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阿弥陀如来に救われると

慶喜すると説かれているが、

「慶喜」とはどんなことかを教えられている

『唯信鈔文意』の御文を示せ。

◯この信心をうるを「慶喜(きょうき)」という。

慶喜する人は諸仏とひとしき人と名く。

「慶」はうべきことをえて後に慶ぶ意なり、

信心をえて後によろこぶこころなり。

「喜」はこころの内に

常によろこぶこころ絶えずして

憶念つねなるなり、踊躍(ゆやく)するなり、

「踊」は天におどるという、

「躍」は地におどるという、

よろこぶ心の極まりなきかたちをあらわすなり。

信心をえたる人をば

分陀利華(ふんだりけ)に譬えたまえり。

真宗聖典 P.623(前4-8)

関連著書

  • 藤の巻 P203-203

    37「救われたら、本当に大慶喜があるのか」