信後の変わり目を、ハッキリ教えられたものである。\n\n・「三信」「三不信」についての詳細は、次の問28。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-28","globalId":"scripture:3-28","sortOrder":"000127","kind":"scripture","title":"3-28","content":"三不信をよまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。\n◯不如実修行といえること　鸞師釈してのたまわく\n　一者信心あつからず　若存若亡するゆえに\n\n◯二者信心一ならず　決定なきゆえなれば\n　三者信心相続せず　余念間故とのべたまう","href":"/qa/3-28","号":3,"問番号":28,"問":"三不信をよまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。","答":"◯不如実修行といえること　鸞師釈してのたまわく\n　一者信心あつからず　若存若亡するゆえに\n\n◯二者信心一ならず　決定なきゆえなれば\n　三者信心相続せず　余念間故とのべたまう","解説書":"【**解説**】\n\n　●「三不信」とは、自力の信心の三つの欠点を教えられたもの。\n\n◯**不如実修行といえること　鸞師釈してのたまわく**\n「自力の信心とはどんなものか、曇鸞大師が教えられている」\n\n◯**一者（一つには）信心あつからず　若存若亡するゆえに**\n「**信心淳からず**」とは、厚くない、薄いということ。「薄い」とは、「浅い」こと。「浅い」のは、〝知った覚えた〟の合点だけの信心だから「**若存若亡**」する、と言われている。\n「若存若亡」とは「在るがごとく、亡きがごとく」ということで、「ある時は助かるように思い、ある時は助からないように思う」「ある時は信心を獲たように思うが、イヤーな心が出てくると、こんなことでは救われてないのでなかろうかと思う」心をいう。\n\n◯**二者（二つには）信心一ならず　決定なきゆえなれば**\n「**信心一ならず**」とは、真実の信心は「すべての仏が呆れて逃げた私を救いたもうのは、弥陀一仏しかなかった」と、弥陀一仏に心が一つになる。だが、諸仏や菩薩や諸神に心がかかったり、自分の善や称えた念仏で助かるのではないかと他に心がかかるのは「一ならず」と言われている。\n　かかる信心には、「決定した」ということがないから、「**決定なきゆえなれば**」と言われている。\n\n◯**三者（三つには）信心相続せず　余念間故とのべたまう**\n「**信心相続せず**」とは「信心が続かない」こと。\n「**余念間故**」とは、「色々な念いがまじってくる」ということで、説法を聞いている時は助かったように喜んでいるが、家に帰ると「どうもこんな心が出るようでは」と、不安な心が出てきて信心が続かないことをいう。\n\n**●このように自力の信心には、**\n**・不淳（淳からず**）\n**・不一（一ならず**）\n**・不相続（相続せず**）\n**という三つの欠点があるから、「三不信」と言われている。**\n\n**●「三信」は、他力の信心のこと。「三不信」とは正反対で、「淳心」「一心」「相続心」の三つをいう。「他力真実の信心」の三つの特徴を言われたもの。**\n\n**・淳心**\n　弥陀の本願にツユチリ程の疑心も無くなった心。\n\n**・一心**\n「私を助けて下さる仏は弥陀一仏しかなかった」と、二心が無くなったこと。\n\n**・相続心**\n　信心が変わらず続くこと。\n\n◯曇鸞大師のこの教えを、道綽禅師はさらに懇ろに教えてくだされていると、『正信偈』に、\n「三不三信誨慇懃」（三不三信の誨、慇懃にして）と、\n「曇鸞大師も、道綽禅師も、『救われない前はこうだ、救われたらこうだ』と、信前・信後の水際を懇ろに教えておられる」\nと言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-29","globalId":"scripture:3-29","sortOrder":"000128","kind":"scripture","title":"3-29","content":"若存若亡の信心とはどんな信心か。\n◯ある時は頂けているように思い、ある時は頂けていないように思う信心。","href":"/qa/3-29","号":3,"問番号":29,"問":"若存若亡の信心とはどんな信心か。","答":"◯ある時は頂けているように思い、ある時は頂けていないように思う信心。","解説書":"【**解説**】\n\n**●「若存若亡」とは、「在るように思ったり、亡いように思ったりする信心」のこと。**（問28参照）\n　大きな喜びが起きて、念仏が出る時は助かったように思い、イヤな心が見えてくると助からないように思う。真剣に聞けた時は「よしよしこの調子、獲信は近いぞ」と思うが、調子が狂うと「こんなことではなぁ」と落ち込む。悲観したり楽観したり、揺れ動いている信心を「若存若亡」と言われる。自力の信心の特徴である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-3","globalId":"scripture:3-3","sortOrder":"000102","kind":"scripture","title":"3-3","content":"「阿弥陀如来の本願以上の不思議はない」と言われている、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。\n◯いつつの不思議をとくなかに\n　仏法不思議にしくぞなき\n　仏法不思議ということは\n　弥陀の弘誓になづけたり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/3-3","号":3,"問番号":3,"問":"「阿弥陀如来の本願以上の不思議はない」と言われている、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。","答":"◯いつつの不思議をとくなかに\n　仏法不思議にしくぞなき\n　仏法不思議ということは\n　弥陀の弘誓になづけたり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「釈尊は、世の中に不思議なことが五つあると説かれている。中でも『仏法不思議』以上の不思議はないと説かれ、『仏法不思議』とは、弥陀の不思議な救いを言われたものである」\n\n・「**弥陀の不思議な救い**」とは、「地獄一定」の自己と「極楽一定」の自己が同時に知らされる、「二種深信」の不思議のことである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-30","globalId":"scripture:3-30","sortOrder":"000129","kind":"scripture","title":"3-30","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、ハッキリする、と教えられた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯明信仏智\n　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/3-30","号":3,"問番号":30,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、ハッキリする、と教えられた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯明信仏智\n　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n\n◯「**仏智**」とは、阿弥陀仏の深い智慧によって建立なされた本願のこと。\n\n　「**明信**」とは、明らかに知らされること。\n\n　本願の通りに救い摂られて、本願に露チリ程の疑心もなくなったのを、「**明信仏智**」と言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-31","globalId":"scripture:3-31","sortOrder":"000130","kind":"scripture","title":"3-31","content":"凡夫の智恵では、阿弥陀如来の本願でハッキリ判らぬところが四つあるのを示せ。\n◯どうすれば助かるのか判らぬ。\n◯自分でおこす信心か、他力より賜るものか判らぬ。\n◯信心が正因か念仏が正因か判らぬ。或いはその二つか。\n◯若不生者の「生れる」の意味が判らぬ。","href":"/qa/3-31","号":3,"問番号":31,"問":"凡夫の智恵では、阿弥陀如来の本願でハッキリ判らぬところが四つあるのを示せ。","答":"◯どうすれば助かるのか判らぬ。\n◯自分でおこす信心か、他力より賜るものか判らぬ。\n◯信心が正因か念仏が正因か判らぬ。或いはその二つか。\n◯若不生者の「生れる」の意味が判らぬ。","解説書":"【**解説**】\n\n◯さとりが一段違えば、人間と虫けらほど境涯に差があると言われる。まして五十二段の無上覚を開かれた仏の境涯は、凡夫の智恵ではとても窺い知ることができない。\n　中でも阿弥陀仏は、十方諸仏の本師本仏であるから、その御意は余りにも深く、弥陀の『本願文』三十六文字を我々が読んでも、判らぬところがあるのは当然である。\n\n◯**どうすれば助かるのか判らぬ。**\n　阿弥陀仏は『本願文』に、\n「すべての人（十方衆生）を、必ず助ける」\nと誓われているが、\n「どうすれば助かるのか」が判らない。\n\n◯**自分でおこす信心か、他力より賜るものか判らぬ。**\n　阿弥陀仏は『本願文』に、\n「至心信楽欲生我国」\nと、「信心」を誓われているが、これは、\n「自分でおこす信心なのか、\n阿弥陀仏から賜る（他力）信心なのか」判らない。\n\n◯**信心が正因か念仏が正因か判らぬ。或いはその二つか。**\n　阿弥陀仏は『本願文』に、\n「信心（至心信楽欲生我国）」と「念仏（乃至十念）」が\n誓われているので、\n「信心一つで助ける、ということなのか、\n念仏称える者を助ける、ということか、或いは、\n信心と念仏、二つで助ける、というお誓いなのか」判らない。\n（正因とは、救われる唯一の因のこと）\n\n◯**若不生者の「生れる」の意味が判らぬ。**\n　阿弥陀仏は『本願文』に、\n「若不生者不取正覚」\n（若し生まれずは、正覚を取らじ）\nと誓われている。「正覚」とは「仏のさとり」のことであり仏の命であるから、この八文字は、\n「もし生まれさせることができなければ、命を捨てる」\nと、命を懸けた弥陀の誓いのお言葉である。では、\n「何を、いつ、どのように、生まれさせる」\nということなのか、判らない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-32","globalId":"scripture:3-32","sortOrder":"000131","kind":"scripture","title":"3-32","content":"阿弥陀如来の本願（お約束）の本意を、釈尊が明らかになされたものを『本願成就文』と言われるが、その『本願成就文』を記せ。\n諸有衆生　聞其名号｜諸有の衆生、其の名号を聞きて、\n信心歓喜　乃至一念｜信心歓喜せんこと乃至一念せん。\n至心廻向　願生彼国｜至心に廻向せしめたまえり。\n　　　　　　　　　｜彼の国に生れんと願ずれば、\n即得往生　住不退転｜即ち往生を得、不退転に住す。\n唯除五逆　誹謗正法｜唯五逆と正法を誹謗せんとをば\n　　　　　　　　　｜除かん。","href":"/qa/3-32","号":3,"問番号":32,"問":"阿弥陀如来の本願（お約束）の本意を、釈尊が明らかになされたものを『本願成就文』と言われるが、その『本願成就文』を記せ。","答":"諸有衆生　聞其名号｜諸有の衆生、其の名号を聞きて、\n信心歓喜　乃至一念｜信心歓喜せんこと乃至一念せん。\n至心廻向　願生彼国｜至心に廻向せしめたまえり。\n　　　　　　　　　｜彼の国に生れんと願ずれば、\n即得往生　住不退転｜即ち往生を得、不退転に住す。\n唯除五逆　誹謗正法｜唯五逆と正法を誹謗せんとをば\n　　　　　　　　　｜除かん。","解説書":"【**解説**】\n\n◯前問で見た通り、阿弥陀仏の『**本願文**』だけでは、我々に判らないところがある。そこで、阿弥陀仏の御意は、仏のさとりを開いた方からお聞きする他ない。「仏々相念」「唯仏与仏の智見」と言われるように、仏の御意は、ただ仏さまのみ良くこれを知られるからである。\n　地球上で仏のさとりを開かれた方は、お釈迦様お一人である。そのお釈迦様が、本師本仏の弥陀の『**本願文**』の本意を、我々に分かるように解説されたお言葉が、『**本願成就文**』である。\n　この『**本願成就文**』によらなければ、弥陀がいかに凄い本願を建立されていても、その願意を正しく知ることはできない。我々は、『**本願成就文**』の釈迦の教えによってのみ、本願の真意を知ることができるのである。\n　故に親鸞聖人は、『**本願成就文**』の教えこそが、我々にとって「**一実円満の真教真宗**」であり、「**至極**」なのだと明言されている。（問34参照）\n\n◯『**本願文**』と『**本願成就文**』との関係は先述の通りだが、大きな違いは、以下の通りである。\n\n(1) 『**阿弥陀仏の本願**』は、漢字三十六文字だが、\n『**本願成就文**』は、漢字四十字である。\n（まず字数が違う）\n\n(2) 『**阿弥陀仏の本願**』は、阿弥陀仏のお言葉である。\n『**本願成就文**』は、釈迦のお言葉である。\n（どなたのお言葉か、が違う）\n\n(3) 『**阿弥陀仏の本願**』は、阿弥陀仏の誓いのお言葉である。\n『**本願成就文**』は、その弥陀の誓いの内容を、釈迦が説き明かされたお\n言葉である。\n\n・この『本願成就文』を、略して『願成就文』とも、『成就文』『願成就』とも言われる。いずれも『十八願成就文』のことである。","講師試験id":[],"独言id":["20","21","95"],"大喝id":[]},{"id":"3-33","globalId":"scripture:3-33","sortOrder":"000132","kind":"scripture","title":"3-33","content":"阿弥陀如来の本願でハッキリせぬ四つのことが、釈尊の『本願成就文』でどのようにハッキリするかを示せ。\n◯どうすれば助かるのか判らぬ ── 其の名号を聞きて\n◯自力か他力か判らぬ ── 至心に廻向せしめたまえり\n◯信心が正因か念仏が正因か判らぬ\n　　　　　　　　　── 念仏がないから信心一つ\n◯若不生者の「生れる」の意味が判らぬ\n　　　　　　　　　── その時往生を得て不退転に住す","href":"/qa/3-33","号":3,"問番号":33,"問":"阿弥陀如来の本願でハッキリせぬ四つのことが、釈尊の『本願成就文』でどのようにハッキリするかを示せ。","答":"◯どうすれば助かるのか判らぬ ── 其の名号を聞きて\n◯自力か他力か判らぬ ── 至心に廻向せしめたまえり\n◯信心が正因か念仏が正因か判らぬ\n　　　　　　　　　── 念仏がないから信心一つ\n◯若不生者の「生れる」の意味が判らぬ\n　　　　　　　　　── その時往生を得て不退転に住す","解説書":"【**解説**】\n\n◯**どうすれば助かるのか──其の名号を聞きて**\n「聞其名号信心歓喜」（其の名号を聞くものを救い摂る）\n〝これが弥陀の誓いである〟と、釈尊は明言されている。\n「其の名号」とは、仏法のすべてであるから、\n「仏法は聴聞に極まる」（仏法は聞く一つで救われる）\nことになる。\n\n◯**自力か他力か──至心に廻向せしめたまえり**\n「至心」とは「まことの心」、「廻向」は「差し向ける、与える」こと。「せしめたまえり」は最高敬語だから、\n「至心に廻向せしめたまえり」\nとは、\n「阿弥陀仏が、まことの心で、与えて下される」\nということ。我々が「信心（信楽）を獲る」のは、阿弥陀仏が「名号」の大功徳を誠心誠意、「廻向せしめたまえり」（お与え下される）からである、と仰った釈迦のお言葉である。\n　ゆえに弥陀が『本願』に誓われている「信心」は、微塵の自力も雑じらぬ「絶対他力の信心」であることが明らかになるのである。\n\n◯**信心が正因か念仏が正因か──念仏がないから信心一つ**\n『本願成就文』には、どこにも称名念仏は説かれてないから、\n「信心正因（信心一つで救われる）」\nが明確になる。\n\n◯**若不生者の「生れる」の意味──その時往生を得て不退転に住す**\n　弥陀が『本願文』に\n「若不生者不取正覚」\nと誓われている真意を、釈尊は『本願成就文』に、\n「即得往生住不退転（即ち往生を得て、不退転に住す）」\nと解説されている。\n「即ち」とは、「聞其名号信心歓喜乃至一念」の「その時」であり、平生の一念であるから、\n「聞信の一念に往生を得て、正定聚不退になる」\nということが明らかである。\n「若不生者」の「生れる」は、「不体失往生」であることを開顕された、釈尊のご教導である。","講師試験id":[],"独言id":["89"],"大喝id":[]},{"id":"3-34","globalId":"scripture:3-34","sortOrder":"000133","kind":"scripture","title":"3-34","content":"阿弥陀如来の本願よりも『本願成就文』を至極とするのは何故か。そのお聖教上の根拠を示せ。\n◎本願で判らぬことが成就文でハッキリするから。\n\n◯「横超」とは、すなわち願成就一実円満の真教・真宗これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯それについて三経の安心あり。その中に『大経』をもって真実とせらる。『大経』の中には第十八の願をもって本とす。十八の願にとりてはまた願成就をもって至極とす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","href":"/qa/3-34","号":3,"問番号":34,"問":"阿弥陀如来の本願よりも『本願成就文』を至極とするのは何故か。そのお聖教上の根拠を示せ。","答":"◎本願で判らぬことが成就文でハッキリするから。\n\n◯「横超」とは、すなわち願成就一実円満の真教・真宗これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯それについて三経の安心あり。その中に『大経』をもって真実とせらる。『大経』の中には第十八の願をもって本とす。十八の願にとりてはまた願成就をもって至極とす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","解説書":"【**解説**】\n\n◯『教行信証信巻』のお言葉\n「『阿弥陀仏の本願』とは、イコール釈迦の『本願成就文』の教えである。釈迦の『本願成就文』の教えは、大宇宙無二の真実の教えであり、完全無欠の教えであり、真実の宗教なのである」\n\n**・横超**\n　阿弥陀仏の本願。\n\n**・願成就**\n　本願成就文。\n\n**・一実**\n　大宇宙に二つと無い真実の教え。\n\n**・円満**\n　完全無欠の教え。\n\n**・真教**\n　まことの教え。\n\n**・真宗**\n　真実の宗教。\n\n◎釈迦の『**本願成就文**』が、『**本願文**』三十六文字の一部だけの解説ならば、そんな不完全な教えを「**円満**」とも「**真教**」とも言われるはずがない。『本願文』総ての解説であるからこそ「**一実円満の真教**」と聖人は絶讃されているのである。\n\n◯『改邪鈔』のお言葉\n「一切経の中で、弥陀の救いを説かれた三つの大事なお経が『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』である。これを『浄土三部経』という。中でも『大経』を真実の教と親鸞聖人は言われている。『大経』に説かれている弥陀の四十八願の中では、弥陀の本心を誓われているのは第十八の願である。その弥陀の十八願の意を、釈迦が解説された『本願成就文』の教えこそが至極である、と聖人は仰っている」\n\n・**三経**\n『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の浄土三部経のこと。\n\n・**安心**\n　信心。弥陀の救い。\n\n・**本**\n　弥陀が本心を誓われた願。弥陀の目的。\n\n・**至極**\n　これ以上大事なものはないということ。最高無上。\n\n◎「**本**」がなければ「**至極**」はないが、その「**至極**」によってのみ「**本**」が明らかになる。『**本願成就文**』の釈迦の教えによってのみ弥陀の『**本願**』の真意が明らかになるのである。","講師試験id":[],"独言id":["20","64","73","89","95"],"大喝id":[]},{"id":"3-35","globalId":"scripture:3-35","sortOrder":"000134","kind":"scripture","title":"3-35","content":"仏法で「聴聞」とは、如何なることをどのように聞くことを言うのか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心有ること無し。これを「聞」と曰うなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/3-35","号":3,"問番号":35,"問":"仏法で「聴聞」とは、如何なることをどのように聞くことを言うのか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心有ること無し。これを「聞」と曰うなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"【**解説**】\n\n「釈迦が『本願成就文』に『聞其名号』の『聞』と言われているのは、阿弥陀仏はどんな人のために、どんな本願を建てられたのか、その本願に一切疑心が無くなったのを『聞』と言われているのである」\n\n・「**聞」と言うは**\n「どうすれば弥陀に救われるのか」について、釈迦は『本願成就文』に、\n「其の名号を聞いて」\nと説かれている。では、その「聞く」とは、どういうことかについて親鸞聖人が教えられたお言葉である。\n\n・**衆生**\n　十方衆生。私たちのこと。\n\n・**仏願**\n　阿弥陀仏の本願。\n\n・**生起**\n　弥陀が本願を建てられたのは、どんな人のためか。\n「必ず生まれさせる（若不生者不取正覚）」と誓われた本願は、三世諸仏が呆れて逃げた、助かる縁なき逆謗の屍（唯除五逆誹謗正法）が狙いということ。\n\n・**本末**\n　弥陀が五劫の思惟せられて本願を建立され、その誓願を果たすために誠心誠意、兆載永劫のご修行の末、名号を成就なされた、その始終。\n\n・**疑心**\n「仏願の生起・本末」を疑う心。\n\n・**有ること無し**\n　金輪際無くなったこと。「今も未来も永久に無くなった」こと。\n\n◯「**仏願の生起本末**」とは、\n「阿弥陀仏は誰のために、何のために本願を建てられたのか、本願を果たすために弥陀はどうされたのか、その結果どうなったのか」\nという経緯の一切であり、\n「**名号（南無阿弥陀仏）のいわれ**」\nとも言われる。\n\n・親鸞聖人は『ご和讃』に「真心徹到する人」と言われているが、\n「何処まで聞いたら徹到したことになるのか」\nの問いに、\n「〝仏願の生起本末を聞いて、疑心有ること無し〟までだ」\nと、親鸞聖人は明快に答えられている。\n　仏法の卒業、聞法の決勝点を示されているお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":["25"],"大喝id":["25","48"]},{"id":"3-36","globalId":"scripture:3-36","sortOrder":"000135","kind":"scripture","title":"3-36","content":"阿弥陀如来の四十八願の中の「十七願文」を書け。この願を何と言われるか。\n◯設い我仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、悉く咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ。\n\n◯諸仏称名の願と言う。","href":"/qa/3-36","号":3,"問番号":36,"問":"阿弥陀如来の四十八願の中の「十七願文」を書け。この願を何と言われるか。","答":"◯設い我仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、悉く咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ。\n\n◯諸仏称名の願と言う。","解説書":"【**解説**】\n\n「私が仏になったならば、大宇宙の無数の諸仏が一仏も残らず、私の作る名号を褒め讃えて称えないようなら、私は命を捨てる」\n\n**・十方世界の無量の諸仏**\n　大宇宙にまします数え切れないほど沢山の仏方。\n\n**・悉く**\n　すべて。一仏も残らず。\n\n**・咨嗟**\n　褒め讃えること。\n\n**・我が名**\n　阿弥陀仏が作られた南無阿弥陀仏の御名号。\n\n**・称する**\n「我が名を称する」とは、阿弥陀仏の名号を褒め讃え称えること。\n\n◯「**十七願**」は、「大宇宙のすべての仏が褒め称える名号を作ってみせる」と、阿弥陀仏が命を懸けて誓われているお約束であるから、「**諸仏称名の願**」とも、また「**諸仏咨嗟の願**」とも言われる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-37","globalId":"scripture:3-37","sortOrder":"000136","kind":"scripture","title":"3-37","content":"阿弥陀如来の十七願の心を明らかになされた釈尊の「十七願成就文」を書け。\n◯十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏の\n　威神功徳の不可思議なるを讃歎したまう。","href":"/qa/3-37","号":3,"問番号":37,"問":"阿弥陀如来の十七願の心を明らかになされた釈尊の「十七願成就文」を書け。","答":"◯十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏の\n　威神功徳の不可思議なるを讃歎したまう。","解説書":"【**解説**】\n\n「大宇宙にましますガンジス河の砂の数ほどの仏方が、異口同音に、阿弥陀仏の作られた名号（南無阿弥陀仏）の不可思議な大功徳を褒め讃えておられる」\n\n**・恒沙**\n「恒」は恒河、インドのガンジス河のこと。「沙」は砂。恒沙とは、ガンジス河の砂の数ほど、ということ。\n\n**・皆共に**\n　一仏も例外なく、口をそろえて。\n\n**・威神功徳**\n　凄い働きのある『南無阿弥陀仏』の大功徳。\n\n**・不可思議**\n　誰も想像できない。\n\n**・讃歎**\n　褒め讃えていられる。\n\n◯阿弥陀仏は「十七願」に、\n「十方諸仏が褒め讃える名号を作ってみせる」\nと誓われている。その誓い通りの名号が完成していることを、釈迦が教えられているお言葉が「**十七願成就文**」である。\n　釈迦は続く「**十八願成就文**」に、\n「聞其名号　信心歓喜」（其の名号を聞くものを救い摂る）\n〝これが弥陀の誓いである〟\nと説かれている。\n「**其の**」とは、弥陀が十七願の通りに完成され、十方諸仏が讃嘆している『南無阿弥陀仏』のことである。","講師試験id":[],"独言id":["21"],"大喝id":[]},{"id":"3-38","globalId":"scripture:3-38","sortOrder":"000137","kind":"scripture","title":"3-38","content":"阿弥陀如来が名号を完成されるまでのご苦労を述べられた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯三業の所修、一念・一刹那も清浄ならざる無く、真心ならざる無し。如来、清浄の真心を以て、円融・無碍・不可思議・不可称・不可説の至徳を成就したまえり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/3-38","号":3,"問番号":38,"問":"阿弥陀如来が名号を完成されるまでのご苦労を述べられた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯三業の所修、一念・一刹那も清浄ならざる無く、真心ならざる無し。如来、清浄の真心を以て、円融・無碍・不可思議・不可称・不可説の至徳を成就したまえり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"【**解説**】\n\n「阿弥陀仏が心も口も体も常に浄らかに保ち、その清浄な真心で、全身全霊、ご修行なされて、完全無欠の不可称・不可説・不可思議の無上の功徳（南無阿弥陀仏）を完成されたのである」\n\n**・三業の所修**\n　阿弥陀仏の身口意の三業で為されたこと。\n\n**・一念一刹那も**\n　一瞬たりとも。\n\n**・清浄ならざる無く**\n　不純であったことは無い。\n\n**・真心ならざる無し**\n　ウソ偽りの心であったことは無い。\n\n**・清浄の真心**\n　清らかでまことの心。\n\n**・円融**\n　完全無欠な。\n\n**・無碍**\n　何ものにもさまたげられない。\n\n**・不可思議・不可称・不可説**\n　想像することも、言うことも、説くこともできないこと。\n\n**・至徳**\n　最高無上の功徳、『南無阿弥陀仏』の御名号のこと。\n\n**●はるかなる過去から汚れ切って、微塵のまことの心もなく、苦から離れきれない我々を憐れみ、救わずはおかぬ熱い思いで奮い立った弥陀が、気の遠くなるような長期間、誠心誠意、全身全霊の修行の末に、大宇宙の功徳（善）を結晶されたのが、「南無阿弥陀仏」の名号なのである。**\n＊参照『歎異抄をひらく』（第二部16章・256ページ）\n\n◯弥陀が本願を果たすために、かかるご苦労をなされて成就されたのが『南無阿弥陀仏』の御名号であるから、「どんな極悪人をも、絶対の幸福に救い摂る働き」＝「無上甚深の功徳利益」があるのである。\n\n**●垂名示形の『南無阿弥陀仏**』\n「名を垂れて、形を示す」と読む。「名を垂れて」とは、「南無阿弥陀仏で」ということ。「形を示す」とは、我々の認識にのるようにされた、ということ。\n　阿弥陀仏は、自らの大慈悲心（仏心）を我々に与えて絶対の幸福に救うために、『南無阿弥陀仏』の名号を作られた。ゆえに「六字の名号」は、弥陀の大慈悲心の顕現（現れ）であり、「垂名示形の南無阿弥陀仏」といわれる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-39","globalId":"scripture:3-39","sortOrder":"000138","kind":"scripture","title":"3-39","content":"法体成就の機法一体とはどんなことか。\n◯阿弥陀如来の御手元に十劫の昔から完成しているところの南無阿弥陀仏の大功徳のことを言う。","href":"/qa/3-39","号":3,"問番号":39,"問":"法体成就の機法一体とはどんなことか。","答":"◯阿弥陀如来の御手元に十劫の昔から完成しているところの南無阿弥陀仏の大功徳のことを言う。","解説書":"【**解説**】\n\n**・法体成就**\n　阿弥陀如来（法体）のお手元に、すでに完成（成就）なされていること。\n\n**・機法一体**\n「機」と「法」が一つになっていること。\n\n◯阿弥陀如来のお手元に完成している『**南無阿弥陀仏**』には、「**南無**」という「**機**」と、「**阿弥陀仏**」という「**法**」とが一つ（**一体**）になっているから、「**法体成就の機法一体」の南無阿弥陀仏**という。\n「**南無**」とは、「**弥陀を信ずる心**」をいう。本来我々が起こさねばならぬ心だから、「**機**」といわれる。\n「**阿弥陀仏**」は、「**助ける働き**」であり、「**法**」といわれる。\n　弥陀を信ずる心など微塵も持たぬ我々と見抜いた弥陀が、「信ずる心（南無）」も「助ける力（阿弥陀仏）」も作って、それを一つにして完成されたのが『南無阿弥陀仏』である。\n　蓮如上人は、この「法体成就の機法一体」の『南無阿弥陀仏』のことを、こう言われている。\n\n「『**南無』の二字は、衆生の阿弥陀仏を信ずる機なり。次に『阿弥陀仏』という四の字の謂は、弥陀如来の衆生を助けたまえる法なり。この故に、『機法一体の南無阿弥陀仏』といえるは、この意なり**」\n（『**御文章』三帖目七通**）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-4","globalId":"scripture:3-4","sortOrder":"000103","kind":"scripture","title":"3-4","content":"阿弥陀如来の十八願を「超世の悲願」と言われる理由を『改邪鈔』のお言葉で示せ。\n◯本願の不思議をもって、生るべからざるものを生れさせたればこそ、「超世の悲願」とも名け、「横超の直道」とも聞えはんべれ。","href":"/qa/3-4","号":3,"問番号":4,"問":"阿弥陀如来の十八願を「超世の悲願」と言われる理由を『改邪鈔』のお言葉で示せ。","答":"◯本願の不思議をもって、生るべからざるものを生れさせたればこそ、「超世の悲願」とも名け、「横超の直道」とも聞えはんべれ。","解説書":"【**解説**】\n\n「〝金輪際幸せとは無縁の者を、絶対の幸福にした〟弥陀の本願だからこそ、ただ不思議、不思議と仰がずにおれないのである」\n\n・**超世の悲願**\n　常識を超えた、大慈悲の弥陀の本願。\n・**横超の直道**\n　平生一念の救い。「直道」とは、これ以上ない速い救いのこと。\n\n◯「**生まれさせた**」と言われているのだから、「弥陀の救い」は死後でないのは明白である。","講師試験id":[],"独言id":["31","32"],"大喝id":[]},{"id":"3-40","globalId":"scripture:3-40","sortOrder":"000139","kind":"scripture","title":"3-40","content":"『南無阿弥陀仏』の功徳は、何億年かかって説いても説き尽くせない、と言われた釈尊のお言葉と、根拠を示せ。\n◯若し広説せば百千万劫にも窮め尽すこと能わじ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/3-40","号":3,"問番号":40,"問":"『南無阿弥陀仏』の功徳は、何億年かかって説いても説き尽くせない、と言われた釈尊のお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯若し広説せば百千万劫にも窮め尽すこと能わじ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n\n**・若し広説せば**\n　もし『南無阿弥陀仏』の功徳を、すべて説き尽くそうとすれば。\n\n**・百千万劫**\n「一劫」は四億三千二百万年、その百千万倍。気の遠くなるような長期間。\n\n**・窮め尽すこと能わじ**\n　説き尽くすことはできない。\n\n**●釈迦四十五年間の一切経は『南無阿弥陀仏』の功徳一つを説かれたものであるが、一切経はその功徳の一部に過ぎないということ。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["55"]},{"id":"3-41","globalId":"scripture:3-41","sortOrder":"000140","kind":"scripture","title":"3-41","content":"『南無阿弥陀仏』の名号の中に、一切のお聖教が納まっていると教えられている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯他力の信心を獲るというも、これしかしながら、南無阿弥陀仏の六字のこころなり。この故に一切の聖教というも、ただ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","href":"/qa/3-41","号":3,"問番号":41,"問":"『南無阿弥陀仏』の名号の中に、一切のお聖教が納まっていると教えられている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯他力の信心を獲るというも、これしかしながら、南無阿弥陀仏の六字のこころなり。この故に一切の聖教というも、ただ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","解説書":"【**解説**】\n\n「『他力の信心を獲る』とは、『南無阿弥陀仏』の大功徳を弥陀から賜ったことである。これしか仏教の目的はないから、一切の仏教のお聖教は、我々に『南無阿弥陀仏』の大功徳を受け取らせるため以外にはないのである」\n\n**・一切の聖教**\n　釈迦の一切経や、仏教を説かれた書物。\n\n**●『南無阿弥陀仏』の大功徳を説かれたものが、七千余巻の一切経である。名号を妙薬とすれば、一切経はその効能書きと言えよう。**\n**釈迦が『南無阿弥陀仏』一つを説かれた目的は、我々に名号を受け取らせるためである。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-42","globalId":"scripture:3-42","sortOrder":"000141","kind":"scripture","title":"3-42","content":"『南無阿弥陀仏』の六字の名号の中に、無上甚深の功徳のあることを明らかにされている、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、更にその極まりなきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","href":"/qa/3-42","号":3,"問番号":42,"問":"『南無阿弥陀仏』の六字の名号の中に、無上甚深の功徳のあることを明らかにされている、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、更にその極まりなきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","解説書":"【**解説**】\n\n「『南無阿弥陀仏』といえば、わずか六字だから、そんなに凄い働きがあるとは誰も思えないだろう。だが、この六字の名号の中には、私たちを最高無上の幸せにする大変な働きがあるのである。その広くて大きなことは、天の際限のないようなものである」\n\n**・功能**\n　功徳。働き。力。\n\n**・無上甚深の功徳利益**\n　これ以上ない、甚だ深い働き。我々を絶対の幸福にする働き。\n\n＊参照『歎異抄をひらく』（第二部16章）","講師試験id":[],"独言id":["21"],"大喝id":["55"]},{"id":"3-43","globalId":"scripture:3-43","sortOrder":"000142","kind":"scripture","title":"3-43","content":"『南無阿弥陀仏』の名号に抜苦与楽の働きのあることを教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』とその根拠を記せ。\n◯無碍光如来の名号と\n　かの光明智相とは\n　無明長夜の闇を破し\n　衆生の志願をみてたまう\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/3-43","号":3,"問番号":43,"問":"『南無阿弥陀仏』の名号に抜苦与楽の働きのあることを教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』とその根拠を記せ。","答":"◯無碍光如来の名号と\n　かの光明智相とは\n　無明長夜の闇を破し\n　衆生の志願をみてたまう\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n**・無碍光如来の名号**\n　阿弥陀仏の作られた『南無阿弥陀仏』のこと。\n\n**・かの光明智相**\n　阿弥陀仏の光明。名号を受け取らせるために、種々に我々の心を調え導く弥陀の働きをいう。「光明」は「阿弥陀仏の智慧の相」であるから、「智相」とも言われる。\n\n**・無明長夜の闇を破し**\n　苦悩の根元である「無明の闇」を破り。\n「無明の闇」は、果てしない過去から我々を苦しめてきた元凶だから、「長夜（長い夜）」と言われている。\n　蓮如上人は「無始よりこのかたの無明業障の恐ろしき病」（御文章）と言われている。真宗宗歌にも「永久の闇」と歌われている。\n\n**・衆生の志願をみてたまう**\n「衆生の上に、弥陀の志願を満てたもう」の意。「志願」は、のぞみ、願い。\n　我々の望みは、「喰いたい、飲みたい、楽がしたい、儲けたい、褒められたい」という欲望しかない。そんなお粗末な願いを満たす働きならば「不可思議の功徳」とは言われない。\n　我々の想像を絶する、「往生一定の絶対の幸福」に救いたい、という弥陀の志願を、我々の身に満たして下される、ということである。\n\n**●「無明の闇を破り、絶対の幸福に救う」名号の働きを、「破闇満願」とも、「抜苦与楽」とも言われる。**","講師試験id":[],"独言id":["22"],"大喝id":[]},{"id":"3-44","globalId":"scripture:3-44","sortOrder":"000143","kind":"scripture","title":"3-44","content":"仏教の目的は抜苦与楽だが、それを慈悲の働きと言われるのは、なぜか。曇鸞大師のお言葉で示せ。\n◯苦を抜くを「慈」と曰う、楽を与うるを「悲」と曰う。慈によるが故に一切衆生の苦を抜く、悲によるが故に衆生を安ずること無き心を遠離せり。","href":"/qa/3-44","号":3,"問番号":44,"問":"仏教の目的は抜苦与楽だが、それを慈悲の働きと言われるのは、なぜか。曇鸞大師のお言葉で示せ。","答":"◯苦を抜くを「慈」と曰う、楽を与うるを「悲」と曰う。慈によるが故に一切衆生の苦を抜く、悲によるが故に衆生を安ずること無き心を遠離せり。","解説書":"【**解説**】\n\n「仏教で、苦しみを抜く働きを『慈』と言い、幸せを与える働きを『悲』と言われる。『慈』の働きによって総ての人の苦を抜き、『悲』の働きによって往生一定の大満足を与えて下されるのである」\n\n**・衆生を安ずること無き心**\n　不安な心。それを「遠離する」とは、往生一定の大安心にすること。\n\n**●「苦悩の根元を断ち切り、往生一定に救い摂る」弥陀の大慈悲心、『南無阿弥陀仏』の働きを教えられたもの。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["10"]},{"id":"3-45","globalId":"scripture:3-45","sortOrder":"000144","kind":"scripture","title":"3-45","content":"苦悩の根元である無明の闇を、一念で断ち切る阿弥陀如来の名号の切れ味を教えられた、善導大師のお言葉を書け。\n◯利剣即是\n　弥陀名号","href":"/qa/3-45","号":3,"問番号":45,"問":"苦悩の根元である無明の闇を、一念で断ち切る阿弥陀如来の名号の切れ味を教えられた、善導大師のお言葉を書け。","答":"◯利剣即是\n　弥陀名号","解説書":"【**解説**】\n\n「利剣は即ちこれ、弥陀の名号なり」\nと読む。\n\n**・利剣**\n　鋭利な剣。切れ味の鋭い刀。\n\n**●阿弥陀仏の作られた『南無阿弥陀仏』の名号には、我々の曠劫流転の迷いの親玉である「無明の闇」を一念で斬り殺す、凄い力があるから、「利剣」と絶讃されているのである。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-46","globalId":"scripture:3-46","sortOrder":"000145","kind":"scripture","title":"3-46","content":"『南無阿弥陀仏』の名号に、悪を転じて徳にする働きのあることを教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯故に知んぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑を除き証を獲しむる真理なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/3-46","号":3,"問番号":46,"問":"『南無阿弥陀仏』の名号に、悪を転じて徳にする働きのあることを教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯故に知んぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑を除き証を獲しむる真理なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"【**解説**】\n\n「弥陀に救い摂られて、明らかに知らされた。円満無類の大功徳『南無阿弥陀仏』は、苦を転じて幸せにする仏智の働きであり、他力金剛の信心は、迷いの根元・無明の闇を断ち切り仏覚を開かせてくだされる、真実の働きなのである」\n\n**・故に知んぬ**\n　ハッキリ知らされた。\n\n**・円融至徳の嘉号**\n　完全無欠・最高無上の功徳である『南無阿弥陀仏』の名号のこと。\n\n**・悪を転じて徳を成す**\n　苦しみ（煩悩）を転じて幸せ（功徳）にする。転悪成善の働きのこと。\n\n**・正智**\n　仏智の働き。\n\n**・難信金剛の信楽**\n　他力の信心。\n\n**・疑を除き**\n　苦悩の根元である疑情（無明の闇）を晴らし。\n\n**・証を獲しむる**\n　弥陀同体の仏のさとりを開かせる。\n「仏のさとりを開く」のは死後だが、「仏になれる身になる」のは現在だから、「獲」の字が使われている。\n\n**・真理**\n　真実の働き。\n\n◯弥陀から「名号（円融至徳の嘉号）」を賜ったのが、「他力の信心（難信金剛の信楽）」である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-47","globalId":"scripture:3-47","sortOrder":"000146","kind":"scripture","title":"3-47","content":"信念冥合の機法一体とは、どんなことか。\n◯信心決定して身も心も南無阿弥陀仏と一体になったことを言う。","href":"/qa/3-47","号":3,"問番号":47,"問":"信念冥合の機法一体とは、どんなことか。","答":"◯信心決定して身も心も南無阿弥陀仏と一体になったことを言う。","解説書":"【**解説**】\n\n**・信念冥合**\n　信心決定のこと。「信念」は信心、「冥合」は「とけあって一つになる」こと。\n\n◯「機法一体だから、我々はすでに助かってしまっている」という聞き誤りが、浄土真宗には非常に多い。これは「機法一体」に二つあることを知らないからである。\n　一つには「**法体成就の機法一体**」と、もう一つは「**信念冥合の機法一体**」である。\n「**法体成就の機法一体**」については先述した通り（問39）、十劫の昔から阿弥陀仏のお手元にすでに完成している『南無阿弥陀仏』の名号のことである。\n　その「名号」の大功徳を弥陀から一念に賜って、私（機）と南無阿弥陀仏（法）とが一つになったのが、「**信念冥合の機法一体**」である。**身も心も南無阿弥陀仏と一体になったことをいう。**これをまた、\n「仏凡一体」（仏心と凡心が一つになる）\nとも、\n「仏智満入」（南無阿弥陀仏の功徳が私に満ち満ちて下される）、\n「仏智全領」（大宇宙の功徳を丸貰いする）\nとも言われる。\n\n◯ゆえに「**法体成就の機法一体**」の「機」「法」と、「**信念冥合の機法一体**」の「機」「法」とは異なる。\n\n「法体成就の機法一体」\n・機＝南無　　＝信ずる心。\n・法＝阿弥陀仏＝助ける力。\n・一体＝「南無阿弥陀仏」に一つになっていること。\n\n「信念冥合の機法一体」\n・機＝凡心（凡夫の心）　　　＝逆謗の屍。\n・法＝仏心（阿弥陀仏の御心）＝名号。\n・一体＝私と名号とが一つになったこと。\n\n◯阿弥陀仏のお手元に『南無阿弥陀仏』の名号が完成されていても（**法体成就の機法一体**）、私がその大功徳を賜って信心決定（**信念冥合の機法一体**）しなければ、助からない。薬が出来ていても、飲まねば病気が治らないのと同じである。\n「南無阿弥陀仏は機法一体だから、我々はすでに助かってしまっているのだ」と言う聞き誤りは、薬のでき上がったのを病気の治ったことと思っている間違いと同じで、これを「十劫安心」の異安心という。\n「機法一体」といっても二つあること、その違いを、よく知らねばならない。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-48","globalId":"scripture:3-48","sortOrder":"000147","kind":"scripture","title":"3-48","content":"阿弥陀如来の名号を聞く一念で、無上の功徳と一体になれると教えられた、釈尊のお言葉を『大無量寿経』で示せ。\n◯仏、弥勒に語りたまわく「それ彼の仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍し、乃至一念すること有らん。当に知るべし。この人は大利を得と為す、すなわちこれ無上の功徳を具足するなり」。","href":"/qa/3-48","号":3,"問番号":48,"問":"阿弥陀如来の名号を聞く一念で、無上の功徳と一体になれると教えられた、釈尊のお言葉を『大無量寿経』で示せ。","答":"◯仏、弥勒に語りたまわく「それ彼の仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍し、乃至一念すること有らん。当に知るべし。この人は大利を得と為す、すなわちこれ無上の功徳を具足するなり」。","解説書":"【**解説**】\n\n「釈尊は、弥勒に仰せられた。『どんな人も、阿弥陀仏の成就なされた名号（南無阿弥陀仏）の大功徳を聞いて賜った一念に、絶対の幸福に救い摂られる。すなわち大宇宙の宝を丸もらいして、無上の功徳と一体になるのである』」\n\n**・彼の仏**\n　阿弥陀仏のこと。\n\n**・名号を聞く**\n『南無阿弥陀仏』の名号を聞いて頂くこと。\n\n**・歓喜踊躍し、乃至一念する**\n　一念で絶対の幸福になる。\n\n**・大利を得**\n　大利益を頂く。\n\n**・無上の功徳を具足する**\n　無上の功徳と一体になる。絶対の幸福になる。","講師試験id":[],"独言id":["24"],"大喝id":[]},{"id":"3-49","globalId":"scripture:3-49","sortOrder":"000148","kind":"scripture","title":"3-49","content":"阿弥陀如来に救い摂られた人には、無量の功徳があふれる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。\n◯五濁悪世の衆生の\n　選択本願信ずれば\n　不可称不可説不可思議の\n　功徳は行者の身にみてり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/3-49","号":3,"問番号":49,"問":"阿弥陀如来に救い摂られた人には、無量の功徳があふれる、と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。","答":"◯五濁悪世の衆生の\n　選択本願信ずれば\n　不可称不可説不可思議の\n　功徳は行者の身にみてり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「どんな人も、弥陀の本願信ずれば（南無阿弥陀仏を賜れば）、心も言葉も絶えた幸せが、その人の身に満ち溢れるのである」\n\n**・五濁悪世**\n　親が子を殺し子が親を殺す、悪に染まった、古今東西変わらぬ苦悩の絶えない世の中のこと。\n\n**・選択本願**\n「総ての人を絶対の幸福に救い摂る」と誓われている阿弥陀仏の本願のこと。\n\n**・不可称不可説不可思議の功徳**\n　言うことも、説くことも、想像もできない幸せ。\n\n**・行者**\n　弥陀に救い摂られた人。選択本願を信じた人。\n\n＊参照『なぜ生きる』（二部８・22章）\n\n**●弥陀の本願を信ずれば、私たちはどんな幸福になれるか、ということを教えられたもの。**","講師試験id":[],"独言id":["45"],"大喝id":[]},{"id":"3-5","globalId":"scripture:3-5","sortOrder":"000104","kind":"scripture","title":"3-5","content":"韋提希夫人ら一切を権化（諸仏方の権の姿）の人と味わわれた親鸞聖人のお言葉を『教行信証』で書け。\n◯然ればすなわち、浄邦縁熟して、調達闍世をして逆害を興ぜしめ、浄業機彰れて、釈迦韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち、権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲、正しく逆・謗・闡提を恵まんと欲してなり。","href":"/qa/3-5","号":3,"問番号":5,"問":"韋提希夫人ら一切を権化（諸仏方の権の姿）の人と味わわれた親鸞聖人のお言葉を『教行信証』で書け。","答":"◯然ればすなわち、浄邦縁熟して、調達闍世をして逆害を興ぜしめ、浄業機彰れて、釈迦韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち、権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲、正しく逆・謗・闡提を恵まんと欲してなり。","解説書":"【**解説**】\n\n「釈尊在世中、王舎城の悲劇を通して、提婆が阿闍世に親殺しの大罪を犯させ弥陀の本願を説く機縁が熟して、釈迦は牢の中で苦悶する韋提希夫人に弥陀の本願を説かれ、絶対の幸福に導かれたのである。これら王舎城の悲劇に登場する人のすべては、苦悩の全人類を救わんが為に諸仏方が、韋提希夫人らと姿を変えて演じられたドラマであり、助かる縁なき極悪人こそ弥陀の正客であることを示さんが為の、ご方便であったのだ」\n\n・**浄邦縁熟して**\n　阿弥陀仏の本願を説く機縁が熟して。\n\n・**調達**\n　提婆達多。\n\n・**闍世**\n　阿闍世太子。\n\n・**逆害**\n　親殺し、五逆の大罪。\n\n・**浄業機彰れて**\n　弥陀の本願のお目当てである、極悪の人間の実相が照らし出されて。\n\n・**韋提**\n　韋提希夫人。\n\n・**安養**\n　弥陀の浄土。\n\n・**権化**\n　諸仏方が、衆生済度のために、姿を変えて現れられたこと。\n\n・**世雄**\n　諸仏方。\n\n・**逆・謗・闡提**\n　五逆・謗法・闡提の人。逆謗の屍。\n\n◯アニメ『親鸞聖人と王舎城の悲劇』ナレーション\n\n「この王舎城の悲劇を、親鸞聖人は、どう見られたのだろうか。どんな極悪人をも救い摂り、難度海の人生を、光明の広海に浮かばせる、阿弥陀如来の本願。この本願の厳存を、いかに十方衆生に周知徹底するか。ひとえに念ずる諸仏方の、壮大無類のドラマであると、親鸞聖人は、仰せになっている。\n\n大聖おのおのもろともに\n凡愚底下のつみびとを\n逆悪もらさぬ誓願に\n方便引入せしめけり」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["24"]},{"id":"3-50","globalId":"scripture:3-50","sortOrder":"000149","kind":"scripture","title":"3-50","content":"阿弥陀如来に救い摂られるということは、阿弥陀仏の御心と我々の心とが一体になることだ、と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一念帰命の信心を発せば、まことに宿善の開発に催されて仏智より他力の信心を与えたまうが故に、仏心と凡心と一つになるところをさして信心獲得の行者とはいうなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/3-50","号":3,"問番号":50,"問":"阿弥陀如来に救い摂られるということは、阿弥陀仏の御心と我々の心とが一体になることだ、と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一念帰命の信心を発せば、まことに宿善の開発に催されて仏智より他力の信心を与えたまうが故に、仏心と凡心と一つになるところをさして信心獲得の行者とはいうなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n\n「まったく弥陀のお計らいによって一念で他力の信心を賜り、阿弥陀仏の心と私の心とが一体になったのを、信心獲得した人という」\n\n**・一念帰命の信心**\n　他力の信心。\n\n**・宿善の開発に催されて**\n　弥陀のご方便によって。\n\n**・仏智**\n　弥陀の働き。\n\n**・仏心**\n　阿弥陀仏の御心。『南無阿弥陀仏』の名号。\n\n**・凡心**\n　凡夫の心。\n\n◯「仏心」と「凡心」が一つになったことを「仏凡一体」と言われる。「一体」と「合体」とは異なる。\n「合体」は、「分けようとすれば、分けられる状態」をいう。例えば水と油を一升瓶に入れて激しく揺さぶると、一時は混ざり合ったように見えるが、やがて上下に分離する。これは「合体」だからである。\n　それに対して「一体」は、真っ赤な炭のようなもの。「ここからが炭、ここからは火」と分けることができない。「火」のまんまが「炭」、「炭」のまんまが「火」となる。\n　**仏凡一体とは、南無阿弥陀仏が私となり、私が南無阿弥陀仏となる。南無阿弥陀仏と私が切り離せない状態をいう。**","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-6","globalId":"scripture:3-6","sortOrder":"000105","kind":"scripture","title":"3-6","content":"釈迦は韋提希夫人に、阿弥陀如来の本願のことを何と仰有ったか。その根拠も示せ。\n◯除苦悩法\n　　　　　（観無量寿経）","href":"/qa/3-6","号":3,"問番号":6,"問":"釈迦は韋提希夫人に、阿弥陀如来の本願のことを何と仰有ったか。その根拠も示せ。","答":"◯除苦悩法\n　　　　　（観無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n◯「苦悩を除く法」ということ。苦しみの根元である無明の闇を破る「阿弥陀如来の本願」を、「除苦悩法」と言われている。","講師試験id":[],"独言id":["66"],"大喝id":[]},{"id":"3-7","globalId":"scripture:3-7","sortOrder":"000106","kind":"scripture","title":"3-7","content":"韋提希夫人は見仏得忍して救われた。その釈尊のお言葉と、根拠を示せ。\n◯仏身を観ずるを以ての故に、また仏心を見る。仏心とは大慈悲これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経）","href":"/qa/3-7","号":3,"問番号":7,"問":"韋提希夫人は見仏得忍して救われた。その釈尊のお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯仏身を観ずるを以ての故に、また仏心を見る。仏心とは大慈悲これなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経）","解説書":"【**解説**】\n\n「韋提希夫人は、阿弥陀仏の御姿を拝見した時、阿弥陀仏の御心を丸もらいして救い摂られたのである。阿弥陀仏の御心とは、大慈悲心のことである」\n\n・**見仏得忍**\n　阿弥陀仏の御姿を拝見すると同時に、三忍（他力の信心）を得たこと。\n\n・**仏身**\n　阿弥陀仏の御姿。\n\n・**仏心**\n　阿弥陀仏の大慈悲心。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-8","globalId":"scripture:3-8","sortOrder":"000107","kind":"scripture","title":"3-8","content":"「阿弥陀如来に救い摂られると、韋提希夫人と等しくなる」と教えられた『正信偈』のお言葉を書け。\n◯行者正受金剛心\n　与韋提等獲三忍","href":"/qa/3-8","号":3,"問番号":8,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られると、韋提希夫人と等しくなる」と教えられた『正信偈』のお言葉を書け。","答":"◯行者正受金剛心\n　与韋提等獲三忍","解説書":"【**解説**】\n\n「行者正しく金剛心を受け、\n　韋提と等しく三忍を獲」\n\n「どんな人でも弥陀の誓願不思議に救い摂られれば、韋提希夫人と等しく三忍を体得する」\n\n・**行者**\n「浄土へ向かって行く人」、また「大悲を行ずる人」ということ。\n　弥陀に救われた人は、必ず弥陀の浄土へ往ける身となるから、一日一日、浄土に向かって行く人となる。そして「弥陀の大慈悲心のままに行ずる」＝弥陀の本願を伝えずにおれなくなるから、弥陀に救い摂られた人のことを「行者」と言われる。\n\n・**正しく**\n　間違いなく。\n\n・**金剛心**\n　金剛石（ダイヤモンド）のような、不壊不変の信心。（問１参照）\n\n・**三忍**\n　問９参照。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"3-9","globalId":"scripture:3-9","sortOrder":"000108","kind":"scripture","title":"3-9","content":"阿弥陀如来に救い摂られると三忍を獲る、と教えられているが、三忍とはどんな心か。簡単に説明せよ。\n◯喜忍 ── 大きなよろこびの心。\n◯信忍 ── ツユチリ程の疑心もなくなった心。\n◯悟忍 ── 仏智を悟らせていただいた心。","href":"/qa/3-9","号":3,"問番号":9,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると三忍を獲る、と教えられているが、三忍とはどんな心か。簡単に説明せよ。","答":"◯喜忍 ── 大きなよろこびの心。\n◯信忍 ── ツユチリ程の疑心もなくなった心。\n◯悟忍 ── 仏智を悟らせていただいた心。","解説書":"【**解説**】\n\n◯「忍」は「忍可決定」のことで、如何なることがあっても動揺せぬ、「心のすわり」をいう。\n阿弥陀仏に救い摂られると、どんな人も韋提希夫人と同じく「喜忍」「信忍」「悟忍」の「心のすわり」を頂くと、親鸞聖人は教えておられる。「喜・悟・信の三忍」とも言われる。\n\n◯**喜忍**\n　大きな喜びの心。親鸞聖人は「大慶喜」とか「広大難思の慶心」と仰って、「広かったぞ、大きかったぞ、想像できない喜びがあるぞ」と言われている。（問10参照）\n\n◯**信忍**\n　弥陀の本願に露チリ程の疑心も無くなった心。\n「疑心」といっても、仏教では、「疑煩悩」と言われる疑いと、「疑情」と言われるものとがある。\n「疑煩悩」とは、「あの人は約束どおりに金を返してくれるだろうか」とか、「これはニセのダイヤではなかろうか」などと、人や物を疑う心で、死ぬまでなくならないもの。\n「疑情」とは、「本当に助けて下さるのだろうか」「ひょっとしたら、地獄へ堕ちるのではなかろうか」と、阿弥陀仏の本願を疑っている心をいう。\n「信忍」とは、この「疑情の無くなった心」のこと。\n\n◯**悟忍**\n　仏智を悟らせて頂いた心。仏智とは阿弥陀仏の智慧のこと。弥陀の智慧は我々の想像を絶するから、頂いた心は、盲者の開眼の一刹那よりも驚きであり、世々生々の初事の大自覚がおこる。親鸞聖人はその驚きを、「心も言葉も絶えたれば　不可思議尊を帰命せよ」とか「不可称・不可説・不可思議の信楽」と仰っている。\n　今まで知らなかったことが知らされて、「こんなこととは知らなんだ、知らなんだ」と知らされた心を「悟忍」と言われる。（「信心数え歌」にも分かりやすく歌われている）\n\n＊参照\n『こんなことが知りたい』１（40ページ）\n「信心決定すると、どのように心がハッキリするのか」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-1","globalId":"scripture:4-1","sortOrder":"000150","kind":"scripture","title":"4-1","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、身心共に名号と一体になる、と明示されたお聖教のお言葉と、根拠を示せ。\n◯信心決定せん人は「身も南無阿弥陀仏・心も南無阿弥陀仏なり」と思うべきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（安心決定鈔）","href":"/qa/4-1","号":4,"問番号":1,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、身心共に名号と一体になる、と明示されたお聖教のお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯信心決定せん人は「身も南無阿弥陀仏・心も南無阿弥陀仏なり」と思うべきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（安心決定鈔）","解説書":"【**解説**】\n\n「阿弥陀如来に救い摂られた人は、身も心も南無阿弥陀仏と一体となるのである」\n\n◯弥陀に救い摂られると、仏凡一体、\n「仏心離れて凡心なし、凡心離れて仏心なし」\nとなる。これをある同行は、\n「頭叩いても南無阿弥陀仏、\n　手を叩いても南無阿弥陀仏、\n　足を叩いても南無阿弥陀仏、\n　お尻叩いても南無阿弥陀仏、\n　坐った姿も南無阿弥陀仏なら、\n　立った姿も南無阿弥陀仏、\n　歩く姿も南無阿弥陀仏、\n　本願や行者、行者や本願」\nと言っている。\n　燃え盛る煩悩そのままが南無阿弥陀仏と知らされる身となるのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-10","globalId":"scripture:4-10","sortOrder":"000159","kind":"scripture","title":"4-10","content":"『南無阿弥陀仏』を頂いた一念に、永の迷いの打ち止めをさせられると教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯この大功徳を一念に弥陀をたのみ申す我等衆生に廻向しまします故に、過去・未来・現在の三世の業障一時に罪消えて、正定聚の位また等正覚の位なんどに定まるものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-10","号":4,"問番号":10,"問":"『南無阿弥陀仏』を頂いた一念に、永の迷いの打ち止めをさせられると教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯この大功徳を一念に弥陀をたのみ申す我等衆生に廻向しまします故に、過去・未来・現在の三世の業障一時に罪消えて、正定聚の位また等正覚の位なんどに定まるものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「過去・現在・未来の三世を通して苦しめてきた迷いの親玉が、弥陀より『南無阿弥陀仏』の大功徳を頂いた一念で断ち切られて、同時に、五十一段高とびさせられ正定聚という絶対の幸福に救い摂られるのである」\n\n・この大功徳\n『南無阿弥陀仏』の大功徳。\n\n・弥陀をたのみ申す我等衆生\n　弥陀を信ずる人。\n\n・廻向しまします\n　与えて下される。\n\n・三世の業障\n　三世を通しての苦悩の根元。親鸞聖人は「三世の重障」と言われている。\n\n・一時に\n　一念で。\n\n・罪消えて\n　無くなって。\n\n・正定聚、等正覚\n　さとりの五十二位中、あと一段で仏覚という五十一位。往生一定の大満足。\n\n◯阿弥陀仏の救いは、「いつとはなし」とか「だんだんと」ではなく、極促の一念であることを、「三世の業障一時に罪消えて」と言われている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["44"]},{"id":"4-11","globalId":"scripture:4-11","sortOrder":"000160","kind":"scripture","title":"4-11","content":"曇鸞大師は、阿弥陀如来に救い摂られた一念の速さを喩えで教えられているが、その御文と、根拠を示せ。\n◯譬えば千歳の闇室に光若し暫く至ればすなわち明朗なるが如し。闇豈室に在ること千歳にして去らずと言うことを得んや。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土論註）","href":"/qa/4-11","号":4,"問番号":11,"問":"曇鸞大師は、阿弥陀如来に救い摂られた一念の速さを喩えで教えられているが、その御文と、根拠を示せ。","答":"◯譬えば千歳の闇室に光若し暫く至ればすなわち明朗なるが如し。闇豈室に在ること千歳にして去らずと言うことを得んや。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土論註）","解説書":"【解説】\n「弥陀の救いの速さを譬えると、千年もの間真っ暗な部屋でも、光が来ると瞬時に明るくなるようなものである。そんな部屋の闇を無くするには千年かかる、ということはないだろう。無始より迷わせてきた『無明の闇』だが、晴れるのに時間はかからない。弥陀に救い摂られた一念で、晴れ渡るのである」\n\n・千歳の闇室\n　無始より迷わせてきた、苦悩の根元の「無明の闇」を、「千歳の闇室」に譬えられている。\n\n・暫く\n　一念。\n\n・豈～や\n　どうしてそんなことがあろうか、絶対にない。\n\n◯古来、弥陀の「一念」の救いの切れ味をあらわすのに、\n「明来闇去\n　闇去明来」\nといわれている。明かりが来たのが先か、闇が去ったのが先か、いずれともいえる。筆舌では同時に表現できないからである。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部27章）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-12","globalId":"scripture:4-12","sortOrder":"000161","kind":"scripture","title":"4-12","content":"一念ということは一生涯にただ一度しかないものだ、と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一向専修の人に於ては、廻心ということただ一度あるべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/4-12","号":4,"問番号":12,"問":"一念ということは一生涯にただ一度しかないものだ、と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一向専修の人に於ては、廻心ということただ一度あるべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n「阿弥陀仏に救い摂られた人には、『一念』ということは、ただ一度である」\n\n・一向専修の人\n　他力の信心を獲た人。弥陀に救われた人。\n\n・廻心\n「心が廻る」と書くように、心が大転換する一念のこと。\n\n◯阿弥陀如来から「名号」を頂くと、「後生暗い心」が「後生明るい心」に変わり果てるから、「廻心」と言われる。\nこの弥陀の「一念」の救いは、「果てしない魂の歴史において」ただ一度あることである。\n\n◯「一念ということは何べんでもある」という邪を破る文証である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-13","globalId":"scripture:4-13","sortOrder":"000162","kind":"scripture","title":"4-13","content":"仏教で「実時」とか「仮時」というのは、どんな意味か。\n◯実時　──　午前七時とか、午前二時十分とか。\n◯仮時　──　夢のさめた時、蜂にさされた時、\n　　　　　　　痛かった時とか。","href":"/qa/4-13","号":4,"問番号":13,"問":"仏教で「実時」とか「仮時」というのは、どんな意味か。","答":"◯実時　──　午前七時とか、午前二時十分とか。\n◯仮時　──　夢のさめた時、蜂にさされた時、\n　　　　　　　痛かった時とか。","解説書":"【解説】\n◯信楽開発（弥陀の救い）の一念は「時尅の極促」であるから、分秒にかかるものではない。ゆえに獲信の「実時」など分かるはずがないし、言えるはずもない。\n　親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人方は、弥陀に救い摂られたことを明言されているが、どこにも「実時」で語られていない。\n「オレは何月何日、何時何分に獲信した」と語り、「獲信の日時に記憶がなければ、真実信心とはいえぬ」などと、「実時」を詮索する者があれば、親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人のお三方の教えに反する、異安心であることは明白であろう。\n\n＊参照\n『顕正』（73ページ）\n『顕正一口メモ』B（61～64ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-14","globalId":"scripture:4-14","sortOrder":"000163","kind":"scripture","title":"4-14","content":"信心決定するということは、一度死ぬことだ、と教えられている親鸞聖人と覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯本願を信受するは、前念命終なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（愚禿鈔）\n\n◯平生のとき善知識の言葉の下に帰命の一念を発得せば、そのときをもって娑婆のおわり臨終とおもうべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","href":"/qa/4-14","号":4,"問番号":14,"問":"信心決定するということは、一度死ぬことだ、と教えられている親鸞聖人と覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯本願を信受するは、前念命終なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（愚禿鈔）\n\n◯平生のとき善知識の言葉の下に帰命の一念を発得せば、そのときをもって娑婆のおわり臨終とおもうべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","解説書":"【**解説**】\n◯『愚禿鈔』のお言葉\n「『弥陀の本願まことだった』と信知した時、『迷いの命が死んだ』時である」\n\n・本願を信受する\n「阿弥陀仏の本願まことだった」と本願に疑い晴れたこと。信心決定。\n\n・前念命終\n「前念」とは、昿劫流転の迷いの命のこと。自力の迷情。無明の闇。「命終」とは、「命が終わった」、死んだこと。\n\n◯『執持鈔』のお言葉\n「平生に、善知識の教えに順って一念の弥陀の救いに値った時が、この世の終わり、心の葬式である」\n\n・善知識の言葉の下に\n　善知識の教えに信順して。\n\n・帰命の一念を発得\n　一念の弥陀の救い。\n\n・娑婆のおわり\n　この世の終わり。\n\n・臨終\n　心の臨終のこと。\n\n◯後生明るい心に生まれたときを、「帰命の一念発得」と言い、同時に、後生暗い心が死んでしまうから、「娑婆のおわり臨終」と言われている。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部27章）\n\n『親鸞聖人の花びら』桜の巻\n「二度の臨終、二度の葬式とは、どんなことか」（250ページ）\n\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「なぜ死骸を魚に与えよと言われたのか」（108ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-15","globalId":"scripture:4-15","sortOrder":"000164","kind":"scripture","title":"4-15","content":"阿弥陀如来に救い摂られた自らのことを明言されている、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人のお言葉と、根拠を示せ。\n◯愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成弁することをよろこぶ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）\n◯他力の信心ということをば今既に獲たり、乃至今こそ明かに知られたり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-15","号":4,"問番号":15,"問":"阿弥陀如来に救い摂られた自らのことを明言されている、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人のお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成弁することをよろこぶ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）\n◯他力の信心ということをば今既に獲たり、乃至今こそ明かに知られたり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n◯『教行信証』のお言葉\n「親鸞は、二十九歳の時、雑行を捨てて、阿弥陀仏に救い摂られたのだ」\n\n・愚禿釈の鸞\n　親鸞聖人ご自身のこと。「愚」も「禿」も愚か、バカということ。弥陀に救い摂られて知らされた、極悪最下の自己を「愚禿」と懺悔されてのことである。「釈」は、弥陀に救い摂られて「釈尊の親友・真の仏弟子とさせて頂いた」という自覚から、釈尊の一字を頂かれてのことである。他にも聖人はご自身のことを、「愚禿釈の親鸞」「愚禿親鸞」「愚禿鸞」「愚禿」とも言われている。\n\n・建仁辛酉の暦\n「建仁」は年号。建仁元年のことで、聖人二十九歳の御時である。\n\n・雑行を棄てて\n　自力を棄てて。「雑行」と言われているのは、一切の自力の心のことであり、蓮如上人が「雑行・雑修・自力の心」と言われているものである。\n\n・本願に帰す\n　阿弥陀仏の本願に救い摂られたこと。\n\n◯『執持鈔』のお言葉\n「私は弥陀から、名号の大功徳を頂いた。往生一定の人生の大事業が完成したことを、喜ばずにおれない」\n\n・われ\n　覚如上人のこと。\n\n・本願の名号\n『南無阿弥陀仏』の六字の名号のこと。\n\n・持念\n　頂いたこと。\n\n・往生の業\n「往生一定」の出世の本懐。人生の大事業。\n\n・成弁\n　完成。\n\n◯『御文章』のお言葉\n「蓮如は他力の信心を頂いた。阿弥陀如来の救いがハッキリ知らされた」\n\n・他力の信心を獲る\n　阿弥陀仏に救われたこと。\n\n・今こそ明かに知られたり\n　弥陀の救いの明らかなこと。\n\n◯親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人三方の、「弥陀に救われた」ことの告白である。「いつ」「どこで」「どのように」という、各人異なる具体的なことは語られてはいないが、万人に共通する普遍的な表現でのみ語られている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["60"]},{"id":"4-16","globalId":"scripture:4-16","sortOrder":"000165","kind":"scripture","title":"4-16","content":"親鸞聖人が、信心獲得された時のことを明示されている御文と根拠を、二つ示せ。\n◯愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯建仁第一の暦春の頃、隠遁のこころざしにひかれて源空聖人の吉水の禅坊に尋ね参りたまいき。真宗紹隆の大祖聖人ことに宗の淵源をつくし教の理致をきわめてこれを述べたまうに、たちどころに他力摂生の旨趣を受得し、飽くまで凡夫直入の真心を決定しましましけり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）","href":"/qa/4-16","号":4,"問番号":16,"問":"親鸞聖人が、信心獲得された時のことを明示されている御文と根拠を、二つ示せ。","答":"◯愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて、本願に帰す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯建仁第一の暦春の頃、隠遁のこころざしにひかれて源空聖人の吉水の禅坊に尋ね参りたまいき。真宗紹隆の大祖聖人ことに宗の淵源をつくし教の理致をきわめてこれを述べたまうに、たちどころに他力摂生の旨趣を受得し、飽くまで凡夫直入の真心を決定しましましけり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）","解説書":"【**解説**】\n◯『教行信証』のお言葉\n（問15参照）\n\n◯『御伝鈔』のお言葉\n「建仁元年の春、二十九歳の御時、親鸞聖人は比叡に絶望なされ下山、京都の吉水に法然上人を尋ねられた。深い体験と教学を尽くして、弥陀の本願真実を説き切られる法然上人のご教導によって聖人は、一念で真実信心を決定されたのである」\n\n・建仁第一の暦春の頃\n　建仁元年の春。\n\n・隠遁のこころざしにひかれて\n　天台法華の学問修行に絶望し、比叡を下山なされて。「何ぞ浮生の交衆を貪って徒に仮名の修学に疲れん」（歎徳文）のご心境を言われている。（１号問45参照）\n\n・真宗紹隆の\n　弥陀の本願を開顕された。\n\n・宗の淵源\n　信心決定の体験。\n\n・教の理致\n　深い仏教の学問。\n\n・たちどころに\n　一念。\n\n・他力摂生の旨趣\n　阿弥陀仏の本願のこと。弥陀が「衆生を摂取する（摂生）」と誓われた本意。\n\n・受得\n　体得する。ハッキリ知らされる。\n\n・凡夫直入の真心\n　真実の信心。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-17","globalId":"scripture:4-17","sortOrder":"000166","kind":"scripture","title":"4-17","content":"親鸞聖人が、多生にも億劫にも値えなかった真実の救いに値ったことを告白しておられるお言葉と、その根拠を書け。\n◯噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし。遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。若しまたこの廻疑網に覆蔽せられなば更りてまた昿劫を逕歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","href":"/qa/4-17","号":4,"問番号":17,"問":"親鸞聖人が、多生にも億劫にも値えなかった真実の救いに値ったことを告白しておられるお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし。遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。若しまたこの廻疑網に覆蔽せられなば更りてまた昿劫を逕歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証総序）","解説書":"【**解説**】\n「ああ……なんたる不思議か、親鸞は今、多生億劫の永い間、求めつづけてきた歓喜の生命を得ることができた。これはまったく、弥陀の強いお力によってであった。深く感謝せずにおれない。もし今生も、無明の闇の晴れぬままで終わっていたら、未来永遠、浮かぶことはなかったであろう。なんとか早くこの真実、みんなに伝えねばならぬ、知らせねばならぬ。こんな広大無辺な世界のあることを」\n\n・噫\n　阿弥陀仏に救い摂られた驚きと歓びの、言葉にならない感嘆の言葉。\n\n・弘誓の強縁\n　阿弥陀仏の本願力のこと。「強縁」とは強い力ということ。\n\n・多生\n　果てしない過去から、迷いの世界を生まれては死に生まれては死にを繰り返してきたこと。\n\n・真実の浄信\n　真実の信心・他力の信心のこと。絶対の幸福。\n\n・億劫\n　気の遠くなるような長期間。\n\n・遇\n　幸いにも。多生の中の、今生で。\n\n・行信\n　真実の信心。\n\n・宿縁\n　果てしない過去からの阿弥陀如来のご配慮、ご方便。絶対の幸福に救い摂られたのは、まったく、遠い過去からの弥陀のお計らいであった、と「遠く宿縁を慶べ」と言われている。\n・疑網\n　阿弥陀仏の本願を疑う心。疑情ともいい、無明の闇のこと。\n\n・覆蔽せられなば\n　晴れなかったならば。\n\n・更りてまた\n　また元の古巣へ舞い戻りして。\n\n・昿劫を逕歴せん\n　未来永劫、苦しまねばならなかったに違いない。\n\n・誠なるかなや\n　まことだった！　本当だった！\n\n・摂取不捨の真言\n　阿弥陀仏の本願。「摂取不捨の利益」を与える、と誓われている真実のお言葉。\n\n・超世希有の正法\n　阿弥陀仏の本願。常識を超えた、大宇宙に無い真実。\n\n・聞思して遅慮することなかれ\n「聞思」は弥陀の本願を聴聞すること。「遅慮」は、あれこれ計らうこと。「モタモタせずに、早く聞き開け」と、真剣な聞法を勧められている。\n\n◯人間に生まれた目的も、仏法を聞く目的も、この多生にも値えない弥陀の救いに値うため、億劫にも獲がたい真実の信心を獲るためである。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部８章）","講師試験id":[],"独言id":["38","39","40"],"大喝id":["3","28","60","61"]},{"id":"4-18","globalId":"scripture:4-18","sortOrder":"000167","kind":"scripture","title":"4-18","content":"法然上人の獲信せられた時と処と、どんな御文を読まれていた時かを記せ。\n時 ── 承安五年の春　四十三才\n\n処 ── 黒谷の報恩蔵の中\n\n文 ── 一心専念弥陀名号　行住坐臥　不問時節久近\n　　　  念々不捨者　是名正定之業　順彼仏願故\n　　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経疏）","href":"/qa/4-18","号":4,"問番号":18,"問":"法然上人の獲信せられた時と処と、どんな御文を読まれていた時かを記せ。","答":"時 ── 承安五年の春　四十三才\n\n処 ── 黒谷の報恩蔵の中\n\n文 ── 一心専念弥陀名号　行住坐臥　不問時節久近\n　　　  念々不捨者　是名正定之業　順彼仏願故\n　　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経疏）","解説書":"【**解説**】\n・時\n　法然上人獲信の年が、浄土宗開創の年となっている。\n\n・処\n　京都・黒谷の報恩蔵（一切経を収められた経蔵）に籠もられ、一切経を幾度も読破せられたといわれる。\n\n・文\n『観無量寿経疏』は、善導大師の主著。\n「一心に専ら弥陀の名号を念じて、行住坐臥、時節の久近を問わず、念々に捨てざる者、これを正定の業と名く、彼の仏願に順ずるが故に」と読む。意味は、「一向専念無量寿仏ひとつで絶対の幸福に救われる」と言われていること。\n\n◯これは、先の問15で提起した、「いつ」「どこで」「どのように」という具体的なこととは異なる。「何月何日何時に」とも「報恩蔵の中で、どのように」ということでもない。法然上人のご自身の記録でもない。\n　出題の目的は、\n「阿弥陀如来の救いのハッキリする」こと\nである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-19","globalId":"scripture:4-19","sortOrder":"000168","kind":"scripture","title":"4-19","content":"「私の信心はこうだ」と言うのは悪い、と言う人を破邪するには、どう言えばよいか。\n◎親鸞聖人が悪くなる。\n\n◯弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、\n　ひとえに親鸞一人が為なりけり。\n\n◯親鸞が信心におきてはかくの如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/4-19","号":4,"問番号":19,"問":"「私の信心はこうだ」と言うのは悪い、と言う人を破邪するには、どう言えばよいか。","答":"◎親鸞聖人が悪くなる。\n\n◯弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、\n　ひとえに親鸞一人が為なりけり。\n\n◯親鸞が信心におきてはかくの如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"【**解説**】\n◎『教行信証』はじめ親鸞聖人の著作はすべて、聖人の他力信心の表明である。「私の信心はこうだ」と言うのが悪いのなら、親鸞聖人が悪くなる。かかる非難をする者の多くが『歎異抄』を尊重しているから、ここでは『歎異抄』のお言葉で破邪している。\n◯「弥陀が五劫という永い間、熟慮に熟慮を重ねてお誓いなされた本願を、よくよく思い知らされれば、まったく親鸞一人のためだった」\n\n◯「つまるところ、親鸞の信心は斯くのごとしだ」\n\n◯「私の信心はこうだ」の告白といっても、「いつ」「どこで」「どのように」「ああなった」「こうだった」というような言い方、書き方ではない。\n　親鸞聖人は常に、三世十方に通ずる表現で語られている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-2","globalId":"scripture:4-2","sortOrder":"000151","kind":"scripture","title":"4-2","content":"「阿弥陀如来に救い摂られて、極悪最下の親鸞が極善無上の幸せ者になった」と言われている、親鸞聖人の『ご和讃』一首と、根拠を書け。\n◯無慚無愧のこの身にて\n　まことの心はなけれども\n　弥陀の廻向の御名なれば\n　功徳は十方にみちたまう\n　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","href":"/qa/4-2","号":4,"問番号":2,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られて、極悪最下の親鸞が極善無上の幸せ者になった」と言われている、親鸞聖人の『ご和讃』一首と、根拠を書け。","答":"◯無慚無愧のこの身にて\n　まことの心はなけれども\n　弥陀の廻向の御名なれば\n　功徳は十方にみちたまう\n　　　　　　　　　（悲歎述懐和讃）","解説書":"【**解説**】\n\n「他人から、欲にまみれていると批判されれば腹が立ち、自身も情けない人間だとは少しも思っていない無慚無愧で、まことの心は微塵もない親鸞だが、十方法界の功徳の結晶、南無阿弥陀仏（名号）を弥陀から賜って、まこと一杯、幸せに満ちている」\n\n・無慚無愧\n　他人にも自分にも、恥ずる心のないこと。（２号問31参照）\n\n・弥陀の廻向の御名\n　弥陀から賜った『南無阿弥陀仏』のこと。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-20","globalId":"scripture:4-20","sortOrder":"000169","kind":"scripture","title":"4-20","content":"阿弥陀如来の光明のはたらきに三つあるが、その名称と、はたらきを示せ。また、二つで言うこともあるが、その二つも示せ。\n(1)調熟の光明 ── 信前 ─── 遍照の光明\n(2)破闇の光明 ── 信一念 ─┐\n(3)摂護の光明 ── 信後 ──┴ 摂取の光明","href":"/qa/4-20","号":4,"問番号":20,"問":"阿弥陀如来の光明のはたらきに三つあるが、その名称と、はたらきを示せ。また、二つで言うこともあるが、その二つも示せ。","答":"(1)調熟の光明 ── 信前 ─── 遍照の光明\n(2)破闇の光明 ── 信一念 ─┐\n(3)摂護の光明 ── 信後 ──┴ 摂取の光明","解説書":"【解説】\n(1) 調熟の光明\n　阿弥陀如来が、絶対の幸福に救わんと、我々の心を調え、照育して（熟して）下される働き。すべての人にかかっているお力であるから「遍照（遍く照らす）の光明」とも言われる。\n\n(2) 破闇の光明\n　無明の闇を一念で破って下されるお力。\n\n(3) 摂護の光明\n　破闇させられてから死ぬまで、護って下される働き。\n「破闇」と「摂護」の光明を合わせて「摂取の光明」と言われる。\n\n◯浄土真宗に蔓延する、「阿弥陀如来のお力は今届いて下されている、だから皆助かっているのだ」という異安心は、光明のはたらきに「遍照」と「摂取」の二つあることを知らず、混同しているのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-21","globalId":"scripture:4-21","sortOrder":"000170","kind":"scripture","title":"4-21","content":"阿弥陀如来に救い摂られている人と、まだ救われていない者とがいることを、ハッキリ教えられている蓮如上人の御文と、その根拠を示せ。\n◯この御正忌のうちに参詣をいたし、志を運び、報恩謝徳をなさんと思いて、聖人の御前に参らん人の中に於て、信心を獲得せしめたる人もあるべし、また不信心の輩もあるべし。以ての外の大事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-21","号":4,"問番号":21,"問":"阿弥陀如来に救い摂られている人と、まだ救われていない者とがいることを、ハッキリ教えられている蓮如上人の御文と、その根拠を示せ。","答":"◯この御正忌のうちに参詣をいたし、志を運び、報恩謝徳をなさんと思いて、聖人の御前に参らん人の中に於て、信心を獲得せしめたる人もあるべし、また不信心の輩もあるべし。以ての外の大事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「このたび報恩講に参詣なされ、親鸞聖人の御恩に報いようとお布施なされた皆さんの中には、すでに信心獲得している人もあろう。また信心獲得していない人もあろう。これほどの一大事はないのである」\n\n・御正忌\n　親鸞聖人のご命日。報恩講のこと。\n\n・志を運び\n　お布施すること。\n\n・聖人の御前\n　親鸞聖人の御真影。\n\n◯「私はこれだけお参りもしているし、お念仏も称えているから、必ず死んだら助けてもらえるだろう」と、みな安楽イスに腰掛けている。その根深い誤りを、蓮如上人は、信心獲得せねば助からぬことを信前・信後を水際立てて正されているお言葉である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-22","globalId":"scripture:4-22","sortOrder":"000171","kind":"scripture","title":"4-22","content":"「信の一念」と「行の一念」の違いと、その意味を示せ。\n◯信の一念が先で行の一念が後、柱に頭を打って痛いと感じたのが信の一念、痛いと叫んだのが行の一念。\n\n◯仏智が徹底して無明の闇が晴れた時が信の一念。\n\n◯仏智が徹底して最初に称える念仏が行の一念。","href":"/qa/4-22","号":4,"問番号":22,"問":"「信の一念」と「行の一念」の違いと、その意味を示せ。","答":"◯信の一念が先で行の一念が後、柱に頭を打って痛いと感じたのが信の一念、痛いと叫んだのが行の一念。\n\n◯仏智が徹底して無明の闇が晴れた時が信の一念。\n\n◯仏智が徹底して最初に称える念仏が行の一念。","解説書":"【**解説**】\n◯弥陀の救いは、仏智が徹底した時（信の一念）に完成する。それは、仏智が徹底して最初に称える念仏（行の一念）の、前である。「信の一念」が先で、「行の一念」が後である。\nゆえに親鸞聖人は、「信の一念」こそが弥陀の救いの肝要であると説き続けられたのである。（問５参照）\n\n◯『歎異抄』第一章には、「弥陀の救いの時」を、\n「『念仏申さん』と思いたつ心の発るとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめ給うなり」\nと、平生の一念（信の一念）であることが明言されている。弥陀より摂取不捨の利益（絶対の幸福）を頂くのは、\"念仏を称える前\"であることは明白であろう。\n\n＊参照\n『歎異抄をひらく』（第二部２章）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-23","globalId":"scripture:4-23","sortOrder":"000172","kind":"scripture","title":"4-23","content":"『歎異鈔』第一章を書け。\n◯「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心の発るとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめ給うなり。弥陀の本願には老少・善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。その故は、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきが故に、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきが故に、と云々。","href":"/qa/4-23","号":4,"問番号":23,"問":"『歎異鈔』第一章を書け。","答":"◯「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心の発るとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめ給うなり。弥陀の本願には老少・善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。その故は、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきが故に、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきが故に、と云々。","解説書":"【**解説**】\n「\"すべての衆生を救う\"という、阿弥陀如来の不思議な誓願に助けられ、疑いなく弥陀の浄土へ往く身となり、念仏称えようと思いたつ心のおこるとき、摂め取って捨てられぬ絶対の幸福に生かされるのである。\n　弥陀の救いには、老いも若きも善人も悪人も、一切差別はない。ただ『仏願に疑心あることなし』の信心を肝要と知らねばならぬ。\n　なぜ悪人でも、本願を信ずるひとつで救われるのかといえば、煩悩の激しい最も罪の重い極悪人を助けるために建てられたのが、阿弥陀仏の本願の真骨頂だからである。\n　ゆえに弥陀の本願に救い摂られたならば、一切の善は無用となる。弥陀より賜った念仏以上の善はないからだ。\n　また、どんな悪を犯しても、不安や恐れは皆無となる。弥陀の本願で助からぬ悪はないからである、と聖人は仰せになりました」\n\n◯『歎異抄』全十八章は、この第一章におさまる。\n\n＊参照\n『歎異抄をひらく』（第一部１章、第二部１～４章）\n『なぜ生きる』（二部24章）","講師試験id":[],"独言id":["56","72"],"大喝id":[]},{"id":"4-24","globalId":"scripture:4-24","sortOrder":"000173","kind":"scripture","title":"4-24","content":"『歎異鈔』は、カミソリ聖教で危険だと、なぜ言われるのか。その理由をあげよ。\n◯他力信心（真実信心）と、親鸞聖人の教えを、よく理解している人が読まないと、とんでもない読み間違いをするところが多いので、子供にカミソリを持たせた譬えで言われる。","href":"/qa/4-24","号":4,"問番号":24,"問":"『歎異鈔』は、カミソリ聖教で危険だと、なぜ言われるのか。その理由をあげよ。","答":"◯他力信心（真実信心）と、親鸞聖人の教えを、よく理解している人が読まないと、とんでもない読み間違いをするところが多いので、子供にカミソリを持たせた譬えで言われる。","解説書":"【**解説**】\n◯大人が使えば重宝なカミソリも、子供に持たせると、自らを傷つけ、周囲をもケガさせる危険なものとなる。\n同様に、他力信心の極意を開顕された『歎異抄』は、真心徹到し親鸞聖人の教えをよく理解している人が拝読すれば、くめどもつきせぬ妙味が湧き出ずる素晴らしいお聖教であるが、信心も教学もない人が読むと恐るべき誤解を生み、時には聖人の真意と正反対に受けとられ、自障障他の罪を造らせる事にもなる。ゆえにカミソリ聖教と言われ、その危険性を熟知されていた蓮如上人は、こう奥書されている。\n「右この聖教は、当流大事の聖教たるなり。無宿善の機に於ては左右無く之を許すべからざるものなり」\n\"この『歎異抄』は、浄土真宗の大事な聖教である。仏縁浅き人には、誰彼となく拝読させてはならぬものである\"\n\n＊参照\n『歎異抄をひらく』（「はじめに」他）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-25","globalId":"scripture:4-25","sortOrder":"000174","kind":"scripture","title":"4-25","content":"仏教で蓮華を使う理由と、蓮華の五徳をあげよ。\n◎正しい信心を表す。\n　(1)淤泥不染の徳\n　(2)一茎一花の徳\n　(3)花果同時の徳\n　(4)一花多果の徳\n　(5)中虚外直の徳","href":"/qa/4-25","号":4,"問番号":25,"問":"仏教で蓮華を使う理由と、蓮華の五徳をあげよ。","答":"◎正しい信心を表す。\n　(1)淤泥不染の徳\n　(2)一茎一花の徳\n　(3)花果同時の徳\n　(4)一花多果の徳\n　(5)中虚外直の徳","解説書":"【**解説**】\n◎蓮華の五つの特徴が、他力の信心の特徴を表している。\n\n(1) 淤泥不染の徳\n「淤泥」とは泥田のこと。蓮の華は泥中に咲きながら、その泥に染まらず清らかであることを「不染」と言われる。\n　他力の信心は、欲や怒り・ねたみそねみの煩悩一杯の悪人の心に開発し、しかも、煩悩は少しも変わらぬままで往生の障りとならないこと。\n\n(2) 一茎一花の徳\n　一本の茎に、一つの花しか咲かないこと。チューリップなど他の花にも見られるが、蓮華もその一つである。\n　真実の信心は、一人一人が求め、獲得するものであり、身代わりはきかない。食事やトイレでさえ代理はきかないのだから、「後生は一人一人のしのぎ」であること。\n\n(3) 花果同時の徳\n　蓮の華は、だんだんとでなく、一瞬で開く。しかも、花が開くのと、実ができるのとは、同時である。\n　真実の信心は、一念に開発し、同時に、正定聚（絶対の幸福）になること。\n\n(4) 一花多果の徳\n　一つの花に、沢山の実ができること。\n　真実の信心を獲れば、数え切れないほどの幸福（利益）が現世に頂けること。（３号問14「現生十種の利益」参照）\n\n(5) 中虚外直の徳\n　これは茎の特徴である。「中虚」とは、茎の中が空であること。それは一見弱そうだが、実は強い。「外直」とは、茎が真っ直ぐであること。\n　世間の人は、「他力の信心」と聞くと弱そうに思うが、逆である。信心決定した人は、真実にまっすぐ、たくましく生き抜くことができる。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["23"]},{"id":"4-26","globalId":"scripture:4-26","sortOrder":"000175","kind":"scripture","title":"4-26","content":"『願成就文』の「至心廻向」を、それまでは、みんな「至心に廻向して」と読んでいたのに、なぜ親鸞聖人は「至心に廻向せしめたまえり」と読まれたのか。その理由を経典で二ヵ所示せ。\n大無量寿経上巻の重誓偈に、\n◯「我無量劫に於て、大施主と為りて、普く諸の貧苦を済わずば、誓いて正覚を成ぜじ」とあるから。\n◯「衆の為に法蔵を開き、広く功徳の宝を施し」とあるから。","href":"/qa/4-26","号":4,"問番号":26,"問":"『願成就文』の「至心廻向」を、それまでは、みんな「至心に廻向して」と読んでいたのに、なぜ親鸞聖人は「至心に廻向せしめたまえり」と読まれたのか。その理由を経典で二ヵ所示せ。","答":"大無量寿経上巻の重誓偈に、\n◯「我無量劫に於て、大施主と為りて、普く諸の貧苦を済わずば、誓いて正覚を成ぜじ」とあるから。\n◯「衆の為に法蔵を開き、広く功徳の宝を施し」とあるから。","解説書":"【**解説**】\n◯親鸞聖人までは、釈迦の『本願成就文』の「至心廻向」を、\n「至心に廻向して」\nと読まれていた。「至心」とは「まことの心」のこと、「廻向」は「与える」「差し向ける」ことであるから、\n「至心に廻向して」とは、\n「我々が、我々の心をまことの心に磨きあげ、その心をまことの心で阿弥陀仏にささげる」\nという意味。これが常識的な解釈であった。だが親鸞聖人は、\n「至心に廻向せしめたまえり」\nとお読みになって、\n「阿弥陀仏が、まことの心で、まことの心を我々に与えて下される」\nことだと、それまでの読み方を百八十度変えられている。\n　これは親鸞聖人の一大達見であるが、決して聖人の独断ではなく、弥陀の『重誓偈』のお言葉を根拠とされてのことである。\n\n・重誓偈\n「十方衆生を必ず救う」と誓われた阿弥陀仏が、その誓願を疑う十方衆生の疑心を晴らすために、重ねて誓われているお言葉。\n\n◯「我無量劫に於て……」のお言葉\n「私（弥陀）が、兆載永劫の修行の大功徳の施主となって、すべての苦悩の人にその大功徳の南無阿弥陀仏を与えて、絶対の幸福に助けよう。もし、救わずは命を捨てる」\n\n・無量劫\n　兆載永劫の長期間。\n\n・大施主\n　大功徳を施す（与える）主。\n\n・貧苦\n　苦しみ悩んでいる人。お金や物の貧富でなく、「心の貧しい人」のことである。微塵の「まことの心」もなく、不安苦悩の絶えない全人類のこと。\n\n◯「衆の為に法蔵を開き……」のお言葉\n「すべての人のために、誠心誠意『南無阿弥陀仏』の大功徳を与えよう」\n\n・衆\n　十方衆生。貧苦。\n\n・法蔵\n　真実の教え。\n\n・功徳の宝\n　無上の功徳である『南無阿弥陀仏』のこと。\n\n◯阿弥陀仏は、『重誓偈』に、\n「苦悩の全人類に、必ず功徳の宝（南無阿弥陀仏）を施す」\nと仰っているのである。\n　これで明らかなように、阿弥陀仏の方から、「名号の大功徳を与える」と誓われているのだから、釈迦の「至心廻向」は、\n「至心に廻向せしめたまえり」\nと読むべきであると、「せしめたまえり」と最高敬語を使っていられるのである。\n\"阿弥陀仏が、まことの心で、『南無阿弥陀仏』の大功徳を与えて下される\"\nということだと、親鸞聖人は絶対他力の弥陀の救いを明らかにされたのである。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「親鸞聖人独自の、読み方と解釈（一）」（295ページ）","講師試験id":[],"独言id":["17"],"大喝id":["26"]},{"id":"4-27","globalId":"scripture:4-27","sortOrder":"000176","kind":"scripture","title":"4-27","content":"世間で、他人の力や自然（太陽とか風とか空気など）の力を「他力」と言っているが、仏教で「他力」とはどんな意味か。その根拠も示せ。\n◯阿弥陀如来の本願力のみを指して言う。\n\n◯「他力」と言うは如来の本願力なり。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","href":"/qa/4-27","号":4,"問番号":27,"問":"世間で、他人の力や自然（太陽とか風とか空気など）の力を「他力」と言っているが、仏教で「他力」とはどんな意味か。その根拠も示せ。","答":"◯阿弥陀如来の本願力のみを指して言う。\n\n◯「他力」と言うは如来の本願力なり。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","解説書":"【**解説**】\n◯『教行信証行巻』のお言葉\n「仏教で『他力』とは、阿弥陀如来の本願力を言うのである」\n\n◯世間で誤解・誤用されている仏教の言葉は多いが、中でも大きなものが「他力」の誤解である。「他人まかせ」というように「他人の力」の意味で使われる。また、「豊作も他力のおかげ」などと天地自然のこととして使われているが、これも誤解である。\n「他力」の語源は仏教であるから、仏教の正しい意味で使用されねばならない。言葉の乱れは思想の乱れ、思想の乱れは社会の乱れとなる。「他力」の正しい意味を知らねばならない。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「他力本願と親鸞聖人」（32ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-28","globalId":"scripture:4-28","sortOrder":"000177","kind":"scripture","title":"4-28","content":"浄土真宗で「自然」というのはどんな意味か。その、お聖教上の根拠も示せ。\n◯他力・仏力・阿弥陀如来の願力を言う。\n\n◯自然即時入必定　　　　　　（正信偈）","href":"/qa/4-28","号":4,"問番号":28,"問":"浄土真宗で「自然」というのはどんな意味か。その、お聖教上の根拠も示せ。","答":"◯他力・仏力・阿弥陀如来の願力を言う。\n\n◯自然即時入必定　　　　　　（正信偈）","解説書":"【**解説**】\n◯『正信偈』の中の「自然」を、「いつとはなしに」と解釈している人が多いが、誤りである。勿論、太陽や風や空気、山河のことでもない。\n　全人類の苦悩の根元である「無明の闇」を破り、絶対の幸福に救い摂る、阿弥陀如来のお力を「自然」と言われるのである。\n\n◯『正信偈』の御文は、\n「自然に即の時、必定に入る」\nと読む。「即の時」とは「一念」ということ、「必定」とは「正定聚（絶対の幸福）」のことであるから、\n「阿弥陀仏のお力によって、一念で絶対の幸福に救われる」\nということである。「自然」が「いつとはなし」ならば、「いつとはなしに、一念で」となって無意味である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-29","globalId":"scripture:4-29","sortOrder":"000178","kind":"scripture","title":"4-29","content":"阿弥陀如来が、苦しんでいる者を正客として本願を建てられたことを教えられた『ご和讃』一首と、根拠を書け。\n◯如来の作願をたずぬれば\n　苦悩の有情をすてずして\n　廻向を首としたまいて\n　大悲心をば成就せり\n　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/4-29","号":4,"問番号":29,"問":"阿弥陀如来が、苦しんでいる者を正客として本願を建てられたことを教えられた『ご和讃』一首と、根拠を書け。","答":"◯如来の作願をたずぬれば\n　苦悩の有情をすてずして\n　廻向を首としたまいて\n　大悲心をば成就せり\n　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀はなぜ、本願を建てられ名号（南無阿弥陀仏）を創られたのか。それは弥陀の大慈悲心が苦しみ悩む我々を見捨てることができず、大功徳を与えて助けるより道なしと十方衆生を見抜かれて、創られたのが南無阿弥陀仏の名号なのである」\n\n・如来の作願\n　阿弥陀如来が本願を建てられたこと。\n\n・廻向を首とする\n　与えることを目的とする。\n\n・大悲心\n　阿弥陀如来の大慈悲心。『南無阿弥陀仏』の名号のこと。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-3","globalId":"scripture:4-3","sortOrder":"000152","kind":"scripture","title":"4-3","content":"仏教で、この世に三長者あり、と説かれているが、どんな人のことか。\n(1)家の長者\n(2)身の長者\n(3)心の長者 ── これが一番よいと言われた。","href":"/qa/4-3","号":4,"問番号":3,"問":"仏教で、この世に三長者あり、と説かれているが、どんな人のことか。","答":"(1)家の長者\n(2)身の長者\n(3)心の長者 ── これが一番よいと言われた。","解説書":"【**解説**】\n◯「長者」とは、恵まれた人、幸福な人ということ。一般的には、「億万長者」とか「長者番付」等といわれるように「金持ち」のことを言うが、釈尊は、長者といっても三通りある、と教えられている。\n\n(1)家の長者\n　お金や財産に恵まれている人。\n\n(2)身の長者\n　健康に恵まれている人。\n\n(3)心の長者\n　阿弥陀仏より名号の大功徳を頂いて（信心決定して）、絶対の幸福に生かされている人。\n\n◯お金や財産・肉体は無常のものであり、いくらそれらに恵まれていても、不安は絶えないし、やがて崩れてゆく。早く弥陀に救い摂られて、この世から未来永遠の幸福者になれよ、と教えられている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-30","globalId":"scripture:4-30","sortOrder":"000179","kind":"scripture","title":"4-30","content":"阿弥陀如来に救い摂られると、正定聚の菩薩になると教えられている御文と根拠を二つ以上示せ。\n◯本願を信受するは、前念命終なり。即ち正定聚の数に入る。即得往生は、後念即生なり。即時に必定に入る。また必定の菩薩と名くるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（愚禿鈔）\n\n◯その位を「一念発起・入正定之聚」とも釈し\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-30","号":4,"問番号":30,"問":"阿弥陀如来に救い摂られると、正定聚の菩薩になると教えられている御文と根拠を二つ以上示せ。","答":"◯本願を信受するは、前念命終なり。即ち正定聚の数に入る。即得往生は、後念即生なり。即時に必定に入る。また必定の菩薩と名くるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（愚禿鈔）\n\n◯その位を「一念発起・入正定之聚」とも釈し\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n◯『愚禿鈔』のお言葉\n「『弥陀の本願まことだった』と信知した一念に、迷いの命が死んで正定聚になる。『即ち往生を得る』とは、迷いの命が死ぬと同時に、絶対の幸福に生まれる（一念で正定聚の菩薩となる）ことである」\n\n・本願を信受する\n「阿弥陀仏の本願まことだった」と本願に疑い晴れたこと。\n\n・前念命終\n「前念」とは、昿劫流転の迷いの命のこと。「命終」とは、死ぬこと。\n\n・即ち正定聚の数に入る\n　一念で絶対の幸福になる。\n\n・即得往生\n　釈迦の『本願成就文』の「即得往生」（即ち往生を得）のこと。「即ち」は「同時に」。\n\n・後念即生\n「後念」とは絶対の幸福。「即生」は「一念で生まれる」こと。\n\n・即時に\n　一念に。\n\n・必定\n　必ず仏になれる身に定まる。正定聚のこと。\n\n◯親鸞聖人はここで、\n「釈迦が『本願成就文』に即得往生と言われているのは、平生の一念の『不体失往生』のことだ」\nと鮮明にされている。\n『本願成就文』の「即得往生」は、弥陀の『本願文』の「若不生者」のことであるから、この『愚禿鈔』のお言葉は、\n「阿弥陀仏が本願文に『若不生者不取正覚（必ず生まれさせる）』と命を懸けて生まれさせると誓われているのは、『この世で、信楽（正定聚）に生まれさせる』不体失往生のことである」\nと明言されているのである。\n\n◯『御文章』（聖人一流の章）のお言葉\n「弥陀の救いを、『一念発起・正定聚になる』とも言われている」\n\n・その位\n　弥陀の救い。\n\n・一念発起\n　一念の救い。\n\n・入正定之聚\n　正定聚になる。","講師試験id":[],"独言id":["34","80"],"大喝id":[]},{"id":"4-31","globalId":"scripture:4-31","sortOrder":"000180","kind":"scripture","title":"4-31","content":"正定聚の位のことを他の言葉で二つあげよ。\n◯等正覚\n◯補処","href":"/qa/4-31","号":4,"問番号":31,"問":"正定聚の位のことを他の言葉で二つあげよ。","答":"◯等正覚\n◯補処","解説書":"【**解説**】\n◯正定聚\n　五十二のさとりの中の五十一位。必ず仏になれる身のこと。\n◯等正覚\n　五十一段目のさとりの位。等覚ともいう。\n◯補処\n　五十一段目のさとり。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-32","globalId":"scripture:4-32","sortOrder":"000181","kind":"scripture","title":"4-32","content":"「現生不退」とはどんなことか。\nその御文と根拠も示せ。\n◯現在世で正定聚不退転になれるということで、この世で完全な救いにあずかるということ。\n\n◯真に知んぬ。弥勒大士は、等覚の金剛心を窮むるが故に、龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし。念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/4-32","号":4,"問番号":32,"問":"「現生不退」とはどんなことか。\nその御文と根拠も示せ。","答":"◯現在世で正定聚不退転になれるということで、この世で完全な救いにあずかるということ。\n\n◯真に知んぬ。弥勒大士は、等覚の金剛心を窮むるが故に、龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし。念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"【**解説**】\n「本当にそうだったなぁ！　あの弥勒菩薩と、今、同格になれたのだ。まったく弥陀の誓願不思議によってのほかはない。しかも弥勒は、五十六億七千万年後でなければ仏のさとりが得られぬというのに、親鸞は、今生終わると同時に浄土へ往って、仏のさとりが得られるのだ。こんな不思議な幸せが、どこにあろうか」\n\n・真に知んぬ\n　明らかに知らされた。\n\n・弥勒大士\n　弥勒菩薩のこと。\n\n・等覚の金剛心を窮むる\n　五十一段のさとりを開いている。\n\n・龍華三会の暁\n　五十六億七千万年後、弥勒菩薩が仏覚を開いて、説法するとき。\n\n・無上覚位\n　仏のさとり。\n\n・念仏の衆生\n　弥陀に救われた人。\n\n・横超の金剛心\n　他力の信心。\n\n・臨終一念の夕\n　死ぬと同時に。\n\n・大般涅槃\n　仏のさとり。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部20章）","講師試験id":[],"独言id":["46"],"大喝id":[]},{"id":"4-33","globalId":"scripture:4-33","sortOrder":"000182","kind":"scripture","title":"4-33","content":"「あの弥勒でさえ五十六億七千万年後でなければ仏に成れぬ、と言われているのに、信心獲得の人は、死ぬと同時に仏覚を得られる」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠をあげよ。\n◯五十六億七千万\n　弥勒菩薩はとしをへん\n　まことの信心うるひとは\n　このたびさとりをひらくべし\n　　　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/4-33","号":4,"問番号":33,"問":"「あの弥勒でさえ五十六億七千万年後でなければ仏に成れぬ、と言われているのに、信心獲得の人は、死ぬと同時に仏覚を得られる」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠をあげよ。","答":"◯五十六億七千万\n　弥勒菩薩はとしをへん\n　まことの信心うるひとは\n　このたびさとりをひらくべし\n　　　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"【**解説**】\n「あの弥勒菩薩でさえ、仏のさとりを開くのに五十六億七千万年かかると言われるのに、平生に弥陀に救い摂られた人は、死ぬと同時に仏覚を開くのである」\n\n・まことの信心\n　他力の信心。弥陀の救い。","講師試験id":[],"独言id":["46"],"大喝id":[]},{"id":"4-34","globalId":"scripture:4-34","sortOrder":"000183","kind":"scripture","title":"4-34","content":"阿弥陀如来に平生救い摂られた人は、死後必ず極楽浄土に生まれる、と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を示せ。\n◯真実信心うるひとは\n　すなわち定聚のかずにいる\n　不退の位にいりぬれば\n　かならず滅度にいたらしむ\n　　　　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/4-34","号":4,"問番号":34,"問":"阿弥陀如来に平生救い摂られた人は、死後必ず極楽浄土に生まれる、と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を示せ。","答":"◯真実信心うるひとは\n　すなわち定聚のかずにいる\n　不退の位にいりぬれば\n　かならず滅度にいたらしむ\n　　　　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀に救い摂られた人は、正定聚の位になる。正定聚不退の位に救われたならば、死ねば必ず弥陀の浄土へ往って弥陀と同じ仏の覚りを開くことができるのである」\n\n・不退の位\n　正定聚不退転のこと。絶対の幸福。\n\n・滅度\n　弥陀の浄土のさとり。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-35","globalId":"scripture:4-35","sortOrder":"000184","kind":"scripture","title":"4-35","content":"信心獲得の「獲」と「得」とは、どう意味が違うか。\n◯「獲」は現在世でうるものを、えたことを言う。\n\n◯「得」は死後でうるものを、えることを言う。","href":"/qa/4-35","号":4,"問番号":35,"問":"信心獲得の「獲」と「得」とは、どう意味が違うか。","答":"◯「獲」は現在世でうるものを、えたことを言う。\n\n◯「得」は死後でうるものを、えることを言う。","解説書":"【**解説**】\n◯現在世でうるもの\n　正定聚。\n◯死後でうるもの\n　浄土往生。\n\n◯弥陀からうるものが現在と死後と、二つあることを「獲得」の二字で教えられている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-36","globalId":"scripture:4-36","sortOrder":"000185","kind":"scripture","title":"4-36","content":"世間では、人の死ぬことを「往生」と言っているが、仏教で「往生」とはどんなことか。二通りの読み方を示せ。\n◯往[レ]{ク} 生{カサレテ}　──　生かされて往く。\n\n◯往{ッテ}　生{マレル}　──　往って生まれる。","href":"/qa/4-36","号":4,"問番号":36,"問":"世間では、人の死ぬことを「往生」と言っているが、仏教で「往生」とはどんなことか。二通りの読み方を示せ。","答":"◯往[レ]{ク} 生{カサレテ}　──　生かされて往く。\n\n◯往{ッテ}　生{マレル}　──　往って生まれる。","解説書":"【**解説**】\n◯生かされて往く\n　難度海の人生が絶対の幸福に生かされて往く。不体失往生。\n◯往って生まれる\n　死ぬと同時に、阿弥陀仏の極楽浄土へ往って弥陀と同じ仏に生まれる。体失往生。\n\n◯このように「往生」には、「現在の往生」と「死後の往生」の二つある。現在の往生をしている人だけが、死後の往生をさせて頂けるので親鸞聖人は、現在の往生（不体失往生）を急げ、と強調されているのである。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「往生の二通りの意味」（253ページ）","講師試験id":[],"独言id":["33"],"大喝id":[]},{"id":"4-37","globalId":"scripture:4-37","sortOrder":"000186","kind":"scripture","title":"4-37","content":"阿弥陀如来は、この世も救い、死後も救う、二度救いたまう仏であることを「現当二益」と言うが、現当二益あると教えられた親鸞聖人、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯成等覚証大涅槃　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯一念発起のかたは正定聚なり、これは穢土の益なり。つぎに滅度は浄土にて得べき益にてあるなりと心得べきなり。されば二益なりと思うべきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-37","号":4,"問番号":37,"問":"阿弥陀如来は、この世も救い、死後も救う、二度救いたまう仏であることを「現当二益」と言うが、現当二益あると教えられた親鸞聖人、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯成等覚証大涅槃　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯一念発起のかたは正定聚なり、これは穢土の益なり。つぎに滅度は浄土にて得べき益にてあるなりと心得べきなり。されば二益なりと思うべきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n・現当二益\n　現益（現世の利益）と当益（死後の利益）の二つの利益のこと。利益とは、弥陀の救い、幸福のこと。弥陀の救いは現在と死後、二度あることを「現当二益」と言われる。\n\n◯『正信偈』のお言葉\n「等覚を成り、大涅槃を証する」\n「現在、絶対の幸福に救われ、死後、弥陀同体の証りを開く」\n\n・成等覚\n　正定聚（等覚）になる。現益。\n\n・証大涅槃\n　弥陀同体のさとりを開く。当益。\n\n◯『御文章』のお言葉\n「この世は、弥勒菩薩と同格（正定聚）に救い摂られ、死ぬと同時に弥陀の浄土で、無上のさとり（滅度）が得られる。弥陀の救いは二度（二益）あると知りなさい」\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「二益法門とは、どんなことか」（206ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["36"]},{"id":"4-38","globalId":"scripture:4-38","sortOrder":"000187","kind":"scripture","title":"4-38","content":"親鸞聖人は未来往生を仰有ったことがない、と言う者を破邪するお言葉を『末灯鈔』で二ヵ所あげよ。\n◯この身は今は歳きわまりて候えば、定めて先立ちて往生し候わんずれば、浄土にて必ず必ず待ちまいらせ候べし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（十二通）\n\n◯信心の定まると申すは摂取に与る時にて候なり。その後は正定聚の位にて、まことに浄土へ生るるまでは候べし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（十三通）","href":"/qa/4-38","号":4,"問番号":38,"問":"親鸞聖人は未来往生を仰有ったことがない、と言う者を破邪するお言葉を『末灯鈔』で二ヵ所あげよ。","答":"◯この身は今は歳きわまりて候えば、定めて先立ちて往生し候わんずれば、浄土にて必ず必ず待ちまいらせ候べし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（十二通）\n\n◯信心の定まると申すは摂取に与る時にて候なり。その後は正定聚の位にて、まことに浄土へ生るるまでは候べし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（十三通）","解説書":"【**解説**】\n◯「未来往生」とは、死後の弥陀の救いのこと。「親鸞聖人は、死後の救いは仰らなかった」という者がある。その間違いを、聖人のお言葉で破邪する。\n\n◯『末灯鈔』十二通のお言葉\n「親鸞、いよいよ今生の終わりに近づいた。必ず浄土へ往って待っていようぞ。間違いなく来なさいよ」\n\n・今は歳きわまりて\n　いよいよ死期が近づいた。\n\n・定めて\n　必ず。\n\n・先立ちて往生し候わんずれば\n　先に弥陀の浄土へ往く。\n\n◯『末灯鈔』十三通のお言葉\n「\"信心が定まる\"とは、摂取不捨の幸福を獲得したときだ。それから死ぬまでは、必ず弥陀の浄土へ往ける大安心・大満足の、正定聚といわれる身になるのである」\n\n・摂取に与る\n　絶対の幸福に救い摂られる。\n\n・生るるまでは候べし\n　死んで浄土へ往くまでは、正定聚の位である。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「親鸞聖人は死後の浄土を否定されたのではないか」（210ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["36"]},{"id":"4-39","globalId":"scripture:4-39","sortOrder":"000188","kind":"scripture","title":"4-39","content":"親鸞聖人の教えは唯信独達の法門として、仏教界を震撼させているが、「唯信独達」とはどんなことか。\n◯信ずる一つで五十一段を高とびできる、ということ。","href":"/qa/4-39","号":4,"問番号":39,"問":"親鸞聖人の教えは唯信独達の法門として、仏教界を震撼させているが、「唯信独達」とはどんなことか。","答":"◯信ずる一つで五十一段を高とびできる、ということ。","解説書":"【**解説**】\n・唯信独達の法門\n　信心一つで救われる教え。\n\n◯親鸞聖人の教えは、他力の信心以外に説かれていないから、「唯信独達の法門」といわれる。","講師試験id":[],"独言id":["89"],"大喝id":[]},{"id":"4-4","globalId":"scripture:4-4","sortOrder":"000153","kind":"scripture","title":"4-4","content":"浄土真宗と浄土宗の御本尊の相違を示し、浄土真宗の正しい御本尊を明らかにせられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯他流には「名号よりは絵像、絵像よりは木像」というなり。当流には「木像よりは絵像、絵像よりは名号」というなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/4-4","号":4,"問番号":4,"問":"浄土真宗と浄土宗の御本尊の相違を示し、浄土真宗の正しい御本尊を明らかにせられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯他流には「名号よりは絵像、絵像よりは木像」というなり。当流には「木像よりは絵像、絵像よりは名号」というなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"【**解説**】\n「浄土真宗以外の教えでは、『本尊は名号よりも絵像、絵像よりは木像が最もよい』と言う。\n　浄土真宗では、『正しい御本尊は名号である』と親鸞聖人は教えられている」\n\n・他流\n　真宗以外の浄土宗。「他（極楽以外の処）へ流れて行く教え」だから「他流」と言われる。\n\n・当流\n　浄土真宗。親鸞聖人の教え。\n\n・名号\n『南無阿弥陀仏』の六字のこと。\n\n・絵像\n　絵に描かれた、阿弥陀如来像。\n\n・木像\n　金属や木で彫られた、阿弥陀如来像。\n\n◯「本尊」とは「根本に尊ぶべきもの」ということ。特に仏教では、「御本尊」は最も大切である。だから、御本尊を安置する仏壇を、玄関先やトイレの横に置いてある家はどこにもない。家の中で一番よい部屋に仏壇を置き、その中央に、御本尊を安置する。その「御本尊」について、親鸞聖人・蓮如上人が、\n「浄土真宗の正しい御本尊は『南無阿弥陀仏』の御名号である」\nと、ハッキリ教えられているお言葉である。\n　親鸞聖人も蓮如上人も、御名号以外に、御本尊とされたことは一度もない。両聖人とも御名号のみを御本尊として礼拝合掌されていたことは、どの記録にも記されている歴史上の事実である。お弟子や御門徒にも、ご直筆の名号を下附され、礼拝を勧めておられたことは言うまでもない。\n　その経文の根拠が、仏教の至極『本願成就文』の、\n「聞其名号信心歓喜（その名号を聞いて、信心歓喜する）」\nである。\n「どんな人も、『南無阿弥陀仏』の御名号を阿弥陀仏から一念で頂いた時、絶対の幸福に救い摂られるのだ」\nと言われた釈迦のお言葉である。\n　我々が絶対の幸福に救われるのは、全く『南無阿弥陀仏』の御名号の働きによってであるから、親鸞聖人も蓮如上人も、\n「浄土真宗の正しい御本尊は、御名号である」\nと生涯教示されたのである。\n\n＊参照\n『どちらがウソか』\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「親鸞聖人が名号を本尊とされた根拠は何か」（237ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-40","globalId":"scripture:4-40","sortOrder":"000189","kind":"scripture","title":"4-40","content":"阿弥陀如来の救いは他力の信心一つである、と断言された、親鸞聖人の御文と根拠を三つ以上あげよ。\n◯速入寂静無為楽　必以信心為能入\n　　　　　　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯涅槃の真因は唯信心を以てす。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯弥陀如来廻向の真実信心を阿耨菩提の因とすべしとなり。\n　　　　　　　　　　　　（尊号真像銘文）","href":"/qa/4-40","号":4,"問番号":40,"問":"阿弥陀如来の救いは他力の信心一つである、と断言された、親鸞聖人の御文と根拠を三つ以上あげよ。","答":"◯速入寂静無為楽　必以信心為能入\n　　　　　　　　　　　　　　　（正信偈）\n\n◯涅槃の真因は唯信心を以てす。\n　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯弥陀如来廻向の真実信心を阿耨菩提の因とすべしとなり。\n　　　　　　　　　　　　（尊号真像銘文）","解説書":"【**解説**】\n◯『正信偈』のお言葉\n「速やかに寂静無為の楽に入ることは、必ず信心を以て能入と為す」\nと読む。\n「弥陀の浄土へ往くには、信心を肝要とする」\n\n・速やかに\n　死ぬと同時に。\n\n・寂静無為の楽\n　阿弥陀仏の極楽浄土。\n\n◯『教行信証信巻』のお言葉\n「涅槃の真因は、ただ信心一つである」\n\n・浄土往生の因は、ただ一つ信心である。\n\n◯『尊号真像銘文』のお言葉\n「弥陀から賜る真実の信心が、仏のさとりを得る因である」\n\n・阿耨菩提\n　弥陀同体の仏のさとり。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-41","globalId":"scripture:4-41","sortOrder":"000190","kind":"scripture","title":"4-41","content":"真実浄土に往生できる人はどんな人か。蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一念の信心定まらん輩は、十人は十人ながら百人は百人ながら、みな浄土に往生すべき事更に疑なし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-41","号":4,"問番号":41,"問":"真実浄土に往生できる人はどんな人か。蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一念の信心定まらん輩は、十人は十人ながら百人は百人ながら、みな浄土に往生すべき事更に疑なし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「平生の一念に弥陀に救い摂られた人は、死ねば必ず弥陀の浄土へ生まれることができるのである」\n\n・定まらん\n「定まった」ということ。現代語の「定まっていない」とは意味が逆であるから注意が必要。\n\n◯皆、都合のよい「十人は十人、百人は百人、死んだら皆、極楽へ往ける」という有り難いところだけを読んで、「一念の信心定まらん輩」を読み飛ばしている。だが蓮如上人は、「一念の信心定まらん輩は」と、現在、信心獲得している人だけだと明示され、誰でも彼でも弥陀の浄土へ往けるのではないから「一日も片時も急いで信心決定せよ」と勧められるのである。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-42","globalId":"scripture:4-42","sortOrder":"000191","kind":"scripture","title":"4-42","content":"極楽（浄土）へ往けるかどうかは、平生の一念でハッキリすると教えられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯然れば平生の一念によりて往生の得否は定まれるものなり。平生のとき不定の念に住せばかなうべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","href":"/qa/4-42","号":4,"問番号":42,"問":"極楽（浄土）へ往けるかどうかは、平生の一念でハッキリすると教えられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯然れば平生の一念によりて往生の得否は定まれるものなり。平生のとき不定の念に住せばかなうべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","解説書":"【**解説**】\n「平生の一念に、浄土往生の可否は決する。平生に、往生がハッキリしていなければ、浄土へは往けないのである」","講師試験id":[],"独言id":["35"],"大喝id":["36","68"]},{"id":"4-43","globalId":"scripture:4-43","sortOrder":"000192","kind":"scripture","title":"4-43","content":"「平生業成」とは如何なることか。\n◯平生に業事成弁するということで、平生のとき助かるということ。","href":"/qa/4-43","号":4,"問番号":43,"問":"「平生業成」とは如何なることか。","答":"◯平生に業事成弁するということで、平生のとき助かるということ。","解説書":"【**解説**】\n◯阿弥陀仏の本願は、「平生に、往生一定の絶対の幸福（業事）に救い摂る（成弁）」お約束であることを明らかにされた教えを「平生業成」と言われる。\n\n・業事\n　往生一定の身になること。\n\n・成弁\n　完成すること。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-44","globalId":"scripture:4-44","sortOrder":"000193","kind":"scripture","title":"4-44","content":"阿弥陀如来の十八願は、平生に救う誓いであることを明らかにせられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を書け。\n◯若不生者のちかいゆえ\n　信楽まことにときいたり\n　一念慶喜するひとは\n　往生かならずさだまりぬ\n　　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/4-44","号":4,"問番号":44,"問":"阿弥陀如来の十八願は、平生に救う誓いであることを明らかにせられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を書け。","答":"◯若不生者のちかいゆえ\n　信楽まことにときいたり\n　一念慶喜するひとは\n　往生かならずさだまりぬ\n　　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"【**解説**】\n「『必ず生まれさせる』と、弥陀が命を懸けて誓っておられるから、信楽（絶対の幸福）に生まれる時が、必ず来るのだ。一念で絶対の幸福に救い摂られた人は、死ねば必ず浄土へ生まれる身になるのである」\n・若不生者のちかい\n「ちかい」は漢字で「誓い」と書く。弥陀は本心を誓われた十八願に、「若不生者　不取正覚」と約束されている。「若し生まれずは正覚を取らじ」と読む。「若し」の一字に仏の命を懸けて、「必ず生まれさせる」と誓われているお言葉である。\n\n・まことに\n　必ず。\n\n・一念慶喜\n　一念で往生一定と大歓喜する。","講師試験id":[],"独言id":["31"],"大喝id":["36"]},{"id":"4-45","globalId":"scripture:4-45","sortOrder":"000194","kind":"scripture","title":"4-45","content":"信心獲得しておらぬ者は、みな無間地獄に堕つると断言されている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-45","号":4,"問番号":45,"問":"信心獲得しておらぬ者は、みな無間地獄に堕つると断言されている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「弥陀に救われなければ、極楽には往けない、無間地獄に堕つるのである」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-46","globalId":"scripture:4-46","sortOrder":"000195","kind":"scripture","title":"4-46","content":"信心獲得すれば、どんな極悪人も弥陀の浄土に往ける、と明言された善導大師のお言葉を示せ。\n◯謗法闡提　廻心皆往","href":"/qa/4-46","号":4,"問番号":46,"問":"信心獲得すれば、どんな極悪人も弥陀の浄土に往ける、と明言された善導大師のお言葉を示せ。","答":"◯謗法闡提　廻心皆往","解説書":"【**解説**】\n「謗法の悪人も、闡提の極悪人も、弥陀に救い摂られたならば、必ず極楽へ往ける」\n\n・謗法\n　謗法罪の者。（１号問35参照）\n\n・闡提\n　因果の道理を撥ねつけ、地獄と聞いても驚かず、極楽と聞いても喜ばぬ心。（２号問21参照）\n\n・廻心\n　阿弥陀仏に救われること。（問12参照）\n\n・皆往\n　みな、阿弥陀仏の極楽浄土へ往ける。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』桜の巻\n「闡提の機とは、どんなことか」（278ページ）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-47","globalId":"scripture:4-47","sortOrder":"000196","kind":"scripture","title":"4-47","content":"浄土真宗の教えと、他宗の教えの決定的相違点を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯祖師聖人御相伝一流の肝要は、ただこの信心一に限れり。これを知らざるをもって他門とし、これを知れるをもって真宗のしるしとす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-47","号":4,"問番号":47,"問":"浄土真宗の教えと、他宗の教えの決定的相違点を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯祖師聖人御相伝一流の肝要は、ただこの信心一に限れり。これを知らざるをもって他門とし、これを知れるをもって真宗のしるしとす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「親鸞聖人が生涯、教えてゆかれたことの肝要は、ただこの『信心』一つである。これを知らない者は親鸞学徒ではない。これを知っている人が親鸞学徒である」\n\n・祖師聖人御相伝一流\n　親鸞聖人の教え。\n\n・肝要\n　要の中の要。「要」はいくつかあっても、「要の中の要」は一つしかない。仏教では、これ以上大事なことはない、最も重いことを肝要といわれる。\n\n◯親鸞学徒か、否かは、「信心一つで救われる」という親鸞聖人の教えを知るか、否かで分かれる。これを知らない者は他宗であって、浄土真宗でも親鸞学徒でもない、と蓮如上人は仰っている。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-48","globalId":"scripture:4-48","sortOrder":"000197","kind":"scripture","title":"4-48","content":"「一大事」とはどんなことかをハッキリ教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この一流のうちに於て確々とその信心のすがたをも得たる人これなし。かくの如くの輩はいかでか報土の往生をば容易く遂ぐべきや。一大事というはこれなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-48","号":4,"問番号":48,"問":"「一大事」とはどんなことかをハッキリ教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この一流のうちに於て確々とその信心のすがたをも得たる人これなし。かくの如くの輩はいかでか報土の往生をば容易く遂ぐべきや。一大事というはこれなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「親鸞聖人の教えを聞いている人の中で、親鸞聖人の明らかになされた他力の信心を獲得している人は、甚だ少ないようだ。他力の信心を獲得していなければ、弥陀の浄土に生まれることはできない。これを後生の一大事と言われるのである」","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-49","globalId":"scripture:4-49","sortOrder":"000198","kind":"scripture","title":"4-49","content":"「後生の一大事」とは、死後永く地獄で苦しむことであると明示された、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（帖外御文）","href":"/qa/4-49","号":4,"問番号":49,"問":"「後生の一大事」とは、死後永く地獄で苦しむことであると明示された、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（帖外御文）","解説書":"【**解説**】\n「後生の一大事とは、未来、永く地獄に堕ちて苦しむことだから、急いでこの一大事の解決に心をかけて、阿弥陀仏の救いに値わねばならない」\n\n◯「後生の一大事」とは、「死ねばどうなるか」という一大事をいう。それは阿弥陀仏の救いの前・後によって大きく分かれるが、このお言葉は、弥陀に救われていない人の「後生の一大事」を蓮如上人が言われたものである。\n\n＊参照\n『親鸞聖人の花びら』藤の巻\n「後生の一大事とは、どんなことか」（144ページ）","講師試験id":[],"独言id":["8","68"],"大喝id":[]},{"id":"4-5","globalId":"scripture:4-5","sortOrder":"000154","kind":"scripture","title":"4-5","content":"「信の一念」が肝要である根拠を、経典とお聖教で五つ以上示せ。\n◯本願成就文の、聞其名号信心歓喜乃至一念。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n◯「一念」とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」等の文をもって依憑とす、このほか未だ聞かず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）\n◯あながちにもろもろの聖教を読み、物を知りたりというとも、一念の信心の謂を知らざる人は徒事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n◯たのむ一念の所肝要なり。　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/4-5","号":4,"問番号":5,"問":"「信の一念」が肝要である根拠を、経典とお聖教で五つ以上示せ。","答":"◯本願成就文の、聞其名号信心歓喜乃至一念。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n◯「一念」とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）\n◯かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」等の文をもって依憑とす、このほか未だ聞かず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）\n◯あながちにもろもろの聖教を読み、物を知りたりというとも、一念の信心の謂を知らざる人は徒事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n◯たのむ一念の所肝要なり。　　　　（御一代記聞書）","解説書":"【**解説**】\n◯「肝要」とは、「要の中の要」ということ。「要」はいくつかあっても、「要の中の要」は、一つしかない。これより大事なものはないことを、仏教で「肝要」と言われる。\n　浄土真宗の肝要は「信の一念」である、と言われた釈迦・親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人のお言葉である。\n\n◯『本願成就文』（釈迦）のお言葉\n「其の名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん」\nと読む。\n「弥陀から名号を賜った一念で、絶対の幸福に救い摂られる」\nことを明らかにされた、釈迦の教導である。\n\n◯『教行信証』（親鸞聖人）のお言葉\n「『一念』とは、弥陀に救われる一秒よりも速い時をいう」\n\n・信楽開発\n　信心決定。弥陀の救い。\n\n・時尅の極促\n　時間の極まり。これより速い時はない。\n\n◯『改邪鈔』（覚如上人）のお言葉\n「親鸞聖人は、釈迦の『本願成就文』の教えを、真実の信心獲得の究極の教えとされた。この『本願成就文』の教え以外、覚如は聖人からお聞きしたことがない」\n\n・かの心行\n　阿弥陀仏の名号のこと。「かの心行を獲得」とは、弥陀から名号を賜ること、信心獲得のこと。\n\n・念仏往生の願成就\n　釈迦の『本願成就文』のこと。\n\n・「信心歓喜乃至一念」等の文\n「信心歓喜乃至一念」の八字のある『本願成就文』四十字のこと。肝要の「信の一念」を言われた八字で『成就文』四十字を代表されている。\n\n・依憑\n　物差し。真実の信心か、否かは、『本願成就文』の教えに合致するか、否かで決する、ということ。どんな凄い体験をしたといっても、『本願成就文』の教えに合わないものは、外道邪教・迷信偽信・異安心であり、断じて真実の信心ではない、と言われている。\n\n・このほか未だ聞かず\n『本願成就文』の教え以外に、親鸞聖人からお聞きしたことがない、\n\nということ。親鸞聖人は『教行信証』に「願成就一実円満の真教・真宗これなり」と、「『本願成就文』以外に教えたことはない」と仰っているから、両聖人の仰せは一致していることが分かる。\n\n◯『御文章』（蓮如上人）のお言葉\n「いくら多くのお聖教を読み、沢山のことを知っていても、『一念の信心』を獲得しなければ、助からないのである」\n\n・一念の信心の謂\n　信心獲得。「謂」とは味、体験のこと。\n\n・徒事\n　役に立たない。助からない。\n\n◯『御一代記聞書』（蓮如上人）のお言葉\n「信の一念こそが、肝要である」\n\n・たのむ一念\n　弥陀を信ずる一念。信心獲得の一念。\n\n◯このように善知識方はみな、「信の一念」こそが、自力と他力の分岐点であり、地獄と極楽の分かれ目であり、弥陀の本願の極意であり、釈迦出世の本懐であり、凡夫往生の枢要であり、浄土真宗の肝腑であることを力説されている。","講師試験id":[],"独言id":["20","73","85","95"],"大喝id":["35"]},{"id":"4-50","globalId":"scripture:4-50","sortOrder":"000199","kind":"scripture","title":"4-50","content":"法座を勤める目的を教えられた、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯抑、毎月両度の寄合の由来は何の為ぞというに、更に他の事にあらず、自身の往生極楽の信心獲得の為なるが故なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/4-50","号":4,"問番号":50,"問":"法座を勤める目的を教えられた、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯抑、毎月両度の寄合の由来は何の為ぞというに、更に他の事にあらず、自身の往生極楽の信心獲得の為なるが故なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"【**解説**】\n「そもそも、毎月二回の御法話が勤められているのは何のためかというと、我が身が信心獲得して往生極楽の本懐を遂げること以外、さらさら目的はないのである」\n\n・寄合\n　御法話。\n\n・由来\n　目的。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-6","globalId":"scripture:4-6","sortOrder":"000155","kind":"scripture","title":"4-6","content":"「信の一念」に二つの意味があるのを示せ。お聖教の根拠も示せ。\n◎「時尅の一念」と「信相の一念」の二つである。\n\n◯時尅の一念については「それ真実の信楽を按ずるに、信楽に一念有り。『一念』とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯信相の一念については「『一念』と言うは、信心二心無きが故に『一念』と曰う」\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/4-6","号":4,"問番号":6,"問":"「信の一念」に二つの意味があるのを示せ。お聖教の根拠も示せ。","答":"◎「時尅の一念」と「信相の一念」の二つである。\n\n◯時尅の一念については「それ真実の信楽を按ずるに、信楽に一念有り。『一念』とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）\n\n◯信相の一念については「『一念』と言うは、信心二心無きが故に『一念』と曰う」\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"【解説】\n◎釈迦は『本願成就文』に、\n「信心歓喜せんこと乃至一念せん」\nと説かれているが、この「一念」を、親鸞聖人は「信の一念」と明らかにされ、これを「時尅の一念」と「信相の一念」で教えられている。\n\n・時尅の一念\n「時尅」とは時間のこと。弥陀の救いの分秒にかからぬ速さを言われたもの。\n\n・信相の一念\n「信相」は信心の相（内容）のこと。弥陀に救われ二心の無くなった一念のこと。\n\n◯「時尅の一念」についてのお言葉\n「真実の信楽には、『一念』がある。『一念』とは、弥陀の救い（信楽開発）の極めて速いことであり、信楽が開発したとは、弥陀の本願に疑い晴れて往生一定・大安心大満足の心になったことである」\n\n・真実の信楽\n　真実の信心。他力の信心。\n\n・広大難思の慶心\n　広くて、大きくて、想像できない慶び。\n\n◯ここで、「真実の信楽（信心）には、必ず『一念』がある」と言われているのは、換言すれば、\n「『一念』のない信心は、真実の信心ではない。不実の信心であり、迷信・邪信・偽信である」\nということである。「いつとはなしに助かる」という信仰が浄土真宗には蔓延しているが、それは『本願成就文』の教え（依憑）に合わない、外道・異安心であることは明白であろう。\n\n◯「信相の一念」についてのお言葉\n「『一念』とは、二心の無くなったことである」\n\n・二心\n　助かるように思ったり、助からないように思ったり、弥陀の本願を疑い計らう心で、「本願疑惑心」「疑情」「無明の闇」とも言われる。\n\n◯「弥陀の本願に、露チリほどの疑心も無くなったこと」を「信相の一念」と言われるのである。\n　弥陀の本願に疑心（二心）が無くなれば、\n「弥陀の正客はどんな者か（機）」と、\n「そんな者を必ず救うと誓われた弥陀の本願（法）」と、\n二つのことが同時に（一具）ハッキリ知らされる（深信）。これを「機法二種一具の深信」、略して「二種深信」といわれる。（２号問22参照）\n「信相の一念」とは、この「二種深信」のことである。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部11章）","講師試験id":[],"独言id":["25"],"大喝id":[]},{"id":"4-7","globalId":"scripture:4-7","sortOrder":"000156","kind":"scripture","title":"4-7","content":"阿弥陀如来は、なぜ一念で救うという本願を建立されたか。お聖教の御文と、その根拠を示せ。\n◯如来の大悲、短命の根機を本としたまえり。もし多念をもって本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、一念往生をもって淵源とす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","href":"/qa/4-7","号":4,"問番号":7,"問":"阿弥陀如来は、なぜ一念で救うという本願を建立されたか。お聖教の御文と、その根拠を示せ。","答":"◯如来の大悲、短命の根機を本としたまえり。もし多念をもって本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、一念往生をもって淵源とす。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","解説書":"【解説】\n「弥陀の慈悲は徹底しているから、臨終が一刹那に迫っている、最悪の状態の人を想定されている。あと一秒しか命のない人に、三秒かかるような救いでは間に合わない。一念の救いこそが、弥陀の本願の主眼であり、本領なのだ」\n\n・如来の大悲\n　阿弥陀如来の大慈悲心。\n\n・短命の根機\n　まさに死なんとしている人。\n\n・本としたまえり\n　目当てとされている。\n\n・多念\n　時間がかかること。\n\n・いのち一刹那につづまる\n　次の瞬間に息切れる。\n\n・無常迅速の機\n　臨終の迫っている人。\n\n・いかでか本願に乗ずべきや\n　どうして弥陀の本願で救われようか。助からない。\n\n・真宗の肝要\n　弥陀の本願の要の中の要、最も大事なところ。\n\n・一念往生\n　一念の救い。\n\n・淵源\n「肝要」と同じ。仏教でこれより重い表現はない。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部27章）","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-8","globalId":"scripture:4-8","sortOrder":"000157","kind":"scripture","title":"4-8","content":"「極速円融の真詮」とはどんなことか。\n◯極速とは、一念の早わざを言う。\n◯円融とは、仏智全領して、微塵の不足もなく満足すること。\n◯真詮とは、まことの教えということ。","href":"/qa/4-8","号":4,"問番号":8,"問":"「極速円融の真詮」とはどんなことか。","答":"◯極速とは、一念の早わざを言う。\n◯円融とは、仏智全領して、微塵の不足もなく満足すること。\n◯真詮とは、まことの教えということ。","解説書":"【**解説**】\n◯弥陀の「一念の救い」を仰ったお言葉である。弥陀の救いを親鸞聖人は「極速円融」と言われている。\n「極速」とは〝きわめて速い〟こと、「円融」とは〝完全無欠〟ということ。\n　救いに時間がかかっては「極速」と言えないし、完成がなければ「円融」とは言われない。\n\n＊参照\n『なぜ生きる』（二部27章）\n\n◯「いつとはなしに助かる」という邪義を破る根拠である。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"4-9","globalId":"scripture:4-9","sortOrder":"000158","kind":"scripture","title":"4-9","content":"迷いの根元を一念で断ち切り、救い摂って頂けることを明らかにせられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この娑婆生死の五蘊所成の肉身未だやぶれずといえども、生死流転の本源をつなぐ自力の迷情、共発金剛心の一念にやぶれて、知識伝持の仏語に帰属するをこそ「自力を捨てて他力に帰する」とも名け、また「即得往生」ともならいはんべれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","href":"/qa/4-9","号":4,"問番号":9,"問":"迷いの根元を一念で断ち切り、救い摂って頂けることを明らかにせられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この娑婆生死の五蘊所成の肉身未だやぶれずといえども、生死流転の本源をつなぐ自力の迷情、共発金剛心の一念にやぶれて、知識伝持の仏語に帰属するをこそ「自力を捨てて他力に帰する」とも名け、また「即得往生」ともならいはんべれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","解説書":"【**解説**】\n「肉体の生きている時に、遠い過去から苦しめてきた『自力の迷情』が、他力の信心を得た一念に死滅して、〝弥陀の誓願まことだった〟と信知させられたのを、〝仏法を聞いた〟といい、『自力を捨てて、他力に帰した』とも、『往生を得た』ともいわれるのである」\n\n・この娑婆生死の五蘊所成の肉身\n　肉体のこと。五蘊とは、我々を構成している五つのもの。\n（８号問６参照）\n\n・生死流転の本源をつなぐ\n　無始より苦しめてきた親玉である。\n\n・自力の迷情\n　自力の心。疑情。無明の闇。\n\n・共発金剛心の一念\n　他力の信心の起きた一念。\n\n・知識伝持の仏語\n　善知識の教え。\n\n・帰属するをこそ\n　信順すること。","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["44"]},{"id":"5-1","globalId":"scripture:5-1","sortOrder":"000200","kind":"scripture","title":"5-1","content":"浄土真宗の繁昌とはどんなことかを道破なされた、蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯一宗の繁昌と申すは人の多く集り威の大いなる事にてはなく候、一人なりとも人の信を取るが一宗の繁昌に候。然れば「専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/5-1","号":5,"問番号":1,"問":"浄土真宗の繁昌とはどんなことかを道破なされた、蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯一宗の繁昌と申すは人の多く集り威の大いなる事にてはなく候、一人なりとも人の信を取るが一宗の繁昌に候。然れば「専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["35","52"],"大喝id":["26"]},{"id":"5-10","globalId":"scripture:5-10","sortOrder":"000209","kind":"scripture","title":"5-10","content":"「常念仏の人」とはどんな人を言うのか。『安心決定鈔』で答えよ。\n◯この信心おこりぬる上は口業にはたとい時々念仏すとも常念仏の衆生にてあるべきなり。","href":"/qa/5-10","号":5,"問番号":10,"問":"「常念仏の人」とはどんな人を言うのか。『安心決定鈔』で答えよ。","答":"◯この信心おこりぬる上は口業にはたとい時々念仏すとも常念仏の衆生にてあるべきなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-11","globalId":"scripture:5-11","sortOrder":"000210","kind":"scripture","title":"5-11","content":"大慶喜心のおきない理由を明示された親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。\n◯真に知んぬ。専修にして而して雑心なる者は大慶喜心を獲ず。\n　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","href":"/qa/5-11","号":5,"問番号":11,"問":"大慶喜心のおきない理由を明示された親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯真に知んぬ。専修にして而して雑心なる者は大慶喜心を獲ず。\n　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["48"],"大喝id":[]},{"id":"5-12","globalId":"scripture:5-12","sortOrder":"000211","kind":"scripture","title":"5-12","content":"「念仏称えていても助からない者がいる」と教えられた曇鸞大師のお言葉と、根拠を記せ。\n◯然るに称名憶念すること有れども、無明なお存して所願を満てざる者あり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土論註）","href":"/qa/5-12","号":5,"問番号":12,"問":"「念仏称えていても助からない者がいる」と教えられた曇鸞大師のお言葉と、根拠を記せ。","答":"◯然るに称名憶念すること有れども、無明なお存して所願を満てざる者あり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土論註）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-13","globalId":"scripture:5-13","sortOrder":"000212","kind":"scripture","title":"5-13","content":"『大無量寿経』に「易往而無人」と釈尊が言われている意味を明らかにされた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯これによりて『大経』には「易往而無人」とこれを説かれたり。この文の意は、安心を取りて弥陀を一向にたのめば浄土へは参り易けれども、信心をとる人稀なれば浄土へは往き易くして人なしと言えるはこの経文の意なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/5-13","号":5,"問番号":13,"問":"『大無量寿経』に「易往而無人」と釈尊が言われている意味を明らかにされた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯これによりて『大経』には「易往而無人」とこれを説かれたり。この文の意は、安心を取りて弥陀を一向にたのめば浄土へは参り易けれども、信心をとる人稀なれば浄土へは往き易くして人なしと言えるはこの経文の意なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-14","globalId":"scripture:5-14","sortOrder":"000213","kind":"scripture","title":"5-14","content":"「極楽へ往くのは難しくはないが、極楽へ往ける身になることが難しい」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯然るに常没の凡愚・流転の群生、無上妙果の成じ難きにはあらず、真実の信楽実に獲ること難し。遇浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここを以て、極悪深重の衆生、大慶喜心を得、諸の聖尊の重愛を獲るなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/5-14","号":5,"問番号":14,"問":"「極楽へ往くのは難しくはないが、極楽へ往ける身になることが難しい」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯然るに常没の凡愚・流転の群生、無上妙果の成じ難きにはあらず、真実の信楽実に獲ること難し。遇浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここを以て、極悪深重の衆生、大慶喜心を得、諸の聖尊の重愛を獲るなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-15","globalId":"scripture:5-15","sortOrder":"000214","kind":"scripture","title":"5-15","content":"「易信難行」の仏教諸宗に対して、浄土真宗の教えは「難信易行」と言われるが、「難信易行」とはどんなことか。\n◯行は易しいが、信心を獲ることが難しい、ということ。","href":"/qa/5-15","号":5,"問番号":15,"問":"「易信難行」の仏教諸宗に対して、浄土真宗の教えは「難信易行」と言われるが、「難信易行」とはどんなことか。","答":"◯行は易しいが、信心を獲ることが難しい、ということ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["79"],"大喝id":[]},{"id":"5-16","globalId":"scripture:5-16","sortOrder":"000215","kind":"scripture","title":"5-16","content":"親鸞聖人は生涯、三回、大諍論をなされているが、その「三大諍論」をあげ、その時の相手を示せ。\n(1)体失不体失往生の諍論 ─ 善慧房証空\n(2)信心同異の諍論 ──── 勢観房・念仏房・聖信房\n(3)信行両座の諍論 ──── 三百八十余人","href":"/qa/5-16","号":5,"問番号":16,"問":"親鸞聖人は生涯、三回、大諍論をなされているが、その「三大諍論」をあげ、その時の相手を示せ。","答":"(1)体失不体失往生の諍論 ─ 善慧房証空\n(2)信心同異の諍論 ──── 勢観房・念仏房・聖信房\n(3)信行両座の諍論 ──── 三百八十余人","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-17","globalId":"scripture:5-17","sortOrder":"000216","kind":"scripture","title":"5-17","content":"「不体失往生」とはどんなことか。また、経典の根拠を示せ。\n◯生きている時に往生できるということ。\n\n◯本願では「若不生者」と誓われていること。\n　成就文では「即得往生住不退転」と説かれていること。","href":"/qa/5-17","号":5,"問番号":17,"問":"「不体失往生」とはどんなことか。また、経典の根拠を示せ。","答":"◯生きている時に往生できるということ。\n\n◯本願では「若不生者」と誓われていること。\n　成就文では「即得往生住不退転」と説かれていること。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["48","58"]},{"id":"5-18","globalId":"scripture:5-18","sortOrder":"000217","kind":"scripture","title":"5-18","content":"親鸞・覚如・蓮如上人方を特別な方として、とてもそれらの方と一味の信心になれぬ、と言う者がいるが、その間違いを『正信偈』のお言葉と「三大諍論」で正せ。\n◯凡聖逆謗斉廻入 ─┐\n　如衆水入海一味 ─┴─ の正信偈に反する。\n\n◯信心同異の諍論で破られている故に。","href":"/qa/5-18","号":5,"問番号":18,"問":"親鸞・覚如・蓮如上人方を特別な方として、とてもそれらの方と一味の信心になれぬ、と言う者がいるが、その間違いを『正信偈』のお言葉と「三大諍論」で正せ。","答":"◯凡聖逆謗斉廻入 ─┐\n　如衆水入海一味 ─┴─ 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le":"5-29","content":"「火の海かき分けても聞かねばならぬのが仏法だ」と教えられている親鸞聖人と蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯たとい大千世界に\n　みてらん火をもすぎゆきて\n　仏の御名をきくひとは\n　ながく不退にかなうなり　（浄土和讃）\n\n◯火の中を　分けても法は　聞くべきに\n　　雨風雪は　もののかずかは\n　　　　　　　　　　　　　（蓮如上人）","href":"/qa/5-29","号":5,"問番号":29,"問":"「火の海かき分けても聞かねばならぬのが仏法だ」と教えられている親鸞聖人と蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯たとい大千世界に\n　みてらん火をもすぎゆきて\n　仏の御名をきくひとは\n　ながく不退にかなうなり　（浄土和讃）\n\n◯火の中を　分けても法は　聞くべきに\n　　雨風雪は　もののかずかは\n　　　　　　　　　　　　　（蓮如上人）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["26","27","77"],"大喝id":["5","6","7","28","29","30","41","46","57","58","66"]},{"id":"5-3","globalId":"scripture:5-3","sortOrder":"000202","kind":"scripture","title":"5-3","content":"「罪悪の沙汰よりも、信心の沙汰をせよ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯罪の有る無しの沙汰をせんよりは、信心を取りたるか取らざるかの沙汰をいくたびもいくたびもよし。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/5-3","号":5,"問番号":3,"問":"「罪悪の沙汰よりも、信心の沙汰をせよ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯罪の有る無しの沙汰をせんよりは、信心を取りたるか取らざるかの沙汰をいくたびもいくたびもよし。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["13"]},{"id":"5-30","globalId":"scripture:5-30","sortOrder":"000229","kind":"scripture","title":"5-30","content":"「聴聞が最も大事である」と教えられた蓮如上人のお言葉と根拠を示せ。\n◯至りて堅きは石なり、至りて軟かなるは水なり、水よく石を穿つ。「心源もし徹しなば菩提の覚道何事か成ぜざらん」といえる古き詞あり。いかに不信なりとも聴聞を心に入れて申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり。只仏法は聴聞に極まることなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/5-30","号":5,"問番号":30,"問":"「聴聞が最も大事である」と教えられた蓮如上人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯至りて堅きは石なり、至りて軟かなるは水なり、水よく石を穿つ。「心源もし徹しなば菩提の覚道何事か成ぜざらん」といえる古き詞あり。いかに不信なりとも聴聞を心に入れて申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり。只仏法は聴聞に極まることなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["27","28"],"大喝id":["61"]},{"id":"5-31","globalId":"scripture:5-31","sortOrder":"000230","kind":"scripture","title":"5-31","content":"「世間の仕事をやめても聞かねばならぬのが仏法だ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯仏法には世間の隙を闕きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべき様に思う事浅ましきことなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/5-31","号":5,"問番号":31,"問":"「世間の仕事をやめても聞かねばならぬのが仏法だ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯仏法には世間の隙を闕きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべき様に思う事浅ましきことなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["9","26","27"],"大喝id":["8","31","37","38","46","66"]},{"id":"5-32","globalId":"scripture:5-32","sortOrder":"000231","kind":"scripture","title":"5-32","content":"「仏法は若き時に求めよ」と勧められた\n『蓮如上人御一代記聞書』のお言葉を書け。\n◯「若きとき仏法は嗜め」と候。「年よれば行歩も叶わず睡くもあるなり、ただ若きとき嗜め」と候。","href":"/qa/5-32","号":5,"問番号":32,"問":"「仏法は若き時に求めよ」と勧められた\n『蓮如上人御一代記聞書』のお言葉を書け。","答":"◯「若きとき仏法は嗜め」と候。「年よれば行歩も叶わず睡くもあるなり、ただ若きとき嗜め」と候。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-33","globalId":"scripture:5-33","sortOrder":"000232","kind":"scripture","title":"5-33","content":"「仏法は生きている時が勝負だ」と仰有った蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは定めて後悔のみにて候わんずるぞ、御心得あるべく候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/5-33","号":5,"問番号":33,"問":"「仏法は生きている時が勝負だ」と仰有った蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは定めて後悔のみにて候わんずるぞ、御心得あるべく候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["44","46"]},{"id":"5-34","globalId":"scripture:5-34","sortOrder":"000233","kind":"scripture","title":"5-34","content":"「後生の一大事は、どんな犠牲を払っても解決せねばならぬものである」と教えられた、存覚上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯仏法の為には身命をも捨て、財宝をも惜しむべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（持名鈔）","href":"/qa/5-34","号":5,"問番号":34,"問":"「後生の一大事は、どんな犠牲を払っても解決せねばならぬものである」と教えられた、存覚上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯仏法の為には身命をも捨て、財宝をも惜しむべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（持名鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["32","41","53","61"]},{"id":"5-35","globalId":"scripture:5-35","sortOrder":"000234","kind":"scripture","title":"5-35","content":"「五正行」とはどんなことか。誰の言われたことか。\n◯阿弥陀如来に向かっての正しい五つの行。\n\n◯善導大師","href":"/qa/5-35","号":5,"問番号":35,"問":"「五正行」とはどんなことか。誰の言われたことか。","答":"◯阿弥陀如来に向かっての正しい五つの行。\n\n◯善導大師","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["54"]},{"id":"5-36","globalId":"scripture:5-36","sortOrder":"000235","kind":"scripture","title":"5-36","content":"「正行」に五つあるが列記し、簡単な説明をせよ。\n(1)読誦正行 ─── 浄土三部経を読むこと\n(2)観察正行 ─── 阿弥陀如来と、その浄土を思い浮\n　　　　　　　　　かべること\n(3)礼拝正行 ─── 阿弥陀如来一仏を礼拝すること\n(4)称名正行 ─── 阿弥陀如来の御名（念仏）を称え\n　　　　　　　　　ること\n(5)讃嘆供養正行 ─ 阿弥陀如来一仏を誉め讃え、供養\n　　　　　　　　　すること","href":"/qa/5-36","号":5,"問番号":36,"問":"「正行」に五つあるが列記し、簡単な説明をせよ。","答":"(1)読誦正行 ─── 浄土三部経を読むこと\n(2)観察正行 ─── 阿弥陀如来と、その浄土を思い浮\n　　　　　　　　　かべること\n(3)礼拝正行 ─── 阿弥陀如来一仏を礼拝すること\n(4)称名正行 ─── 阿弥陀如来の御名（念仏）を称え\n　　　　　　　　　ること\n(5)讃嘆供養正行 ─ 阿弥陀如来一仏を誉め讃え、供養\n　　　　　　　　　すること","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-37","globalId":"scripture:5-37","sortOrder":"000236","kind":"scripture","title":"5-37","content":"「正業」と「助業」とを記せ。\n◯正業　──　称名正行\n\n◯助業　─┬　読誦正行\n　　　　　├　観察正行\n　　　　　├　礼拝正行\n　　　　　└　讃嘆供養正行","href":"/qa/5-37","号":5,"問番号":37,"問":"「正業」と「助業」とを記せ。","答":"◯正業　──　称名正行\n\n◯助業　─┬　読誦正行\n　　　　　├　観察正行\n　　　　　├　礼拝正行\n　　　　　└　讃嘆供養正行","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-38","globalId":"scripture:5-38","sortOrder":"000237","kind":"scripture","title":"5-38","content":"「雑行」に五つあるが列記し、簡単な説明をせよ。\n(1)読誦雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　 　 浄土三部経以外のお経を読む行為\n(2)観察雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　  　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　  　思い浮かべる行為\n(3)礼拝雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　  　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　　  礼拝する行為\n(4)称名雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　　　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神の\n　　　　　　　　　名を称える行為\n(5)讃嘆供養雑行 ─ 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　　　  阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　　　  誉めたり、供養したりする行為","href":"/qa/5-38","号":5,"問番号":38,"問":"「雑行」に五つあるが列記し、簡単な説明をせよ。","答":"(1)読誦雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　 　 浄土三部経以外のお経を読む行為\n(2)観察雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　  　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　  　思い浮かべる行為\n(3)礼拝雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　  　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　　  礼拝する行為\n(4)称名雑行 ─── 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　　　阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神の\n　　　　　　　　　名を称える行為\n(5)讃嘆供養雑行 ─ 後生の一大事を助かろうとして、\n　　　　　　　　　  阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を\n　　　　　　　　　  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,"href":"/qa/5-5","号":5,"問番号":5,"問":"浄土真宗の教えを漢字八字で示せ。略して何と言うか。","答":"◯信心正因　称名報恩\n\n◯信因称報","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-50","globalId":"scripture:5-50","sortOrder":"000249","kind":"scripture","title":"5-50","content":"阿弥陀如来に救い摂られた人の、善知識に対する心がけを教えられた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯金剛心をとりて候わん人は、よも師を謗り善知識を侮りなんどすることは候わじ。　\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/5-50","号":5,"問番号":50,"問":"阿弥陀如来に救い摂られた人の、善知識に対する心がけを教えられた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯金剛心をとりて候わん人は、よも師を謗り善知識を侮りなんどすることは候わじ。　\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-6","globalId":"scripture:5-6","sortOrder":"000205","kind":"scripture","title":"5-6","content":"阿弥陀如来に救い摂られてからの念仏は、報謝の行であることの根拠を『経典』と『正信偈』と『御文章』で示せ。\n◯乃至十念　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n\n◯唯能常称如来号　応報大悲弘誓恩　　（正信偈）\n\n◯その上の称名念仏は如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と心得べきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/5-6","号":5,"問番号":6,"問":"阿弥陀如来に救い摂られてからの念仏は、報謝の行であることの根拠を『経典』と『正信偈』と『御文章』で示せ。","答":"◯乃至十念　　　　　　　　　　（大無量寿経）\n\n◯唯能常称如来号　応報大悲弘誓恩　　（正信偈）\n\n◯その上の称名念仏は如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と心得べきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-7","globalId":"scripture:5-7","sortOrder":"000206","kind":"scripture","title":"5-7","content":"「自力の念仏」と「他力の念仏」の違いは、何で判定するか。\n◯信前は、みな自力の念仏。\n\n◯信後は、みな他力の念仏。","href":"/qa/5-7","号":5,"問番号":7,"問":"「自力の念仏」と「他力の念仏」の違いは、何で判定するか。","答":"◯信前は、みな自力の念仏。\n\n◯信後は、みな他力の念仏。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-8","globalId":"scripture:5-8","sortOrder":"000207","kind":"scripture","title":"5-8","content":"信心と念仏との関係を明示なされた、親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。\n◯真実の信心は必ず名号を具す、名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/5-8","号":5,"問番号":8,"問":"信心と念仏との関係を明示なされた、親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯真実の信心は必ず名号を具す、名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"5-9","globalId":"scripture:5-9","sortOrder":"000208","kind":"scripture","title":"5-9","content":"ただ念仏さえ称えていれば助かる、と信じている人たちの誤りを破られた、蓮如上人のお言葉を『御文章』三帖の御文で示せ。\n◯まず世間にいま流布して旨と勧むるところの念仏と申すは、ただ何の分別もなく南無阿弥陀仏とばかり称うれば皆助かるべきように思えり、それはおおきに覚束なきことなり。","href":"/qa/5-9","号":5,"問番号":9,"問":"ただ念仏さえ称えていれば助かる、と信じている人たちの誤りを破られた、蓮如上人のお言葉を『御文章』三帖の御文で示せ。","答":"◯まず世間にいま流布して旨と勧むるところの念仏と申すは、ただ何の分別もなく南無阿弥陀仏とばかり称うれば皆助かるべきように思えり、それはおおきに覚束なきことなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-1","globalId":"scripture:6-1","sortOrder":"000250","kind":"scripture","title":"6-1","content":"「我々の凡智で納得できなくても、ひたすら親鸞聖人の教えにしたがえば、必ず救われるのだ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯「我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも開山のめされ候ように御沙汰候」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/6-1","号":6,"問番号":1,"問":"「我々の凡智で納得できなくても、ひたすら親鸞聖人の教えにしたがえば、必ず救われるのだ」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯「我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも開山のめされ候ように御沙汰候」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-10","globalId":"scripture:6-10","sortOrder":"000259","kind":"scripture","title":"6-10","content":"「無上の信心獲得できるのは阿弥陀如来と釈尊のおかげである」と教えられた『ご和讃』と、その根拠をあげよ。\n◯釈迦弥陀は慈悲の父母\n　種々に善巧方便し\n　われらが無上の信心を\n　発起せしめたまいけり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/6-10","号":6,"問番号":10,"問":"「無上の信心獲得できるのは阿弥陀如来と釈尊のおかげである」と教えられた『ご和讃』と、その根拠をあげよ。","答":"◯釈迦弥陀は慈悲の父母\n　種々に善巧方便し\n　われらが無上の信心を\n　発起せしめたまいけり\n　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["67"]},{"id":"6-11","globalId":"scripture:6-11","sortOrder":"000260","kind":"scripture","title":"6-11","content":"仏法を曲げて教える者を「悪知識」と言うが、悪知識の大罪を説いた経典と、その御文を記せ。\n◯仏蔵経\n\n◯一盲衆盲を引いて以て火坑に堕つる。","href":"/qa/6-11","号":6,"問番号":11,"問":"仏法を曲げて教える者を「悪知識」と言うが、悪知識の大罪を説いた経典と、その御文を記せ。","答":"◯仏蔵経\n\n◯一盲衆盲を引いて以て火坑に堕つる。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-12","globalId":"scripture:6-12","sortOrder":"000261","kind":"scripture","title":"6-12","content":"仏教を教える立場の人を「知識」と言うが、その知識に「善知識」と「悪知識」のあることを教えられている根拠を、釈尊・善導大師・親鸞聖人・蓮如上人、これらの方によって示せ。\n◯経典 ──── 一盲衆盲を引いて以て火坑に堕つる。\n◯善導大師 ── 二河白道の譬で示す。\n◯親鸞聖人 ── 愚禿鈔に七知識を示す。\n◯蓮如上人 ── 御文章に五重の義で示す。","href":"/qa/6-12","号":6,"問番号":12,"問":"仏教を教える立場の人を「知識」と言うが、その知識に「善知識」と「悪知識」のあることを教えられている根拠を、釈尊・善導大師・親鸞聖人・蓮如上人、これらの方によって示せ。","答":"◯経典 ──── 一盲衆盲を引いて以て火坑に堕つる。\n◯善導大師 ── 二河白道の譬で示す。\n◯親鸞聖人 ── 愚禿鈔に七知識を示す。\n◯蓮如上人 ── 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の浅ましさよ、憎さよ。切り刻みても飽くかよ飽くかよ」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-24","globalId":"scripture:6-24","sortOrder":"000273","kind":"scripture","title":"6-24","content":"真実の仏法を伝える者の、常の覚悟を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯「まことに一人なりとも信をとるべきならば身を捨てよ、それはすたらぬ」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/6-24","号":6,"問番号":24,"問":"真実の仏法を伝える者の、常の覚悟を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯「まことに一人なりとも信をとるべきならば身を捨てよ、それはすたらぬ」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["45"]},{"id":"6-25","globalId":"scripture:6-25","sortOrder":"000274","kind":"scripture","title":"6-25","content":"「捨てもの」と「立てるもの」をハッキリ教えることを「廃立」と言うが、親鸞聖人の教えは「廃立」であることを名言された、親鸞聖人と覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯当流は廃立肝要なり。　　　　　（御遺言鈔）\n\n◯真宗の門においては幾度も廃立を先とせり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","href":"/qa/6-25","号":6,"問番号":25,"問":"「捨てもの」と「立てるもの」をハッキリ教えることを「廃立」と言うが、親鸞聖人の教えは「廃立」であることを名言された、親鸞聖人と覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯当流は廃立肝要なり。　　　　　（御遺言鈔）\n\n◯真宗の門においては幾度も廃立を先とせり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["64","73"],"大喝id":[]},{"id":"6-26","globalId":"scripture:6-26","sortOrder":"000275","kind":"scripture","title":"6-26","content":"「三重廃立」以外に親鸞聖人の教えはないが、その「三重廃立」を列記し、簡単な説明をせよ。\n(1)内外廃立 ─── 一切の仏教以外の宗教をすてて\n　　　　　　　  　  仏教を信じよ。\n(2)聖浄廃立 ─── 聖道門をすてて浄土門に入れ。\n(3)真仮廃立 ─── 浄土他流をすてて真宗に入れ。","href":"/qa/6-26","号":6,"問番号":26,"問":"「三重廃立」以外に親鸞聖人の教えはないが、その「三重廃立」を列記し、簡単な説明をせよ。","答":"(1)内外廃立 ─── 一切の仏教以外の宗教をすてて\n　　　　　　　  　  仏教を信じよ。\n(2)聖浄廃立 ─── 聖道門をすてて浄土門に入れ。\n(3)真仮廃立 ─── 浄土他流をすてて真宗に入れ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["96"],"大喝id":[]},{"id":"6-27","globalId":"scripture:6-27","sortOrder":"000276","kind":"scripture","title":"6-27","content":"仏教以外の全宗教は、人々を地獄へ堕とす邪教である、と断言されている釈尊のお言葉と、根拠をあげよ。\n◯世尊常に説きたまわく、\n「一切外学の九十五種（外道）は、皆悪道に趣く」。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","href":"/qa/6-27","号":6,"問番号":27,"問":"仏教以外の全宗教は、人々を地獄へ堕とす邪教である、と断言されている釈尊のお言葉と、根拠をあげよ。","答":"◯世尊常に説きたまわく、\n「一切外学の九十五種（外道）は、皆悪道に趣く」。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["35"]},{"id":"6-28","globalId":"scripture:6-28","sortOrder":"000277","kind":"scripture","title":"6-28","content":"次の問いに答えよ。\n(1)外道とは\n(2)諸宗とは\n(3)他流とは\n(4)他門とは\n(1)仏教以外の全宗教\n(2)浄土門以外の仏教の宗派\n(3)真宗以外の浄土門の宗派\n(4)真宗以外の信者","href":"/qa/6-28","号":6,"問番号":28,"問":"次の問いに答えよ。\n(1)外道とは\n(2)諸宗とは\n(3)他流とは\n(4)他門とは","答":"(1)仏教以外の全宗教\n(2)浄土門以外の仏教の宗派\n(3)真宗以外の浄土門の宗派\n(4)真宗以外の信者","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-29","globalId":"scripture:6-29","sortOrder":"000278","kind":"scripture","title":"6-29","content":"それが本当の仏教か否かを明らかにすることを「法論」と言うが、法論をする時の土俵は何か。\n◯一切経","href":"/qa/6-29","号":6,"問番号":29,"問":"それが本当の仏教か否かを明らかにすることを「法論」と言うが、法論をする時の土俵は何か。","答":"◯一切経","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-3","globalId":"scripture:6-3","sortOrder":"000252","kind":"scripture","title":"6-3","content":"「二河白道の譬」は誰が創られたものか。何を教えんがために説かれたものか。\n◯善導大師\n\n◯信心獲得するまでの求道の道程を示すため。","href":"/qa/6-3","号":6,"問番号":3,"問":"「二河白道の譬」は誰が創られたものか。何を教えんがために説かれたものか。","答":"◯善導大師\n\n◯信心獲得するまでの求道の道程を示すため。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-30","globalId":"scripture:6-30","sortOrder":"000279","kind":"scripture","title":"6-30","content":"仏教は唯一絶対の宗教だと断言されている聖徳太子のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり、すなわち四生の終帰・万国の極宗なり。何の世・何の人かこの法を貴ばざる。それ三宝に帰せずしては、何を以てかまがれるを直らせん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（十七条憲法）","href":"/qa/6-30","号":6,"問番号":30,"問":"仏教は唯一絶対の宗教だと断言されている聖徳太子のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり、すなわち四生の終帰・万国の極宗なり。何の世・何の人かこの法を貴ばざる。それ三宝に帰せずしては、何を以てかまがれるを直らせん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（十七条憲法）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-31","globalId":"scripture:6-31","sortOrder":"000280","kind":"scripture","title":"6-31","content":"日の善悪などを問題にする迷信を破られた、経典の御文と根拠を示せ。\n◯如来の法のなかに吉日・良辰をえらぶことなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","href":"/qa/6-31","号":6,"問番号":31,"問":"日の善悪などを問題にする迷信を破られた、経典の御文と根拠を示せ。","答":"◯如来の法のなかに吉日・良辰をえらぶことなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（涅槃経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-32","globalId":"scripture:6-32","sortOrder":"000281","kind":"scripture","title":"6-32","content":"仏教以外の全宗教は、人々を迷わす邪教だ、と仰有っている親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。\n◯九十五種世をけがす\n　唯仏一道きよくます\n　菩提に出到してのみぞ\n　火宅の利益は自然なる\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/6-32","号":6,"問番号":32,"問":"仏教以外の全宗教は、人々を迷わす邪教だ、と仰有っている親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を書け。","答":"◯九十五種世をけがす\n　唯仏一道きよくます\n　菩提に出到してのみぞ\n　火宅の利益は自然なる\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-33","globalId":"scripture:6-33","sortOrder":"000282","kind":"scripture","title":"6-33","content":"死んだ人間や畜生の霊を神としているのを、仏教では「鬼神」と言うが、そんな鬼神を尊敬している者達を悲しまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。\n◯かなしきかなやこのごろの　和国の道俗みなともに\n　仏教の威儀をもととして　天地の鬼神を尊敬す\n\n◯五濁増のしるしには　この世の道俗ことごとく\n　外儀は仏教のすがたにて　内心外道を帰敬せり","href":"/qa/6-33","号":6,"問番号":33,"問":"死んだ人間や畜生の霊を神としているのを、仏教では「鬼神」と言うが、そんな鬼神を尊敬している者達を悲しまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。","答":"◯かなしきかなやこのごろの　和国の道俗みなともに\n　仏教の威儀をもととして　天地の鬼神を尊敬す\n\n◯五濁増のしるしには　この世の道俗ことごとく\n　外儀は仏教のすがたにて　内心外道を帰敬せり","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["86"],"大喝id":[]},{"id":"6-34","globalId":"scripture:6-34","sortOrder":"000283","kind":"scripture","title":"6-34","content":"鬼神を祀る者達を悲しまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。\n◯かなしきかなや道俗の　良時吉日えらばしめ\n　天神地祇をあがめつつ　卜占祭祀つとめとす\n\n◯外道梵士尼乾志に　こころはかわらぬものとして\n　如来の法衣をつねにきて　一切鬼神をあがむめり","href":"/qa/6-34","号":6,"問番号":34,"問":"鬼神を祀る者達を悲しまれた親鸞聖人の『ご和讃』二首を記せ。","答":"◯かなしきかなや道俗の　良時吉日えらばしめ\n　天神地祇をあがめつつ　卜占祭祀つとめとす\n\n◯外道梵士尼乾志に　こころはかわらぬものとして\n　如来の法衣をつねにきて　一切鬼神をあがむめり","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-35","globalId":"scripture:6-35","sortOrder":"000284","kind":"scripture","title":"6-35","content":"仏教以外の全宗教を外道と言うが、外道を信じている者は、みな無間地獄に堕つると言われている蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯更に仏法にてはなし、あさましき外道の法なり。これを信ずる者は永く無間地獄に沈むべき業にて徒事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/6-35","号":6,"問番号":35,"問":"仏教以外の全宗教を外道と言うが、外道を信じている者は、みな無間地獄に堕つると言われている蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯更に仏法にてはなし、あさましき外道の法なり。これを信ずる者は永く無間地獄に沈むべき業にて徒事なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["102"],"大喝id":["35"]},{"id":"6-36","globalId":"scripture:6-36","sortOrder":"000285","kind":"scripture","title":"6-36","content":"親鸞学徒以外の人達を見て、蓮如上人は悲しんで何と言われているか。その根拠も示せ。\n◯「あれ程の多き人ども地獄へ堕つべしと不便に思召し候」。また「その中に御門徒の人は仏になるべし」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/6-36","号":6,"問番号":36,"問":"親鸞学徒以外の人達を見て、蓮如上人は悲しんで何と言われているか。その根拠も示せ。","答":"◯「あれ程の多き人ども地獄へ堕つべしと不便に思召し候」。また「その中に御門徒の人は仏になるべし」と仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-37","globalId":"scripture:6-37","sortOrder":"000286","kind":"scripture","title":"6-37","content":"神に仕えた者の恐ろしい結果を教えられた経文を書け。\n◯一度、神を拝んだ者は、五百生の蛇身を受け、現世に福報は更に来たらずして、後生は必ず三悪道に堕す。","href":"/qa/6-37","号":6,"問番号":37,"問":"神に仕えた者の恐ろしい結果を教えられた経文を書け。","答":"◯一度、神を拝んだ者は、五百生の蛇身を受け、現世に福報は更に来たらずして、後生は必ず三悪道に堕す。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-38","globalId":"scripture:6-38","sortOrder":"000287","kind":"scripture","title":"6-38","content":"阿弥陀如来以外、絶対に信じたり、礼拝してはならぬと誡められた親鸞聖人のお言葉と根拠を三ヵ所あげよ。\n◯聖道・外道におもむきて余行を修し余仏を念ず、吉日・良辰をえらび、占相・祭祀をこのむものなり、これは外道なり、これはひとえに自力をたのむものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）\n\n◯一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）\n\n◯今の行者、錯って観音勢至につかうることなかれ、ただちに本仏をあおぐべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）","href":"/qa/6-38","号":6,"問番号":38,"問":"阿弥陀如来以外、絶対に信じたり、礼拝してはならぬと誡められた親鸞聖人のお言葉と根拠を三ヵ所あげよ。","答":"◯聖道・外道におもむきて余行を修し余仏を念ず、吉日・良辰をえらび、占相・祭祀をこのむものなり、これは外道なり、これはひとえに自力をたのむものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）\n\n◯一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）\n\n◯今の行者、錯って観音勢至につかうることなかれ、ただちに本仏をあおぐべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御伝鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["66","90","103"],"大喝id":[]},{"id":"6-39","globalId":"scripture:6-39","sortOrder":"000288","kind":"scripture","title":"6-39","content":"「本師本仏の阿弥陀如来に救い摂られる以外、我々の助かる道は絶対にないのだ」と断定されている蓮如上人のお言葉と、根拠を二ヵ所示せ。\n◯この如来を一筋にたのみたてまつらずば、末代の凡夫、極楽に往生する道、二つも三つもあるべからざるものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n\n◯その外には何れの法を信ずというとも、後生の助かるということ、ゆめゆめあるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/6-39","号":6,"問番号":39,"問":"「本師本仏の阿弥陀如来に救い摂られる以外、我々の助かる道は絶対にないのだ」と断定されている蓮如上人のお言葉と、根拠を二ヵ所示せ。","答":"◯この如来を一筋にたのみたてまつらずば、末代の凡夫、極楽に往生する道、二つも三つもあるべからざるものなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n\n◯その外には何れの法を信ずというとも、後生の助かるということ、ゆめゆめあるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["12"],"大喝id":["16"]},{"id":"6-4","globalId":"scripture:6-4","sortOrder":"000253","kind":"scripture","title":"6-4","content":"「二河白道の譬」について、次の問いに答えよ。\n(1)　彼岸とは\n(2)　此岸とは\n(3)　白道とは\n(4)　群賊悪獣とは\n(5)　火の河とは\n(6)　水の河とは\n(7)　西に向かって、とは\n(1)　弥陀の浄土\n(2)　娑婆世界\n(3)　求道心・信心\n(4)　求道聞法をさまたげるすべて\n(5)　怒りの心\n(6)　欲の心\n(7)　幸福を求めて","href":"/qa/6-4","号":6,"問番号":4,"問":"「二河白道の譬」について、次の問いに答えよ。\n(1)　彼岸とは\n(2)　此岸とは\n(3)　白道とは\n(4)　群賊悪獣とは\n(5)　火の河とは\n(6)　水の河とは\n(7)　西に向かって、とは","答":"(1)　弥陀の浄土\n(2)　娑婆世界\n(3)　求道心・信心\n(4)　求道聞法をさまたげるすべて\n(5)　怒りの心\n(6)　欲の心\n(7)　幸福を求めて","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-40","globalId":"scripture:6-40","sortOrder":"000289","kind":"scripture","title":"6-40","content":"「一向専念無量寿仏」のことを、蓮如上人はどんなお言葉で教えておられるか。その根拠も示せ。\n◯一心一向というは、阿弥陀仏に於て、二仏をならべざる意なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/6-40","号":6,"問番号":40,"問":"「一向専念無量寿仏」のことを、蓮如上人はどんなお言葉で教えておられるか。その根拠も示せ。","答":"◯一心一向というは、阿弥陀仏に於て、二仏をならべざる意なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["40"]},{"id":"6-41","globalId":"scripture:6-41","sortOrder":"000290","kind":"scripture","title":"6-41","content":"蓮如上人の「一向専念無量寿仏」を強調されたお言葉と、根拠を示せ。\n◯信心といえるその相はいかようなることぞと言えば、まず、もろもろの雑行をさしおきて一向に弥陀如来をたのみたてまつりて自余の一切の諸神・諸仏等にもこころをかけず、一心に専ら弥陀に帰命せば、如来は光明をもってその身を摂取して捨てたまうべからず。これすなわちわれらが一念の信心決定したる相なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/6-41","号":6,"問番号":41,"問":"蓮如上人の「一向専念無量寿仏」を強調されたお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯信心といえるその相はいかようなることぞと言えば、まず、もろもろの雑行をさしおきて一向に弥陀如来をたのみたてまつりて自余の一切の諸神・諸仏等にもこころをかけず、一心に専ら弥陀に帰命せば、如来は光明をもってその身を摂取して捨てたまうべからず。これすなわちわれらが一念の信心決定したる相なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-42","globalId":"scripture:6-42","sortOrder":"000291","kind":"scripture","title":"6-42","content":"親鸞聖人が如何に雑行を嫌われたか。蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御文章一帖）","href":"/qa/6-42","号":6,"問番号":42,"問":"親鸞聖人が如何に雑行を嫌われたか。蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯されば自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらびたまう。この故に真実報土の往生を遂ぐるなり。この謂あるが故に、別して真の字を入れたまうなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御文章一帖）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-43","globalId":"scripture:6-43","sortOrder":"000292","kind":"scripture","title":"6-43","content":"蓮如上人が外道、邪宗、他流の本尊を風呂で焼かれた、という根拠をお聖教で示せ。\n◯あまた御流に背き候本尊以下、御風呂の度毎に焼かせられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/6-43","号":6,"問番号":43,"問":"蓮如上人が外道、邪宗、他流の本尊を風呂で焼かれた、という根拠をお聖教で示せ。","答":"◯あまた御流に背き候本尊以下、御風呂の度毎に焼かせられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-44","globalId":"scripture:6-44","sortOrder":"000293","kind":"scripture","title":"6-44","content":"蓮如上人が、神を信じている者達を悲しまれたお言葉と、根拠を示せ。\n◯後生をば弥陀をたのみ、今生をば諸神をたのむべきように思う者あり、あさましきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（空善記）","href":"/qa/6-44","号":6,"問番号":44,"問":"蓮如上人が、神を信じている者達を悲しまれたお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯後生をば弥陀をたのみ、今生をば諸神をたのむべきように思う者あり、あさましきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（空善記）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["36"]},{"id":"6-45","globalId":"scripture:6-45","sortOrder":"000294","kind":"scripture","title":"6-45","content":"蓮如上人が時折、余仏・菩薩・諸神をおろそかにしてはならぬと言われたのは、どんな意味でか。\n◯これらのものは、阿弥陀如来の本願を勧め、その行者を守ることをもって本意とするものである。\n\n◯この本旨にかなった余仏・菩薩・諸神はおろそかにするなということ。\n\n◯しかしこのようなものは現実にはない。","href":"/qa/6-45","号":6,"問番号":45,"問":"蓮如上人が時折、余仏・菩薩・諸神をおろそかにしてはならぬと言われたのは、どんな意味でか。","答":"◯これらのものは、阿弥陀如来の本願を勧め、その行者を守ることをもって本意とするものである。\n\n◯この本旨にかなった余仏・菩薩・諸神はおろそかにするなということ。\n\n◯しかしこのようなものは現実にはない。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-46","globalId":"scripture:6-46","sortOrder":"000295","kind":"scripture","title":"6-46","content":"余仏・菩薩・諸神を礼拝してはいけない、と言われているのはなぜか。その理由を述べよ。\n◯これらのものは、阿弥陀如来の本願を勧め、その行者を守ることをもって本意とするものである。\n\n◯然るに、このような意味で諸仏・菩薩・諸神をあがめて安置しているものは、どこにも見当たらぬ。みな現世利益か、自力廻向か、自力修行のために崇めているものばかりである。","href":"/qa/6-46","号":6,"問番号":46,"問":"余仏・菩薩・諸神を礼拝してはいけない、と言われているのはなぜか。その理由を述べよ。","答":"◯これらのものは、阿弥陀如来の本願を勧め、その行者を守ることをもって本意とするものである。\n\n◯然るに、このような意味で諸仏・菩薩・諸神をあがめて安置しているものは、どこにも見当たらぬ。みな現世利益か、自力廻向か、自力修行のために崇めているものばかりである。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-47","globalId":"scripture:6-47","sortOrder":"000296","kind":"scripture","title":"6-47","content":"阿弥陀如来をほむれば、そのまま諸仏をほむることになると教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を示せ。\n◯弥陀の浄土に帰しぬれば\n　すなわち諸仏に帰するなり\n　一心をもちて一仏を\n　ほむるは無碍人をほむるなり\n　　　　　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/6-47","号":6,"問番号":47,"問":"阿弥陀如来をほむれば、そのまま諸仏をほむることになると教えられた親鸞聖人の『ご和讃』と根拠を示せ。","答":"◯弥陀の浄土に帰しぬれば\n　すなわち諸仏に帰するなり\n　一心をもちて一仏を\n　ほむるは無碍人をほむるなり\n　　　　　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-48","globalId":"scripture:6-48","sortOrder":"000297","kind":"scripture","title":"6-48","content":"仏教では、釈尊が御入滅（死亡）なされた後を三つに分けて「三時」と言われるが、その三時を記し、簡単な意味と、説かれている経典の根拠を示せ。\n◯大集経、その他多くの経典。\n(1)正法　──　釈尊死後五百年。\n(2)像法　──　正法の時機終ってから一千年。\n(3)末法　──　像法の時機終ってから一万年。\n(4)法滅　──　末法一万年の後、無窮。","href":"/qa/6-48","号":6,"問番号":48,"問":"仏教では、釈尊が御入滅（死亡）なされた後を三つに分けて「三時」と言われるが、その三時を記し、簡単な意味と、説かれている経典の根拠を示せ。","答":"◯大集経、その他多くの経典。\n(1)正法　──　釈尊死後五百年。\n(2)像法　──　正法の時機終ってから一千年。\n(3)末法　──　像法の時機終ってから一万年。\n(4)法滅　──　末法一万年の後、無窮。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-49","globalId":"scripture:6-49","sortOrder":"000298","kind":"scripture","title":"6-49","content":"聖道仏教と言われるもので、現在もある宗派の名を五つ以上あげよ。\n◯天台宗\n◯真言宗\n◯禅　宗\n◯華厳宗\n◯法相宗","href":"/qa/6-49","号":6,"問番号":49,"問":"聖道仏教と言われるもので、現在もある宗派の名を五つ以上あげよ。","答":"◯天台宗\n◯真言宗\n◯禅　宗\n◯華厳宗\n◯法相宗","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-5","globalId":"scripture:6-5","sortOrder":"000254","kind":"scripture","title":"6-5","content":"三定死の時のお言葉を書け。\n◯自ら思念すらく「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん、一種として死を免れず」。","href":"/qa/6-5","号":6,"問番号":5,"問":"三定死の時のお言葉を書け。","答":"◯自ら思念すらく「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん、一種として死を免れず」。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["93"],"大喝id":["64"]},{"id":"6-50","globalId":"scripture:6-50","sortOrder":"000299","kind":"scripture","title":"6-50","content":"伝教・弘法・道元・日蓮を開祖とする宗派の名、それらが死んだ年を記せ。\n◯伝教　──　天台宗　──　５６才\n◯弘法　──　真言宗　──　６２才\n◯道元　──　禅　宗　──　５４才\n◯日蓮　──　日蓮宗　──　６１才","href":"/qa/6-50","号":6,"問番号":50,"問":"伝教・弘法・道元・日蓮を開祖とする宗派の名、それらが死んだ年を記せ。","答":"◯伝教　──　天台宗　──　５６才\n◯弘法　──　真言宗　──　６２才\n◯道元　──　禅　宗　──　５４才\n◯日蓮　──　日蓮宗　──　６１才","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"6-6","globalId":"scripture:6-6","sortOrder":"000255","kind":"scripture","title":"6-6","content":"どんな時の行者に、西岸上からの呼び声が聞こえたか。その時の呼び声を書け。\n◯水火の難に堕することを畏れている行者に。\n\n◯汝一心正念にして直に来れ、我能く汝を護らん、衆て水火の難に堕することを畏れざれ。","href":"/qa/6-6","号":6,"問番号":6,"問":"どんな時の行者に、西岸上からの呼び声が聞こえたか。その時の呼び声を書け。","答":"◯水火の難に堕することを畏れている行者に。\n\n◯汝一心正念にして直に来れ、我能く汝を護らん、衆て水火の難に堕することを畏れざれ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["18"],"大喝id":["9"]},{"id":"6-7","globalId":"scripture:6-7","sortOrder":"000256","kind":"scripture","title":"6-7","content":"二河白道の西岸上の呼び声を、本願の御文と対比せよ。\n汝　　─────　十方衆生\n一心　─────　至心・信楽・欲生\n正念　─────　乃至十念\n直来　─────　若不生者\n護汝　─────　不取正覚\n不畏（慈悲） ──　唯除（智慧）","href":"/qa/6-7","号":6,"問番号":7,"問":"二河白道の西岸上の呼び声を、本願の御文と対比せよ。","答":"汝　　─────　十方衆生\n一心　─────　至心・信楽・欲生\n正念　─────　乃至十念\n直来　─────　若不生者\n護汝　─────　不取正覚\n不畏（慈悲） 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に、十方の衆生、菩提心を発し、諸の功徳を修し、至心に発願して、我が国に生れんと欲わん。寿終るの時に臨みて仮令大衆と囲繞してその人の前に現ぜずは、正覚を取らじ。\n\n◯修諸功徳の願、または至心発願の願と言う。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["91"],"大喝id":[]},{"id":"7-19","globalId":"scripture:7-19","sortOrder":"000318","kind":"scripture","title":"7-19","content":"阿弥陀如来が十九願を建てられた御意を教えられた『ご和讃』二首を示せ。\n◯至心発願欲生と　十方衆生を方便し\n　衆善の仮門ひらきてぞ　現其人前と願じける\n\n◯釈迦は要門ひらきつつ　定散諸機をこしらえて\n　正雑二行方便し　ひとえに専修をすすめしむ","href":"/qa/7-19","号":7,"問番号":19,"問":"阿弥陀如来が十九願を建てられた御意を教えられた『ご和讃』二首を示せ。","答":"◯至心発願欲生と　十方衆生を方便し\n　衆善の仮門ひらきてぞ　現其人前と願じける\n\n◯釈迦は要門ひらきつつ　定散諸機をこしらえて\n　正雑二行方便し　ひとえに専修をすすめしむ","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-2","globalId":"scripture:7-2","sortOrder":"000301","kind":"scripture","title":"7-2","content":"末法になると、『法華経』の教えなどでは助からんようになる、と釈尊が明言されていることを、親鸞聖人の『ご和讃』二首で示せ。\n◯末法五濁の衆生は　聖道の修行せしむとも\n　ひとりも証をえじとこそ　教主世尊はときたまえ\n\n◯大集経にときたまう　この世は第五の五百年\n　闘諍堅固なるゆえに　白法隠滞したまえり","href":"/qa/7-2","号":7,"問番号":2,"問":"末法になると、『法華経』の教えなどでは助からんようになる、と釈尊が明言されていることを、親鸞聖人の『ご和讃』二首で示せ。","答":"◯末法五濁の衆生は　聖道の修行せしむとも\n　ひとりも証をえじとこそ　教主世尊はときたまえ\n\n◯大集経にときたまう　この世は第五の五百年\n　闘諍堅固なるゆえに　白法隠滞したまえり","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-20","globalId":"scripture:7-20","sortOrder":"000319","kind":"scripture","title":"7-20","content":"阿弥陀如来の四十八願の中の「二十願文」を書け。この願をまた、何と言うか。\n◯設い我仏を得んに、十方の衆生、我が名号を聞き、念を我が国に係けて諸の徳本を植え、至心に廻向して我が国に生れんと欲わんに、果遂せずば、正覚を取らじ。\n\n◯植諸徳本の願、または至心廻向の願と言う。","href":"/qa/7-20","号":7,"問番号":20,"問":"阿弥陀如来の四十八願の中の「二十願文」を書け。この願をまた、何と言うか。","答":"◯設い我仏を得んに、十方の衆生、我が名号を聞き、念を我が国に係けて諸の徳本を植え、至心に廻向して我が国に生れんと欲わんに、果遂せずば、正覚を取らじ。\n\n◯植諸徳本の願、または至心廻向の願と言う。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-21","globalId":"scripture:7-21","sortOrder":"000320","kind":"scripture","title":"7-21","content":"化土へゆくには三条件揃わねばならぬが、何かを示せ。\n◯日課何万遍の念仏行\n◯正念往生\n◯臨終来迎","href":"/qa/7-21","号":7,"問番号":21,"問":"化土へゆくには三条件揃わねばならぬが、何かを示せ。","答":"◯日課何万遍の念仏行\n◯正念往生\n◯臨終来迎","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-22","globalId":"scripture:7-22","sortOrder":"000321","kind":"scripture","title":"7-22","content":"「阿弥陀如来の本願に、真実と方便の両願がある」と断言された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯願海に就きて、真有り仮有り。\n　　　　　　　　　（教行信証真仏土巻）","href":"/qa/7-22","号":7,"問番号":22,"問":"「阿弥陀如来の本願に、真実と方便の両願がある」と断言された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯願海に就きて、真有り仮有り。\n　　　　　　　　　（教行信証真仏土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["47","76"],"大喝id":["67"]},{"id":"7-23","globalId":"scripture:7-23","sortOrder":"000322","kind":"scripture","title":"7-23","content":"阿弥陀如来の十八・十九・二十の三願に、「随自意の願」と「随他意の願」があるが、その意味と、違いを示せ。\n◯十八願━━随自意の願（阿弥陀仏が本心を誓われた願）\n\n◯十九願┓\n◯二十願┻━随他意の願（本心ではないが、導くために、\n　　　　　　　　　　　衆生の心に随って建てられた願）","href":"/qa/7-23","号":7,"問番号":23,"問":"阿弥陀如来の十八・十九・二十の三願に、「随自意の願」と「随他意の願」があるが、その意味と、違いを示せ。","答":"◯十八願━━随自意の願（阿弥陀仏が本心を誓われた願）\n\n◯十九願┓\n◯二十願┻━随他意の願（本心ではないが、導くために、\n　　　　　　　　　　　衆生の心に随って建てられた願）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-24","globalId":"scripture:7-24","sortOrder":"000323","kind":"scripture","title":"7-24","content":"親鸞聖人が、三仏・三願・三経・三機と言われるものを示せ。\n　三仏　　　　　  三願　　　  三経　　　　　  三機\n◯阿弥陀仏 ── 十八願 ── 大無量寿経 ── 正定聚\n◯三世諸仏 ── 二十願 ── 阿弥陀経 ─── 不定聚\n◯釈迦仏 ─── 十九願 ── 観無量寿経 ── 邪定聚","href":"/qa/7-24","号":7,"問番号":24,"問":"親鸞聖人が、三仏・三願・三経・三機と言われるものを示せ。","答":"　三仏　　　　　  三願　　　  三経　　　　　  三機\n◯阿弥陀仏 ── 十八願 ── 大無量寿経 ── 正定聚\n◯三世諸仏 ── 二十願 ── 阿弥陀経 ─── 不定聚\n◯釈迦仏 ─── 十九願 ── 観無量寿経 ── 邪定聚","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["47"],"大喝id":[]},{"id":"7-25","globalId":"scripture:7-25","sortOrder":"000324","kind":"scripture","title":"7-25","content":"称名念仏に三通りあるのを示せ。\n◯万行随一の念仏 ── 十九願 ── 観無量寿経\n◯万行超過の念仏 ── 二十願 ── 阿弥陀経\n◯自然法爾の念仏 ── 十八願 ── 大無量寿経","href":"/qa/7-25","号":7,"問番号":25,"問":"称名念仏に三通りあるのを示せ。","答":"◯万行随一の念仏 ── 十九願 ── 観無量寿経\n◯万行超過の念仏 ── 二十願 ── 阿弥陀経\n◯自然法爾の念仏 ── 十八願 ── 大無量寿経","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["61"],"大喝id":[]},{"id":"7-26","globalId":"scripture:7-26","sortOrder":"000325","kind":"scripture","title":"7-26","content":"信仰が進むと必ず出てくる「信罪福心」とは、どんな心か。\n◯罪はおそろしいから出てくるな、\n　福は有り難いから出てこいよという心。","href":"/qa/7-26","号":7,"問番号":26,"問":"信仰が進むと必ず出てくる「信罪福心」とは、どんな心か。","答":"◯罪はおそろしいから出てくるな、\n　福は有り難いから出てこいよという心。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["72"],"大喝id":[]},{"id":"7-27","globalId":"scripture:7-27","sortOrder":"000326","kind":"scripture","title":"7-27","content":"「一切の自力を捨てて、他力に帰せよ」これ以外に親鸞聖人の教えはないと、断言されている覚如上人のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯今の真宗においては、専ら自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致とする。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","href":"/qa/7-27","号":7,"問番号":27,"問":"「一切の自力を捨てて、他力に帰せよ」これ以外に親鸞聖人の教えはないと、断言されている覚如上人のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯今の真宗においては、専ら自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致とする。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（改邪鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-28","globalId":"scripture:7-28","sortOrder":"000327","kind":"scripture","title":"7-28","content":"「身口意の三業を善くして助かろうとする心を、自力と言うのだ」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯身・口・意の乱心を繕い、めでとうしなして浄土へ往生せんと思うを自力と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/7-28","号":7,"問番号":28,"問":"「身口意の三業を善くして助かろうとする心を、自力と言うのだ」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯身・口・意の乱心を繕い、めでとうしなして浄土へ往生せんと思うを自力と申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-29","globalId":"scripture:7-29","sortOrder":"000328","kind":"scripture","title":"7-29","content":"真実と方便の違いを知らないから助からないのだ、と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯真・仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す。\n　　　　　　　　　　　　　（教行信証真仏土巻）","href":"/qa/7-29","号":7,"問番号":29,"問":"真実と方便の違いを知らないから助からないのだ、と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯真・仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す。\n　　　　　　　　　　　　　（教行信証真仏土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["47","55"],"大喝id":["67"]},{"id":"7-3","globalId":"scripture:7-3","sortOrder":"000302","kind":"scripture","title":"7-3","content":"聖道仏教は方便であり、助からない教えだ、と言われた親鸞聖人の『ご和讃』二首書け。\n◯聖道権仮の方便に　衆生ひさしくとどまりて\n　諸有に流転の身とぞなる　悲願の一乗帰命せよ\n\n◯自力聖道の菩提心　こころもことばもおよばれず\n　常没流転の凡愚は　いかでか発起せしむべき","href":"/qa/7-3","号":7,"問番号":3,"問":"聖道仏教は方便であり、助からない教えだ、と言われた親鸞聖人の『ご和讃』二首書け。","答":"◯聖道権仮の方便に　衆生ひさしくとどまりて\n　諸有に流転の身とぞなる　悲願の一乗帰命せよ\n\n◯自力聖道の菩提心　こころもことばもおよばれず\n　常没流転の凡愚は　いかでか発起せしむべき","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["76"],"大喝id":[]},{"id":"7-30","globalId":"scripture:7-30","sortOrder":"000329","kind":"scripture","title":"7-30","content":"『領解文』を書け。\n◯もろもろの雑行・雑修・自力の心をふり捨てて一心に「阿弥陀如来われらが今度の一大事の後生御たすけ候え」とたのみ申して候。たのむ一念のとき、往生一定・御たすけ治定とぞんじ、この上の称名は、御恩報謝と存じよろこび申し候。この御ことわり聴聞申しわけ候こと、御開山聖人御出世の御恩・次第相承の善知識の浅からざる御勧化の御恩と、有難くぞんじ候。この上は定めおかせらるる御掟、一期をかぎりまもり申すべく候。","href":"/qa/7-30","号":7,"問番号":30,"問":"『領解文』を書け。","答":"◯もろもろの雑行・雑修・自力の心をふり捨てて一心に「阿弥陀如来われらが今度の一大事の後生御たすけ候え」とたのみ申して候。たのむ一念のとき、往生一定・御たすけ治定とぞんじ、この上の称名は、御恩報謝と存じよろこび申し候。この御ことわり聴聞申しわけ候こと、御開山聖人御出世の御恩・次第相承の善知識の浅からざる御勧化の御恩と、有難くぞんじ候。この上は定めおかせらるる御掟、一期をかぎりまもり申すべく候。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["35","64","68","67-2"],"大喝id":[]},{"id":"7-31","globalId":"scripture:7-31","sortOrder":"000330","kind":"scripture","title":"7-31","content":"信心のことを安心とも言うが、「異安心」とはどんなことか。\n◯異なった安心を言う。誰の安心と異なったものかと言えば、親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人、この三方の信心は一味だから、これらの方の信心と異なるものを異安心と言う。","href":"/qa/7-31","号":7,"問番号":31,"問":"信心のことを安心とも言うが、「異安心」とはどんなことか。","答":"◯異なった安心を言う。誰の安心と異なったものかと言えば、親鸞聖人・覚如上人・蓮如上人、この三方の信心は一味だから、これらの方の信心と異なるものを異安心と言う。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-32","globalId":"scripture:7-32","sortOrder":"000331","kind":"scripture","title":"7-32","content":"異安心の名を十あげよ。\n◯十劫安心　　｜　○一念覚知\n◯称名正因　　｜　○一念邪義\n◯土蔵秘事　　｜　○地獄秘事\n◯法体づのり　｜　○善知識だのみ\n◯機決定　　　｜　○疑心往生","href":"/qa/7-32","号":7,"問番号":32,"問":"異安心の名を十あげよ。","答":"◯十劫安心　　｜　○一念覚知\n◯称名正因　　｜　○一念邪義\n◯土蔵秘事　　｜　○地獄秘事\n◯法体づのり　｜　○善知識だのみ\n◯機決定　　　｜　○疑心往生","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-33","globalId":"scripture:7-33","sortOrder":"000332","kind":"scripture","title":"7-33","content":"十劫安心とはどんな異安心か。何をどう間違ったものか、喩えで示せ。\n◯十劫の昔にすでに我々は助かってしまっているのだから、今さら求めることも聞き歩くこともいらぬと言う人達のこと。\n\n◯薬のでき上がったのを、病気の治ったことと早合点した間違い。薬ができていても飲まねば病気は治らない。\n　（こんなことさえ判らぬ人達）","href":"/qa/7-33","号":7,"問番号":33,"問":"十劫安心とはどんな異安心か。何をどう間違ったものか、喩えで示せ。","答":"◯十劫の昔にすでに我々は助かってしまっているのだから、今さら求めることも聞き歩くこともいらぬと言う人達のこと。\n\n◯薬のでき上がったのを、病気の治ったことと早合点した間違い。薬ができていても飲まねば病気は治らない。\n　（こんなことさえ判らぬ人達）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-34","globalId":"scripture:7-34","sortOrder":"000333","kind":"scripture","title":"7-34","content":"十劫安心を破邪なされた蓮如上人のお言葉と、根拠を書け。\n◯「十劫正覚の初より、我等が往生を、弥陀如来の定めましましたまえることを忘れぬが、すなわち信心のすがたなり」といえり。これ、さらに弥陀に帰命して、他力の信心を獲たる分はなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/7-34","号":7,"問番号":34,"問":"十劫安心を破邪なされた蓮如上人のお言葉と、根拠を書け。","答":"◯「十劫正覚の初より、我等が往生を、弥陀如来の定めましましたまえることを忘れぬが、すなわち信心のすがたなり」といえり。これ、さらに弥陀に帰命して、他力の信心を獲たる分はなし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-35","globalId":"scripture:7-35","sortOrder":"000334","kind":"scripture","title":"7-35","content":"大慈悲と小慈悲の違いを三つ示せ。\n◯相続しない　　　──┐\n◯狭い相手にしか　　　│\n　かからぬ慈悲　　──┼── 大慈悲はこの反対\n◯盲目の慈悲である　─┘","href":"/qa/7-35","号":7,"問番号":35,"問":"大慈悲と小慈悲の違いを三つ示せ。","答":"◯相続しない　　　──┐\n◯狭い相手にしか　　　│\n　かからぬ慈悲　　──┼── 大慈悲はこの反対\n◯盲目の慈悲である　─┘","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-36","globalId":"scripture:7-36","sortOrder":"000335","kind":"scripture","title":"7-36","content":"阿弥陀如来の慈悲をこの世の母親の慈悲にたとえ、我々を赤ちゃんにたとえるのは、なぜ危険か。その理由を六つ示せ。\n◯阿弥陀如来の慈悲は智慧にうらづけられた慈悲だが、人間の慈悲は盲目の慈悲であるから。\n◯阿弥陀如来の慈悲は平等の慈悲だが、人間の慈悲には差別があるから。\n◯阿弥陀如来の慈悲は絶対不変だが、人間の慈悲は変わり通しであるから。\n◯赤ちゃんは相手を見分けることができないから、泥棒に抱かれていても満腹なら笑っている。我々はそうではない。\n◯赤ちゃんには懺悔の心がない、我々には懺悔の心が起きる。\n◯赤ちゃんには報謝の心がない、我々には恩徳讃の気持ちがおきる。","href":"/qa/7-36","号":7,"問番号":36,"問":"阿弥陀如来の慈悲をこの世の母親の慈悲にたとえ、我々を赤ちゃんにたとえるのは、なぜ危険か。その理由を六つ示せ。","答":"◯阿弥陀如来の慈悲は智慧にうらづけられた慈悲だが、人間の慈悲は盲目の慈悲であるから。\n◯阿弥陀如来の慈悲は平等の慈悲だが、人間の慈悲には差別があるから。\n◯阿弥陀如来の慈悲は絶対不変だが、人間の慈悲は変わり通しであるから。\n◯赤ちゃんは相手を見分けることができないから、泥棒に抱かれていても満腹なら笑っている。我々はそうではない。\n◯赤ちゃんには懺悔の心がない、我々には懺悔の心が起きる。\n◯赤ちゃんには報謝の心がない、我々には恩徳讃の気持ちがおきる。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-37","globalId":"scripture:7-37","sortOrder":"000336","kind":"scripture","title":"7-37","content":"称名正因の異安心とは、どんなことか。\n◯念仏さえ称えていれば助かる、と信じている人達。","href":"/qa/7-37","号":7,"問番号":37,"問":"称名正因の異安心とは、どんなことか。","答":"◯念仏さえ称えていれば助かる、と信じている人達。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-38","globalId":"scripture:7-38","sortOrder":"000337","kind":"scripture","title":"7-38","content":"土蔵秘事の異安心の特色を六つあげよ。\n◯絶対に秘密を守れと言う。\n◯夜中に信心を授ける。\n◯彼らの言う善知識から「それでよい」と信心が認可される。\n◯儀式によって信心を貰う。\n◯信心を貰った年月日時に覚えがなければならぬ、とやかましく言う。\n◯頂いた後は、聞く気がなくなる。","href":"/qa/7-38","号":7,"問番号":38,"問":"土蔵秘事の異安心の特色を六つあげよ。","答":"◯絶対に秘密を守れと言う。\n◯夜中に信心を授ける。\n◯彼らの言う善知識から「それでよい」と信心が認可される。\n◯儀式によって信心を貰う。\n◯信心を貰った年月日時に覚えがなければならぬ、とやかましく言う。\n◯頂いた後は、聞く気がなくなる。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-39","globalId":"scripture:7-39","sortOrder":"000338","kind":"scripture","title":"7-39","content":"機決定とは、どんな異安心か。\n◯自分でこれでよいと決めた信心を言う。","href":"/qa/7-39","号":7,"問番号":39,"問":"機決定とは、どんな異安心か。","答":"◯自分でこれでよいと決めた信心を言う。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-4","globalId":"scripture:7-4","sortOrder":"000303","kind":"scripture","title":"7-4","content":"親鸞聖人が、未だに聖道仏教をやっている者達を痛烈に批判されたお言葉を、『教行信証』で二ヵ所示せ。\n◯ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道今盛なり。然るに諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うること無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）\n◯然るに末代の道俗・近世の宗師、自性唯心に沈んで浄土の真証を貶し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","href":"/qa/7-4","号":7,"問番号":4,"問":"親鸞聖人が、未だに聖道仏教をやっている者達を痛烈に批判されたお言葉を、『教行信証』で二ヵ所示せ。","答":"◯ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道今盛なり。然るに諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うること無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）\n◯然るに末代の道俗・近世の宗師、自性唯心に沈んで浄土の真証を貶し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証信巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["50","55","57","96"],"大喝id":[]},{"id":"7-40","globalId":"scripture:7-40","sortOrder":"000339","kind":"scripture","title":"7-40","content":"一念覚知とは、どんな異安心か。\n◯救われた一念のときを覚えておらねばならぬ、覚えておらねば救われたとは言えぬ、という異安心。","href":"/qa/7-40","号":7,"問番号":40,"問":"一念覚知とは、どんな異安心か。","答":"◯救われた一念のときを覚えておらねばならぬ、覚えておらねば救われたとは言えぬ、という異安心。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-41","globalId":"scripture:7-41","sortOrder":"000340","kind":"scripture","title":"7-41","content":"善知識だのみとは、どんな異安心か。\n◯知識の言葉を信じて安心している人達。","href":"/qa/7-41","号":7,"問番号":41,"問":"善知識だのみとは、どんな異安心か。","答":"◯知識の言葉を信じて安心している人達。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-42","globalId":"scripture:7-42","sortOrder":"000341","kind":"scripture","title":"7-42","content":"疑心往生とは、どんな異安心か。\n◯阿弥陀如来の本願を疑っているままで助かる、という異安心。","href":"/qa/7-42","号":7,"問番号":42,"問":"疑心往生とは、どんな異安心か。","答":"◯阿弥陀如来の本願を疑っているままで助かる、という異安心。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-43","globalId":"scripture:7-43","sortOrder":"000342","kind":"scripture","title":"7-43","content":"江戸時代に、浄土真宗西本願寺にとって空前絶後と言われる、他力の信心についての大動乱があった。\n「三業惑乱」と言われている。\nその三業惑乱について問う。\n(1)首謀者は誰か。\n(2)どんな間違いから起きたか。\n(3)それを批判した代表的人物は。\n(1)桃花坊智洞　（本願寺・七代目の能化）\n　┏○心で阿弥陀如来にお願いしなければ助からぬ。\n(2)╋○口で「助けたまえ」と言わねば助からぬ。\n　┗○体でお願いしなければならぬ。\n　　　三業で阿弥陀如来にお願いしなければ助からぬ、\n　　　という異安心から。\n(3)安芸の大瀛","href":"/qa/7-43","号":7,"問番号":43,"問":"江戸時代に、浄土真宗西本願寺にとって空前絶後と言われる、他力の信心についての大動乱があった。\n「三業惑乱」と言われている。\nその三業惑乱について問う。\n(1)首謀者は誰か。\n(2)どんな間違いから起きたか。\n(3)それを批判した代表的人物は。","答":"(1)桃花坊智洞　（本願寺・七代目の能化）\n　┏○心で阿弥陀如来にお願いしなければ助からぬ。\n(2)╋○口で「助けたまえ」と言わねば助からぬ。\n　┗○体でお願いしなければならぬ。\n　　　三業で阿弥陀如来にお願いしなければ助からぬ、\n　　　という異安心から。\n(3)安芸の大瀛","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["85"],"大喝id":[]},{"id":"7-44","globalId":"scripture:7-44","sortOrder":"000343","kind":"scripture","title":"7-44","content":"信長と戦った石山合戦までは一つであった浄土真宗本願寺が、その後、東西本願寺に分裂した理由と、何代目の法主の時であったかを示せ。分かれた子供の名も示せ。\n◎石山合戦の和戦派と抗戦派の対立が原因。\n　○十一代目法主　──　顕如上人の時。\n　○長男が教如　───　東となる。\n　○三男が准如　───　西となる。","href":"/qa/7-44","号":7,"問番号":44,"問":"信長と戦った石山合戦までは一つであった浄土真宗本願寺が、その後、東西本願寺に分裂した理由と、何代目の法主の時であったかを示せ。分かれた子供の名も示せ。","答":"◎石山合戦の和戦派と抗戦派の対立が原因。\n　○十一代目法主　──　顕如上人の時。\n　○長男が教如　───　東となる。\n　○三男が准如　───　西となる。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-45","globalId":"scripture:7-45","sortOrder":"000344","kind":"scripture","title":"7-45","content":"葬式に対する親鸞学徒の心構えを『改邪鈔』の御文で示せ。\n◯「親鸞閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし」と云々。これすなわち、この肉身を軽んじて、仏法の信心を本とすべき由をあらわしまします故なり。これをもって思うに、いよいよ葬喪を一大事とすべきにあらず。もっとも停止すべし。","href":"/qa/7-45","号":7,"問番号":45,"問":"葬式に対する親鸞学徒の心構えを『改邪鈔』の御文で示せ。","答":"◯「親鸞閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし」と云々。これすなわち、この肉身を軽んじて、仏法の信心を本とすべき由をあらわしまします故なり。これをもって思うに、いよいよ葬喪を一大事とすべきにあらず。もっとも停止すべし。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["59","69"],"大喝id":[]},{"id":"7-46","globalId":"scripture:7-46","sortOrder":"000345","kind":"scripture","title":"7-46","content":"阿弥陀如来の救いと、死に様は、関係ないと教えられた覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯念仏往生には臨終の善悪を沙汰せず。\n　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","href":"/qa/7-46","号":7,"問番号":46,"問":"阿弥陀如来の救いと、死に様は、関係ないと教えられた覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯念仏往生には臨終の善悪を沙汰せず。\n　　　　　　　　　　　　　（口伝鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["36"],"大喝id":[]},{"id":"7-47","globalId":"scripture:7-47","sortOrder":"000346","kind":"scripture","title":"7-47","content":"「人にいろいろの死に様があるのは、人の過去世の種まきにいろいろあるからだ」と教えられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯一切衆生のありさま過去の業因まちまちなり、また死の縁無量なり、病におかされて死する者もあり、剣にあたりて死する者もあり、水に溺れて死する者もあり、火に焼けて死する者あり、乃至寝死する者もあり、酒狂して死するたぐいあり。これみな先世の業因なり、更にのがるべきにあらず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","href":"/qa/7-47","号":7,"問番号":47,"問":"「人にいろいろの死に様があるのは、人の過去世の種まきにいろいろあるからだ」と教えられた、覚如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯一切衆生のありさま過去の業因まちまちなり、また死の縁無量なり、病におかされて死する者もあり、剣にあたりて死する者もあり、水に溺れて死する者もあり、火に焼けて死する者あり、乃至寝死する者もあり、酒狂して死するたぐいあり。これみな先世の業因なり、更にのがるべきにあらず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（執持鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["36"],"大喝id":[]},{"id":"7-48","globalId":"scripture:7-48","sortOrder":"000347","kind":"scripture","title":"7-48","content":"己のやる善根を亡者にさしむけて、亡者を助けようとするのを「自力廻向」と言うが、その自力廻向を徹底して破られた親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。\n◯親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したること未だ候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","href":"/qa/7-48","号":7,"問番号":48,"問":"己のやる善根を亡者にさしむけて、亡者を助けようとするのを「自力廻向」と言うが、その自力廻向を徹底して破られた親鸞聖人のお言葉と根拠を示せ。","答":"◯親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したること未だ候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歎異鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["59"],"大喝id":[]},{"id":"7-49","globalId":"scripture:7-49","sortOrder":"000348","kind":"scripture","title":"7-49","content":"浄土真宗の読経や法要は何のためにするかを示せ。\n◯自己の信心を告白し、その亡者の忌日を御縁として、信前の者は求道の勝縁とし、信後の者は仏恩報謝する。","href":"/qa/7-49","号":7,"問番号":49,"問":"浄土真宗の読経や法要は何のためにするかを示せ。","答":"◯自己の信心を告白し、その亡者の忌日を御縁として、信前の者は求道の勝縁とし、信後の者は仏恩報謝する。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-5","globalId":"scripture:7-5","sortOrder":"000304","kind":"scripture","title":"7-5","content":"親鸞聖人が、間違った考えだと徹底的に排斥された「唯心の弥陀」・「己心の浄土」ととはどんなことか。\n◯我々の心が阿弥陀如来であり、浄土である。\n◯我々の心以外に弥陀も浄土もない、という考え方。\n\n◎弥陀や浄土を観念的にみる考え方。","href":"/qa/7-5","号":7,"問番号":5,"問":"親鸞聖人が、間違った考えだと徹底的に排斥された「唯心の弥陀」・「己心の浄土」ととはどんなことか。","答":"◯我々の心が阿弥陀如来であり、浄土である。\n◯我々の心以外に弥陀も浄土もない、という考え方。\n\n◎弥陀や浄土を観念的にみる考え方。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["43"],"大喝id":[]},{"id":"7-50","globalId":"scripture:7-50","sortOrder":"000349","kind":"scripture","title":"7-50","content":"親鸞聖人の御臨末のお言葉を記せ。\n◯我が歳きわまりて、安養浄土に還帰すというとも、和歌の浦曲の片男浪の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。\n　一人居て喜ばは二人と思うべし、\n　二人居て喜ばは三人と思うべし、\n　その一人は親鸞なり。\n　　　　我なくも法は尽きまじ和歌の浦\n　　　　　　　　あおくさ人のあらんかぎりは","href":"/qa/7-50","号":7,"問番号":50,"問":"親鸞聖人の御臨末のお言葉を記せ。","答":"◯我が歳きわまりて、安養浄土に還帰すというとも、和歌の浦曲の片男浪の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。\n　一人居て喜ばは二人と思うべし、\n　二人居て喜ばは三人と思うべし、\n　その一人は親鸞なり。\n　　　　我なくも法は尽きまじ和歌の浦\n　　　　　　　　あおくさ人のあらんかぎりは","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["70","75"],"大喝id":[]},{"id":"7-6","globalId":"scripture:7-6","sortOrder":"000305","kind":"scripture","title":"7-6","content":"「唯心の弥陀」・「己心の浄土」という考え方をしている者達を歴史的にあげて、徹底的に破られた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯それおもんみれば、信楽を獲得することは如来選択の願心より発起す、真心を開闡することは大聖矜哀の善巧より顕彰せり。然るに末代の道俗・近世の宗師、自性唯心に沈んで浄土の真証を貶し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/7-6","号":7,"問番号":6,"問":"「唯心の弥陀」・「己心の浄土」という考え方をしている者達を歴史的にあげて、徹底的に破られた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯それおもんみれば、信楽を獲得することは如来選択の願心より発起す、真心を開闡することは大聖矜哀の善巧より顕彰せり。然るに末代の道俗・近世の宗師、自性唯心に沈んで浄土の真証を貶し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["42","43","84"],"大喝id":["67"]},{"id":"7-7","globalId":"scripture:7-7","sortOrder":"000306","kind":"scripture","title":"7-7","content":"天台の「五時の教判」を列記し、誰がつくったものか示せ。\n華厳時　┓\n阿含時　┃\n方等時　┣─　中国の天台という人が\n般若時　┃　　つくったもの。\n法華時　┛","href":"/qa/7-7","号":7,"問番号":7,"問":"天台の「五時の教判」を列記し、誰がつくったものか示せ。","答":"華厳時　┓\n阿含時　┃\n方等時　┣─　中国の天台という人が\n般若時　┃　　つくったもの。\n法華時　┛","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-8","globalId":"scripture:7-8","sortOrder":"000307","kind":"scripture","title":"7-8","content":"天台のつくった「五時の教判」のデタラメを示せ。\n◯華厳経の中に、祇園精舎が出てくる。また、舎利弗、目連がいる。成道後三七日にこれらの人はいない。\n\n◯阿含経の中に釈尊ご入滅の相が説かれている。","href":"/qa/7-8","号":7,"問番号":8,"問":"天台のつくった「五時の教判」のデタラメを示せ。","答":"◯華厳経の中に、祇園精舎が出てくる。また、舎利弗、目連がいる。成道後三七日にこれらの人はいない。\n\n◯阿含経の中に釈尊ご入滅の相が説かれている。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"7-9","globalId":"scripture:7-9","sortOrder":"000308","kind":"scripture","title":"7-9","content":"邪教の者達は、『法華経』に説かれている仏こそが本仏だと信じているが、『法華経』に説かれている本仏と阿弥陀如来とは、どちらが古いか。\n◯法華経の本仏は久遠だが、限られた数量がある。\n\n◯阿弥陀如来は無始久遠である。","href":"/qa/7-9","号":7,"問番号":9,"問":"邪教の者達は、『法華経』に説かれている仏こそが本仏だと信じているが、『法華経』に説かれている本仏と阿弥陀如来とは、どちらが古いか。","答":"◯法華経の本仏は久遠だが、限られた数量がある。\n\n◯阿弥陀如来は無始久遠である。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-1","globalId":"scripture:8-1","sortOrder":"000350","kind":"scripture","title":"8-1","content":"「恩」についての仏教の教えを示せ。\n◯恩を知るは大悲の本なり、善業を開く初門なり。恩を知らざるものは畜生よりも甚だし。（経典）","href":"/qa/8-1","号":8,"問番号":1,"問":"「恩」についての仏教の教えを示せ。","答":"◯恩を知るは大悲の本なり、善業を開く初門なり。恩を知らざるものは畜生よりも甚だし。（経典）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-10","globalId":"scripture:8-10","sortOrder":"000359","kind":"scripture","title":"8-10","content":"人類は「なぜ生きる」の人生の目的を知らず「どう生きる」ばかりに気をとられ、みな苦しみ続けて死んでゆく有り様を教えられた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯世人薄俗にして共に不急の事を諍い、尊と無く卑と無く、貧と無く富と無く、少長・男女共に銭財を憂う。有無同じく然り。憂き思適に等し。田有れば田を憂え、宅有れば宅を憂う。牛馬・六蓄・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/8-10","号":8,"問番号":10,"問":"人類は「なぜ生きる」の人生の目的を知らず「どう生きる」ばかりに気をとられ、みな苦しみ続けて死んでゆく有り様を教えられた釈尊のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯世人薄俗にして共に不急の事を諍い、尊と無く卑と無く、貧と無く富と無く、少長・男女共に銭財を憂う。有無同じく然り。憂き思適に等し。田有れば田を憂え、宅有れば宅を憂う。牛馬・六蓄・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["6"],"大喝id":["52","59"]},{"id":"8-11","globalId":"scripture:8-11","sortOrder":"000360","kind":"scripture","title":"8-11","content":"今日とも知らず明日とも知らず、迫っている後生の一大事に、少しも驚かないことを嘆かれた善導大師のお言葉と、その根拠を書け。\n◯人間悤々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。灯の風中にありて滅すること期し難きが如し。忙々たる六道に定趣なし。未だ解脱して苦海を出ずることを得ず。云何が安然として驚懼せざらん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（往生礼讃）","href":"/qa/8-11","号":8,"問番号":11,"問":"今日とも知らず明日とも知らず、迫っている後生の一大事に、少しも驚かないことを嘆かれた善導大師のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯人間悤々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。灯の風中にありて滅すること期し難きが如し。忙々たる六道に定趣なし。未だ解脱して苦海を出ずることを得ず。云何が安然として驚懼せざらん。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（往生礼讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["17","38"]},{"id":"8-12","globalId":"scripture:8-12","sortOrder":"000361","kind":"scripture","title":"8-12","content":"常に生と死と触れ合っていることを述べられた善導大師のお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯無常念々に至り、恒に死王と居す。\n　　　　　　　　　　　　　（往生礼讃）","href":"/qa/8-12","号":8,"問番号":12,"問":"常に生と死と触れ合っていることを述べられた善導大師のお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯無常念々に至り、恒に死王と居す。\n　　　　　　　　　　　　　（往生礼讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["64"]},{"id":"8-13","globalId":"scripture:8-13","sortOrder":"000362","kind":"scripture","title":"8-13","content":"「懈怠の心のみの親鸞だ」と言われている聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯しかれば善人にもあらず賢人にもあらず精進の心もなし、懈怠の心のみにして内は空しくいつわりへつらう心のみ常にして、まことなる心なき身と知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","href":"/qa/8-13","号":8,"問番号":13,"問":"「懈怠の心のみの親鸞だ」と言われている聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯しかれば善人にもあらず賢人にもあらず精進の心もなし、懈怠の心のみにして内は空しくいつわりへつらう心のみ常にして、まことなる心なき身と知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-14","globalId":"scripture:8-14","sortOrder":"000363","kind":"scripture","title":"8-14","content":"「実態は鼻持ちならぬ極悪人なのに、上辺だけは殊勝そうにしている者ばかりである」と言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯外儀のすがたはひとごとに\n　賢善精進現ぜしむ\n　貪瞋邪偽おおきゆえ\n　奸詐ももはし身にみてり\n　　　　　　　（悲嘆述懐和讃）","href":"/qa/8-14","号":8,"問番号":14,"問":"「実態は鼻持ちならぬ極悪人なのに、上辺だけは殊勝そうにしている者ばかりである」と言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯外儀のすがたはひとごとに\n　賢善精進現ぜしむ\n　貪瞋邪偽おおきゆえ\n　奸詐ももはし身にみてり\n　　　　　　　（悲嘆述懐和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-15","globalId":"scripture:8-15","sortOrder":"000364","kind":"scripture","title":"8-15","content":"「すべての人間には、微塵の善心もない」と断言された親鸞聖人のお言葉を『尊号真像銘文』で示せ。\n◯煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし、濁悪邪見の故なり。","href":"/qa/8-15","号":8,"問番号":15,"問":"「すべての人間には、微塵の善心もない」と断言された親鸞聖人のお言葉を『尊号真像銘文』で示せ。","答":"◯煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし、濁悪邪見の故なり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-16","globalId":"scripture:8-16","sortOrder":"000365","kind":"scripture","title":"8-16","content":"すべての仏や菩薩は、阿弥陀如来の浄土より現れ出でられた根拠を、経典で示せ。\n◯十方の諸の刹土における衆生と菩薩の中のあらゆる法報身と化身と及び変化とは、みな無量寿の極楽界中より出ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（楞伽経）","href":"/qa/8-16","号":8,"問番号":16,"問":"すべての仏や菩薩は、阿弥陀如来の浄土より現れ出でられた根拠を、経典で示せ。","答":"◯十方の諸の刹土における衆生と菩薩の中のあらゆる法報身と化身と及び変化とは、みな無量寿の極楽界中より出ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（楞伽経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-17","globalId":"scripture:8-17","sortOrder":"000366","kind":"scripture","title":"8-17","content":"阿弥陀如来が大宇宙の諸仏の王であることを、分かりやすく教えられた蓮如上人のお言葉を、『御文章二帖目八通』であげよ。\n◯ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、久遠実成の古仏として、今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫・五障三従の女人をば弥陀にかぎりて、「われひとり助けん」という超世の大願を発して、われら一切衆生を平等に救わんと誓いたまいて、無上の誓願を発して已に阿弥陀仏と成りましましけり。","href":"/qa/8-17","号":8,"問番号":17,"問":"阿弥陀如来が大宇宙の諸仏の王であることを、分かりやすく教えられた蓮如上人のお言葉を、『御文章二帖目八通』であげよ。","答":"◯ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、久遠実成の古仏として、今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫・五障三従の女人をば弥陀にかぎりて、「われひとり助けん」という超世の大願を発して、われら一切衆生を平等に救わんと誓いたまいて、無上の誓願を発して已に阿弥陀仏と成りましましけり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["39","40"]},{"id":"8-18","globalId":"scripture:8-18","sortOrder":"000367","kind":"scripture","title":"8-18","content":"阿弥陀如来が本師本仏であることを、釈迦はじめ大宇宙の諸仏方が称讃されているお言葉と、その根拠を示せ。\n◯我今その光明を称するのみにあらず、一切の諸仏・声聞・縁覚・諸菩薩衆も、ことごとく嘆誉したまうこと、またまたかくの如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/8-18","号":8,"問番号":18,"問":"阿弥陀如来が本師本仏であることを、釈迦はじめ大宇宙の諸仏方が称讃されているお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯我今その光明を称するのみにあらず、一切の諸仏・声聞・縁覚・諸菩薩衆も、ことごとく嘆誉したまうこと、またまたかくの如し。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-19","globalId":"scripture:8-19","sortOrder":"000368","kind":"scripture","title":"8-19","content":"「阿弥陀如来の本願（お約束）は、大宇宙の衆生が相手だ」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯十方微塵世界の\n　念仏の衆生をみそなわし\n　摂取してすてざれば\n　阿弥陀となづけたてまつる\n　　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/8-19","号":8,"問番号":19,"問":"「阿弥陀如来の本願（お約束）は、大宇宙の衆生が相手だ」と教えられた親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯十方微塵世界の\n　念仏の衆生をみそなわし\n　摂取してすてざれば\n　阿弥陀となづけたてまつる\n　　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["16","92","101"],"大喝id":[]},{"id":"8-2","globalId":"scripture:8-2","sortOrder":"000351","kind":"scripture","title":"8-2","content":"一切、金や物を持たぬ人でも布施ができると、『雑宝蔵経』に教えられている無財の七施をあげ、その簡単な意味を示せ。\n◯眼施 ───── 優しい温かい眼差しで周囲の人々を\n　　　　　　　　  明るくすること。\n◯和顔悦色施 ── 優しい微笑を湛えた笑顔で人に接す\n　　　　　　　　  ること。\n◯言辞施 ──── 優しい言葉をかけること。\n◯身施 ───── 肉体を使って人のため、社会のため\n　　　　　　　　  に働くこと。\n◯心施 ───── 心から感謝の言葉を述べること。\n◯床座施 ──── 場所や席をゆずり合う親切。\n◯房舎施 ──── 求める人、訪ねて来る人があれば\n　　　　　　　　  一宿一飯の施しを与え、その労を\n　　　　　　　　  ねぎらう親切。","href":"/qa/8-2","号":8,"問番号":2,"問":"一切、金や物を持たぬ人でも布施ができると、『雑宝蔵経』に教えられている無財の七施をあげ、その簡単な意味を示せ。","答":"◯眼施 ───── 優しい温かい眼差しで周囲の人々を\n　　　　　　　　  明るくすること。\n◯和顔悦色施 ── 優しい微笑を湛えた笑顔で人に接す\n　　　　　　　　  ること。\n◯言辞施 ──── 優しい言葉をかけること。\n◯身施 ───── 肉体を使って人のため、社会のため\n　　　　　　　　  に働くこと。\n◯心施 ───── 心から感謝の言葉を述べること。\n◯床座施 ──── 場所や席をゆずり合う親切。\n◯房舎施 ──── 求める人、訪ねて来る人があれば\n　　　　　　　　  一宿一飯の施しを与え、その労を\n　　　　　　　　  ねぎらう親切。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-20","globalId":"scripture:8-20","sortOrder":"000369","kind":"scripture","title":"8-20","content":"すべての人に仏性があるという経典の御文と、その根拠を示せ。\n◯一切衆生　悉有仏性\n　　　　　　　（涅槃経）","href":"/qa/8-20","号":8,"問番号":20,"問":"すべての人に仏性があるという経典の御文と、その根拠を示せ。","答":"◯一切衆生　悉有仏性\n　　　　　　　（涅槃経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-21","globalId":"scripture:8-21","sortOrder":"000370","kind":"scripture","title":"8-21","content":"阿弥陀如来の本願を、蓮如上人が当時の言葉で簡潔に教えられたお言葉と、その根拠を示せ。\n◯阿弥陀如来の仰せられけるようは、「末代の凡夫・罪業の我等たらん者、罪はいかほど深くとも、我をたのまん衆生をば、必ず救うべし」、と仰せられたり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章四帖）","href":"/qa/8-21","号":8,"問番号":21,"問":"阿弥陀如来の本願を、蓮如上人が当時の言葉で簡潔に教えられたお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯阿弥陀如来の仰せられけるようは、「末代の凡夫・罪業の我等たらん者、罪はいかほど深くとも、我をたのまん衆生をば、必ず救うべし」、と仰せられたり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章四帖）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["18"],"大喝id":[]},{"id":"8-22","globalId":"scripture:8-22","sortOrder":"000371","kind":"scripture","title":"8-22","content":"人間の慈悲は不完全なものだと言われている『歎異抄』のお言葉を書け。\n◯今生にいかに愛し不便と思うとも、存知のごとく助け難ければ、この慈悲始終なし。","href":"/qa/8-22","号":8,"問番号":22,"問":"人間の慈悲は不完全なものだと言われている『歎異抄』のお言葉を書け。","答":"◯今生にいかに愛し不便と思うとも、存知のごとく助け難ければ、この慈悲始終なし。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-23","globalId":"scripture:8-23","sortOrder":"000372","kind":"scripture","title":"8-23","content":"「私達の苦悩の根元を断ち切ることが、仏法の目的である」と説かれている『大無量寿経』の御文をあげよ。\n◯諸の生死勤苦の本を抜かしめたまえ。","href":"/qa/8-23","号":8,"問番号":23,"問":"「私達の苦悩の根元を断ち切ることが、仏法の目的である」と説かれている『大無量寿経』の御文をあげよ。","答":"◯諸の生死勤苦の本を抜かしめたまえ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-24","globalId":"scripture:8-24","sortOrder":"000373","kind":"scripture","title":"8-24","content":"「阿弥陀如来は智慧である」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧の形なりと知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","href":"/qa/8-24","号":8,"問番号":24,"問":"「阿弥陀如来は智慧である」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧の形なりと知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-25","globalId":"scripture:8-25","sortOrder":"000374","kind":"scripture","title":"8-25","content":"「苦悩の根元を断ち切り、永遠の幸福に救って下されるのは、阿弥陀如来のみである」と教えられた『ご和讃』と、その根拠を書け。\n◯生死の苦海ほとりなし\n　ひさしくしずめるわれらをば\n　弥陀弘誓のふねのみぞ\n　のせてかならずわたしける\n　　　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/8-25","号":8,"問番号":25,"問":"「苦悩の根元を断ち切り、永遠の幸福に救って下されるのは、阿弥陀如来のみである」と教えられた『ご和讃』と、その根拠を書け。","答":"◯生死の苦海ほとりなし\n　ひさしくしずめるわれらをば\n　弥陀弘誓のふねのみぞ\n　のせてかならずわたしける\n　　　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["57"]},{"id":"8-26","globalId":"scripture:8-26","sortOrder":"000375","kind":"scripture","title":"8-26","content":"「阿弥陀如来には抜苦与楽のお力がある」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯それ無碍難思の光耀は苦を滅し楽を証す。\n　　　　　　　　　　　　　（浄土文類聚鈔）","href":"/qa/8-26","号":8,"問番号":26,"問":"「阿弥陀如来には抜苦与楽のお力がある」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯それ無碍難思の光耀は苦を滅し楽を証す。\n　　　　　　　　　　　　　（浄土文類聚鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-27","globalId":"scripture:8-27","sortOrder":"000376","kind":"scripture","title":"8-27","content":"「阿弥陀如来がつくられた、大宇宙の宝がおさまっている名号を、私達に与えて下されることを廻向という」と教えられた、親鸞聖人と蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「廻向」は本願の名号をもって十方の衆生に与えたまう御法なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）\n\n◯阿弥陀如来の凡夫の為に御身労ありて、この廻向を我等に与えんが為に、廻向成就したまいて\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/8-27","号":8,"問番号":27,"問":"「阿弥陀如来がつくられた、大宇宙の宝がおさまっている名号を、私達に与えて下されることを廻向という」と教えられた、親鸞聖人と蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「廻向」は本願の名号をもって十方の衆生に与えたまう御法なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）\n\n◯阿弥陀如来の凡夫の為に御身労ありて、この廻向を我等に与えんが為に、廻向成就したまいて\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-28","globalId":"scripture:8-28","sortOrder":"000377","kind":"scripture","title":"8-28","content":"弥陀の本願の名号を聞くとは、どんなことか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「聞其名号」というは、本願の名号をきくとのたまえるなり。「きく」というは、本願をききて疑う心なきを聞というなり、また「きく」というは、信心をあらわす御法なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","href":"/qa/8-28","号":8,"問番号":28,"問":"弥陀の本願の名号を聞くとは、どんなことか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「聞其名号」というは、本願の名号をきくとのたまえるなり。「きく」というは、本願をききて疑う心なきを聞というなり、また「きく」というは、信心をあらわす御法なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-29","globalId":"scripture:8-29","sortOrder":"000378","kind":"scripture","title":"8-29","content":"「他力の信心を獲得した人は、自分の力で信心を得たと思う事は絶対にない」と仰せられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯心得たと思うは心得ぬなり、心得ぬと思うは心得たるなり。弥陀の御助あるべき事の尊さよと思うが心得たるなり。少しも心得たると思うことは、あるまじきことなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/8-29","号":8,"問番号":29,"問":"「他力の信心を獲得した人は、自分の力で信心を得たと思う事は絶対にない」と仰せられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯心得たと思うは心得ぬなり、心得ぬと思うは心得たるなり。弥陀の御助あるべき事の尊さよと思うが心得たるなり。少しも心得たると思うことは、あるまじきことなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-3","globalId":"scripture:8-3","sortOrder":"000352","kind":"scripture","title":"8-3","content":"一切の科学的理論は仮定の上に成立しているが、如何なる仮定か。四つあげよ。\n(1)　観察　┐\n(2)　実験　├ が正しいとするならば……\n(3)　計算　│ という仮定に立つ。\n(4)　推理　┘","href":"/qa/8-3","号":8,"問番号":3,"問":"一切の科学的理論は仮定の上に成立しているが、如何なる仮定か。四つあげよ。","答":"(1)　観察　┐\n(2)　実験　├ が正しいとするならば……\n(3)　計算　│ という仮定に立つ。\n(4)　推理　┘","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-30","globalId":"scripture:8-30","sortOrder":"000379","kind":"scripture","title":"8-30","content":"阿弥陀如来の救いは、何億分の一秒もかからぬことを、釈尊は「乃至一念」と教えていられるが、親鸞聖人は、それをどのように言われているか。お言葉と、その根拠を示せ。\n◯「乃至」は、多きをも少きをも久しきをも近きをも、前をも後をも、皆かね摂むる語なり。「一念」というは、信心を得る時のきわまりをあらわす語なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","href":"/qa/8-30","号":8,"問番号":30,"問":"阿弥陀如来の救いは、何億分の一秒もかからぬことを、釈尊は「乃至一念」と教えていられるが、親鸞聖人は、それをどのように言われているか。お言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「乃至」は、多きをも少きをも久しきをも近きをも、前をも後をも、皆かね摂むる語なり。「一念」というは、信心を得る時のきわまりをあらわす語なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（一念多念証文）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-31","globalId":"scripture:8-31","sortOrder":"000380","kind":"scripture","title":"8-31","content":"釈尊が「即得往生」と言われているのは、「平生業成」のことであると教えられた親鸞聖人のお言葉を、『唯信鈔文意』で示せ。\n◯「即得往生」は、信心をうればすなわち往生すという、「すなわち往生す」というは、不退転に住するをいう。「不退転に住す」というは、すなわち正定聚の位に定まるなり、「成等正覚」ともいえり、これを「即得往生」というなり。「即」はすなわちという、「すなわち」というは時をへだてず日をへだてぬをいうなり。","href":"/qa/8-31","号":8,"問番号":31,"問":"釈尊が「即得往生」と言われているのは、「平生業成」のことであると教えられた親鸞聖人のお言葉を、『唯信鈔文意』で示せ。","答":"◯「即得往生」は、信心をうればすなわち往生すという、「すなわち往生す」というは、不退転に住するをいう。「不退転に住す」というは、すなわち正定聚の位に定まるなり、「成等正覚」ともいえり、これを「即得往生」というなり。「即」はすなわちという、「すなわち」というは時をへだてず日をへだてぬをいうなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["33"],"大喝id":[]},{"id":"8-32","globalId":"scripture:8-32","sortOrder":"000381","kind":"scripture","title":"8-32","content":"信心に、自力と他力と二つあることを教え、その違いを明らかにされている『教行信証』の御文を示せ。\n◯信にまた二種あり。一には聞より生ず、二には思より生ず。この人の信心、聞より生じて思より生ぜず、この故に名けて「信不具足」と為す。","href":"/qa/8-32","号":8,"問番号":32,"問":"信心に、自力と他力と二つあることを教え、その違いを明らかにされている『教行信証』の御文を示せ。","答":"◯信にまた二種あり。一には聞より生ず、二には思より生ず。この人の信心、聞より生じて思より生ぜず、この故に名けて「信不具足」と為す。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-33","globalId":"scripture:8-33","sortOrder":"000382","kind":"scripture","title":"8-33","content":"他力の信心を獲たことを『阿弥陀経』ではどう言われているか。それを『浄土文類聚鈔』では何と教えられているかを書け。\n◯執持名号　一心不乱　　　　　　　　（阿弥陀経）\n\n◯執持はすなわち一心、一心はすなわち信心なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土文類聚鈔）","href":"/qa/8-33","号":8,"問番号":33,"問":"他力の信心を獲たことを『阿弥陀経』ではどう言われているか。それを『浄土文類聚鈔』では何と教えられているかを書け。","答":"◯執持名号　一心不乱　　　　　　　　（阿弥陀経）\n\n◯執持はすなわち一心、一心はすなわち信心なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（浄土文類聚鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["23"],"大喝id":[]},{"id":"8-34","globalId":"scripture:8-34","sortOrder":"000383","kind":"scripture","title":"8-34","content":"信心決定せねば、絶対助からぬと教えられた根拠二カ所、蓮如上人のお言葉で示せ。\n◯弥陀の本願を信ぜずしては、ふつと助かるという事あるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n\n◯信心を決定せずは、今度の報土の往生は不定なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/8-34","号":8,"問番号":34,"問":"信心決定せねば、絶対助からぬと教えられた根拠二カ所、蓮如上人のお言葉で示せ。","答":"◯弥陀の本願を信ぜずしては、ふつと助かるという事あるべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）\n\n◯信心を決定せずは、今度の報土の往生は不定なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-35","globalId":"scripture:8-35","sortOrder":"000384","kind":"scripture","title":"8-35","content":"「信心決定せねば本当の仏恩報謝にはならない」と言われている蓮如上人のお言葉と、根拠を示せ。\n◯この信心をよくよく決定候わでは、仏恩報尽と申すことはあるまじき事にて候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（夏御文二通）","href":"/qa/8-35","号":8,"問番号":35,"問":"「信心決定せねば本当の仏恩報謝にはならない」と言われている蓮如上人のお言葉と、根拠を示せ。","答":"◯この信心をよくよく決定候わでは、仏恩報尽と申すことはあるまじき事にて候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（夏御文二通）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-36","globalId":"scripture:8-36","sortOrder":"000385","kind":"scripture","title":"8-36","content":"「人間のできるどんな善を積んでも、それで弥陀の浄土へは往けない」と説かれている『阿弥陀経』の御文をあげよ。\n◯少善根福徳の因縁を以ては、彼の国に生まるることを得べからず。","href":"/qa/8-36","号":8,"問番号":36,"問":"「人間のできるどんな善を積んでも、それで弥陀の浄土へは往けない」と説かれている『阿弥陀経』の御文をあげよ。","答":"◯少善根福徳の因縁を以ては、彼の国に生まるることを得べからず。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["22"]},{"id":"8-37","globalId":"scripture:8-37","sortOrder":"000386","kind":"scripture","title":"8-37","content":"親鸞学徒が、朝晩のお勤めのときに拝読している、「聖人一流章」を書け。\n◯聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候。その故はもろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう。その位を「一念発起・入正定之聚」とも釈し、その上の称名念仏は、如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と、心得べきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖目）","href":"/qa/8-37","号":8,"問番号":37,"問":"親鸞学徒が、朝晩のお勤めのときに拝読している、「聖人一流章」を書け。","答":"◯聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候。その故はもろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう。その位を「一念発起・入正定之聚」とも釈し、その上の称名念仏は、如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と、心得べきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖目）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["67","102"],"大喝id":[]},{"id":"8-38","globalId":"scripture:8-38","sortOrder":"000387","kind":"scripture","title":"8-38","content":"親鸞聖人が初めて教えられた、正しい「帰命」の意味を『教行信証』と『尊号真像銘文』の御文で示せ。\n◯「南無」の言は帰命なり。「帰命」は本願招喚の勅命なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）\n\n◯「帰命」はすなわち釈迦・弥陀の二尊の勅命に順い召にかなうと申す語なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（尊号真像銘文）","href":"/qa/8-38","号":8,"問番号":38,"問":"親鸞聖人が初めて教えられた、正しい「帰命」の意味を『教行信証』と『尊号真像銘文』の御文で示せ。","答":"◯「南無」の言は帰命なり。「帰命」は本願招喚の勅命なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）\n\n◯「帰命」はすなわち釈迦・弥陀の二尊の勅命に順い召にかなうと申す語なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（尊号真像銘文）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-39","globalId":"scripture:8-39","sortOrder":"000388","kind":"scripture","title":"8-39","content":"『一枚起請文』の中で、信心を表されている御文だけを書け。\n◯ただ「往生極楽のためには南無阿弥陀仏と申せば疑なく往生するぞ」と思いとりて、申すほかには別の仔細候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（法然上人）","href":"/qa/8-39","号":8,"問番号":39,"問":"『一枚起請文』の中で、信心を表されている御文だけを書け。","答":"◯ただ「往生極楽のためには南無阿弥陀仏と申せば疑なく往生するぞ」と思いとりて、申すほかには別の仔細候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（法然上人）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-4","globalId":"scripture:8-4","sortOrder":"000353","kind":"scripture","title":"8-4","content":"正法とは何を指すか。その根拠を経典で示せ。\n◯仏教の異称である。\n◯『大無量寿経』には「正法を弘宣する」と説かれている。\n◯経典の中に『未曽有正法経』とか、『大集会正法経』という経典がある。","href":"/qa/8-4","号":8,"問番号":4,"問":"正法とは何を指すか。その根拠を経典で示せ。","答":"◯仏教の異称である。\n◯『大無量寿経』には「正法を弘宣する」と説かれている。\n◯経典の中に『未曽有正法経』とか、『大集会正法経』という経典がある。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-40","globalId":"scripture:8-40","sortOrder":"000389","kind":"scripture","title":"8-40","content":"信心と念仏の関係を教えられたお言葉を、『御文章二帖目三通』で示せ。\n◯一念をもっては往生治定の時刻とさだめて、その時の命のぶれば自然と多念に及ぶ道理なり。","href":"/qa/8-40","号":8,"問番号":40,"問":"信心と念仏の関係を教えられたお言葉を、『御文章二帖目三通』で示せ。","答":"◯一念をもっては往生治定の時刻とさだめて、その時の命のぶれば自然と多念に及ぶ道理なり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["30"],"大喝id":[]},{"id":"8-41","globalId":"scripture:8-41","sortOrder":"000390","kind":"scripture","title":"8-41","content":"他力の称名念仏を大行と言われている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯大行というは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","href":"/qa/8-41","号":8,"問番号":41,"問":"他力の称名念仏を大行と言われている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯大行というは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証行巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-42","globalId":"scripture:8-42","sortOrder":"000391","kind":"scripture","title":"8-42","content":"「他力の念仏には、一切の無明の闇を破り、一切の志願を満たす働きがある」と言われている親鸞聖人のお言葉を『教行信証』で示せ。\n◯称名は能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう。","href":"/qa/8-42","号":8,"問番号":42,"問":"「他力の念仏には、一切の無明の闇を破り、一切の志願を満たす働きがある」と言われている親鸞聖人のお言葉を『教行信証』で示せ。","答":"◯称名は能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-43","globalId":"scripture:8-43","sortOrder":"000392","kind":"scripture","title":"8-43","content":"釈尊が、「弥陀の浄土へは往き易くして人なし」と言われた真実を、分かりやすく教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「易往而無人」というは、「易往」はゆきやすしとなり、本願力に乗ずれば本願の実報土に生るること疑なければ往き易きなり、「無人」というは、ひとなしという、ひとなしというは、真実信心の人はありがたき故に実報土に生るる人稀なりとなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（尊号信像銘文）","href":"/qa/8-43","号":8,"問番号":43,"問":"釈尊が、「弥陀の浄土へは往き易くして人なし」と言われた真実を、分かりやすく教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「易往而無人」というは、「易往」はゆきやすしとなり、本願力に乗ずれば本願の実報土に生るること疑なければ往き易きなり、「無人」というは、ひとなしという、ひとなしというは、真実信心の人はありがたき故に実報土に生るる人稀なりとなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（尊号信像銘文）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["27"],"大喝id":[]},{"id":"8-44","globalId":"scripture:8-44","sortOrder":"000393","kind":"scripture","title":"8-44","content":"阿弥陀如来に救われていない人を、眼を持たぬ人、耳の無い人と言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯大聖易往とときたまう\n　浄土をうたがう衆生をば\n　無眼人とぞなづけたる\n　無耳人とぞのべたまう\n　　　　　　　　（浄土和讃）","href":"/qa/8-44","号":8,"問番号":44,"問":"阿弥陀如来に救われていない人を、眼を持たぬ人、耳の無い人と言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯大聖易往とときたまう\n　浄土をうたがう衆生をば\n　無眼人とぞなづけたる\n　無耳人とぞのべたまう\n　　　　　　　　（浄土和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-45","globalId":"scripture:8-45","sortOrder":"000394","kind":"scripture","title":"8-45","content":"「『阿弥陀如来に今救われている人だけが、極楽へ往ける』というのが、浄土真宗の教えだ」と明言されている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯「真実信心をうれば実報土に生る」と教えたまえるを浄土真宗とすと知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","href":"/qa/8-45","号":8,"問番号":45,"問":"「『阿弥陀如来に今救われている人だけが、極楽へ往ける』というのが、浄土真宗の教えだ」と明言されている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯「真実信心をうれば実報土に生る」と教えたまえるを浄土真宗とすと知るべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（唯信鈔文意）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-46","globalId":"scripture:8-46","sortOrder":"000395","kind":"scripture","title":"8-46","content":"多くの救われたと思っている人達に、びっくりすることを言われた蓮如上人の御言葉と、その根拠を示せ。\n◯蓮如上人の御時、志の衆も御前に多く候とき、「このうちに信を獲たる者幾人あるべきぞ、一人か二人か有るべきかな」と御掟候とき、各「肝をつぶし候」と、申され候由に候。\n　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/8-46","号":8,"問番号":46,"問":"多くの救われたと思っている人達に、びっくりすることを言われた蓮如上人の御言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯蓮如上人の御時、志の衆も御前に多く候とき、「このうちに信を獲たる者幾人あるべきぞ、一人か二人か有るべきかな」と御掟候とき、各「肝をつぶし候」と、申され候由に候。\n　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-47","globalId":"scripture:8-47","sortOrder":"000396","kind":"scripture","title":"8-47","content":"阿弥陀如来に救われると慶喜すると説かれているが、「慶喜」とはどんなことかを教えられている『唯信鈔文意』の御文を示せ。\n◯この信心をうるを「慶喜」という。慶喜する人は諸仏とひとしき人と名く。「慶」はうべきことをえて後に慶ぶ意なり、信心をえて後によろこぶこころなり。「喜」はこころの内に常によろこぶこころ絶えずして憶念つねなるなり、踊躍するなり、「踊」は天におどるという、「躍」は地におどるという、よろこぶ心の極まりなきかたちをあらわすなり。信心をえたる人をば分陀利華に譬えたまえり。","href":"/qa/8-47","号":8,"問番号":47,"問":"阿弥陀如来に救われると慶喜すると説かれているが、「慶喜」とはどんなことかを教えられている『唯信鈔文意』の御文を示せ。","答":"◯この信心をうるを「慶喜」という。慶喜する人は諸仏とひとしき人と名く。「慶」はうべきことをえて後に慶ぶ意なり、信心をえて後によろこぶこころなり。「喜」はこころの内に常によろこぶこころ絶えずして憶念つねなるなり、踊躍するなり、「踊」は天におどるという、「躍」は地におどるという、よろこぶ心の極まりなきかたちをあらわすなり。信心をえたる人をば分陀利華に譬えたまえり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-48","globalId":"scripture:8-48","sortOrder":"000397","kind":"scripture","title":"8-48","content":"「阿弥陀如来に救い摂られると、弥勒菩薩と同等になる」と説かれている経典の御文と、根拠を示せ。平易な読み方も記せ。\n　ついでみろくのごとし\n◯　次　如　弥　勒　とある。\n　　　　　　　　　　（大無量寿経）","href":"/qa/8-48","号":8,"問番号":48,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られると、弥勒菩薩と同等になる」と説かれている経典の御文と、根拠を示せ。平易な読み方も記せ。","答":"　ついでみろくのごとし\n◯　次　如　弥　勒　とある。\n　　　　　　　　　　（大無量寿経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-49","globalId":"scripture:8-49","sortOrder":"000398","kind":"scripture","title":"8-49","content":"「やがて仏になる弥勒菩薩でさえ、他力信心の世界は分からぬと言われるのだから、分かる人などいるはずがないのだ」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯補処の弥勒菩薩を初めとして、仏智の不思議を計うべき人は候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/8-49","号":8,"問番号":49,"問":"「やがて仏になる弥勒菩薩でさえ、他力信心の世界は分からぬと言われるのだから、分かる人などいるはずがないのだ」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯補処の弥勒菩薩を初めとして、仏智の不思議を計うべき人は候わず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-5","globalId":"scripture:8-5","sortOrder":"000354","kind":"scripture","title":"8-5","content":"仏教のアキラメルとは、どんな意味か。\n◯諦観と書き、アキラカニミルとよむ。\n　因果の道理をあきらかにみよということ。","href":"/qa/8-5","号":8,"問番号":5,"問":"仏教のアキラメルとは、どんな意味か。","答":"◯諦観と書き、アキラカニミルとよむ。\n　因果の道理をあきらかにみよということ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["12"]},{"id":"8-50","globalId":"scripture:8-50","sortOrder":"000399","kind":"scripture","title":"8-50","content":"釈尊の説かれた五つの不思議を、親鸞聖人のお言葉で示せ。その根拠も。\n◯五種の不可思議有り、一には衆生多少不可思議、二には業力不可思議、三には龍力不可思議、四には禅定力不可思議、五には仏法力不可思議なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/8-50","号":8,"問番号":50,"問":"釈尊の説かれた五つの不思議を、親鸞聖人のお言葉で示せ。その根拠も。","答":"◯五種の不可思議有り、一には衆生多少不可思議、二には業力不可思議、三には龍力不可思議、四には禅定力不可思議、五には仏法力不可思議なり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-6","globalId":"scripture:8-6","sortOrder":"000355","kind":"scripture","title":"8-6","content":"仏教では、五つのものから人間が構成されていると説く。その五蘊（ごうん）を書け。\n◯色蘊\n◯受蘊\n◯想蘊\n◯行蘊\n◯識蘊","href":"/qa/8-6","号":8,"問番号":6,"問":"仏教では、五つのものから人間が構成されていると説く。その五蘊（ごうん）を書け。","答":"◯色蘊\n◯受蘊\n◯想蘊\n◯行蘊\n◯識蘊","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-7","globalId":"scripture:8-7","sortOrder":"000356","kind":"scripture","title":"8-7","content":"蒔いた重い種ほど、まず結果を引き起こす因果の道理を教えられたお聖教のお言葉を示せ。\n◯業道は秤の如し、重き者先ず牽く。\n　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/8-7","号":8,"問番号":7,"問":"蒔いた重い種ほど、まず結果を引き起こす因果の道理を教えられたお聖教のお言葉を示せ。","答":"◯業道は秤の如し、重き者先ず牽く。\n　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-8","globalId":"scripture:8-8","sortOrder":"000357","kind":"scripture","title":"8-8","content":"輪廻と転生とは同じか、異なるか。\n◯異なる。\n\n◯輪廻は迷界に限るから輪廻即転生とはいわれぬ。","href":"/qa/8-8","号":8,"問番号":8,"問":"輪廻と転生とは同じか、異なるか。","答":"◯異なる。\n\n◯輪廻は迷界に限るから輪廻即転生とはいわれぬ。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"8-9","globalId":"scripture:8-9","sortOrder":"000358","kind":"scripture","title":"8-9","content":"「始めから終わりまで、私たちは独りぼっちである」と説かれている『大無量寿経』の御文を示せ。\n◯人世間愛欲の中に在りて、独生れ独死し独り去り独来る。行くに当りて苦楽の地に至り趣く。身自らこれに当る、代る者有ること無し。","href":"/qa/8-9","号":8,"問番号":9,"問":"「始めから終わりまで、私たちは独りぼっちである」と説かれている『大無量寿経』の御文を示せ。","答":"◯人世間愛欲の中に在りて、独生れ独死し独り去り独来る。行くに当りて苦楽の地に至り趣く。身自らこれに当る、代る者有ること無し。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["42"]},{"id":"9-1","globalId":"scripture:9-1","sortOrder":"000400","kind":"scripture","title":"9-1","content":"「阿弥陀如来に救い摂られると、天地の悪鬼神はすべておそれる」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯願力不思議の信心は\n　大菩提心なりければ\n　天地にみてる悪鬼神\n　みなことごとくおそるなり\n　　　　　　　　（現世利益和讃）","href":"/qa/9-1","号":9,"問番号":1,"問":"「阿弥陀如来に救い摂られると、天地の悪鬼神はすべておそれる」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯願力不思議の信心は\n　大菩提心なりければ\n　天地にみてる悪鬼神\n　みなことごとくおそるなり\n　　　　　　　　（現世利益和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-10","globalId":"scripture:9-10","sortOrder":"000409","kind":"scripture","title":"9-10","content":"「阿弥陀如来を信ずれば息災延命できる」と教えられた『ご和讃』一首と、根拠を記せ。\n◯阿弥陀如来来化して\n　息災延命のためにとて\n　金光明の寿量品\n　ときおきたまえるみのりなり\n　　　　　　　　　（現世利益和讃）","href":"/qa/9-10","号":9,"問番号":10,"問":"「阿弥陀如来を信ずれば息災延命できる」と教えられた『ご和讃』一首と、根拠を記せ。","答":"◯阿弥陀如来来化して\n　息災延命のためにとて\n　金光明の寿量品\n　ときおきたまえるみのりなり\n　　　　　　　　　（現世利益和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-11","globalId":"scripture:9-11","sortOrder":"000410","kind":"scripture","title":"9-11","content":"我々に弥陀の本願を教えて人生の目的を果たさせるために、八千遍も釈迦は往来されていると説かれている根拠と、その御文を示せ。\n◯われわれこの界の衆生を勧めんが為に無勝荘厳の浄土より往きつもどりつ八千遍。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（梵網経）","href":"/qa/9-11","号":9,"問番号":11,"問":"我々に弥陀の本願を教えて人生の目的を果たさせるために、八千遍も釈迦は往来されていると説かれている根拠と、その御文を示せ。","答":"◯われわれこの界の衆生を勧めんが為に無勝荘厳の浄土より往きつもどりつ八千遍。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（梵網経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-12","globalId":"scripture:9-12","sortOrder":"000411","kind":"scripture","title":"9-12","content":"釈迦・弥陀が、私達を真実信心獲得するまで、いかに善巧方便されているのかを教えられた親鸞聖人のお言葉を、『教行信証化土巻』で示せ。\n◯釈迦牟尼仏、功徳蔵を開演して、十方濁世を勧化したまう。阿弥陀如来、本果遂の願を発して、諸有の群生海を悲引したまえり。","href":"/qa/9-12","号":9,"問番号":12,"問":"釈迦・弥陀が、私達を真実信心獲得するまで、いかに善巧方便されているのかを教えられた親鸞聖人のお言葉を、『教行信証化土巻』で示せ。","答":"◯釈迦牟尼仏、功徳蔵を開演して、十方濁世を勧化したまう。阿弥陀如来、本果遂の願を発して、諸有の群生海を悲引したまえり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-13","globalId":"scripture:9-13","sortOrder":"000412","kind":"scripture","title":"9-13","content":"善知識といわれても、いろいろあると教えられている『浄土真要鈔』のお言葉を書け。\n◯総じていう時は真の善知識というは諸仏・菩薩なり。別していう時は我等に法を与えたまえる人なり。また正しく自ら法を説きて聞かする人ならねども、法を聞かす縁となる人をも善知識と名く。されば善知識は諸仏菩薩なり。然れば仏法を聞きて生死を離るべき源は、ただ善知識なり。","href":"/qa/9-13","号":9,"問番号":13,"問":"善知識といわれても、いろいろあると教えられている『浄土真要鈔』のお言葉を書け。","答":"◯総じていう時は真の善知識というは諸仏・菩薩なり。別していう時は我等に法を与えたまえる人なり。また正しく自ら法を説きて聞かする人ならねども、法を聞かす縁となる人をも善知識と名く。されば善知識は諸仏菩薩なり。然れば仏法を聞きて生死を離るべき源は、ただ善知識なり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["65"],"大喝id":[]},{"id":"9-14","globalId":"scripture:9-14","sortOrder":"000413","kind":"scripture","title":"9-14","content":"「苦しんでいる者ほど、仏の慈悲はかかっている」と教えられた善導大師のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯諸仏の大悲は苦ある者に於てす、心偏に常没の衆生を愍念したまう。\n　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経疏）","href":"/qa/9-14","号":9,"問番号":14,"問":"「苦しんでいる者ほど、仏の慈悲はかかっている」と教えられた善導大師のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯諸仏の大悲は苦ある者に於てす、心偏に常没の衆生を愍念したまう。\n　　　　　　　　　　　　　　　（観無量寿経疏）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-15","globalId":"scripture:9-15","sortOrder":"000414","kind":"scripture","title":"9-15","content":"獲信するに、善知識にあうことがいかに大事か、分かりやすい話し方をせよ。\n◯西へ行く人に順えば西へ行くなり、東へ行く人に順えば東へ行くなり、信なき悪知識に順えば地獄へ堕つるなり、善知識に順えば仏にあえるなり。","href":"/qa/9-15","号":9,"問番号":15,"問":"獲信するに、善知識にあうことがいかに大事か、分かりやすい話し方をせよ。","答":"◯西へ行く人に順えば西へ行くなり、東へ行く人に順えば東へ行くなり、信なき悪知識に順えば地獄へ堕つるなり、善知識に順えば仏にあえるなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["33"]},{"id":"9-16","globalId":"scripture:9-16","sortOrder":"000415","kind":"scripture","title":"9-16","content":"「これだけ弥陀よりほかに救う力のある仏はないと教えても従わず、苦しみながら一生を終わる人ばかりだ」と嘆かれている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯西路を指授せしかども\n　自障障他せしほどに\n　昿劫已来もいたずらに\n　むなしくこそはすぎにけれ\n　　　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/9-16","号":9,"問番号":16,"問":"「これだけ弥陀よりほかに救う力のある仏はないと教えても従わず、苦しみながら一生を終わる人ばかりだ」と嘆かれている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯西路を指授せしかども\n　自障障他せしほどに\n　昿劫已来もいたずらに\n　むなしくこそはすぎにけれ\n　　　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-17","globalId":"scripture:9-17","sortOrder":"000416","kind":"scripture","title":"9-17","content":"「師を謗り、善知識を軽しめるものには近づくな」と言われている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなずりなんど仕あわせたまう由、聞き候こそ浅ましく候え。すでに謗法の人なり、五逆の人なり、なれ睦ぶべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/9-17","号":9,"問番号":17,"問":"「師を謗り、善知識を軽しめるものには近づくな」と言われている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなずりなんど仕あわせたまう由、聞き候こそ浅ましく候え。すでに謗法の人なり、五逆の人なり、なれ睦ぶべからず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["34"]},{"id":"9-18","globalId":"scripture:9-18","sortOrder":"000417","kind":"scripture","title":"9-18","content":"「悪人には近寄るな」と言われた親鸞聖人のお言葉と、この根拠を書け。\n◯されば善導の御教にも、「悪を好む人をば謹んで遠ざかれ」とこそ\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/9-18","号":9,"問番号":18,"問":"「悪人には近寄るな」と言われた親鸞聖人のお言葉と、この根拠を書け。","答":"◯されば善導の御教にも、「悪を好む人をば謹んで遠ざかれ」とこそ\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-19","globalId":"scripture:9-19","sortOrder":"000418","kind":"scripture","title":"9-19","content":"印度・中国・日本に現れた七高僧とともに、早く信心獲得を念じておられる親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯三朝浄土の大師等\n　哀愍摂受したまいて\n　真実信心すすめしめ\n　定聚のくらいにいれしめよ\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/9-19","号":9,"問番号":19,"問":"印度・中国・日本に現れた七高僧とともに、早く信心獲得を念じておられる親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯三朝浄土の大師等\n　哀愍摂受したまいて\n　真実信心すすめしめ\n　定聚のくらいにいれしめよ\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["82"],"大喝id":[]},{"id":"9-2","globalId":"scripture:9-2","sortOrder":"000401","kind":"scripture","title":"9-2","content":"「阿弥陀如来に救われた人は、天神地祇が護る」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯天神地祇はことごとく\n　善鬼神となづけたり\n　これらの善神みなともに\n　念仏のひとをまもるなり\n　　　　　　　　（現世利益和讃）","href":"/qa/9-2","号":9,"問番号":2,"問":"「阿弥陀如来に救われた人は、天神地祇が護る」と教えられた『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯天神地祇はことごとく\n　善鬼神となづけたり\n　これらの善神みなともに\n　念仏のひとをまもるなり\n　　　　　　　　（現世利益和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-20","globalId":"scripture:9-20","sortOrder":"000419","kind":"scripture","title":"9-20","content":"説法するときの心構えを教えられた経文と、その根拠を示せ。\n◯真の仏弟子は法を説く時には自分を医王の如く想って説くべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（大集経）","href":"/qa/9-20","号":9,"問番号":20,"問":"説法するときの心構えを教えられた経文と、その根拠を示せ。","答":"◯真の仏弟子は法を説く時には自分を医王の如く想って説くべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（大集経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-21","globalId":"scripture:9-21","sortOrder":"000420","kind":"scripture","title":"9-21","content":"「徹底的に他宗教を批判する」と言われている、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯諸の修多羅によりて真偽を勘決し、外教邪偽の異執を教誡せば\n　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","href":"/qa/9-21","号":9,"問番号":21,"問":"「徹底的に他宗教を批判する」と言われている、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯諸の修多羅によりて真偽を勘決し、外教邪偽の異執を教誡せば\n　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-22","globalId":"scripture:9-22","sortOrder":"000421","kind":"scripture","title":"9-22","content":"「外道にはつかえてはならぬ」と説かれた経典の御文と、その根拠を示せ。\n◯優婆夷、この三昧を聞きて学ばんと欲わば、自ら仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。余道に事うることを得ざれ、天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を視ることを得ざれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（般舟経）","href":"/qa/9-22","号":9,"問番号":22,"問":"「外道にはつかえてはならぬ」と説かれた経典の御文と、その根拠を示せ。","答":"◯優婆夷、この三昧を聞きて学ばんと欲わば、自ら仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。余道に事うることを得ざれ、天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を視ることを得ざれ。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（般舟経）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-23","globalId":"scripture:9-23","sortOrder":"000422","kind":"scripture","title":"9-23","content":"内外廃立の中々できないことを嘆かれたお言葉を、『教行信証化土巻』で示せ。\n◯然るに濁世の群萌・穢悪の含識、乃し九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入ると雖も、真なる者は甚だ以て難く、実なる者は甚だ以て希なり、偽なる者は甚だ以て多く、虚なる者は甚だ以て滋し。ここを以て、釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」と名く、また「臨終現前の願」と名く、また「現前導生の願」と名く、また「来迎引接の願」と名く、また「至心発願の願」と名くべきなり。","href":"/qa/9-23","号":9,"問番号":23,"問":"内外廃立の中々できないことを嘆かれたお言葉を、『教行信証化土巻』で示せ。","答":"◯然るに濁世の群萌・穢悪の含識、乃し九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入ると雖も、真なる者は甚だ以て難く、実なる者は甚だ以て希なり、偽なる者は甚だ以て多く、虚なる者は甚だ以て滋し。ここを以て、釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本、誓願を発して普く諸有海を化したまう。既にして悲願有す、「修諸功徳の願」と名く、また「臨終現前の願」と名く、また「現前導生の願」と名く、また「来迎引接の願」と名く、また「至心発願の願」と名くべきなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["71"],"大喝id":[]},{"id":"9-24","globalId":"scripture:9-24","sortOrder":"000423","kind":"scripture","title":"9-24","content":"天皇の横暴で流罪になった怒りをぶちあげ、「かくなっては、僧でもなければ俗でもない親鸞だ」と記されているお言葉と、その根拠をあげよ。\n◯主上・臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ。これによりて真宗興隆の太祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥しく死罪に坐す。或は僧の儀を改め、姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。しかれば、已に僧に非ず俗に非ず、この故に「禿」の字を以て姓と為す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）","href":"/qa/9-24","号":9,"問番号":24,"問":"天皇の横暴で流罪になった怒りをぶちあげ、「かくなっては、僧でもなければ俗でもない親鸞だ」と記されているお言葉と、その根拠をあげよ。","答":"◯主上・臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ。これによりて真宗興隆の太祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥しく死罪に坐す。或は僧の儀を改め、姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。しかれば、已に僧に非ず俗に非ず、この故に「禿」の字を以て姓と為す。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証後序）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["83"],"大喝id":[]},{"id":"9-25","globalId":"scripture:9-25","sortOrder":"000424","kind":"scripture","title":"9-25","content":"「末法の時になると、自力でさとれる者は一人もなくなる」と説かれている、と親鸞聖人の言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯釈迦の教法ましませど\n　修すべき有情のなきゆえに\n　さとりうるもの末法に\n　一人もあらじとときたまう\n　　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/9-25","号":9,"問番号":25,"問":"「末法の時になると、自力でさとれる者は一人もなくなる」と説かれている、と親鸞聖人の言われている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯釈迦の教法ましませど\n　修すべき有情のなきゆえに\n　さとりうるもの末法に\n　一人もあらじとときたまう\n　　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-26","globalId":"scripture:9-26","sortOrder":"000425","kind":"scripture","title":"9-26","content":"「遠い過去世から親鸞、絶対の幸福を求め続けてきたが、求まったということは一度もなかった」と言われている『ご和讃』と、その根拠を書け。\n◯三恒河沙の諸仏の\n　出世のみもとにありしとき\n　大菩提心おこせども\n　自力かなわで流転せり\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/9-26","号":9,"問番号":26,"問":"「遠い過去世から親鸞、絶対の幸福を求め続けてきたが、求まったということは一度もなかった」と言われている『ご和讃』と、その根拠を書け。","答":"◯三恒河沙の諸仏の\n　出世のみもとにありしとき\n　大菩提心おこせども\n　自力かなわで流転せり\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["38","53","87"],"大喝id":[]},{"id":"9-27","globalId":"scripture:9-27","sortOrder":"000426","kind":"scripture","title":"9-27","content":"「無始より苦悩の根元の無明の闇一つが破れぬために、苦しみから離れられないのである」と嘆かれた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯悲しいかな、垢障の凡愚、無際より已来、助・正間雑し、定・散心雑わるが故に、出離その期無し。自ら流転輪廻を度るに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし。良に傷嗟すべし、深く悲嘆すべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","href":"/qa/9-27","号":9,"問番号":27,"問":"「無始より苦悩の根元の無明の闇一つが破れぬために、苦しみから離れられないのである」と嘆かれた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯悲しいかな、垢障の凡愚、無際より已来、助・正間雑し、定・散心雑わるが故に、出離その期無し。自ら流転輪廻を度るに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし。良に傷嗟すべし、深く悲嘆すべし。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-28","globalId":"scripture:9-28","sortOrder":"000427","kind":"scripture","title":"9-28","content":"「阿弥陀如来の本願を疑謗破滅する者達は、永遠に苦しみ続けねばならないだろう」と教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。\n◯本願毀滅のともがらは\n　生盲闡提となづけたり\n　大地微塵劫をへて\n　ながく三塗にしずむなり\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/9-28","号":9,"問番号":28,"問":"「阿弥陀如来の本願を疑謗破滅する者達は、永遠に苦しみ続けねばならないだろう」と教えられた、親鸞聖人の『ご和讃』と、その根拠を示せ。","答":"◯本願毀滅のともがらは\n　生盲闡提となづけたり\n　大地微塵劫をへて\n　ながく三塗にしずむなり\n　　　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-29","globalId":"scripture:9-29","sortOrder":"000428","kind":"scripture","title":"9-29","content":"人生の目的を達成するに、最も大切な正行・雑行の分別を分かりやすく教えられたお言葉を、『御文章一帖目一通』で示せ。\n◯「うれしさを昔はそでにつつみけり、こよいは身にも余りぬるかな」。「嬉しさを昔は袖に包む」といえる意は、昔は雑行・正行の分別もなく、「念仏だにも申せば往生する」とばかり思いつるこころなり。「今宵は身にも余る」といえるは、正雑の分別を聞きわけ、一心一向になりて信心決定の上に、仏恩報尽の為に念仏申すこころは、おおきに各別なり。かるがゆえに、身の置きどころもなく、躍り上るほどに思うあいだ、よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり。","href":"/qa/9-29","号":9,"問番号":29,"問":"人生の目的を達成するに、最も大切な正行・雑行の分別を分かりやすく教えられたお言葉を、『御文章一帖目一通』で示せ。","答":"◯「うれしさを昔はそでにつつみけり、こよいは身にも余りぬるかな」。「嬉しさを昔は袖に包む」といえる意は、昔は雑行・正行の分別もなく、「念仏だにも申せば往生する」とばかり思いつるこころなり。「今宵は身にも余る」といえるは、正雑の分別を聞きわけ、一心一向になりて信心決定の上に、仏恩報尽の為に念仏申すこころは、おおきに各別なり。かるがゆえに、身の置きどころもなく、躍り上るほどに思うあいだ、よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-3","globalId":"scripture:9-3","sortOrder":"000402","kind":"scripture","title":"9-3","content":"釈尊が「わが親友」と言われるのは、どんなひとのことか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この信心の人を釈迦如来は、「わが親しき友なり」とよろこびまします。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/9-3","号":9,"問番号":3,"問":"釈尊が「わが親友」と言われるのは、どんなひとのことか。親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この信心の人を釈迦如来は、「わが親しき友なり」とよろこびまします。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-30","globalId":"scripture:9-30","sortOrder":"000429","kind":"scripture","title":"9-30","content":"「阿弥陀如来以外の仏や菩薩や諸神に、絶対かかわるな」と教えられている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯心を一にして、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、更に余の方へ心をふらず\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","href":"/qa/9-30","号":9,"問番号":30,"問":"「阿弥陀如来以外の仏や菩薩や諸神に、絶対かかわるな」と教えられている蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯心を一にして、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、更に余の方へ心をふらず\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章五帖）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["40"]},{"id":"9-31","globalId":"scripture:9-31","sortOrder":"000430","kind":"scripture","title":"9-31","content":"五雑行のあることを教えられている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯五種の正行に対して、五種の雑行有り。「雑」の言は、人天・菩薩等の解行雑るが故に「雑」と曰えり。本より往生の因種に非ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/9-31","号":9,"問番号":31,"問":"五雑行のあることを教えられている親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯五種の正行に対して、五種の雑行有り。「雑」の言は、人天・菩薩等の解行雑るが故に「雑」と曰えり。本より往生の因種に非ず。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-32","globalId":"scripture:9-32","sortOrder":"000431","kind":"scripture","title":"9-32","content":"「余の善や他の仏を信じないことを『一心専念』というのだ」と教えられている『一念多念証文』の御文を示せ。\n◯「一心専念」というは「一心」は金剛の信心なり、「専念」というは一向専修なり、「一向」は余の善にうつらず余の仏を念ぜず、「専修」は、本願の御名を二心なくもっぱら修するなり、「修」は心の定まらぬをつくろい直し行うなり、「専」はもっぱらという・一というなり、「もっぱら」とは余善他仏にうつる心なきをいうなり。","href":"/qa/9-32","号":9,"問番号":32,"問":"「余の善や他の仏を信じないことを『一心専念』というのだ」と教えられている『一念多念証文』の御文を示せ。","答":"◯「一心専念」というは「一心」は金剛の信心なり、「専念」というは一向専修なり、「一向」は余の善にうつらず余の仏を念ぜず、「専修」は、本願の御名を二心なくもっぱら修するなり、「修」は心の定まらぬをつくろい直し行うなり、「専」はもっぱらという・一というなり、「もっぱら」とは余善他仏にうつる心なきをいうなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["40"]},{"id":"9-33","globalId":"scripture:9-33","sortOrder":"000432","kind":"scripture","title":"9-33","content":"「捨てなければ絶対に弥陀の救いにあえない」と言われている雑修とは、どんなものかを教えられている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯助正ならべて修するをば\n　すなわち雑修となづけたり\n　一心をえざるひとなれば\n　仏恩報ずるこころなし\n　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/9-33","号":9,"問番号":33,"問":"「捨てなければ絶対に弥陀の救いにあえない」と言われている雑修とは、どんなものかを教えられている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯助正ならべて修するをば\n　すなわち雑修となづけたり\n　一心をえざるひとなれば\n　仏恩報ずるこころなし\n　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-34","globalId":"scripture:9-34","sortOrder":"000433","kind":"scripture","title":"9-34","content":"この世の幸福を祈って一生懸命称えている念仏も、雑修と嫌われ、捨てよと言われている親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯仏号むねと修すれども\n　現世をいのる行者をば\n　これも雑修となづけてぞ\n　千中無一ときらわるる\n　　　　　　　　（高僧和讃）","href":"/qa/9-34","号":9,"問番号":34,"問":"この世の幸福を祈って一生懸命称えている念仏も、雑修と嫌われ、捨てよと言われている親鸞聖人の『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯仏号むねと修すれども\n　現世をいのる行者をば\n　これも雑修となづけてぞ\n　千中無一ときらわるる\n　　　　　　　　（高僧和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-35","globalId":"scripture:9-35","sortOrder":"000434","kind":"scripture","title":"9-35","content":"「一声の念仏に八十億劫の罪を消す力がある」と説かれている『観無量寿経』の御文を示せ。\n◯「汝若し念ずること能わずば、応に無量寿仏と称すべし」と。かくの如く至心に声をして絶えざらしめ、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せん。仏名を称するが故に、念々の中に於て八十億劫の生死の罪を除き","href":"/qa/9-35","号":9,"問番号":35,"問":"「一声の念仏に八十億劫の罪を消す力がある」と説かれている『観無量寿経』の御文を示せ。","答":"◯「汝若し念ずること能わずば、応に無量寿仏と称すべし」と。かくの如く至心に声をして絶えざらしめ、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せん。仏名を称するが故に、念々の中に於て八十億劫の生死の罪を除き","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["92"],"大喝id":[]},{"id":"9-36","globalId":"scripture:9-36","sortOrder":"000435","kind":"scripture","title":"9-36","content":"二十願の人を表現された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯良に教は頓にして根は漸機なり、行は専にして心は間雑す。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","href":"/qa/9-36","号":9,"問番号":36,"問":"二十願の人を表現された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯良に教は頓にして根は漸機なり、行は専にして心は間雑す。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-37","globalId":"scripture:9-37","sortOrder":"000436","kind":"scripture","title":"9-37","content":"現在は、浄土宗といってもいくつもあるが、その中の三つ以上をあげよ。\n◯西山派\n◯鎮西派\n◯九品寺派","href":"/qa/9-37","号":9,"問番号":37,"問":"現在は、浄土宗といってもいくつもあるが、その中の三つ以上をあげよ。","答":"◯西山派\n◯鎮西派\n◯九品寺派","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-38","globalId":"scripture:9-38","sortOrder":"000437","kind":"scripture","title":"9-38","content":"「称えた念仏をあて力にしているから信心決定できないのである」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯凡そ大小聖人・一切善人、本願の嘉号を以て己が善根とするが故に、信を生ずること能わず、仏智を了らず、彼の因を建立せることを了知すること能わず、故に報土に入ること無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","href":"/qa/9-38","号":9,"問番号":38,"問":"「称えた念仏をあて力にしているから信心決定できないのである」と教えられた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯凡そ大小聖人・一切善人、本願の嘉号を以て己が善根とするが故に、信を生ずること能わず、仏智を了らず、彼の因を建立せることを了知すること能わず、故に報土に入ること無し。\n　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証化土巻）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-39","globalId":"scripture:9-39","sortOrder":"000438","kind":"scripture","title":"9-39","content":"「自力」とは、どんなことか。『一念多念証文』で示せ。\n◯「自力」というは、我が身をたのみ、我が心をたのむ、我が力をはげみ、我がさまざまの善根をたのむ人なり。","href":"/qa/9-39","号":9,"問番号":39,"問":"「自力」とは、どんなことか。『一念多念証文』で示せ。","答":"◯「自力」というは、我が身をたのみ、我が心をたのむ、我が力をはげみ、我がさまざまの善根をたのむ人なり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["35"]},{"id":"9-4","globalId":"scripture:9-4","sortOrder":"000403","kind":"scripture","title":"9-4","content":"「真の仏弟子」を明示された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この信心の人を「真の仏弟子」といえり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/9-4","号":9,"問番号":4,"問":"「真の仏弟子」を明示された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この信心の人を「真の仏弟子」といえり。\n　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["81"],"大喝id":[]},{"id":"9-40","globalId":"scripture:9-40","sortOrder":"000439","kind":"scripture","title":"9-40","content":"「一心に弥陀にうちまかせた心とは、雑行雑修自力の心の廃ったことをいう」と教えられている『御文章五帖目十五通』のお言葉を書け。\n◯諸の雑行・雑修・自力なんどいう悪き心をふりすてて、一心に深く弥陀に帰する心の疑なきを真実信心とは申すなり。","href":"/qa/9-40","号":9,"問番号":40,"問":"「一心に弥陀にうちまかせた心とは、雑行雑修自力の心の廃ったことをいう」と教えられている『御文章五帖目十五通』のお言葉を書け。","答":"◯諸の雑行・雑修・自力なんどいう悪き心をふりすてて、一心に深く弥陀に帰する心の疑なきを真実信心とは申すなり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-41","globalId":"scripture:9-41","sortOrder":"000440","kind":"scripture","title":"9-41","content":"「大宇宙が火の海になっても、その中かきわけて聞かねばならぬのが弥陀の本願である」と説かれている『大無量寿経』の御文を示せ。\n◯設い大火有りて三千大千世界に充満せんに、要ず当にこれを過ぎてこの経法を聞き、歓喜信楽し、受持読誦し、如説に修行すべし。","href":"/qa/9-41","号":9,"問番号":41,"問":"「大宇宙が火の海になっても、その中かきわけて聞かねばならぬのが弥陀の本願である」と説かれている『大無量寿経』の御文を示せ。","答":"◯設い大火有りて三千大千世界に充満せんに、要ず当にこれを過ぎてこの経法を聞き、歓喜信楽し、受持読誦し、如説に修行すべし。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":["26","77"],"大喝id":["29"]},{"id":"9-42","globalId":"scripture:9-42","sortOrder":"000441","kind":"scripture","title":"9-42","content":"「珍しいことを知りたいと思って聞法している間は救われない。同じことが初事初事と聞ける身になりなさい」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯一つことを聞きて、いつも珍らしく初めたるように信の上にはあるべきなり。ただ珍らしきことを聞きたく思うなり。一つことを幾度聴聞申すとも、珍らしく、はじめたるようにあるべきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/9-42","号":9,"問番号":42,"問":"「珍しいことを知りたいと思って聞法している間は救われない。同じことが初事初事と聞ける身になりなさい」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯一つことを聞きて、いつも珍らしく初めたるように信の上にはあるべきなり。ただ珍らしきことを聞きたく思うなり。一つことを幾度聴聞申すとも、珍らしく、はじめたるようにあるべきなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-43","globalId":"scripture:9-43","sortOrder":"000442","kind":"scripture","title":"9-43","content":"「仏法は聴聞に極まる」といわれる、その聴聞とはどんなことかを明らかにせられたお言葉を、蓮如上人の『一宗意得之事』で示せ。\n◯聴聞ということは、なにと意得られて候やらん。ただ耳にききたるばかりは、聴聞にてはなく候。そのゆえは、千万の事を耳にきき候とも、信得候わぬはきかぬにてあるべく候。信をえ候わずは、報土往生はかなうまじく候なり。","href":"/qa/9-43","号":9,"問番号":43,"問":"「仏法は聴聞に極まる」といわれる、その聴聞とはどんなことかを明らかにせられたお言葉を、蓮如上人の『一宗意得之事』で示せ。","答":"◯聴聞ということは、なにと意得られて候やらん。ただ耳にききたるばかりは、聴聞にてはなく候。そのゆえは、千万の事を耳にきき候とも、信得候わぬはきかぬにてあるべく候。信をえ候わずは、報土往生はかなうまじく候なり。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-44","globalId":"scripture:9-44","sortOrder":"000443","kind":"scripture","title":"9-44","content":"「何もしないでいて時節到来とは言わぬように、宿善も聴聞を心にかけてのことである」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯「時節到来」という事、用心をもして、その上に事の出来候を「時節到来」とはいうべし。無用心にて事の出来候を「時節到来」とはいわぬ事なり。聴聞を心がけての上の「宿善・無宿善」ともいう事なり。ただ信心は聞くにきわまる事なる由、仰せの由に候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/9-44","号":9,"問番号":44,"問":"「何もしないでいて時節到来とは言わぬように、宿善も聴聞を心にかけてのことである」と教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯「時節到来」という事、用心をもして、その上に事の出来候を「時節到来」とはいうべし。無用心にて事の出来候を「時節到来」とはいわぬ事なり。聴聞を心がけての上の「宿善・無宿善」ともいう事なり。ただ信心は聞くにきわまる事なる由、仰せの由に候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["30"]},{"id":"9-45","globalId":"scripture:9-45","sortOrder":"000444","kind":"scripture","title":"9-45","content":"阿弥陀如来の慈悲は平等であっても、宿善の違いで早く救われる者と遅き者、早く往生する者と遅き者のあることを説かれた『阿弥陀経』の御文を書け。\n◯已発願、今発願、当発願\n　（已に発願し、今発願し、当に発願せん）\n\n◯若已生、若今生、若当生\n　（若しは已に生れ、若しは今生れ、若しは当に生れん）","href":"/qa/9-45","号":9,"問番号":45,"問":"阿弥陀如来の慈悲は平等であっても、宿善の違いで早く救われる者と遅き者、早く往生する者と遅き者のあることを説かれた『阿弥陀経』の御文を書け。","答":"◯已発願、今発願、当発願\n　（已に発願し、今発願し、当に発願せん）\n\n◯若已生、若今生、若当生\n　（若しは已に生れ、若しは今生れ、若しは当に生れん）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-46","globalId":"scripture:9-46","sortOrder":"000445","kind":"scripture","title":"9-46","content":"「過去世から弥陀の本願を聞いてきた人でなければ、今生で信心獲得はできない」と説かれた『観無量寿経』の御文を書け。\n◯過去已曽\n　修習此法\n　今得重聞\n　即生歓喜","href":"/qa/9-46","号":9,"問番号":46,"問":"「過去世から弥陀の本願を聞いてきた人でなければ、今生で信心獲得はできない」と説かれた『観無量寿経』の御文を書け。","答":"◯過去已曽\n　修習此法\n　今得重聞\n　即生歓喜","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-47","globalId":"scripture:9-47","sortOrder":"000446","kind":"scripture","title":"9-47","content":"『正御本尊』と『お聖教』について、親鸞学徒のあり方を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯蓮如上人仰せられ候、「本尊は掛けやぶれ、聖教は読みやぶれ」と対句に仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","href":"/qa/9-47","号":9,"問番号":47,"問":"『正御本尊』と『お聖教』について、親鸞学徒のあり方を教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯蓮如上人仰せられ候、「本尊は掛けやぶれ、聖教は読みやぶれ」と対句に仰せられ候。\n　　　　　　　　　　　　　　　（御一代記聞書）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-48","globalId":"scripture:9-48","sortOrder":"000447","kind":"scripture","title":"9-48","content":"親鸞学徒の一番大事な心がけ二つを教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯後生を大事に思い、仏法をとうとく思う心あらば\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/9-48","号":9,"問番号":48,"問":"親鸞学徒の一番大事な心がけ二つを教えられた蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯後生を大事に思い、仏法をとうとく思う心あらば\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":["23","52"]},{"id":"9-49","globalId":"scripture:9-49","sortOrder":"000448","kind":"scripture","title":"9-49","content":"「寺に住み、法衣をまとい、僧の姿はしているが、俗人よりも浅ましく、仏法を伝えず、仏法を求めるものを邪魔する者が出てくる」と釈尊は説かれているが、その通りだと嘆かれている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。\n◯造悪このむわが弟子の\n　邪見放逸さかりにて\n　末世にわが法破すべしと\n　蓮華面経にときたまう\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","href":"/qa/9-49","号":9,"問番号":49,"問":"「寺に住み、法衣をまとい、僧の姿はしているが、俗人よりも浅ましく、仏法を伝えず、仏法を求めるものを邪魔する者が出てくる」と釈尊は説かれているが、その通りだと嘆かれている『ご和讃』一首と、その根拠を書け。","答":"◯造悪このむわが弟子の\n　邪見放逸さかりにて\n　末世にわが法破すべしと\n　蓮華面経にときたまう\n　　　　　　　　　（正像末和讃）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-5","globalId":"scripture:9-5","sortOrder":"000404","kind":"scripture","title":"9-5","content":"阿弥陀如来に救われた人の、誉め言葉のいろいろを示された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯この人を「上上人」とも、「好人」とも、「妙好人」とも、「最勝人」とも、「希有人」とも申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","href":"/qa/9-5","号":9,"問番号":5,"問":"阿弥陀如来に救われた人の、誉め言葉のいろいろを示された親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯この人を「上上人」とも、「好人」とも、「妙好人」とも、「最勝人」とも、「希有人」とも申すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（末灯鈔）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-50","globalId":"scripture:9-50","sortOrder":"000449","kind":"scripture","title":"9-50","content":"「世間的な有力者に近づき、その力を借りて仏法を伝えようなど、決して考えてはならない」と言われた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯余の人々を縁として念仏を弘めんと計いあわせ給うこと、ゆめゆめあるべからず候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御消息集）","href":"/qa/9-50","号":9,"問番号":50,"問":"「世間的な有力者に近づき、その力を借りて仏法を伝えようなど、決して考えてはならない」と言われた、親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯余の人々を縁として念仏を弘めんと計いあわせ給うこと、ゆめゆめあるべからず候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御消息集）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-6","globalId":"scripture:9-6","sortOrder":"000405","kind":"scripture","title":"9-6","content":"「阿弥陀如来に救われた人は、世界中みな兄弟である」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。\n◯同一に念仏して別の道無きが故に、遠く通ずるにそれ四海の内皆兄弟と為すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","href":"/qa/9-6","号":9,"問番号":6,"問":"「阿弥陀如来に救われた人は、世界中みな兄弟である」と言われた親鸞聖人のお言葉と、その根拠を示せ。","答":"◯同一に念仏して別の道無きが故に、遠く通ずるにそれ四海の内皆兄弟と為すなり。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（教行信証）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-7","globalId":"scripture:9-7","sortOrder":"000406","kind":"scripture","title":"9-7","content":"病気になった時の法然上人の心と、全く異なることを懺悔された、蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。\n◯法然上人の御詞に曰く、「浄土をねがう行人は、病患をえて偏にこれを楽しむ」とこそ仰せられたり。然れども、強ちに病患をよろこぶ心更に以て起らず、浅ましき身なり、慚ずべし、悲しむべきものか。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","href":"/qa/9-7","号":9,"問番号":7,"問":"病気になった時の法然上人の心と、全く異なることを懺悔された、蓮如上人のお言葉と、その根拠を書け。","答":"◯法然上人の御詞に曰く、「浄土をねがう行人は、病患をえて偏にこれを楽しむ」とこそ仰せられたり。然れども、強ちに病患をよろこぶ心更に以て起らず、浅ましき身なり、慚ずべし、悲しむべきものか。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　　（御文章）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-8","globalId":"scripture:9-8","sortOrder":"000407","kind":"scripture","title":"9-8","content":"「どんな人からどんな非難を受けようとも、微動だにもしないのが他力の信心だ」と言われているお言葉を、『教行信証信巻』の御文で示せ。\n◯この心深信せること、金剛のごとくなるによりて、一切の異見・異学・別解・別行の人等の為に、動乱破壊せられず。","href":"/qa/9-8","号":9,"問番号":8,"問":"「どんな人からどんな非難を受けようとも、微動だにもしないのが他力の信心だ」と言われているお言葉を、『教行信証信巻』の御文で示せ。","答":"◯この心深信せること、金剛のごとくなるによりて、一切の異見・異学・別解・別行の人等の為に、動乱破壊せられず。","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]},{"id":"9-9","globalId":"scripture:9-9","sortOrder":"000408","kind":"scripture","title":"9-9","content":"善鸞の邪説に惑うて、命懸けで尋ねて来た関東の同行達の信心の動乱を、親鸞聖人がかえって喜ばれたのはなぜか。そのお言葉と根拠を示せ。\n◯慈信坊が申すことによりて、人々の日頃の信のたじろきおうて在しまし候も、詮ずる所は人々の信心の真実ならぬ事のあらわれて候、よきことにて候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御消息集）","href":"/qa/9-9","号":9,"問番号":9,"問":"善鸞の邪説に惑うて、命懸けで尋ねて来た関東の同行達の信心の動乱を、親鸞聖人がかえって喜ばれたのはなぜか。そのお言葉と根拠を示せ。","答":"◯慈信坊が申すことによりて、人々の日頃の信のたじろきおうて在しまし候も、詮ずる所は人々の信心の真実ならぬ事のあらわれて候、よきことにて候。\n　　　　　　　　　　　　　　　　　（御消息集）","解説書":"","講師試験id":[],"独言id":[],"大喝id":[]}]